【13オーダー目】 予想外過ぎるオープン初日
迎えた土曜日。
それすなわち、ファミリー喫茶シャルール デ ラ ファミーユのオープン当日。
俺が店に到着したのは集合時間である午前八時半の三十分前だった。
開店が九時、そして開店準備が八時半からなのだが、仮にも副店長なので他のバイト達よりは早く店に入っておかなければとか思ったりしたわけだけど、俺にはこれが限界っす。
というのも、昨日研修が終わった後そのまま耶枝さん、りっちゃん、ついでに昨日からもう住み込みを開始している音川も交えて一緒に晩飯を食った後、仕込みの手伝いをしていたのだ。
終わって店を出たのが深夜二時前。
早朝の搬入の立ち会いやら作り置きのストックが必要なスイーツ類は耶枝さんがやっておいてくれるということだったので朝六時に出勤する必要は無かったとはいえ……眠い。
カランカランとドアベルを鳴らして入り口から店に入ると、中には如月が一人で立っていた。
なんだか昨日と全く同じシチュエーションじゃね? 違うのは着ている服が店の制服、別名メイド服であることぐらいだ。
……なんでこいつこんな早いんだろう。余裕を持った行動を心掛けるのはいいことだけど、移動距離ゼロの耶枝さんや音川より早いって若干やり過ぎだろうに。
そんなことを考えつつ一瞬固まる俺に横を向いていた如月が視線を向けた。音に反応したのだろうが、如月は目が合うなり「フン」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「…………」
相変わらず良い根性してるわー。
学校でも一言も喋らねえどころか目も合わせたことないしなー。いや、半分以上俺にも原因があるけどさ……。
学校でまでこいつの暴言を聞かされたら精神を病む自信があるからな。幸いクラスの奴はこの店のことも俺と如月が同じ場所で働いていることも知らないし、下手にバレたら如月目当てに馬鹿共が乗り込んで来る可能性も否めない。学校と店の両方で俺の平穏を守るためには今まで通り他人で居るのが一番いい。
「ちょっと」
勝手に納得して如月の横を素通りしようとすると、不意に声を掛けられる。常に半ギレみたいな口調だから文句があるのか用があるのかわかりゃしない。
「……んだよ」
「店長が言ってたでしょう、挨拶は徹底すること。職場で同僚に会って挨拶もしないだなんてどういう教育を受けているの? 肩書きだけは偉そうなくせして」
「それが一回顔を反らした奴のセリフか?」
せっかく俺が文句言うのを自重したのに逆にお前が文句言ってくるっておかしくね? と、思うのだが、至極真っ当な言い分など通用しないのが如月である。
「私がする側の時はいいの、文句を言われる筋合いもないから。でも自分がされるのは癇に障るわ。特に相手があなた見たいな人だと余計に」
「出たー……みたいな人扱い。それ要するにお前如きが俺を不快にさせることは許さんってことだろ。逆にお前がどんな教育受けてんだっつーの」
「へぇ、秋月の中の私は一人称が俺なのね。よく分かったわ」
「………………」
目が怖いよー。
もう見下し、侮蔑、軽蔑、敵意、殺意から呪い殺さんとする意志まで全部混ざってるよー。
「そ、それは言葉のアヤっていうか物の例えってやつだから……別に他意はない……よ?」
「だったらいいけど。死ね」
「言葉の前後が食い違ってますけど!?」
「朝から五月蠅いし顔が気持ち悪い。どうして話し掛けてしまったのかしら愚かな私。秋月の欠点を指摘するだなんて、終わりの無い挑戦をしようだなんてどうかしていたわ」
「おい……五月蠅いってのは百歩譲っていいよ。だけど朝から顔が気持悪いって、それは時間が解決してくれる問題じゃないからね? ていうかだな、人を傷付けるのがそんなに楽しいか? どんだけサディスティックなんだよお前」
