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赤手空拳  作者: ういすき
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第6話 対真路豪聖

 ――時刻は午前八時。

 東の空が薄明るくなり、青い空に光の線がいくつも走った。

 澄んだ風が日中の暑さを笑うように街中を駆け抜けていった。

 くたびれた集合住宅にも穏やかに朝日が降り注ぐ。

 そんな中、南八郎は苦戦を強いられていた。

 敵は黒く背丈が長いノッポと、テカテカと光沢を放つ生白いチビだ。

 ノッポはたいして手間もかからず勝つことができたが、チビのほうはなかなか強敵で、かれこれ一時間も前から技を試している最中であった。

 焦りからか八郎額に汗がにじんでいる。

 チャンピオンである彼をここまで苦しめるとは、どのような相手なのだろうか?

 答えから言ってしまうと、要するにスーツとネクタイのことであった。

 日頃着ることがない衣装に悪戦苦闘しているのだ。

 


 どうしてこんなことをしているのかというと、今日は闘龍試合に参加する格闘者が一堂に集まり会合をする日で、新しく大将になった八郎も正装で出ることになっているからだ。

 あの後八郎は正式に千年原重工の大将になり、地下闘技場のオーナーに承諾も得ている。ゲジには文句を言われるかと思ったが、特に何もなく拍子抜けしてた。最近借金を一括返済したそうだから、凛子から何らかのアクションがあったのだろう。

 そして千年原側の大将が変更になったことにより、試合進行を行う闘龍試合運営から顔を確認しておきたいと通達があったのだ。

 会場は高層ビルの最上階が指定されていて、八時に迎えにいくと阿門から言い含められていた。

 スーツは凛子がオーダーメイドで急ぎ作らせたもので、黒地にダブルのジャケットとグレー地でストライプ柄のスラックスが用意されていた。ネクタイは清潔感のある白だ。

 スーツはともかくネクタイの結び方がわからず、ネットで検索してみても実際に自分がやるのは難しかった。まるで知恵の輪を解くようである。

 何度やっても片方の長さが不格好になってしまうのであった。

 無為に時間だけが過ぎていき、ついにインターホンが鳴った。

 ドアを開けるとそこには、不機嫌そうに腕組みをした凛子が立っていた。

 時刻はすでに八時をまわり、五分ほどオーバーしている。



「もう出発しますわよ! 早く出て来なさい!」

「すまん。ネクタイが結べない」

「それならもっと前に言いなさい! ほらかがんで」



 八郎が膝を曲げ中腰になると、凛子が手早くネクタイを結んだ。

 なめらかな仕草でよれてしまったネクタイを、まとめ上げ整えている。



「ほら出来ましたわよ。急ぎなさい」

「助かった。恩に着る」



 二人は集合住宅の近くに止められているリムジンに乗り込んだ。

 中には白を基調に広々としたソファーとテーブル置かれている。

 高級感はあるが不必要な装飾はなく、居心地は良さそうだった。

 運転席に座るス―ツ姿の阿門が真っ黒な顔で会釈をし、アクセルを踏み発進した。




 

 リムジンは住宅街を抜け高速道路に入った。

 一般市民の利用度が低いため、道がきれいに舗装されている。

 ホテルは富裕層が住まう街にあるため、ここからでは少し時間がかかる。

 到着するまでの間二人は今日の予定について話した。

 話題は対戦相手の企業についてだ。



「私が千年原重工を代表しているように、相手は真路製薬しころせいやくを代表して闘龍試合に参加している超VIPですわ。ですがあまり気持ちのいい男ではありませんので、弱みを見せず毅然とした態度で振る舞いなさい。隙を見せたらみくびられますわよ」

