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赤手空拳  作者: ういすき
23/33

第23話 対オリオ・マッサークロ

 海岸沿いにある倉庫の前に八郎は訪れていた。

 赤レンガで建てられた倉庫である。二階建てでなかなかの大きさだ。外壁は海風にあてられ色あせていた。日頃荷物の搬入に使われているが、夜も遅いため作業員の姿はない。

 出入り口であろう鉄製の扉に手をかけドアノブを回す。カギはかかっていないのか簡単に中へ侵入することができた。

 暗闇でおおわれた倉庫内を通路にそって慎重に進んでいく。見えずらい一本道であった。

 と、バチンとブレーカーが入った音がした。

 一転して視界に光の渦が飛び込んできた。

 右手でかばいながら目を開くと、一階部分には四角く梱包された積み荷や木材などの資材、フォークリフトが隅に規則たたしく置かれ、中央部分は開けている。殴り合いには十分な広さがあった。二階部分は通路が四角形を描くようにぐるりと一周し、クレーンなどの操作パネルの前に、黒スーツと白スーツの男の姿があった。黒スーツが八人、白スーツが一人である。

 そして白スーツのかたわらには凛子の姿があった。

 さるぐつわを噛まされ後ろ手に拘束されていたが、目立った怪我はないようであった。

 白スーツの男、オリオ・マッサークロが言った。



「よくきたなあ南八郎。カロ……こちらの要件はわかるか?」

「おれの命だろう。中堅戦で闘うのが余程怖いようだな」

「万全を期していると言ってもらうぜ。真路製薬のためにこれ以上負けられないんだっつーの。まずはじめに携帯を壊してもらうぜ。カロ……ハディソンに連絡されると困るからな」

「先に凛子を開放しろ。話はそれからだ」

「カロ……仕方ねーなあ。今そっちにいくからじっとしてろ」



 オリオは凛子を連れて階段を下り、一階中央部分まで足を運んだ。

 八郎との距離は三十メートルほどだ。

 さるぐつわを外し拘束を解くとオリオは、



「今からお嬢ちゃんをそっちへ走らせる。カロ……そうしたら携帯を壊せ。大丈夫だ千年原重工社長の娘を途中で殺したりはしねーよ」

「……嘘はないな?」

「ああマジだ。信用しろ」

「わかった」



 オリオが手を放し凛子は一直線に走り出した。

 十五メートル進んだところで、八郎は携帯を真っ二つにへし折った。

 二人の距離がぐんぐん縮まる。

 あと十メートル。あと五メートル。そしてあと二メートル。



「八郎! 私――」

「もう大丈夫だ」



 凛子が瞳に涙を浮かべながら叫び、八郎がそれに答えた。

 縦ロールがふわりと浮かび胸に飛び込もうとする瞬間、八郎はその顔を裏拳で殴りつけた。

 ブタのような鳴き声がこぼれ床に倒れた。

 八郎は髪を掴んでオリオが見えるように引っ張り上げた。

 そこにいたのは凛子ではなく醜悪な顔の中年男性であった。

 よく見ると裏拳で剥がれ落ちた特殊メイクが、ジグソーパズルのように散らばっている。

 首元にはボイスチェンジャーがあり、右手には針が握られていた。

 恐らく毒針であろう。

 八郎は鋭い目つきでオリオをにらみながら、



「手間暇かけているな……本物の凛子はどこだ」」

「チッ役立たずが。本物は隣の倉庫だ。てめーを殺したら解放してやるよ」

「できもしないことを言うな。あとで恥をかくぞ」

「言ってろ。お前らやれ!」



 オリオのセリフをきっかけに黒スーツたちがオートマチックピストルを取り出し、一階めがけて発砲を開始した。

 銃弾がコンクリート製の床を叩き火花を飛び散らせる。

 金属がゆがむ耳障りな音が、そこらじゅうから聞こえた。

 八郎は中年男性を盾に積み上げられた積み荷の影へ移動した。

 相手の腕が悪いのか被弾はない。

 さらに二階通路の直下に移動し、狙いをつけづらい位置に陣取った。

 ちょうど死角になる場所だ。



「てめえら下りろ! オレが上から指示をだす! さっさとしろ!」



 オリオは自分が二階に上がり、入れ違いに黒スーツを七人一階に下した。

 数で制圧するつもりのようだ。

 半月のような陣形をとりながら前進し、徐々に逃げられるエリアをせばめていく。

 八郎のまわりは完全に囲まれていた。

 銃声が轟き銃弾が積み荷をくるんでいるエアパッキンに穴をあける。

 絶対絶命というやつであった。



(師匠おれを見守ってくれ。……腹をくくれ。やるぞ南八郎)