「別にサディスティックというわけではないわよ。ただ下等な存在を蹂躙し捻り潰してへこんでいる姿を見ると気分が良いだけ。優越感とも言うかしら」
「それを日本語に直すとサディスティックと言うんだよ」
「サディスティックは日本語ではないけどね」
そうでした。
「そんなことはどうでもいいけど、客にまでそんな態度を取るんじゃないかと思うと心配でしかたがねえよ俺は……初日なんだから空気読めよマジで」
「偉そうにしないでと言っているでしょう。仕事はちゃんとやるわよ、今となってはこの店に潰れてもらうわけにもいかないし」
「潰れて貰うわけにもいかないって……なんで?」
「給料も高いし、融通も利きそうだし、何よりお洒落で綺麗な雰囲気も気に入ったもの。今から店長に取り入って、ゆくゆくはこのお店を手に入れることにしたわ」
「……オープン初日の朝っぱらからドス黒い計画を聞かせるんじゃねえよ」
どこまでいってもこいつの考える事はよく分からん。
辟易としつつ、俺も二階で着替えることにするのだった。
○
開店時間まで残り五分というところまできた。
朝礼が終わった後は耶枝さん含むメイド軍団は店内清掃を、俺は下ごしらえや届いた食材の仕分けなどをして開店を待つ。
新装開店でしかも土曜日ということもあるが、特に開店フェアといった客寄せ戦略をしていないだけにどうなることやら。
一抹の不安どころか先行き全てが不安な状況ではあるが、こればかりは成り行きに任せる他ない。
そうこうしている内に壁に掛かっている時計が九時を知らせる鐘を鳴らした。
俺は一番近くに居た相良に声を掛ける。
「相良、九時になったから外のプレートを……」
「てめえ……今なんつった?」
何故か相良は低い声で言ってキレ顔で厨房の俺の元へと寄って来たかと思うと、
「俺の名を言ってみろぉぉ」
とか言いながら俺の胸ぐらを掴んだ。
全くもって意味も意図も分からないが、どうやらここは今日もバイオレンス喫茶のままらしい。
「ジャ……ジャギ様?」
「ちげえよボケ! 今ウチのことをなんて呼んだ? 昨日約束したよなあ? 無い頭でよーく思い出してみやがれ」
「あー……」
そういうことね。
どうせすぐ忘れるだろうと思ってたのに……甘かったか。ていうかこいつに無い頭とか言われる俺って……。
「ごめんごめん、うっかりしてただけだって。巴ね、巴」
「おう。で、要件はなんだ」
あっさり解放された。
やはり口にしただけで自己嫌悪が残る呼称だったが、拒否ったら鉄拳制裁なので我慢するしかない。誰だって痛いのは嫌い、これ常識。
「九時になったから外のプレートひっくり返してきてって言いたかったんだけど」
「おう、任せとけ」
あっさり了承して、相良は一度店の外に出る。
こうして、この店が出来てから初めて営業中の札が表示された。
なんか家でやってることと対して変わらないのに何でこんなにソワソワしちゃうんだろう。不思議だ。
耶枝さんもなんだか落ち着かないみたいだし、やっぱそういうものなのだろうか。耶枝さんのはソワソワじゃなくてワクワクって感じっぽいけど……。
そんなことを考えながらフライヤーに油を注いでいると、カランカランとドアベルの音が店内に響いた。すぐにみんなの声が聞こえてくる。
「「「いらっしゃいませ。シャルールデラファミーユへようこそ~!」」」
お出迎えの挨拶は活字ほどきっちり揃ってはいなかったが、反応も早いしそれなりに声も出ている様でなによりだ。
後は如月がもうちょい愛想良くして相良が睨みながら言うのをやめれば及第点といったところか。
見ると、入ってきたのは若い大学生風の男三人組。
「お席にご案内します。こちらにどうぞ~」
すぐに耶枝さんが寄っていき、席へと誘導する。
