第7話 対ハディソン
会合とはいっても格闘者同士が顔を合わせ、簡単な自己紹介をするだけの内容だ。
それ以外に何もなく用がすんだらその場で、解散してもいいことになっている。
真路製薬の格闘者にとっては二度目であり、各々の表情には「面倒くさい」と書かれていた。
「それでは自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか? 初めは千年原重工代表、南八郎さまから」
「南八郎。大将。以上だ」
「はい。ありがとうございました。では真路製薬代表――」
ハディソンがステッキをくるくると回しながら音頭をとり、場を進行させていく。
正直こんなことに意味があるのかと、思うかも知れないだろう。
だが八郎にとってこの状況は、相手の実力を探る絶好の機会なのだ。
背丈や顔つきを視るだけでも、ある程度相手の実力を測ることができる。
ここまでの試合の経過を伝聞でしか知らない八郎にとっては、少しでも情報を仕入れておきたいところであった。
八郎は真路製薬側の格闘者五人を爬虫類のような眼で観察した。
どれも尋常ではない雰囲気を漂わせている。
かなりきつい獣臭がした。
闘いに人生を賭けている人間の匂いであった。
と、ハディソンの言に異をとなえる者が現れた。
真路製薬の格闘者、鬼怒甲平である。
背は八郎と同じくらいで植物の画像データをドットにした迷彩服を着こんでいる。
髪は赤茶色に染め上がり、ヤマアラシのように尖って反り返っていた。
顔つきはオオカミに似て、唇の間から凶暴そうな犬歯が見え隠れしていた。
たたずまいや気配が常人とは明らかに異なり、引き金に指がかかった自動小銃めいた危うさがあった。
フロアに二人が足を踏み入れた時から、もっとも不満げな様子だった男だ。
「おいおいガッコかよ。こんな眠てえこと二度もやらせるんじゃねえよハディソンちゃん。オレはもう帰らせてもらうぜ」
「甲平さまそれは困ります。せっかくここまでおいで下さったのに」
「社長ちゃんに頼まれたからわざわざ来てやったがよー、ぶっちゃけ飽きたわ。まあ、凛子ちゃんがキスでもしてくれたら考え直してもいけどな」
そう言って甲平は凛子にウインクをした。
凛子自身は顔を横に向け、舌を出している。粗大ごみとは会話をしたくないといった感じだ。
だが甲平は意に介せずなでようと左手を伸ばした。
そして凛子の肩に触れるところで、寸前で八郎に阻まれた。
八郎の右手は甲平の左手首を掴み、顔の高さまで持ち上げた。ギリギリと筋肉や骨のきしむ音が聞こえてた。
甲平は犬歯をむき出しにすると、
「……チョーシこいてんじゃねえぞおっさん。この場で解体してやろうか?」
「おれの雇い主に触れるな。盛るなら雌犬でも探せ」
「おもしれえ冗談だ。決めたてめえは今ここで殺す」
「やってみろ」
両者の語気が強くなり、殺気が発せられた。
八郎の眼光はスイッチが入った時の瞳に変わっていた。
甲平も同様である。
さすがにまずいと気づき、凛子と豪聖が声をかけた。
「八郎やめなさい。私は平気です」
「甲平! 殺すなら試合で殺せ。わしに恥をかかせるな」
二人はピタリと動きを止め、八郎は手を放した。
甲平は左腕を胸元まで戻し、大げさにさすっている。
八郎は口を開き淡々と言った。
「これでいいか凛子」
「おーこわ。社長ちゃんダイジョウブだって。オレたちだって大人なんだ、ここでおっぱじめたりはしねーよ。なあ八郎ちゃん?」
「ああ。そうだな」
甲平はにこやかに笑った。
雇い主たちはほっと胸を撫で下ろしている。
フロアに弛緩した空気が漂う。
嵐が過ぎ去ったようであった。
同時に凛子と豪聖の椅子が尻を乗せたまま真後ろに引かれ、テーブルが八郎、甲平の足によって蹴り上げられた。
テーブルが不規則に回転しながら天井まで上昇した。
再び殺気がほとばしり両者が激突した。
先手をとったのは甲平であった。
だんっとブーツがカーペットを踏みしめ、一気に間合いを縮めた。
人差し指と中指を立て、じゃんけんでいうところの「チョキ」の構えにする。
それを瞳に狙いを定め、刃物めいて突き出した。
八郎は上体を反らし目突きを、空手でいうところの二本貫手を回避。
左足を跳ね上げ、アゴを狙う。
だがそれは甲平のバックステップによりむなしく宙を切った。
示し合わせたように、二人は横に移動し一度距離を取る。