「そいつの名前は?」

真路豪聖しころごうせい。真路製薬の社長ですわ。四代目ですが経営は息子任せで、先代の資産を食いつぶしているロクデナシですけどね」

「ずいぶんと嫌っているんだな」

「当然ですわ。あなたもテレビで観たことがあるでしょう? 実物はその十倍ひどいですわよ」

「そうなのか。かえって楽しみだ」



 豪聖の顔は八郎もコマーシャルやポスターなどで、見かけたことがあった。

 でっぷりと太ったカエルのような男で、たびたび貧困層を馬鹿にした発言おこない、ネットなどを炎上騒ぎに巻き込んでいた。

 だがどんなに叩かれても当の本人はまったく意に介していない様子で、言動は今もまったく変わっていない。

 それで薬の売り上げが落ちていないのだから、あたりまえかもしれなかった。

 八郎としては金持ちの、パフォーマンス程度にしか思っていなかったので、実物があれ以上というのは素直に驚きであった。





 そうしてリムジンは走り、ようやく目的地である高層ビルに到着した。

 八郎が見上げるそれは長大で、体を反らさなければ頂上が見えないほどだ。

 凛子が六十階建てで二四○メートルはあると説明した

 中は人気がなく会合のためだけに貸し切っているそうだ。

 金持ちの考えるのことは理解不能だと八郎は肩をすくめた。

 阿門はその場で待機し八郎と凛子だけがビルの入口へ向かう。

 企業の代表者と格闘者以外の人物は、立ち入りが禁止されていた。

 広いロビーの右手側にエレベーターがあり、凛子は乗ると同時に最上階のボタンを押した。

 エレベーターから降り少し歩くと、そこには金色の取っ手が付いた両開きのドアがあった。

 その先に普段はセミナーなどで使う大きなフロアがあり、そこが待ち合わせ場所であった。

 八郎が扉を押し開きフロアの中へ入る。中には小麦色のカーペットが敷かれ、天井に大きな照明がかかっていた。すでに何人かの男が集まり手持ち無沙汰にそこらでトレーニングをしている者もいる。

 男たちの中には迷彩服や浴衣など普段着の者も見られ、八郎は無駄な努力をしてしまったと、心の中で肩を落とした。

 どうやら二人が一番最後のだったようであった。

 男の一人、中肉中背の男性が二人に近づき、おじぎをしてから話し始めた。

 男の姿は手品師のようで頭にシルクハットを被り、ステッキを肘にぶらさげている。銀髪、緑眼で口ひげをカールさせた変わった男だった。どこか霞のような掴みどころのない印象を受ける。



「お待ちしておりました。千年原凛子さま。南八郎さま。おっと八郎さまは今日が初めてでしたね。わたくし闘龍試合運営の一人ハディソンと申します。以後お見知りおきを」

「ああ。よろしく」

「こちらこそよろしくお願いいたします」



 ハディソンは賭けの内容を企業側に履行させ、試合をスムーズに進めるために闘龍試合運営が用意した司会兼、実況兼、取立人だ。

 賭けているものの金額が大きければ大きいほど、試合後でゴネる代表者も増えるため、彼らが存在するのであった。

 格好はみんな一様に手品師のようで悪ふざけにしか見えないが、実力は並みの格闘者をはるかに上回る。

 一人が一人が歴戦の強者だ。

 過去に八郎が見た運営は女性であったが、ハディソンと同様の姿だった。



「どうぞこちらに」



 ハディソンが先頭に立ち、そのあとを八郎と凛子がついていく。

 フロアの中心には丸机が置かれ、そこに真路製薬代表、真路豪聖が座っていた。

 横には代表格闘者五人がずらりと立ち並んでいる。

 実物はテレビで見るよりも一.五倍ほど太りぎみで、座っていることを加味しても身長が低いように思えた。

 悪趣味な金のスーツを上下に纏い、口の隙間から銀歯がギラギラと光っている。

 両手の指には高価な宝石を用いた指輪がぞろりとはまっている。

 凛子も対面に座り、その横に八郎立った。

 豪勢はそれを見て、



「ぶはは! 本当に来るとは思いませんでしたな! すでに勝負は決したようなもの。さっさとあきらめて、賭けの対価を払った方がよろしいぞ?」

「まだ四敗しただけですわ。勝ち抜き戦のなのだから、最後に勝てばいいのです。経過など知ったこっちゃありませんわ」

「まったく父親に似て強情な娘だよ。負けたときどんな言い訳をするのか今から楽しみだ」

「ご心配なく。新しく大将になった、八郎はとっっっても優秀ですから。四連勝からの五連敗、闘龍試合の歴史に名を遺す敗北をプレゼントして差し上げますわ」

「ふん。どうせ地下闘技場上がりの田舎者だろう。実際に戦場を渡り歩いてきた、わしの格闘者には敵わんさ」

「肩書につられて足元すくわれなければいいですわね」



 両者を繰り広げる舌戦を八郎は、あっけにとられながら見ていた。

 豪聖側の格闘者は見なれた風景なのか、無表情で見つめている。

 特に凛子は崖っぷちとは思えないような豪胆さだ。

 虚勢でなく心から自分の勝利を信じている様子で、八郎の耳がかっと赤くなった。

 人に褒められたことのないウブな男であった。

 途中でハディソンが仲裁に入り、ついに本題である会合がはじまった。





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