最初のうちの客は耶枝さんが手本代わりに接客対応をすることになっていて、そこから四人中心で実践訓練に入るという流れに決まっているということだ。
男達はちらちらとメイド服姿の女子達を見て惚けた顔をしながら耶枝さんの後に続いて席へと向かっていった。
水とおしぼりは着席から三十秒以内というルールを守るべく、俺はすでに三セットずつを用意してディシャップ台へ置いてある。すぐに案内を終えた耶枝さんが取りに来て客の前へとそれらを配った。
俺にとってはほとんど癖みたいな動作だが、俺の手が空いていない時は案内したウェイトレスが自分で用意して持って行かなければならない。
これもまた、最初は俺と耶枝さんがやるのを見ておけという手本の一部なのだ。
なんにせよ、早々に客が入って一安心といったところなのだが、一安心する前に目の前の液晶に耶枝さんが受けた注文が表示される。
カフェオレ、アイスティー、コーラ、か……飲み物だけとか楽な客過ぎる。
すぐにグラスを用意して盆に乗せ、再度ディシャップ台へ置いて液晶パネルを操作し【完了】表示にすると、五人がそれぞれ腰に着けたオーダー端末が呼び出し音を鳴らした。
本来は注文を受けた一人の端末のみ鳴るのようにするはずなのだが、今日だけは席ごとに担当を区分けしていないので五人全員の端末が鳴るようになっている。
そして耶枝さんが注文の品を客のもとへと運ぶ、というのが一連の接客指導の流れだ。
その後入って来た客を相手に如月、相良、音川、リリーさんも耶枝さんの指導を受けつつ実際に接客をし、その間俺はジュースを淹れたりコーヒーを淹れたり軽食を作ったりケーキを皿に移したりキャベツと戯れたりといった具合で厨房の職務を全うする。
そうこうしているうちに、あっという間に正午になった。
肝心の店内はというと、テーブルとカウンターを合わせても平均六割ぐらいの席が埋まっている状態をキープ出来ている。
価格設定が低いだけにどうしても薄利多売になる以上、利益や人件費を出すためにはそれなりの回転率も求められるのが実情だが、今のところそれも悪くない。
駄弁り目的だったりメイド目的の若いグループ客がテーブルに六組、コーヒー飲みに来たり昼飯食いに来ている年配客や昼休み組がカウンターに五人。
アルコールを扱う以上は売り上げのメインは六時以降の夜メニューに変わってからの時間帯になるだろうし、人件費にしたって今日明日はバイトも四人全員が出ているが、週明けからはそうではない。
平日は基本二人、金曜日は三人、土日は二交代制で二人ずつ、というシフトになることも決まっている。
それらを踏まえても、出だしとしては結構良い感じなんじゃないか? というのが正直な感想だ。
これもビラ配りのおかげか、女子連中の魅力(笑)のおかげなのか。実際、男性客のメイド達を見る目ときたら下心しか感じられない。
ちなみにというか、これは余談なのだが、俺のシフトは水曜日の定休日以外基本は全部である。
「はい、カプチーノ完成っと」
カップをソーサーに乗せ、ディシャップに置くとすぐに如月が取りに来る。あいつはもう一人で問題ないんじゃね? ってぐらい見ていて不安を感じさせないな……。
無愛想なことに変化は無いが、客からの軟派な声にも暴言無しで対処しているし、なんか完璧人間過ぎて世の中ってまじ不公平です。
ちなみに耶枝さんは今店内には居ない。俺が昼休みに入っている間は厨房を任せなければいけないので早めに休憩を取ってもらっているのだ。
新人達に任せっきりというのは俺も含めて不安でないはずがないが、準備期間の短さを考えれば致し方ないといったところか。
とはいえすぐ上に居るのでなにかあれば駆け付けてくるだろうし、取り敢えず分からない事があれば俺に聞きに来いと言い付けているらしいのでなんとかなるだろう。