直後、先ほどまでいた場所にテーブルが着地を決め盛大に脚を折った。
瞬く間の出来事であった。
二人は体勢を立て直し正面から向かい合うと、拳を放った。
こめかみ。
眼球。
鼻。
耳。
のど。
みぞおち。
心臓
腎臓。
睾丸。
膝。
相手の急所を狙い拳が、掌が、指が攻守に奔った。
互いにすんでのところで致命傷を回避しているが、いつ勝負が決まってもおかしくない。
本当にここで死体が一体出来上がりそうであった。
しかし闘いはいきなり中断された。
ハディソンが邪魔に入ったからだ
サーカスで的に当てるように正確な動作でナイフが投げられ、二人のアゴの下を通って壁に突き刺さった。
拳が止められ、バックステップで両者が離れた。
八郎は今の一投ですっかり熱が冷めてしまっていたが、甲平は頭に血が上っているのかハディソンにくってかかった。
「いいとこで邪魔すんじゃねえよ! 巻きひげ! てめえから殺してやろうか!?」
「落ち着いて下さい甲平さま。試合外での私闘はルール違反です」
「はあ!? 知ったこと――」
そこで言葉が詰まった。
理由は甲平の肩に手を置いた人物がいたからだ。
真路製薬側五人の格闘者の一人であった。
白髪の若い男だ。
「やめなよ甲平。ケンカはよくないよ。キミたちが傷つくとぼくはとても悲しい」
「あ゛あ゛!?」
「お願いだから。ね?」
「……チッわかったよ。もうやらねえっての」
甲平は白髪の男から離れると、壁にもたれかかって腕組みをした。
しぶしぶといった様子だ。
白髪の男も豪聖のそばにより、「心配ない」ということを言った。
ハディソンが咳払いをして、何事もなかったように甲平へ自己紹介をうながした。
さすがに今度は素直に応じた。
「鬼怒甲平。先鋒だ。八郎ちゃんてめえは試合で潰す。覚悟しとけ」
「ありがとうございます。では次鋒から大将の順番で残りの方もお願いします」
それから進行をみだそうとする者はおらず、順調に場が進んだ。
次鋒は髪をオールバックにまとめ浴衣を着た男だ。
「松永銀。次鋒です。お手柔らかに」
中堅と副将は兄弟でどちらも金髪を七三分けにし、白いビジネススーツを着てた。
弟がアメを舐め、兄がガムを噛んでいる。
「オリオ・マッサークロ。カロ……中堅。カロ……弟だ。よろしく」
「アルマ・マッサークロです。グチ……副将。グチ……兄です。あなたがわたしと闘う機会はないと思いますが……グチ、まあよろしくお願いしますよ」
最期に大将が話した。
甲平を止めた白髪の男で、服装はTシャツにジーンズだ。
服は着古したものだったが顔立ちは優れていて、そこらのモデルをはるかに上回る美しさであった。
異性はもちろん同性でも惚れてしまいそうな色気があった。
無邪気さの中に色気を隠し持つ顔だった。
男は八郎を見つめると唐突に、
「真路愛聖。大将だよ。あ、あの南八郎さん、一目見た時からビビッときました。よ、よければ電話番号教えてください! メールでもいいです! ぼくと友達になりましょう!」
突然のことに八郎と凛子はあっけにとられた。
というよりその場にいた愛聖を除く全員がフリーズした。
かなりの場違い感があり、何とも気まずい空気が流れた。
どのような理屈で愛聖が自分を気に入ったのかと、八郎の頭の中に疑問符が沸いては消えた。
まるで新入学生が勇気を出して友達をつくろうとしているようだ。
八郎はややあって口を開くと、
「断る」
「残念! 次は教えてね!」
愛聖はまったくへこたれていないようだった。
こうして波乱もあったが顔見せは終わり、最後にハディソンが闘龍試合ルールを確認した。
主に八郎と甲平のせいでまた違反者を出さないためだ。
一つ、今回の賭け金は百億。さらに千年原重工は人材、真路製薬は土地の権利を賭け、すべて勝者の総取りとなる。
一つ、試合外での私闘は認められていない。次におこなった者は問答無用で失格となる。
一つ、試合会場は闘龍試合運営がランダム決定し当日に参加企業、格闘者に伝える。ステージによっては武器の使用も可能。
一つ、試合の間隔は二週間とする。二週間が経過すれば故障の有無にかかわらず、格闘者は出場しなければならない。
一つ、負傷によるリタイアは認められているが、運営の許可を得ていない逃亡行為は見つけ次第粛清対象となる。この場合粛清とは死を意味する。
そして次の試合は一週間後であった。
闘龍試合の始まりであった。