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ファミーユの副店長戦線  作者: 天 乱丸
【第一話】
15/56

【14オーダー目】 地獄過ぎるオープン初日



 耶枝さんが休憩から戻ると俺を始めバイト勢も順に休憩に入る。

 耶枝さん、俺、如月リリーペアときて最後に相良音川ペアがそれぞれ労働基準法に則り一時間の昼休みを取った。

 やることが多いと時間が経つのも早いもので、休憩から戻って齷齪と働いている内にあっという間に六時、すなわちメニューを切り替える時間を迎えていた。

 四時から五時ぐらいにかけて微妙に客足が鈍った時間もあったが、四六時中賑わっているファミレスや喫茶店なんてそもそもありはしないので想定内といえる。

 それどころか六時を迎え夜用メニューに切り替えて間もなくすると、まるで反動の様に店内は人で溢れていた。夕食向けのメニューにアルコールや酒の肴になるメニューが追加され、代わりにコーヒーやランチメニューが大幅に削られる。

 喫茶店とファミレスと居酒屋とメイド喫茶の融合体ともいえるこの店の集客効果など知る由もないが、午前中も含めて予想を越える客入りであることは間違いない。

「ていうか……入り過ぎじゃね?」

 今流行の「ファミレスにおけるちょい飲み」の便乗効果なのか、店の外に置いてある看板や昨日配ったチラシでの価格アピールのおかげか、七時を回る頃にはほぼ全ての席が埋まっていた。

 それどころか、ちょっと前からは入ってくる客を満席を理由にお断りしているほどの盛況ぶりだ。

 こればかりは新装であることや魅力的(笑)なメイドよりもそのリーズナブルな価格設定の効果が大きいのだろう。生中一杯二百五十円という安さはこの御時世じゃ目を引くのは当然の摂理と言っても過言ではない。

 ファミレス的用途で飯食いながら談笑しているグループ客も居ないわけではなかったが、やはり入ってくるオーダーは酒類とそれに付随するものが圧倒的多数だ。

 酒を飲むということは、ある程度腰を据えて居座ることになる場合が多いため客の回転はそれなりに落ちてしまうが、その分客単価が跳ね上がるのでむしろ売り上げを考えるとよりプラスな状況に転じている。

 ちなみに家族連れなんて数えるほどしか見ていないのでファミレス本来の需要を満たしているのかどうかは怪しいところである。

 というか、もうぶっちゃけ冷静にそんな分析をしている場合ではない。


「忙し過ぎんだろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 勿論これは心の叫び。

 というのも、俺はかれこれ一時間以上ノンストップで動き続けていた。

 レジは耶枝さんがやってくれていたし、水やおしぼりも奴らが用意してくれているのだが、それでも俺に休まる暇など一切無く次から次へと入ってくるオーダーを消化していくべく調理場を行ったり来たりしながらただひたすらに切ったり揚げたり盛ったり注いだりという作業をこなしている。

 途中、耶枝さんが手伝いを申し出てくれたにも関わらず「あー、全然大丈夫っすよ」とか調子乗っちゃった俺の馬鹿!

 ちなみに、耶枝さんはご近所さんを中心に知り合いに随分と声を掛けていたようで、そういった人達が大勢店に顔を出してくれていたりもする。というか、だいぶ売り上げに貢献してくれている。

 その耶枝さんは目の前のカウンター席に座る近所の顔見知りらしいハゲ散らかしたおっさんと談笑していた。こんな会話が聞こえてくる。

「いやー、耶枝ちゃんも含めて可愛い女の子もいっぱいいるし、値段も安いし、良い店作ってくれたもんだよ」

「もー、石田さんったらお上手なんだからー」

「いやいやお世辞じゃないって。それより、耶枝ちゃんは飲まんのかい?」

「うーん、飲みたいのは山々なんだけどぉ~、お仕事中だしどうしようかなーって」

「まったく、仕方がねえなー耶枝ちゃんは」

 そう言って石田さんはカウンター越しに俺を見たかと思うと、

「おい兄ちゃん、枝豆追加で頼むわ。あと耶枝ちゃんに生一丁、俺からな」

「…………へーい」

 ホステスかあんたは!

