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ファミーユの副店長戦線  作者: 天 乱丸
【第一話】
13/56

【12オーダー目】 色んな意味で流石過ぎる美少女集団



「うん、これで大体はオーケーかな?」

 静けさを取り戻した店内の厨房の中、隣にいる耶枝さんはにこりとして言った。

 店内には俺と耶枝さんの二人しか居ない。

 バイオレンス&ミステリアスなメイド達はどうしたのかというと、決して帰ったというわけではなく、店内研修を終えて宣伝、つまりは集客活動の一環として店の外に出ている。

 二人一組になってのビラ配り。それが彼女達の今日最後の仕事だった。

 メイド服姿を知り合いに見られるのは出来れば避けたい。

 という訴えもあり、最寄りの二つの駅にそれぞれ自分の学校や家とは遠い方へと配置することになり、結果的に如月音川班と相良リリー班に分かれることになった。 

 耶枝さんが印刷屋から持って帰ってきた物はそのためのチラシだったのだ。

 予め警察署で許可を貰ってあるあたり周到なものだと思うのだが、ちゃんと考えている部分とそうでない部分の差が激しすぎるのが難点である。

 そして残された俺はというと、前もって聞いていた通り珈琲類の作り方なんかを指導してもらっていて、丁度今それが終わったところだった。

 と言っても所詮は大衆向けのカフェ。

 細かな技術や独自の作法が必要なわけでもなく、そこいらの喫茶店と同じようにバイトでもこなせるようなテンプレートとしての作り方を覚えるだけの作業だ。

 例えば、豆を細かく挽けば苦みが強くなるし、逆に荒く挽くと酸味が出やすくなるといった基礎知識を理解し、どの豆どのメニューに何番のメッシュが合うのかを覚える。

 豆の種類一つとってもブレンド、キリマンジャロ、モカ、ブルマン、コロンビア、ハワイコナと今まで聞いたこともないような物まで扱っているし、ただ豆を挽いてコーヒーを煎れるだけならまだしも、耶枝さんなりの拘りなのかただの思い付きなの結果なのか、それ以外にもメニューはズラリと並んでいるのだから覚えるだけでも一苦労だ。

 カフェオレ、カフェラッテ、カフェモカ、カプチーノ、フラットホワイト、ベビーチーノ、コルタード、マキアートなどなど、カフェオレとカフェラテの違いすら考えたこともないオレには、いや俺には一苦労である。

 結局は使う豆や抽出方法、ミルクとコーヒーの割合や泡……専門用語的にはフロッフというらしいが、その量などがそれぞれ違うというぐらいのことなのに種類がこれだけあるともうサッパリだった。

 さすがにそれらを覚えることに店に居る時間を使うのは勿体無いので、ひとまずマニュアルや自作のメモを見ながらでも一通り作れるようになるための練習及び指導に時間を費やしたというわけだ。

 それも一通り終わり、目の前には成果である数十杯のカップとグラスが並んでいる。

 時間にして二時間弱といったところか。

 さすがに集中していると時間の経過も早い。なぜ授業やテスト勉強でその集中力を発揮できないのかと小一時間自問したいところである。

「それじゃ優君、片付けはわたしがやっておくからみんなを迎えに行ってあげてくれる? そろそろいい時間だし、明日に備えて早めに帰してあげたいからさ」

 時刻は午後七時を大きく回っている。

 最初の研修が始めってから数えるとかれこれ四時間近く経過しているのか。

「迎えに行くんですか? わざわざ行かなくても終わりなら電話とかでそう伝えればいいのでは?」

「そうなんだけどね、先々は二人や三人でシフトを組むわけじゃない? だからあの子達がバラバラに組み合わさっても上手くやれてるかどうか様子を見てきて欲しいんだ」

「あー……なるほど」

 確かに強すぎる程に癖が強い四人だ。

 個々に都合もあるだろうことを考慮すると必ずしも相性の良い組み合わせだけでシフトが組めるわけではない。

 耶枝さんや他の奴の手前普通に接していても、二人になった途端会話も無い協力し合うこともない、では店も回らないってことか。

 特に如月と相良に関しては相性もクソもなさそうだしな……。

「わかりました。じゃあちょっと様子見がてら行ってきます」

「うん、お願いね」

 そんなわけで、どうか嫌な光景を見ずに済みますようにと祈りつつ、不安だらけのまま店を出るのだった。


          ○


 知らないうちにすっかり暗くなっている空の下、駅に向かって街中を一人歩く。

 今から向かう松葉東駅は俺が通っている学校とは逆方向にある。すなわち、そこにいるのは如月音川班ということだ。

 店からだと歩いても十分ぐらいなのでそう遠いわけでもないのだが、よく考えてみれば奴らは店の制服のまま行ったんじゃなかったっけか。

 同じ制服でも学校の制服の上にエプロンを着けただけの俺と違ってメイド服姿で街中を歩くとかそれなんて羞恥プレイ?