それよりも耶枝さんが居ないとレジも俺がやらないといけないのが一苦労である。
「ほい、一丁上がり」
出来上がったゴルゴンゾーラのクリームパスタを皿に移し、オーダー管理システムの液晶の呼び出しボタンをポチっとすると、今度はリリーさんが取りに来た。
注文を間違ったり、持って行くテーブルを間違ったりしつつではあるが、リリーさんもそれなりにキリキリ働いている様だ。
リリーさんに限らず如月以外は細かなミスや不手際は無いでもなかったが、その外見のおかげか、リリーさんの明るいキャラや音川の謎の存在感、相良の威圧感によるものか、幸いにしてクレームなどには発展していない。最後のはアレだけど……。
「ユウ~、オルゴデミーラ持って行くヨ~」
「へーい。ていうかゴルゴンゾーラね、喫茶店で魔王注文する奴とかいないから……って聞いてねえし」
そんなんだから注文間違うんじゃないの……それも含めてお客さんの受けが良いみたいだからうるさくは言わないけどさ。耶枝さん不在の今ホールで唯一明るいキャラだしな。
「優兄~、ちょっとこっち~」
調理も一段落したので洗い物をしていると、レジの方からりっちゃんが俺を呼んだ。
一時間ほど前に友達数人を連れて入ってくるなりジュースとホットケーキを俺に直接オーダーした挙げ句「優兄が席まで届けてね」と言い残して勝手にテーブル席に座ったっきりだったっけ。
昨日如月と険悪な感じだったけにウェイトレスの世話になりたくないのだろうと言われるがままにしたけど、ドリンクの追加か何かだろうか?
手を拭いて厨房の横にあるレジに行くと、りっちゃんは伝票を差し出してきた。どうやらお帰りらしい。
「じゃ、あたし友達と買い物行ってくるから。美味しかったよ、ごちそうさま~」
伝票を受け取ると、りっちゃんはそのまま友達を引き連れて出て行ってしまった。
「………………お代は?」
そうですか、俺のおごりというわけですか。
まありっちゃんなら仕方ないのか。俺今日財布忘れて来たんだけどね。
てわけで裏技発動。
伝票に赤ペンで【秋月優、給料払い】と書いてレジに入れておく。
元々耶枝さんからは「後から分かるように伝票に一筆書いておいてくれたら友達とかからはお金貰わなくてもいいからね♪」と言わていたりする。
幸か不幸か呼ぶ友達も呼ばない友達も居ないのでりっちゃん相手に活用したいところだが、そもそも黒字になるのかも分からない状態で店に負担を掛けるのも嫌なので後払いで勝手に手を打ったというわけだ。
「あ、オーダーだ」
そんなことをしている間に液晶モニターが電子音で俺を呼んだ。
注文は豚焼き肉ピラフとオムライス。手軽で何よりだ。
ちゃちゃっと作って何度目かも分からない調理完了コマンドによってウェイトレスを呼び出すと、すぐに如月が取りに来た。
こっちに来るついでに別の席から空いた皿を引き上げてくるあたり、嫌味なまでに優秀な奴だ。……いやそんなことより、
「おい如月」
気になったことがある俺は背を向けた如月を呼び止める。如月は大層気に入らない感じの顔を誤魔化すこともなく、面倒臭そうに振り向いた。
「なによ。例え業務であっても気安く声を掛けないで欲しいのだけど。邪魔だし不快だしモチベーションも下がるしデメリットだらけだもの。どうしてもというのならそうね、副店長の座を……」
「それはもういい。ていうか、さっきからお前とリリーさんしか来てない気がするんだが他の二人は何やってんだ? 休憩行ったわけじゃないだろ?」
「はぁ……何を今更。あの二人が来るはずがないでしょう、堂々とサボっているわよ」
「はあ? サボってる? なんで注意しないんだよ」
