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ファミーユの副店長戦線  作者: 天 乱丸
【第一話】
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【10オーダー目】 残念過ぎる俺の尊厳



「ほらよ」

 何様だてめえらと心で悪態を吐きつつ、雑談しながら席で待っていた四人の元に飲み物を運ぶ。

 悲しきかな、うちの店では酒注ぎばかりやっていたおかげでどれだけ嫌々やってても飲み物は受注後二分以内と叩き込まれたルールを体が守ってしまっていた。

 手に持ったトレイには四つのグラスとガムシロップにフレッシュがそれぞれ二つずつ乗っているが、これ以上敗北感が増すのはごめんなので一人一人に配ってやったりはせずトレイごとテーブルに置いて放置するという心優しき俺。

 そんなささやかな反抗にさえ目敏くも気が付くのはやはり如月である。

「サービスが悪いわね。ちゃんと配膳しなさいよ役立たず」

「客かお前は。料金払うならいくらでもそうしてやるよ」

「だったら料金は払うわ。あなたの給料から引いておいて。但し書きはそうね、不快な顔と存在であることに対する慰謝料の一部とでもしておけば第三者が見ても分かりやすくていいんじゃないかしら」

「ないかしら、じゃねえよ。色々おかしくねえ!?」

 なんで飲み物注がされた挙げ句に暴言を浴びせられなきゃいけないんだよ。

 つーか不快な顔ってなに? しかも一部って、これだけの仕打ちを受けても完済出来てもねえのかよ。むしろこっちが慰謝料を請求出来るレベルだよねこれ。

「まあまあ、初日から喧嘩なんてやめようよ二人とも」

 睨み合う俺と如月の間に割って入るはリアル僕っ娘、音川湖白。

 やはり一番まともな人間性を持ち合わせているのはこの子らしい。我関せずでさっさと自分の飲み物に手を付けている他の二人とは大違いだ。

 音川は話題を変えようとしてか、俺の方を見た。

「ところで優君、グラスが四つしかないけど君は何も飲まないのかい? せっかくだし一緒に休憩すればいいじゃない」

「いや、俺はいいよ。まだ片付けも残ってるし」

 そもそもテーブル席には椅子が四つしかないし、疲れる程働いたわけでもない。

 何より如月と同席とかアイアンハートがいくつあっても足らなさ過ぎる。どこまでも嫌な奴め。こんな奴に憧れる男の神経が分からん。

「それは残念。じゃあありがたくいただくことにするよ」

 音川は僅かに頬を緩め、フレッシュを紅茶に注いだ。

「ところで、耶枝さんはどこに行ったんだ?」

「店長なら何やら仕入れ先から電話があったみたいでね。何か確認の電話らしくて二階に上がっていったよ」

「ふーん」

 ……また何かやらかしたんじゃないだろうな?

 不安で仕方がなかったが、某アイスドールさんが「いつまでそこに立ってんのよ」オーラ全開で見ているのでさっさと厨房に戻ることにしよう。

「あ、おいヘナチョコ」

 背を向けた瞬間、敢えて確認せずとも誰が誰を呼んでいるのかが一発で分かる呼称が足を止める。


「誰がヘナチョコだゴラァ!」


 と、言える勇気があれば軽くブッ飛ばされるだろうからそんな勇気は要らない。

「……なにか?」

 渋々、もとい恐る恐る振り返ると、相良が立てた人差し指一本で手招きならぬ指招きをしている。

 もう女子は女子で勝手に仲良くやってくれと。俺のことは放っておいてくれと。

 切に願っているのになぜその防壁を理解してくれないのか。俺の味方は耶枝さんとキャベツだけでいいのに。

「……なにか?」

 大人しくテーブルの脇まで戻った俺は如月と目を合わせない様にしつつ、同じ台詞を繰り返す。

 なぜか相良は改まった態度で身体の向きを変え、腕を組んで真剣な顔で俺を見た。

「まあ今ふと思い出したってだけで大した事じゃないんだけどよ、そろそろハッキリさせておこうと思ってよ」

「ハッキリさせるって……なにを?」

「お互いの関係をに決まってんだろ。二階に居る時に店長にも言われたし、お前が……なんつうのか、料理の腕とか経験とかってもんを買われて店長に頼られてるっつーのは理解した。そう考えるとただのヘナチョコじゃねえのかもしれねえ」

 うんうんと、腕を組みながら相良は何度も頷いた。

 突然なにを言い出すんだこいつ……お互いの関係をハッキリさせる? 要するに上下関係をハッキリさせようじゃねえかってことか?

 態度や口調だけじゃなく言葉でも俺が底辺だと自覚させようとするとか、なにそれ怖い。

「店長はトップだから当然だろうぜ。だけどやっぱお前にまでペコペコすんのはちっと無理があんだよ。だからせめて対等な関係で行こうじゃねえか。タメなんだしいいだろ? 立場上お前の方が上だってのは分かってるし、仕事の指示にはちゃんと従うからよ」

「えーっと……」

 どういうことなんだぜ?