 秋葉原とかじゃ当たり前の風景らしいけど、この界隈にメイド喫茶があるなんて話は聞かないし、相当目立つのではなかろうか。

 そんなことを考えているうちに駅も近付いてきた。

 比例して行き交う人も徐々に増え、それに伴って俺のテンションは下がっていく。

 俺の嫌いなもの、それは人が多い場所。

 学校の教室でさえ落ち着かないし、息苦しいし、肩身も狭いというのに……いや最後のは関係ないけど、それにしたってこれだけうじゃうじゃと人がいると前を向いて歩くことすら憚られる。

「あれ、優君じゃないか」

 ふと、俺の名を呼ぶ声がした。

 俺のことを優君などと呼ぶ人間は耶枝さん一人についさっき音川が増えてこの世に二人しかいない。

 俯いていた顔を上げると、予想通り音川と如月の姿があった。予想も何も声で分かってたけど。

「こんなところで何をしているんだい? お仕事は終わったのかな?」

 音川は不思議そうに俺の顔を覗いた。

 二人はパーカーを着ているので少なくとも上半身はメイド服姿ではなかったらしい。フリフリスカートにニーハイ、ガーターは全く隠せてないけど。ていうかよく見るとそのパーカーに店の名前が入っているのはなぜなんだぜ?

「もう終わっていいって話だったから様子見がてら迎えに来たんだよ。なのになんでお前らは勝手に帰って来てんだよ」

 サボりか? 飽きたのか? それとも恥ずかしさに耐えられなかったのか? 仕事ナメんなよコノヤロー。

「別にサボって勝手に戻ろうとしていたわけじゃないんだよ? チラシが無くなっちゃったから仕方なく、というわけさ」

「マジで!? あれ全部配り終わったの!?」

 耶枝さんが注文していたチラシは全部で千枚。


『余ったら後々ポスティングでもすればいいじゃない』


 とか言って馬鹿みたいに印刷してひとまず全部持たせたので一人あたり二百五十枚は持って行ったはずだ。つまりは二人で五百枚……それがたった一時間半で無くなる? んなアホな。

「お前らチラシ捨てたんじゃねえだろうな」

「そんなことしないよ。ちゃんと一人一枚ずつきっちり配ったともさ。もっとも、ほとんど姫のおかげなんだけどね」

「如月のおかげぇ? お前が捨てたんか」

「捨ててないと言っているでしょう。口と顔を慎みなさいペドロリ単細胞」

「誰がペドロリだ! ていうか顔を慎むってどんな状態!?」

「単細胞は否定しないんだね……まあそれは置いておいて、優君落ち着きなって。本当に全部配ったんだ。僕が保証するよ」

「当事者のお前に保証されても……だって、あんだけ枚数あったんだぞ?」

 不正じゃなければどんだけアグレッシブに配って回ったんだよ。改札口で待ち構えていたのか? 或いは別の誰かに手伝わせたって可能性もある。

「だから言ったじゃないか。姫のおかげだって」

 音川は言う。

 やれやれと首を振る様子からして「しつけーなこいつ」的な感じがうっすら感じられた。

「なんで如月のおかげだったらチラシが無くなるんだよ。どんな理屈だ」

「そこは姫たる所以というやつさ。このパーカーを脱いでメイド服を披露した途端に注目の的だよ。わざわざ配って回らなくても向こうから貰いに来てくれるぐらいでね、途中からは列まで出来ちゃってまるでアイドルの握手会状態だ。僕は横で姫に広告を手渡すことと勝手に写メを取ろうとする人にご遠慮願うだけのマネージャー状態だったよ」