 そんな言葉を飲み込んでジョッキにビールを注ぐのだった。

 だった。と締めてみたところで直面する修羅場が終わるわけでもなく、目の前の液晶には未完了のオーダーのリストがズラリと並んでいる。

 鶏肉を切って、片栗粉に上新粉を混ぜたものを覆ってフライヤーに投入、その流れで用意しておいた麺を同じように鍋に投入、空いている手で卵をボールに割り、唐揚げ用と一緒に切ってフライパンにかけていた親子丼用の鶏肉に解いた卵をぶっかけて蓋をし、火を止めるまでの四十秒の間に今度は山かけマグロ丼の用意に掛かる。

 残念ながらフードプロセッサーが無いので自力で山芋をすり下ろし、冷蔵庫からマグロの柵を取り出してスライスしていく。

 ここでフライパンの火を止め、同時にフライヤーから唐揚げを出して予め用意していた皿に盛り唐揚げ完成。

 そしてどんぶりを二つ出してご飯を入れ、その上からフライパンの具を乗せ上から海苔をまぶして親子丼も完成。もう一つのどんぶりにはマグロの切り身、とろろ、しそとわさびを入れて上からタレをぶっかけてマグロ丼も完成。

 すぐにタッチパネルで完成の指示を出し、使った道具を流しに放り込む。

 流し台には洗っていない調理器具や皿、グラスなどが溢れんばかりになっているが、洗っている暇があったら作らないといけないのでもう放置だ。

 残るオーダーは……ビールが三杯、トマトのサラダ、フライドポテト、だし巻き、イカバター炒め、梅酒、コーヒーゼリーパフェ、豚生姜焼きセット、手長エビの唐揚げ、きゅうり漬け、ネギトロ丼、餡かけ炒飯、冷や奴、コーラ、鮭雑炊……って、

「こんなん一人で出来るかぁぁぁぁぁぁ!」

 もう一度心で叫んで、死に物狂いで腕を動かし続けるのだった。


          ○


「死ぬ……いや、死ぬかもしれないと勝手に思ってるだけで実はすでに死んだ後なのかもしれない……」

 閉店後。

 シャルールデラファミーユ二階の耶枝さん宅のリビング、すなわちスタッフ共有スペースでソファーに倒れ込んだ俺は一人呟いた。

 他の面々はダイニングテーブルに着き、お疲れ様会と称した打ち上げで耶枝さんの手料理などをつまんでいる。

 地獄を乗り切った俺は立ち上がる気力もなくふかふかのソファーに身を預けることで最後の気力を使い切った。

 もう腕は動かないし、飯を食う体力も無い。ついでに明日を生きる気力も無い。

 あの後、見兼ねた耶枝さんが厨房のヘルプに入ってくれたとはいえ満身創痍に変わりはなく、午後十時という比較的早い閉店時間が唯一の救いではあったが、だからといって十時ちょうどに店が閉まるわけもなく、ラストオーダーで最後の山場はあるわ、そこから片付け作業があるわで、パトラッシュなんだか眠いんだ状態だった。

 後から気付いたのだが、高校生の如月、相良、音川は法律上午後九時四十五分までしか働けない。

 つまりは片付け及び閉店作業は必然的に俺と耶枝さんとリリーさんの三人でやることになる。今日はタイムカードを切った上でみんなも手伝ってくれたものの、リリーさんが出勤してない日とか地獄度三倍増じゃね? と思うと一層脱力した。