 八郎は中年男性から針を抜き取り懐にしまうと、財布を出し硬貨を手に握った。

 中指と人差し指の間に硬貨をはさみ構える。

 そして機関銃のように連続で撃ちだした。

 中国の暗器術、〈羅漢銭らかんせん〉の投げ方に似ていた。



「がっ」

「うおっ!」



 硬貨が目や鼻に直撃し、黒スーツたちの射線が途切れはじめた。

 銃声にばらつきができ攻勢が弱まる。

 そして特にダメージの大きそうな一人を狙い、八郎は積み荷の影から飛び出した。

 三歩で距離を詰め目を押さえる黒スーツの背後に回る。



「きさ――」



 言い終わる前にヘッドロックで意識を奪い拳銃をもぎとった。

 すぐさま残り六人に向け発砲する。

 複数の悲鳴が上がった。

「ぎ」と「や」の音がオーケストラめいてこだまし、四人がその場でうずくまった。

 みな手や足を撃たれているだけで、死んだ者は一人もいなかった。

 それは八郎の正確さと同時に甘さを示し、オリオはさらに確信を深めた。

 比較的手練れであった残り二人が応戦し、火花がさらに散った。

 互いに銃弾は当たらない。

 実力者同士の撃ち合いであった。

 全弾を撃ち尽くしたところで八郎と黒スーツ二人は格闘戦に移行した。

 マガジンを交換する時間はありそうにもないと判断してだ。

 八郎は空手の構えをとり奔った。

 すぐに距離が詰まる。

 黒スーツの一人が両手を前に差し出し、重心の高いアップライトスタイルに構えた。

 ムエタイの構えである



「はあっ」



 かけ声とともに右足を動かしテッカンコークワァー、つまり右ハイキックを放った。

 八郎はそれをしゃがんでかわすと、底掌突きをアゴへ打ち込んだ。

 黒スーツが白目をむき崩れ落ちる。

 一撃であった。

 二階にいるオリオや黒スーツは両者が接近し過ぎているため、まったく手が出せないようだ。

 フレンドリーファイヤしてしまう距離であった。



「手間取ってんじゃねえ! すぐに片付けろ!

「は、はい! オリオさん!」



 オリオが怒鳴り一階の黒スーツが怯えながら返事をした。

 失敗したあとの処遇に心あたりがあるようだ。

 八郎と同じく空手の構えをとり板バネのように右足を跳ね上げた。



「ふらっ」



 中段前蹴りから上段追い打ちの連携で攻めそぶりであった。。

 金的からのみぞおちを狙っていた。

 八郎はバックステップで前蹴りをかわし、追い打ちの右拳が撃たれた瞬間、左足を踏み込み左腕を黒スーツの右わきから頭部まで伸ばした。

 左股を支点に左腕を左後方に回して相手の身体を倒す。

 倒れると同時に顔面へ右拳を叩き込み歯を砕いた。

 腕を引くと赤黒い血がべったりと付着していた。

 黒スーツの意識は完全に消え去り泡をふいていた。

 直後、銃弾が殺到し八郎の足元にへこみを作った。

 マガジンを回収し、すぐに二階の下へ避難する。



「臆病ものが! でてきやがれ!」

「その言葉そっくり返す。拳銃がなしでは何もできないのか?」

「カロ……殺すぞ……」

「殺す殺すと子供か貴様は。実際に殺してから言え」

「……!」

「いまそっちへ行く。首を洗って待っていろ」



 八郎は影を移動しながら二階通路への階段へと歩を進めた。




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