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赤手空拳  作者: ういすき
21/33

第21話 対これから

「みなさんお疲れ様ですわ。今日はここまでにしましょう」



「はい」とあちこちから声が上がった。

 空に青と茜色が混じり美しいグラデーションを描いていた。

 肌に当たる風が冷たくなり、水平線に太陽が沈みつつあった。

 もう夕方である。

 トラックには今日回収したゴミが山盛りになって積まれていた。

 これは千年原重工のほうでゴミ処理上に運ばれて処理されるだろう。

 片付けられたゴミは二十分の一程度だ。

 海岸は広く長大で一日ではあまり進まなかった。

 また来週も来ると凛子は言っていた。



「みなさんは先に帰っていて下さいな。私はちょっと炊き出しの方に顔をだしてきますわ」

「はーい。じゃーまた学校でねー」



 少女がぶんぶんと手を振り、バスの階段を上っていく。

 やがて全員が乗り込み座席に座ったことを確認すると、参加者たちを乗せバスは来た道を引き返していった。

 みな満足げな表情であった。

 急に静かになった海岸に八郎、凛子、阿門の三人だけが残っていた。

 景色や空気と合わさってなんとももの悲しい気分にさせられる。

 そんな雰囲気を変えるように凛子が、



「いきましょうか。阿門運転をお願いしますわ」

「はいお嬢さま」

「八郎にももう少しつき合ってもらいますわよ」

「問題ない。どこへでも連れていけ」



 三人を乗せ軽自動車が出発した。





 着いたところは灰楼街の広場であった。

 それなりの広さで木が数本生え井戸のあった。

 休日は露店をだす店もあるような場所だ。

 あたりにはひらべったい屋根の雑貨屋などがある。

 比較的砂埃やゴミの少ないところである。

 そこに炊き出しの屋台があった。

 すぐそばには食材や機材を満載したキャンピングカーも止められている。

 側面には明朝体の大きな文字で『千年原重工』と書かれていた・

 白い三角屋根のテントを張り大鍋で、ご飯やスープを配膳していた。

 人々が長い行列をつくり並び、その誰もが穴だらけの古着を着ていた。

 ホームレスのなどの仕事がない者が大半であった。

 いつも暗い表情を浮かべている、ここで最下層の人々ばかりである。

 だが今だけは陰鬱な雰囲気が和らいでいるように思えた。

 腹を満たせるという期待感があるのが大きいだろう。

 凛子は責任者と思われる男性と二言三言話し、井戸の近くで皿洗いをはじめた。

 八郎や阿門もそれに続いていく。

 人数がたいへん多いため食器を使いまわしにしていた。

 金ダライでじゃぶじゃぶと洗っていく。

 八郎食堂にいた経験を生かして手際よく洗っていく。

 あっという間に清潔な食器が積み上げられ、キャンピングカーにある乾燥器へと運ばれていった。

 それから二時間のあいだ絶え間なく皿を洗い、すべてが終わって人が少なくなった頃には、すっかり夜になってしまっていた。

 満点の星空が広場を照らしていた。





 一段落がつき八郎と凛子はテントの下パイプ椅子に座って休憩していた。

 阿門は凛子の父から連絡がはいったと言って、ビルの角でスマートフォンを触っている。



「はい。どうぞ」

「おう」



 肉団子の入ったスープを凛子が差し出した。

 八郎の手にあるおにぎりと交換する。

 お椀に口をつけるてすすると、温かいスープが体中に染みわたっていった。

 今日は一日中働きとおしだったので、食事のありがたさに今更ながら感謝した。

 凛子は無心に飲んで喰っている八郎を見て、



「お疲れ様ですわ。あともう一頑張りしてから帰りましょうか」

「ああ。凛子は疲れてないのか?」

「本当のことを言うと少し。私が主催したことですから緊張はしますわね」

「そうか頑張っているんだな」

「夢のためですのもの当然ですわ。まだまだやれることはありますしね」



 そう言って凛子は星空を見やった。

 年相応な幼さと大人以上の精悍さがそこにはあった。