「ほんとかよ……」

「これだけのビジュアルだからね、そこらのアイドルなんて目じゃないさ。実際モデルやアイドルのスカウトも何人か来たぐらいだし」

「……ふーん。よかったな、顔だけは良くて。外面だけは良くて」

 その状況は全く想像も出来ないが、要するに如月の見た目に騙されて人が集まってくれたおかげで配る手間が省けたということらしい。世の中馬鹿ばかりだ。

「それを自覚したことはないけど、あなたみたいに顔も心も腐っているよりはマシだと強く実感したわ。今まさに、あなたの顔を見て」

「酷い……」

「優君……自分から仕掛けておいてあっさり撃沈しないでよ。悲しくなるよ」

「ほっとけ。いいか如月、音川。確かに如月の見た目が良いことは間違いないだろうさ。学校でもそんなムカツク話ばっか聞くからな。だけどいくら如月みたいに顔やスタイルが良くてもそれを目当てに寄ってくる奴なんてロクなもんじゃねえ。人間大事なのは中身なんだよ。例え俺の顔や心が腐っていたとしても、中身は違うかもしれない。俺はそういう所を見てくれる人と結ばれたいもんだね。お前ら特権階級にはそれが分からんのですよ」

 そんなつまらないものに囚われない人間こそが真実の愛を手に入れられるのだ。例えるならそう、まさに白咲さんのような。

「それこそ偏見の塊じゃない。嫉妬して無理矢理非難するような人間に中身なんて無いわよ気持ち悪い」

「というか……僕が思うに心というのはイコール中身なんじゃないの?」

「………………」

 いつだって真実は人を傷付ける。そんなことは慣れっこだ。だけど、

 どれだけ他の要素が優れていたとしても、嫌いな人間だから何を言ってもいいと思っているのならやっぱりお前は嫌な奴だよ。


          ○


 二手に分かれたもう一方、すなわち相良&リリー班のいる駅までやってきた。

 こちらは笹川駅といって、どちらかというと小さい分類の駅だ。当然人通りも先ほどの松葉東駅に比べて少ないという印象がある。

 俺が通う学校からは割と近いのだが、駅が小さいだけに不便な面も多く恐らく近隣の学生はほとんど利用していないだろう。

 普段駅に来ることも少ない俺の印象でしかないわけだけど、実際来てみてもそこまで賑わっているようには到底見えなかった。

 改札も一つしかないし、周辺もそこまで混み合っている雰囲気もない。

 これなら探すのも楽そうだ。

 そう思って辺りを見渡しながら付近を歩いていると、リリーさんの元気な声が聞こえてきた。

「お願いしますヨ~」

 声がする方向を見てみると、少ない通行人を出来るだけ逃さないよう笑顔で声を掛けているメイド服姿のリリーさんがいた。

 頑張っているその姿を見ただけでやっぱりリリーさんが一番純粋無垢なのだと思わされる。穢れきった某ドールや荒れ狂う某総長とは大違いだ。

「…………ん?」

 ていうか、周囲を見渡してもメイドさんがリリーさんしかいないんだけど、その某総長はどこ行った? 

 二手に分かれて配っているのだろうか。確かにこの人通りじゃ二人同じ場所に居るのも効率が悪いんだろうけど。

「リリーさん」

 横から声を掛けると、リリーさんは驚いたのち表情をパッと明るくさせる。

「ユウ! 手伝いに来てくれたカ?」

「いえ、もう終わりでいいみたいなのでそれを伝えに来たんですけど」

「そうだったのカ。リリー一人で頑張ったヨ~、いっぱい配ったヨ」

 そう言って額を腕で拭うリリーさん持つバッグの広告は確かに半分ぐらい減っている。

 如月や音川と違ってこの駅でこれだけ配れば十分な成果だろう。頑張っているのはさっき見ただけでも分かるし、予想以上にしっかりした性格なのかもしれない。

 いや、そんなことよりも……

「一人って、相良はどこ行ったんです?」

「トモエはずっと休憩中ヨ。全然戻って来ない」

「マジっすか……」

 あのヤンキーがサボるとは……耶枝さんに対する忠誠心からして言われたことはきっちりやるもんだとばかり思っていたのに。というか、それに対して特に不満も無さそうなリリーさんどんだけお人好しなんだよ。