「私には関係無いもの。使えない人間に構っているほど暇じゃないし、そもそもアルバイトの管理はあなたの仕事でしょう。それに、あの子達の評価が下がれば必然的に私の評価も上がるし、これで益々店長に気に入られて……」
「黒い妄想してる場合か。ちょっと俺見てくるわ」
言って返事を待たずに厨房を出る。
正面にある席ならカウンターでもテーブルでも厨房から見渡せるが、L字の角から先は構造上死角になっていて様子は分からない。
相良はともかく、音川まで耶枝さんが居なくなった途端にサボるだなんて予想外だ。相良にしたって昨日お灸を据えてやったばかりだってのに何やってんだよまったく。
そんな若干の失望を抱きつつホールに出ると、すぐに音川の姿が目に入った。
なにがどうなっているのか、音川は客の居るテーブルに同じ様に腰掛けている。若い男性客三人組は携帯ゲームに興じているみたいだが、どうやら音川もそれに参加しているようだ。
音川は俺に気付いていないらしく、熱くゲーム指南をしている。
「駄目駄目。まだ条件を満たしていないから遺跡に行っても意味がないんだよ」
「えー、そうなの? でもさっきクエストクリアしたぜ?」
「牙獣種の討伐数も足りてないし、星九つのキークエストも残ってるでしょ?」
「あー、そういうことか。全然知らなかったわ、君詳しいねー」
「ふっ、僕はこの世界じゃ名の知れたハンターだと自負しているからね」
高校生か大学生かは分からないが、恐らく年上であろう三人の男達に得意気に語る音川に普通にイラっとした俺は声を掛けることにした。
客相手にタメ口の時点で説教もんだし、この二、三十分ずっとゲームしてたのかと思うと拳骨の一つでも食らわしてやりたい。
「こら音川」
「ん? やあ優君、どうしたんだい? 厨房の責任者がこんなところまで来て」
「どうしたんだい、じゃないだろ。なに初日からサボってんだ。ていうかお客さんのテーブルに座っていいと思ってんのか」
「おいおい優君、酷い言い掛かりだね。僕はこうして親身なお持て成しでリピーターの確保に一役買おうとしているというのに」
「そうか。じゃあ今この瞬間からお前の給料はこちらのお客さん方が来店してくれた時に発生した売り上げによる歩合制にするとしよう。じゃあごゆっくり」
「そ、それはあんまりだよ優君~」
言って背を向けると、俺を言いくるめられないと判断したのか音川は慌ててゲームを置いて腕にしがみついてきた。
「嫌なら早く仕事に戻れ。耶枝さ……店長が戻ったら怒られるぞ」
「やれやれ、分かったよ。見かけによらず仕事熱心なんだから。じゃあみんな、ゆっくりしていってね」
ようやく立ち上がった音川は三人組に言う。幸い気分を害したということは無さそうだが、他の客の目もあるし敬語を使えというのに。
「おう。サンキュー、メイドさん。ちなみにこの人は先輩かなにか? 面白い人だね」
「こう見えても僕の上司だよ。彼がこの店の副店長なんだ」
「へー、俺らより年下なのに大したんもんだねえ」
男の一人が俺を見る。
なんか見た目が爽やかな感じなので褒められても気まずい。街中とかで声掛けられたら確実に目を反らすレベルだ。
客、と認識した相手にはコミュ障っぷりを発揮しなくて済む特殊能力万歳。とりあえず色々な意味を込めて謝罪しておいた。
「お邪魔しちゃってすいません。ごゆっくりどうぞ」
ぺこりと頭を下げてその場を後にする。
後ろから「また何かあったら僕を呼んでくれたまえ」とか聞こえてきたので首根っこを掴んで厨房の脇まで引っ張ってきた。
「おーとーかーわー」
「あ、あはは……そんな怖い顔して怒らなくてもいいじゃないか。つい見知ったゲームでにわか知識のまま苦労しているのを見ちゃったから口出ししたい衝動に駆られただけだよ」
「口出しどころか同席しちゃってたじゃねえか。次やったら本当に怒るからな」