 八郎は同じく星を見ながら、



「……この道を選んでよかった」

「どうしましたの?」

「生まれて初めてやりたいことができたと思っただけだ。地下で闘っていたころからは想像も出来ん」

「見た目と行動が一致しないのがあなたですものね。でも人は外見じゃないですわ。やりたいことをやればいいんですのよ」

「それに気づくのに随分かかってしまったがな……おれの頼み聞いてもらってもいいか」

「なんでも言って下さいな。あなたがいるからここまで来れたんですもの」

「闘龍試合に勝利したら、こういう関係の事業に就かせてほしい。力仕事しかできんが他のことも努力するつもりだ」

「ふふ」

「何だなにがおかしい」

「ごめんなさい。いつになく真剣な顔で言うものだから。その件ならもうお父さまに話していますわ。許可もとれました」

「なんだ知っていたのか」

「一緒にいましたからね。それくらいお見通しですわ」

「そうか」



 八郎は短く言ってまた星空を見た。

 良い気分であった。

 イザリと修行していた時以来かもしれなかった。

 と、凛子のスマートフォンが鳴った。

 どうやら今日であった少女からのようだ。



「少しはずしますわね」

「ああ」



 手を顔も前にだし「ごめんね」という仕草をすると、凛子は雑貨の近くまで歩いて行った。。

 縦ロールがふわりとなびき汗と香水の混じった甘苦い匂いがした。

 不思議と嫌なに匂いではなかった。

 やかましく感じると思ったのだろう。

 八郎はおにぎりを食べながら帰りを待つことにした。



 だが十分、二十、そして三十分が経過しても凛子は戻ってこなかった。

 さすがに八郎もおかしいと感じ始めた。

 携帯をかけたがつながらない。

 立ち上がり広場や店の間を探す。

 人の数は少ないため容易に見つけられるはずであった。

 駆け足で走りくまなく目を光らせる。

 しかしどこにも凛子の姿はなかった。八郎の脳裏に誘拐や強姦などの最悪のパターンがよぎる。治安の悪さを考えれば何が起こってもおかしくはない。

 途中で阿門に出会ったため話をしてみたが、



「どうだ知っているか」

「いえわたくしも見ていません。てっきりあなたと一緒にいるのかと」

「くそっまずいな。厄介な奴にからまれたのかもしれん」

「捜索する人数を増やしましょう。家のほうに連絡をとってみます」

「頼む。おれはこのあたり一帯を探してくる。何か情報が入ったら連絡してくれ」

「わかりました」



 言い終わると八郎は脱兎のごとく走り出した。

 さっきよりも速いペースで走り、顔にはあせりの色が見えていた。

 ビルの間やゴミ山の周辺など人気のない場所を重点的に探していく。

 ゴロツキに何度かからまれたがすべて殴り倒した。

 余計なことにかかわっているヒマはない。

 凛子のために全力を尽くすのが今するべきことであった。



 一時間がたち八郎は海岸で立ち止まった。

 朝に清掃をした場所である。

 灰楼街をくまなく探したが凛子を見つけることはできなかった。

 肩が上下に動きかなり息が荒い。

 熱くしめった呼気が海風に混じって流れていった。

 再び携帯をかけてみるがやはり反応はない。阿門からの連絡もなくお手上げの状態だ。

 じわりじわりとプレッシャーが増し、不安がアドバルーンのように膨らんでいく。

 その時携帯に着信がはいった。

 凛子か阿門だと思ったが知らない番号である。

 眉根をひそめ耳に当てた。



「誰だ。いまおれは忙しいんだが」

「カロ……南八郎か。オレの声は憶えているか?」

「顔合わせの時にいたオリオ・マッサークロか。どうした中堅戦はまだ先だぞ」

「単刀直入に言う。千年原凛子はこちらで預かった。カロ……彼女の身の安全が心配なら今から指定した場所にお前ひとりで来い」

「……おまえ」

「外部に連絡をとれば命はないと思え。以上だ」



 オリオから場所を訊いた八郎は一直線に駆け出した。

 下唇を強くかみしめ血がしたたり落ちた。



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