「ちなみに、いつぐらいから一人でやってたんですか?」

「んー……一時間ぐらいカナ?」

「あいつめ……リリーさんもさすがに怒っていいっすよ」

「トモエにはトモエのジジョーがあるヨ。ドンマイドンマイ」

「人が良すぎて騙されてるっていうか、付け込まれてますよそれ」

 そもそもこれ仕事だからね。給料発生してるからね。ドンマイで済まねえよ。

「もう帰るなら呼んで来るカ?」

「いや、俺が呼んできますよ。さすがに見過ごせないし。てことでどこ行ったか教えてもらえます?」

「そっちの通路に居るからなんかあったら呼べって行ってたヨ?」

 言ってリリーさんは背後にある路地を指差した。

 有料駐輪場とシャッターが閉まっている何かの店の間の薄暗い細道だ。

 仕方なくリリーさんに待機してもらうように言ってその路地へと足を踏み入れると、入ってすぐの角を曲がった先に相良は居た。

 壁にもたれ掛かるようにヤンキー座りをしながら缶のコーラを煽っていた相良はスカートが短いせいで下着が丸見えだった。

 すぐに目が合うと、相良はコーラを持ち上げる動作こそ止めたものの特に慌てる様子も言い訳をすることもなく、ただジッと目を反らさずに俺を見ている。

 そして、少しの間を置いて、こんな事を言った。

「……優、取引をしようじゃねえか」

「いきなり買収しようとするな。何してんだよ一人でサボって、みんな頑張ってんのに」

「皆まで言うな……ウチだって分かってんよそんぐれえ。他の奴にも店長にもわりーことしてるってよ。でもお前よく考えてみろよ? ウチは総長だぞ? ヘッドなんだぞ? メイド服着てビラ配ってる場合か?」

「言いたいことは分からないでもないけど、それが仕事なんだしさ。みんな嫌でも恥ずかしくてもやってるんだって、それでお金を貰うんだから。あと、悪いけど座り方変えてくれ。思いっきりパンツ見えてるから」

「パンツぐらいでごちゃごちゃ言うな。ちいせえ野郎だな」

「……見られてる側が言うんだそれ」

「とにかく、だ。見られたからには言い訳はしねえ」

「パンツを?」

「パンツじゃねえよ! サボってるところをだ。店長にチクられても文句は言わねえ、罰は受ける」

 その覚悟があるならチラシぐらい配りゃいいのに。

そう思えてならないが、なんかプライドとか世間体みたいなもんがあるのだろう。

 そりゃメイド服着てない俺だって赤の他人相手にチラシ配りなんて絶対やりたくないからな。

 バイトの立場からすりゃ初日から仕事を拒否するわけにもいかないだろうし、何より開店前日に説教食らわせるのは主に自分のためも含めて色んな意味で気が引ける。

 となれば……しゃーないか。

「今回は黙っておくけど、今度からはちゃんと言ってくれ。出来ないことは出来ないで仕方ないけど、黙ってサボるのは禁止ってことはさすがに譲れないし。ホウレンソウをきっちりとやってくれたら対処は出来るんだから」

「……ホーレンソウ? なに言ってんだお前?」

「報告、連絡、相談のことだよ。耶枝さんも嫌なものを無理矢理やらせるようなことはしないだろうし、そうなる前に言えば理解してくれると思うから。言いにくかったら俺にでもいい、そしたら俺が耶枝さんに汲み取ってもらえるように伝えるから」

「わーった、今度からはお前に言ってみることにするよ。お前……意外と良い奴だな」

「いや、良い奴っていうか……」

 単に立場的なものであり、警告で済ませようとしているのも自分のために他ならない。

 オープン初日から気まずい雰囲気になったり、最悪そのままブッチでもされたら店が回らないから。

 ただそれだけの理由だったのだが、これで相良が反省して少しは真面目にやる気になってくれるなら敢えて訂正することもないか。

 貸しでも作っておけばいつかまた腕力をチラつかせてきた時に反撃の余地もあるかもしれないしな。

 いきなり完璧なんて誰にだって出来ることじゃないし、これを良い薬にしてくれればひとまずはよしとしておいてもいいだろう。

 早すぎるもので明日にはオープンなのだ。

 ただでさえ不安要素だらけの試みである以上、出来る限り万全の体勢で迎えたい。最初からクライマックスになってしまわないように、なんとか頑張る以外の道はないのだから。


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