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赤手空拳  作者: ういすき
22/33

第22話 対マッサークロ兄弟

 八郎が凛子を探す二日前。

 ビルのワンフロアに二つの人影があった。

 真路製薬が管理するビルの一つで、今は開発を中断しているため工事業者などの姿はない。

 打ち捨てられたペンキなどの資材が乱雑に置かれていた。

 ほこりが薄っすらとある床の上を人影たちは歩いていく。

 そして窓の近くにあるオフィス用デスクに一人が座った。椅子ではなくデスクの上に腰を下してガムを噛んでいたいた。

 もう一人はその前に立ち、面白くなさそうにアメをなめていた。

 二人とも白のタキシードを着こなし、艶やかな金髪を七三で分けていた。

 目が青く高い鼻をもち異国の人間であったが、流ちょうに日本語を喋っていた。

 仕事の関係で何度も日本を訪れているようだ。

 デスクに座った人物が言った。



「グチ……どう思う弟よ」

「カロ……どうって何がだ兄貴」

「南八郎のことだ。次はお前の試合だろう。勝てるのか?」

「チッ。認めたくはないが四対六であいつのほうが強いな。松永銀の敗北は想定外だったぜ。今回は楽できると思ったんだがよ」

「まあ銀に勝てる格闘者はそうはいないからな。グチ……あてが外れた。千年原のお嬢様も厄介な奴を探し当てたものだ。だがわたしたちまで負けるわけにはいかんぞ。グチ……豪聖はかなりご立腹だからな。これ以上負けが続けば今後のファイトマネーを減額させられかねん」

「カロ……ならどうする。なにか考えでもあるのかよ。このまま普通に闘っても負けるだけだぜ」

「ああ弟よ。グチ……わたしにいい考えがある」



 ガム噛みながらそこで一度言葉を区切った。

 彼の名前はマッサークロ兄弟の兄、アルマ・マッサークロ。闘龍試合に参加している海外の格闘者だ。アメをなめている弟の名前はオリオ・マッサークロである。

 名前は二人とも仕事用の偽名で、本名は豪聖も他の格闘者も誰も知らない。

 兄弟は幼いころ男娼に売られ、売った両親、経営者、客、そのすべてを殺しつくした過去がある。そして人生をやり直すために名前を捨てたのだ。

 だから本名を知っている人間は残らず棺に送るし、今後現れたとしたら殺すと決めていた。

 虐殺マッサークロなどというふざけた名前をつけているのはそのためだ。

 そして格闘者になる前は殺し屋として裏社会で暗躍し、数々の人間を葬ってきていた。

 豪聖に雇われた理由は鬼怒甲平と同じくファイトマネーが高額だったからだ。

 おまけに敵の多い兄弟の身の安全まで保障してくれると言う。

 飛びつかない話はなかった。

 殺し屋時代の技を使えば簡単に勝利することができたが、試合数が増すごとにこえられない壁があると学んだ。

 南八郎や松永銀のような実戦で鍛え抜かれた格闘者たちのことである。

 不意打ちや騙し討ちを得意とする兄弟は、一定以上の実力者には敵わなかった。

 人気のないビルで作戦会議をしているのはそのためである。

 もっとも手段を選ばなければ誰にも負けない自信はあったが。



「入ってこい」



 アルマが言うと扉を開けて一人の小男が入ってきた。

 グレーのトレーナーウェアを着た小男である。

 薄汚れた髪をボリボリとかき、フケをまき散らしていた。



「へへっどうも」



 ゲジであった。

 地下闘技場で八郎のセコンドをしていた男である。

 アルマは目を合わせず札束を投げ捨てていった。

 百万はゆうにありそうだ。



「金ならそれをやる。約束どおり南八郎の急所を教えろ。グチ……セコンドなら何か知っているだろう」

「あっこりゃどうも。気前のいい旦那で。それではハニートラップなんかいかがでしょう。ベッドの上なら流石に無防備なはずですぜ」

「南八郎がそういう店に通っていたという記録はない。次だ」

「ではでは寝込みを襲うというのはどうでしょうか? どんな達人も就寝中は無防備ですぜ」

「千年原重工の警備がをすり抜けるのは不可能だ。グチ……キサマ馬鹿にしているのか? わたしが言っているのはそういうことではない。試合中のクセや古傷の位置だ。グチ……まさか何も知らないあわけではないだろうな?」