 腕が痛い……立ちっぱなしだったから足も痛い……ついでに腰も肩も痛ければ今後のことを考えると頭も痛い。

 もういっそこのまま寝てしまおうかと目を瞑りかけた時、料理を終えて集計をしていた耶枝さんが寄ってきた。いつものにこやかな顔でソファーの横に屈む。

「優君、大丈夫? すっごく格好良かったよ♪」

「…………ざす」

 全然大丈夫じゃないので失礼にも突っ伏したまま答える俺。ていうか耶枝さん元気だなー、一人だけビールとか飲んでたもんなー。

「みんなも優君を見直してるんだから。ねっ、みんな」

 そう言って耶枝さんが後ろのテーブルを振り返ると、着替えて飯を食っていたリリーさん達が寄ってきた。

「ユウ、格好良かったヨー。お腹空いてるカ? 食え」

 耶枝さんと同じ様に目の前で屈んだかと思うと、リリーさんは手に持っている皿に乗っている明らかに自分で半分かじった状態の唐揚げを箸で刺して俺の口に突っ込んでくる。

 空腹絶頂だっただけにさぞ美味しく感じるのかと思いきや、喉がカラッカラな上に若干油酔い気味だったのでむしろただの拷問だった。

「優君、本当に凄かったよ。ちょこちょこサボりがてら覗いていたけど、僕は思わず松葉坂市の海原雄山の称号を与えそうになったほどさ」

 音川も褒めているのかどうかよく分からん事を言いながらリリーさんの横でしゃがみ、俺の顔を覗き込む。そんな称号はいらねえからサボるなと言いたい。

「ウチは最初からやる男だと思ってたぜ。なにせ店長が見込んだ男だからな」

 調子の良いことを言いつつ相良も以下同文。背中をバシバシ叩かれるのは相良なりの称賛なのか単にとどめをさそうとしているのか。

 そんな抗議もなかなか飲み込めない唐揚げが邪魔をして口に出せないでいると、相良が一人テーブルで珈琲を飲んでいる如月に向かって言った。

「おい神弥、お前もなんか言ってやれよ。お前が一番文句言ってたくせによ」

「別にこぞって称賛する程のことでもないでしょう。それぞれが個々の役割をこなした結果というだけじゃない。そんなでも副店長を名乗っているのだから比重が大きくなるのが当たり前のことよ」

「あったまかてえ奴だなお前は」

「まあまあモエモエ、姫は属性的にツンデレっぽいから仕方ないよ」

「そうだねー、神弥ちゃんはツンツンデレデレちゃんかも」

「カグヤはゲレゲレなのカ?」

 なぜかイジる対象が如月に移行した。

 これのどこがツンデレなんだよ、ただの無差別攻撃マシンじゃねえか。こいつのデレとか罵詈雑言を浴びるより恐ろしいわ。あとリリーさん、それはただの虎です。

「ツンデレでなどではないし、別に仕事ぶりを否定しているわけではないでしょう。ただそれ以外の全てを否定しているだけで」

 それだったら仕事ぶりを否定された方がよっぽどマシなんですけど。

 一人心でツッコミを続ける俺をよそに、耶枝さんは「神弥ちゃんは厳しいんだねぇ」とお気楽な反応を見せたかと思うと、持っていた紙を俺に差し出した。

「それよりも見て優君、これ凄いんだよ」

 顔の前に持ってこられたのは先ほどまで耶枝さんが計算し倒していた売り上げを纏めた用紙。寝転がったまま受け取り、なんとなしに流し見た俺は思わず噴き出した。

「ぶっ! マジかよこれ……なんじゃこりゃ」

「なになに、どうしたの?」

 音川が何事かと俺の上から用紙を覗き込む。

すると相良やリリーさんも同じ様に用紙を見ようと立ち位置を変えた結果、音川とリリーさんが俺の背中に乗っかる形になってクソ重たい。

「ここ見てみ、祖利益だけで三十八万ちょっとあるだろ?」

「それって凄いことなの?」

「凄いなんてもんじゃないって。オープン初日であることや土曜日ってことを除いても上出来過ぎる数字だぞ」

 この店は冷凍食品をほとんど使わず、調理に手間を掛ける割に値段は低価格に設定してある。

 そのため一品あたりの利益率は三割からよくて四割弱程度だ。

 ソフトドリンクやアイス類のデザートメニューはもう少し率が上がるとはいえ、これは相当低い数値となる。

 本来酒類の売上があると利益は上がりやすいのだが、この店は先述の通り生中一杯二百五十円という価格破壊っぷりである。

 酒屋からの仕入れなので仕入れ値は限界まで抑えられるとはいえ、それでも一杯あたりの原価は約百六十円。一杯あたりの利益が九十円ではソフトドリンク一杯百五十円に比べて利益率は相当低い。

 それでいて売上が八十万を超え、祖利益が四十万弱もあるというのは純粋に驚愕の数値といっても過言ではない。道理で俺が死ぬはずだ。

「それなりに混み合うファミレスでも一日の祖利益なんてせいぜい二、三十万がいいとこなんだぞ? 単価も利益率も低めのこの店でこの数字はすげえよ。正直営業日一日あたり平均五、六万の祖利益があれば経費や人件費、税金考えても赤字にはならないだろうって計算だったんだ」

 これは家賃が掛からないからこその数字ではあるが、それでも三十八万は普通にビビった。うちの店なんて平日三万とかザラだからな。

「そんなにスゲーんスか。さすが店長ッス」

「正直どうなるのかと思っていた部分もあったけど予想以上に良い職場だったみたいだね。住み込み食事付き、おまけに人気店とくれば僕も安心だ」

「リリーは美味しいご飯があれば満足だヨ~」

 どれだけ理解してくれたのかは不明だが、三者三様に感想を述べる。そして、

「優君も勿論だけど、これもみんなの頑張りと可愛さがあってこそだよ。明日からもみんなでがんばろー!」

 そんな耶枝さんの音頭に、

「「おー!」」

音川とリリーさんの声だけがリビングに響くのだった。


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