 俺の立場を理解しつつ、だからといって俺如きに謙るのは嫌だからイーブンの関係にしようと、そういうことなのか?

 俺が下だとハッキリ言われなかっただけ救われた感じではあるが、その口振りじゃどっちが譲歩する側での話なのかは判断が難しいところだ。

「まあ……俺だって自分が偉いだなんて思ってないから相良さんがそれでいいなら構わないけど」

 初めから歳も変わらないこの連中相手に上司面する気なんかなかったしな。それ以前に、別にあんた耶枝さんにもペコペコしてないけどね。

「話が分かる奴で良かったぜ。つーわけでだ、ウチのことはさん付けすんな。普通に巴って呼べ。ウチも呼び捨てにすっからよ」

「え……相良じゃ駄目なの?」

 女子を下の名前でとか呼びたくないんですけど。巴って誰なのよ! とか白咲さんに言われたら困るんですけど。

「店長の言ったこと聞いてなかったンかテメーは。スタッフ同士は下の名前か渾名で呼び合うってルールなんだろ?」

「……初耳すぎるんだけど」

「少しでもうち解け合うためのルールだって言っていたよ?」

 と、補足してくれたのは音川だ。なるほど、それで相良が如月を名前で呼び始めたってわけか。

「理屈は分かるけど……そう簡単に女子を名前でなんか呼べないって。特に如月なんてクラスメイトなんだぞ? 誰かに聞かれでもしたら陰で何言われるか分かったもんじゃないし無理無理」

 学校じゃ白咲さんと一緒にいるのだ。

 親しくもないのに『神弥』なんて呼んでるのを聞かれたら洒落にならん。俺の高二人生が一瞬で崩壊するわ。

「私の気持ちを代弁してくれれ助かるわ。例えクラスメイトじゃなかったとしても、名前で呼ばれたりしたら……死体の始末が面倒だもの」

「名前呼んだだけで殺されるのかよ。王族か何かかお前は」

「そのぐらい私にとっては精神的苦痛を伴うということよ。同じ学校だし、他人の目もあるわけだから理由としては十分でしょう。秋月がそう言っていたからということで店長には伝えておくから、死にたくなった時以外は間違っても口にしないで。といっても、あなたが死にたくなる度に名前で呼ばれてたら結局下の名前で呼ぶことを許可しているのとほとんど変わらないでしょうけど」

「……どんだけ死にたくなるんだよ俺。どんだけ打ち拉がれる人生なんだよ俺」

 しかも俺が言ったことにすんのかよ。別にいいけどさ。

「そんなわけだからさ、如月はともかく女子同士だけのルールにしておいてくれよ」

「だったら神弥だけ名字で呼べばいいだろ。ウチのチームじゃ仲間と認めた奴は名前で呼び合うルールなんだよ」

「いや、この店は相良のチームじゃないからね?」

 何言ってんだろうね、この人。

 そのうちお前等の溜まり場とかになるんじゃねえだろうな。

 なんてことを危惧していると、音川とリリーさんが参戦してきた。

「別に僕も気にしないし、名前で呼んでくれてもいいよ?」

「リリーはリリーだヨ!」

「良いとか悪いとかってことじゃなくて、なんていうか男子には簡単なことじゃないんだって。リリーさんはすでにリリーさんって呼んじゃってるからそう呼ぶけど、他は普通に名字ってことでいいだろ? 耶枝さんには俺からちゃんと言っておくし」

 そこらのイケメン野郎なら気軽に呼べるんだろうけど、俺にイケメン要素なんざ一ミリたりともない。

強いて言うなら声だけ聞いたらちょっとイケメンっぽいって言われたことならある。山本に……そう、男に。

 とまあ口上並び立ててはみたものの、結局は家族親戚でもない女子を馴れ馴れしく呼ぶことが嫌なだけなのだが、そんな理屈が通用しないのが相良という女らしい。

 奥に座っていた相良はいきなり手前の音川を乗り越え、俺の胸ぐらを掴んだ。

「テメェ、リリーがよくてウチが駄目だってのはどういう料簡だコラ」

「えぇぇ……」

 そこキレるところ?

 ていうかなにこのメイドさん。バイオレンス喫茶?

「ウチがいいっつってんだからいいんだよ。違うか?」

「そ、そんなことを言われても……」

 どう言えば納得してくれるのだろうか。そろそろ殴られそうで怖いんですけど。

「逆に聞くけど、どうしてそこまで拒むのかしら? 私以外は本人達がいいと言っているのだから問題無いじゃない」

 そう言ったのは如月だ。

 いつも止めに入ってくれる音川は相良の下で「お、重いよ」とか言ってるだけだし、リリーさんも口に手を当ててビックリしてるだけの今、俺の味方なんていないと思っていたのに……仲裁に入ってくれるなんて良い所もあるじゃねえか。

 と、一瞬思いかけたが、きっとこいつは目の前で繰り広げられる不毛な言い争いがウザくなってきただけだろう。

 例えそうであってもこのチャンスを逃せば俺は血祭り必至。

「どうしてって、白咲さんに悪いからに決まってんだろ」

 一途な俺。操を立てる俺。すなわち愛戦士俺!

