【16オーダー目】 丸投げ過ぎる店長
間もなくして本日の営業が始まる。
オープン二日目も日曜日ということがあってか、昨日と同様に開店早々に入ってくる客が何人もいた。
昨日も見たお一人様で朝の珈琲を飲みに来た中年男性やじいさんがカウンターに数人。
口コミなのか、昨日知り合いが来たらしいというような話をしながら席に着く若いグループ客が数組といった感じだ。
カウンターの客はともかく、若い奴らは壁に並び、かつテーブルのメニューにも挟んでいる本日のおすすめと銘打たれたトンカツセット、ポークチャップ三百八十円という無駄に可愛らしいイラストや文字のポップに反応こそしてくれているが、さすがに朝の九時からトンカツセットを食うほどアグレッシブな人間もそうおらず、開店三十分が経過した現在、残り五百枚から始まった数字はほとんど変わっていない。
目標は冷蔵庫に入るギリギリの二百枚を除いた三百枚を売ることなので、メイド達も新規で入ってきた客には漏れなく笑顔でおすすめすることになっている。毎度毎度一個増量中のからあげくんを勧めてくるロー○ンの店員を参考にしたらしい。
金曜日のようにこの広告を外で配れりゃ多少の宣伝効果にもなるだろうが、それをするには許可を取らないといけないし、仮に配った客全てが店に来てくれたって席に限りがある以上あまり意味もない。
更に言えば、多少無理をして冷蔵庫を空けギュウギュウに詰め込んでいるとはいえ三分の二ぐらいは外に置いたままなのだ。
肉の常温保存なんて良くもっても二、三時間もすれば傷み始める。だからこそ注文の有無に関わらず次々と調理しておかなければまずい。
だからといって注文も入っていないのに肉を焼いたり揚げたりする意味は全くないわけで、その問題を解消するべく待っている電話が今まさにポケットの中で鳴った。
「もしもし、俺です。はい、はい……マジですか、助かります。いえ、ちゃんと取りに行きますんで。大丈夫っす、さすがにそこまで迷惑掛けれないんで……はい、じゃあすぐ行きます。失礼しゃす」
挨拶を済ませ電話を切る。これで多少は捌ける量も増えるだろう。
少しの間店を離れないといけないが、まだ昼前だ。
昨日と同じだと仮定するならば満席になるのは正午前後の昼飯時から三時ぐらいまでの間と夕方以降ずっと。
その間耶枝さん一人に厨房を任せるわけにはいかないのでどうせ離れるなら今のうちの方が良い。
「優君、大丈夫そう?」
電話を切った俺を見て、唯一事情を知っている耶枝さんが寄ってくる。
心配そうな顔をしてくれれば救いもあるのかもしれないが、普通に不思議そうに首を傾げるだけってどうなってんのこれ。
「はい、なんとかしてもらえるみたいです。てことでちょっと俺行ってくるんであとお願いします。とにかく米だけいっぱい炊いといてください」
「うん、こっちは心配いらないからまっかせといて。気を付けてね」
笑顔で手を振る耶枝さんはすでに不安の象徴と化していることを自覚していなさそうだ。のんびりしている間に店が大惨事、なんてことにならないようにさっさと帰ってこよう。
「おい、優てめえ逃げる気じゃねえだろうな」
そんなわけでエプロンを外していると、ちょうど空いた皿を下げてきた相良がそれに気付くなり俺を睨む。
人を責めることばかり達者になってないで空いてる皿ぐらい耶枝さんに指摘される前に気付けと言いたい。
「こんな状況で逃げるわけないだろ。ちょっとした用事だよ」
「ほんとっすか、店長?」
なぜ耶枝さんに聞くのか。
「そうだよ、優君のおかげでなんとかなるかもしれないんだっ。何をしようとしてるかは戻って来てからのお楽しみ~♪ ってわけだから、ちょっと巴ちゃん二階から長テーブル下ろすの手伝ってくれる?」
「はぁ……長テーブルっすか」
相良は状況が分からず目をパチクリさせている。
そんな二人を横目に俺もそそくさと店を出るのだった。
なぜ耶枝さんは相良の肩まで捲った制服の着崩しを注意しないのだろうか、そんなことを思いながら。
○
三十分ほどして店に戻ると、少しずつ客数も増え始めていた。
昼食時ということが理由なのだろうが、せめて少しでも安い豚肉目当てに入店してくれていないだろうかと切に願う。
初めて営業中に店の外に出てみて気付いたのだが、店の外から中を見ている若者の多いこと。
入り口や窓はガラス張りなので外からでも中の様子がそれなりに見えるとはいえ遠めから眺めながらこそこそ話してる集団は何目的なんだろうか。
メイドが珍しいのか、恥ずかしくて入ることを躊躇っているのか、はたまた激安メニューに興味を持ってくれているのか。
確かに中に居る客を見てみると、カウンター席には基本的に耶枝さんの知り合いらしい一人客や親子連れがいて、テーブル席には興味本位だったりナンパ目的だったりが丸分かりな奴らも多々いる。
