【プロローグ】 唐突過ぎる開店計画
「そういうわけだから、これからよろしくねっ。副店長♪」
目の前に座る女性は、唐突にそんな事を言った。
現役高校生である俺に、臆面もなく、躊躇いもなく、そしてなんの疑いもなく、満面の笑みで。
桜之宮耶枝。
続柄、叔母。
年齢は三十前後であることは確かだが、正確な数字は覚えていない。
しかし、例えそれが三十代前半であっても、二十代後半であったとしても、その風体には不釣り合いなプロフィールだと感じるのは周囲も等しく抱く認識であった。
その童顔と細めの体躯は現役の大学生だと自称しても疑われることなく納得されてしまうだろう。
性格はというと、良く言えば天然だったり暢気だったり、悪く言えば脳天気というか行き当たりばったりといったところか。
ようするに物事をあまり深く考えないタイプの人間だということを言いたいわけだ。
そんな人間性が出来婚の末に高校中退、現在バツイチシングルマザーという半生にどの程度影響があったのかは定かではないが、しかし、年に一度か二度顔を合わせるぐらいの親戚関係であるそんな叔母の波乱に富んだ人生の一部として組み込まれることになろうとは、その台詞を聞くまでに限定すれば、ちょっとしか思っていなかった。
とまあ、前置きが長くなってしまったが、実際には前置きではなく「どうしてこうなった」的な脳内回想であったのだが、そんなわけで今俺の目の前……ではなく横には桜之宮耶枝という一人の女性が座っているのである。
さぞ楽しそうに。いつもと同じ様に、にこにこしながら。
場所は最寄りから一つ隣の駅の近くにあるファミレスだった。
叔母の住むこの街に一方的に呼び出された、というとやや語弊があるのかもしれないが実の姉であるうちの母に日時と場所を指定し、「そこで待ってるから」と伝言されただけだというのだから、あえて訂正するほどの相違はあるまい。
しかもその伝言を聞いたのが当日の朝になってという薄ら迷惑な事情の下、放課後になってすぐに単車を飛ばして駆け付けた次第だ。別にチャリでも来れる距離ではあるが、指定された時間からして間に合うわけがない。
そんな感じで指定の店に到着した俺は店内に入り、その姿を見つけると軽く再会の挨拶を済ませ、軽かったことが不満だったらしい耶枝さんにハグされ、頭を撫でられ、飲み物を注文してさっそく本題に入った。
中身はというと、彼女の今後の人生設計とかそんな話で、要約すると毎日家でいるのも飽きたから仕事でもしようと思うのだけど、今更パートなんてしたくない。だったら自分で新しく商売を始めればいいんじゃね?
という、短絡的かつ計画性のかけらも無いニート思考全開な話だった。
言わずもがなこの時点で嫌な予感がプンプンしていたわけだが、次に出てくる衝撃で戦慄な一言までは予想出来なかったことが本当の意味での始まりだったのだと後になって思う。
「そういうわけだから、これからよろしくねっ。副店長♪」
この時、どういう反応をすればよかったのだろうか。
どう答えていれば、よりにもよって平々凡々な俺の人生で少しの希望と決意が生まれた今日という日に、遙か斜め上をゆく一風変わった人生のスパイスを投じられることにならずに済んだのだろうか。
この耶枝さんの思い付き全開な行動が今後どう転ぶかは分からないが、高確率でロクな結果にならない予感しかしないわけで。
だからこそもう一度。
もう一度だけこの状況に至るまでの今日一日を振り返ってみたいと思う。
時間を遡っての回想になるので、大半の「興味ねえよ」と思う人達はセーブでもしておいてもらえればいいんじゃなかろうか。
次に『続きから』を選んだ時は、時系列的にここから始まることになっているはずだ。