第20話 対清掃
「どうだ銀の具合は」
「心配いりませんわ。病院で安静にしています。一月もすれば退院できるようになりますわよ」
「そうか」
「拳で語るって本当にあるんですのね。都市伝説化と思ってましたわ」
「別に相手が憎くて殴り合っているわけじゃないからな。中には気が合う奴もいる」
「そういうものですの」
「そういうものだ」
八郎と凛子はスポーツジムで話していた。
二人ともマットの上でプッシュアップつまり腕立て伏せをしながらだ。
凛子はスタンダードなやり方だが、八郎のほうは両手の親指二本だけで体重を支えていた。
ポタポタと汗がしたたり落ち染みを作る。
合計で一○○○回ほどやっていた。
凛子が一○○、八郎が九○○である。
例によって他に利用者はいない。
松永銀との試合から三日がたち八郎はトレーニングを再開していた。
身体の調子も万全に戻っている。
回復の速さは自慢であった。
加齢とともに年々衰えは見え始めているが、闘龍試合で闘う分には支障なさそうだ。
八郎が一○○○回に到達したところで、いったん休憩をとることにした。
二人してスポーツドリンクをあおる。
銭湯で風呂上りに牛乳を飲むような格好である。
汗をかいた肉体に水分が染みわたっていく。
思わずプハーとため息がもれた。
それから凛子が言った。
「明日空いてます?」
「どういた。次の試合まで手は空いているが」
「前に人のために何かしたいと言ってましたわね。いやでなければボランティアをやってみませんか? ちょうど明日灰楼街で清掃や炊き出しをしますの。無理にというわけではないですわよ」
「いいぞ。ずっとここにいるのも気がめいるしな。トレーニング代わりにもなる。それに灰楼街はおれの故郷だ
「そうでしたの。なら土地勘のあるあなたに来てもらえてよかったですわ。力仕事も多いですしね。では明日の七時に出発しますわね」
「問題ない。任せろ」
そうして八郎は人生で初めてボランティアに参加することになった。
闘いばかりやってきたので、人のために働くのは初めての経験である。
遠足前の子供のようにワクワクしていた。
もっとも表情には出さなかったが。
翌日。
数台のバスとトラックが灰楼街に入った。
その後ろには阿門が運転している軽自動車もある。
舗装されていない車道を小一時間ほど走り目的地に到着した。
そこはゴミが投棄された海岸であった。
濁って黒みがかった海の手前に無数のゴミが転がっていた。カビの生えたキャベツや骨だけになった乳牛などの生ゴミ。赤茶色に錆びついたテレビや冷蔵庫などの粗大ゴミ。その他にもさまざまなゴミが無数にあった。
毒ガスでも嗅がされたのかというような悪臭が一帯に漂っている。
匂いに色をつけられるのなら紫になっていそうである。
貧民街ではゴミを回収して処理する施設が小規模なため、あふれた分をこうして捨てているのだった。
もちろん誰も片付けないのでこうして散らかったままだ。
八郎と凛子はバスから降りると海岸に向けて歩いていった。
それに阿門や他の参加者が続いていく。
みんな長袖長ズボンで底の厚いくつを履いていた。
両手には軍手を装着し頭には防塵マスク、ゴーグル、ヘルメットをかぶっていた。
目を痛めたり怪我をしないためである。
八郎は凛子の頭を見て、
「……その髪どうやってヘルメットに収納しているんだ?」
「乙女のたしなんみですわ」
「いやボリュームを見たらどう考えても――」
「さーみなさんはりきって行きますわよ!」
それ以上追及することはできなかった。
あの縦ロールがどうやって収まっているのか、それは永遠の謎であった。
凛子が音頭をとり一斉に清掃が開始された。
次々にゴミが袋の中へ収められていく。
ブルドーザーでも使ったほうが早いのかもしれないが、あいにくここは足場が悪く重機を入れることはできなかった。
八郎は粗大ゴミなどの重量がある物を担当した。
今日の参加者は女性が多めのなため、男手が必要であった。
のしのしと砂浜を歩いていく。
身長のせいかやたらに視線を浴びせられいる。
八郎は冷蔵庫に近づくと両手で底面を掴み、ぐんっと肩にかついでトラックの元まで運んでいった。。
軽々と運んでいくその姿にみんなが驚いていた。
まるでフォークリフトのようなパワーであった。
次から次へとゴミを運んでいく。
テレビなど軽いものは積み木のように縦に積んでから運んでいった。
そのたびに「おー」と感嘆の声が上がり大変むずがゆい気持ちにさせられた。
凛子のほうへ助けを求めてみると、ニマニマ笑いながら無視された。
素知らぬ顔で生ごみを袋に詰め込んでいる。
どうやら困っている姿を楽しんでいるらしい。
確かに普段ではまず見ることができない光景であった。
八郎は後でしめると思った、
しばらくして休憩時間になった。
海岸から上がり空気がまだマシな空地へ移動する。
みんなマスクやゴーグルを外し、新鮮な空気をめいっぱい吸い込んでいた。
八郎もヘルメットをとり汗をタオルでぬぐう。
阿門がペットに入った緑茶を差し出して来た。
「どうぞ」
「おう助かる。こういうことはもう何回もやってんのか?」
「お嬢さまが企画して月に三、四回ほど。わたしも毎回参加しておりますよ」
「あんたも大変だな。わがままに付きあって」
「ははは。お嬢さまが望むなら大変ではありませんよでは。他の方が待っていますのでわたしはこれで」
「ああ。ご苦労さん」
阿門は再び飲み物を配りに戻っていった。
それと入れ替えに参加者の一人が八郎に声をかけた。
黒髪をショートカットにした地味目な少女である。
自己紹介して凛子と同じ高校に通う友達だと言った。
八郎の見た目も特に気にしていないようだ。
一緒に清掃活動をしたので一体感があると思っているのかもしれない。
少女は親し気な調子で、
「すごい力持ちなんですね。凛子ちゃんの会社の人なんですか?」
「……まあそうだな」
「え、すごーい! 千年原重工に勤めてるなんて超エリートじゃないですか! おまけに体力もあるるなんてかっこいいですね!」
「そ、そうか?」
「そうですよ! うちの学校の男子なんて頭はいいけど、なよなよした奴ばっかりですもん。どこの学校を卒業したんですか?」
「い、いや、それはだな……」
八郎は言葉に詰まった。
孤児院にいたときに小学校くらいは通ったが、それ以降は盗みか喧嘩しかしていない。
憧れの眼差しを向ける少女に、まさか小卒と言うわけにもいかないだろう。
もごもごと濁していると、凛子が助け舟をだしてきた。
「八郎は海外に留学していたから、日本のことは詳しくないのですよね?」
「あ、ああその通りだ。学校とかは説明しにくいな」
「そーなんだざんねーん」
「あなたも飲み物もらってきたら? 阿門が配っている分がもうなくなりますわよ」
「はーい。じゃお二人でごゆっくり~」
凛子が顔を赤くして早く行きなさいと言った。
なにか照れている様子であった。
それから八郎の方を見て「何でもありませんわ」と付け加えてから言った。
「どうですボランティアは? たまには人のためになることをしてみるのも悪くないでしょう?」
「たしかに悪くない気分だ。ガキ時は考えもしなかったからな」
「八郎が子供のころにここへ来たんですの」
「売れそうな物を物色しにな。今は本当にゴミしかないけどな」
「いい人になれそうですか?」
「わからん。まだな」
「そう。ゆっくりわかっていけばいいですわ」
「ああ」
二人は穏やかな心持で海を眺めていた。