女性客はカフェ感覚で入ってきていることが分かるが、外観の雰囲気も相俟って興味本位でメイドカフェに入る勇気が無い奴には敷居が高いとは思う。俺なら絶対無理だ。
集団社会において蔑まれる対象である見るからにオタクみたいな奴ですら平気で入ってきているというのに、俺を含め集団適応能力や社会適合能力が低い人間の惨めなこと……。
しかしまあ、どうであれ店外から見てくれている人がいるというのは今からやろうとしていることを考えると追い風だと言える。
余計な自虐のせいで若干気が滅入りながら店に入り、厨房を覗くと耶枝さんが慌ただしく働いていた。
メイド軍団も絶えず行ったり来たりをしているが、さすがに四人もいるので問題なさそうだ。
料理に限らず同時進行という行為が苦手な耶枝さんはどうにも注文が溜まり始めると効率が悪くなる傾向があるらしく、同時進行しようと調整することによって全体の作業速度を落としているように見える。
昨日の夜みたく明らかにスピード勝負をしないとどうにもならない場合は除いたとしても、俺は母親に料理を習い始めた時から同時に作り始めたものは同時に完成させるように叩き込まれてきたので基本的には苦にしないのだが、一つのテーブルで一度に受けた料理は同時に出そうという耶枝さん自身が掲げたコンセプトに本人が四苦八苦しているってどうなのそれという感じである。
「あ、優君おかえり~。どうだった?」
フライパンで野菜を炒めながら耶枝さんがこちらを向く。
「どうにか数は用意出来ました。取り敢えず話はオーダーを消化してからにしましょう」
厨房の液晶にはドリンク含めて七個ぐらい未着手のオーダーが溜まっている。俺はすぐにエプロンを着け、耶枝さんと二人で残りの調理を済ませた。
それが全て終わり、俺と耶枝さんにメイド達に客に呼ばれるまでは仕事の無い時間が出来たのを見計らって耶枝さんは全員を厨房の脇に集める。
「じゃあ優君、説明をお願い」
「うっす」
そこまで丸投げかい、と思う気持ちを表に出さないことに慣れてきたあたり耶枝さんの経営者としてのカリスマ性を実感せざるを得ない。
事情も知らない如月、リリーさん、相良、音川は何事かと俺を見ているが、一部……というか約半数が胡散臭そうにしているあたり俺のカリスマ性は死ぬまでゼロのままなのだろう。なんか魔法が使えないキャラのMPみたいな感じだ。
「まあ説明するほど難しい話でもないんだけど、これを取りに行ってたんだ」
言って持ち帰ったビニール袋を広げると、それぞれ中をが覗き込んだ。
「これ、お弁当の容器かい?」
「ああ、あと持ち帰り用の袋もある」
「なるほど、それで表にテーブルを設置したのね」
音川と如月はすぐに察したようだ。察しが悪いのか、単に頭が悪いのか、相良とリリーさんは分かっていなさそうなのが残念極まりない。
「これ買ってきたの?」
「いや、知り合いの弁当屋さんに頼んで分けて貰った」
と、音川に答えてはみたものの、実際はうちの店の常連の弁当屋の連絡先を母親に教えてもらい、事情を伏せつつ無理を聞いてもらったのが本当の話。
店の常連であるということは俺ともそれなりの付き合いなわけで、快く協力してくれるどころか容器の代金を払うという申し出まで豪快に笑って跳ね返されたりしちゃったりする。
せめて届けてくれるとまで言ってくれた好意を丁重にお断りし、先方の店まで取りに行くのが精一杯の遠慮となってしまった。
帰り際に何度頭を下げたかも分からないぐらいの良い人っぷりに助かったことは間違いないが、さすがに甘えすぎな感が否めない。
「そんなわけで、これからお弁当を作って売ろうと思うの。全部優君の提案なんだけど、これで店にいるお客さん以外にも売ることが出来るし、調理しちゃっていい分消化も早くてお肉が傷むのを心配しなくていいっていう革命的なアイディアなんだよ。だからここからホールと表でお弁当売る係とで二手に分かれてもらうから、慣れないことさせちゃって申し訳ないけどよろしくね」
それぞれがなんとなく事情を理解したところで、耶枝さんがなぜか目をキラキラさせながら説明を始める。
お釣りはレジとは別に用意してあることや、売るのはトンカツ弁当のみで値段は店と同じく税込み三百八十円であることなどなど。
言ってしまえば弁当渡して金を受け取るだけなのだが、相良も音川も他でバイトした経験がないので説明しておくに越したことはないだろう。
リリーさんは運送業がどうとかって話もあったが実際のところよく分からん状態だしな。
如月に至っては面接の時に履歴書すら見せて貰ってないせいで情報が無いので知る由もないが、どうせこいつは勝手に何でも出来そうだから大丈夫だろ。
なんにせよあとは弁当を作るだけだ。飯もたんまり炊いてあるようだし、少しでも減らせるよう頑張らねばオープン二日目から赤字じゃ洒落にならん。