「無意味過ぎて泣ける気遣いね。そんな理由だったら気にするまでもないでしょうし、万が一……いえ、三回連続宝くじで一等が当たる確率ぐらいの奇跡が起きてそういう関係になることが出来たとして、その程度のことで気を悪くするような子じゃないと思うけど?」

 中学生じゃあるまいし、と如月は言った。

 だけどそんなの憶測もいいところだし、例え白咲さんが気にしなくとも俺が気にするって話をしているわけだ。ていうかそれ分母いくつですかと聞きたいわけだ。

 ちなみにその間、相良は「誰だよ白咲って。そいつここに呼べ」と喚いていた。

 そして如月は続ける。

「どちらにしても、巴さんだけなら大した問題じゃないでしょう。この通り男か女かもはっきりしない人種なんだし」

「オイコラ神弥、てめえもそろそろブン殴んぞ」

 相良は如月をギロリと睨む。が、その目はすぐに俺に向いた。

「で、どうすんだ?」

 口ではそう言っていても、ニュアンスは完全に「イエス以外の答えを口にしたら分かってるよな?」にしか聞こえない。

 胸ぐらを掴まれ、鬼の様な目で睨まれ、さらには無理矢理首を縦に振らされようとしている俺。ほとんど恫喝である。

 とどのつまり相良の言いたいことはリリーさんだけ認めて自分が拒否されているのが不公平というか、ヤンキー風に言えば筋が通ってないってことだったはず。ならば、

「ぎ、逆にリリーさんも名字……ていうかファミリーネームで呼ぶようにするってのはどうでしょうか」

 もはや相良の掲げる対等な関係など微塵もなくなっていた。

「駄目だ、もうリリーとか関係ねえ。ウチは認めた相手とは対等な関係じゃねえとなんかムズムズする」

「そんな抽象的な理由で……」

「リリーはリリーだヨ?」

 言ってる場合か! 助けろ。

「もういいからさっさと認めなさいよ。煩わしいわねヘタレ」

「そ、そうだよ優君。僕もそこまで深く考える程のことでもないと思うよ? お店のルールって建前もあるんだしさ」

 如月に続いて、ほとんど相良にのし掛かられている状態の音川もいい加減事態を収拾しようとしているらしい。

 確かにこのままじゃ相良は絶対に引き下がらないだろう。例え俺がブン殴られたところでそれは変わらない。ならば俺に出来うる最善の選択は何か。

 ひとまず認めたフリをして極力、特に店の外では口にしないよう気をつけつつ徐々にそのルールを無かったことにしていく作戦! これしかない。

「分かった……名前で呼ぶよ。ただし相良だけだ、他の人は取り敢えず勘弁してくれ」

 俺が言うと、相良は「よし、それなら許してやる」と、ようやく手を放してくれた。

 そんなわけで、どうにか最悪の事態は回避されたものの、相良を巴と呼ばなくてはいけなくなってしまった。呼ばないけど。

 音川はちょっと残念そうにしていたけど、これが俺の最大限の譲歩。ちなみにリリーさんはリリーさんのままだ。

 そんなわけで再確認。

「じゃあ俺は……それぞれ如月、巴、音川、リリーさんってことで」

 一つ不協和音が混じっていることに心が痛む。

「私は変わらず秋月、巴さん、湖白さん、リリーさんとそれぞれ呼ばせてもらうわ。正直不本意だけど」

 全員(俺以外)に「さん」付けというのも如月らしい。年下の音川にまで明確に壁を作ってる感じだ。

「ウチは優、神弥、湖白、リリーだな」

「リリーはユウ、カグヤ、トモエ、コハク、ヤエだ」

「僕も特に変えるところはないかな。優君、姫、モエモエ、リンリンと呼ぶよ」

「いやいやいやいや……半分以上誰だか分からないぞそれ」

 姫? モエモエ? リンリン? ナニソレ? 俺ユーミンじゃなくて良かったわー。

「つーかウチのことをモエモエとかふざけた名前で呼ぶなって言ってんだろコラ」

「可愛くていいじゃない。渾名はいいって店長も言っているんだし」

「テメエ後輩だろうが。せめてさんとか先輩とかで呼ぶのが礼儀じゃねえのかオイ。そもそもなんでタメ口なんだよ、いっぺんぶっ飛ばすぞ」

「喧嘩暴力は禁止だってルールもあったのに?」

「ぐっ……フ、フザけやがってこのガキ。だったらウチだってお前のことは変な奴って呼ぶからな! 神弥は優等生、リリーはデカパイだ」

「それはお客さんが聞いたら店の印象が悪くなるからやめてくれ……」

 ていうか、相良を言い負かす音川さんマジパネエ!

「ま、私は姫と呼ばれるのはやぶさかではないから文句はないけれど」

「……気に入ってんじゃねえよ」

 総括すると、馬鹿ばっかりだった。




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