「心配しなくてももうしないさ、多分ね。ほら、約束」
音川は俺の手を取ったかと思うと、自分の小指と俺の小指を結んで上下に揺らす。約束って君すでに多分とか自分で言っちゃってるんですけど……。
オタクの行動心理など俺には分からないし言いたいことは山ほどあるが、指摘しようとしたタイミングで新規の客が入ってきたので結局今回だけは大目にみてやることに。
「ほら、今回だけはそれでいいから。お客さん案内して水としぼり出して」
「了解であります、副店長殿っ」
にこやかに敬礼して音川はホールに戻っていった。
毎度毎度あの笑顔と上目遣いに騙されている気がしないでもないが、そんなことに呆れるより先にもう一つやることがある。サボり魔二号、その名も相良である。
「確実に逆ギレされそーだな……」
そう考えれば考えるほど上辺だけでも素直な音川がマシに思えるのだが放っておくわけにもいかないわけで、今入って来た客のオーダーが入る前に済ませてしまおうと俺は再度ホールに向かうことに。
入り口から一番遠い一番奥のテーブル席に相良は居た。やはり音川と同様に勝手に椅子に座っている。
だが喋っている様子を見るに、こっちは直接の知り合いのようだ。
知り合いというか後輩というか……正しくは舎弟的なものか? なんにせよ金やら赤やらに髪を染め、上下ピンクのジャージー姿のガキが三人、相良に敬語を使って雑談している。声掛けたくねー……。
「さが……巴、知り合いが来て話がしたいのは分かるけどちゃんと周りもみてくれないと」
恐る恐る声を掛ける。あぶねえ、問答無用でまた胸ぐら掴まれるとこだった。
衆人環視の中そんなことをされては店の評判が下落の一途を辿ってしまう。
と、思いきや、せっかくギリギリで修正したのに漏れなくキレられる哀れな俺。しかも、相良じゃなくて横のガキに……。
「ああん? てめえ誰に文句言ってんだコルァ。つーか今姉さんを呼び捨てにしただろオリャア」
「いや……その……」
不幸中の幸いというべきか、胸ぐらは掴まれなかったものの、ものっ凄い至近距離でガンを飛ばされる。姉さんって……もしかしてこいつら例のレディースの仲間か?
暴力沙汰だけは俺的にも店的にもヤバいんだけど、善良な市民である俺に対処法なんて分かるはずもなく……どうしよう、誰か警察呼んでくれ。と涙目になっていると、
「おい、やめろ」
意外や意外、正面に座る相良の声が金髪少女を制した。少女は顔を離したものの、不満げに抗議する。
「姉さん……いいんすか、こんなショボイのにチョーシ乗らせといて」
ビシっと指さされる無言の俺。ショボイの……。
「確かにパッと見はショボイが、この店で働く以上ウチの上司なんだ。偉さで言えばウチと同等なんだよ」
なんでだよ。おかしいだろ。新人バイトと副店長が同格なのかよ。
そりゃ生物としての強さで言えば戦闘力四万二千対五十三万ぐらいの差があるけど、この店での肩書きだけで言えば俺の方が上だろ?
「それにこう見えてもコイツは結構すげえんだ。ウチ個人的も借りがあるしな。この店に迷惑を掛けたらぶっ殺死ってチームの新ルールと同じで、こいつにも迷惑を掛けるな」
相良は真剣な表情でそう言った。
そんな新ルールを作っていたのか。その発想に至るだけの気持ちがあるならそもそもサボんなよ……勿論口には出来ないけども。
しかし、そんな相良の顔に気圧されたのかピンクの三人組は顔を見合わせる。
「姉さんがそういうならまぁ……ていうか」
「うん、姉御と同格ってなにげにヤバくね?」
「ヤベーッス。姉御が認めた男……つまり」
三人の視線が同時に俺に向く。
かと思うと、声を揃えてこんなことを言った。
「「「兄貴!」」」
「頼むからやめてくれ……」
絶大なる風評被害を生みそうだ。