「あっそういうことでしたか。うーんそうですな――」

「カロ……いいからさっさと言えクズが」



 弟オリオが口を挟み場は険悪な雰囲気になりつつあった。

 兄アルマも苛立ちを隠せないようすだ。

 ゲジをここまで連れて来るのに手数料として結構な金を払っているのだ。

 収穫無しというわけにはいかない。

 わざとらしく腕組みをしながらゲジが言った。



「特にないですな。地下じゃ連戦連勝、やらせでもなけりゃ苦戦することもありませんぜ」

「グチ……殺すぞ?」

「あー待って下せえ……そうだ! あの野郎殺しは苦手ですぜ!」

「殺しが苦手? 格闘者なのにか?」

「ええ。どこかいい子ぶってるいうか、殺しだけは絶対にしないですぜ。五十二戦やって全部そうでした。この甘さつけこめそうですぜ」

「……なるほどおもしろい話だな」

「カロ……甘ちゃんか。相手ならオレたちのフィールドに引き込めば勝てるぜ兄貴」



 オリオの言葉を聞きアルマは黙った。

 アゴに手を当て何やら考えているようすだ。

 そしてこれ以上ゲジから聞き出すことはないと判断したようで、



「もう帰っていいぞ。情報は十分だ」

「へへっ。ではあっしはこれで」



 札束をポケットにねじ込み退出しようとする。

 背中を向けたゲジにオリオはのんびりと近づいた。

 アメをなめる音がひときわ大きく響いた。

 そして声をかけ、



「ちょっと待ておっさん」

「はい?」



 振り向いた瞬間ゲジは絶命していた。

 オリオが両手で首を掴むと一八○度回転させたからである。

 見事に頸椎をねじ切られていた。

 ただの肉塊となったものがべしゃりと床に倒れ伏した。



 放置されていたビニールシートをかけ、資材の近くに死体を隠す。

 人が来てもすぐにはわからないだろう。

 何事もなかったように昼飯を相談するような気軽さでオリオが言った。



「カロ……兄貴いつも通りやっちまうか」

「グチ……そうだな。まずは千年原凛子を誘拐する。そして南八郎をおびき出す。あとはお前が好きにしろ。殺しの経験がある奴を何人か当てればカタがつくだろう」

「りょーかい。オレも出るぜ。下っ端どもだけじゃ不安だからな」

「そうしろ。運営が気付きお前はリタイアすることになるだろうがな」

「別にいいだろ兄貴と愛聖さえ残ってりゃ。オレは失格でもいい。カロ……南八郎さえ消せば、そうそう代わりねんていねえだろ。真路製薬の勝ちだ」

「わかった。この件わたしはこれ以上関知しない。グチ……すべてお前に任せる」

「カロ……任せな兄貴」



 マッサークロ兄弟は出口に向かって歩きはじめた。

 ゲジの死体は真路製薬が適当に処分する手はずになっている。

 そのようなバックアップも込みで豪聖と契約しているからだ。

 そして瞬く間に今言ったことを実行するだろう。

 兄弟にとって誘拐などピクニック程度のものであった。

 その時扉を開いて人が入ってきた。

 真路愛聖だ。

 兄弟は驚いた。まったく気配を感じなかったからだ。さらに今の話を聞かれていた場合、八郎びいきの愛聖は反対する恐れがある。そうなっては計画が台無しだ。空気が乾いていくようであった。

 だが兄弟の思案とは裏腹に愛聖は、



「なになにどうしたの? 秘密の相談? もーぼくも混ぜてよー」

「……いやオリオの試合が近いから稽古をつけてやっただけだ。グチ……こいつもまだまだ未熟だからな」

「カロ……そうそのとおりだ」

「そうなんだ。ぼくにも言ってくれればよかったのに」

「申し訳ないあなたの手を煩わせたくなくてね。なんせ社長のご子息だ。弟の勝利を期待していてください」

「おう。応援よろしくな坊ちゃん」

「うん!」



 三人はにこやかに笑った。

「は」の音が閑散としたフロアに響きわたる。

 ひとしきり笑ってから愛聖は、



「じゃあ次の試合よろしくね。あと八郎に手を出したらぼくが殺すからよろしく」

「……」

「……」



 沈黙があった。

 すぐにアルマが口を開き、



「心配いりません正々堂々闘いますよ。グチ……わたしたちも今は格闘者のはしくれですから」

「カロ……殺し屋時代とは違うぜ」

「そう。なら安心だね」



 愛聖はきびすを返し扉へ向かった。

 そして最後に付け加えた。



「死体は早めに片付けてね」




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