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赤手空拳  作者: ういすき
15/33

第15話 対賭け

「お姉さーん。これちょうだい」

「お兄さんだろ。目が悪いのか」

「あ、ごめんごめん。これね」



「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」と訊ねてから男性店員が下がった。

 八郎と愛聖はコーヒーのチェーン店でアイスコーヒーを飲んでいた。

 落ち着いた内装で店内はカップルが多い。

 ここ有名な店で愛聖が希望した店であった。

 木製のテーブルが規則正しく並べられ品のよい感じがする。

 味も良いとの評判である。

 しかし大の男が二人してコーヒーをすすっているというのは、この場ではかなり浮いていた。

 愛聖はルックスもあって完璧に溶け込んでいるが、ここでも八郎の姿は馴染んでいない。

 美女と野獣などというひそひそ声が、どこからともなく聴こえてくるようであった。

 愛聖は特にきにする様子もなく、店員が運んできたチーズケーキに舌鼓を打っていた。

 奇異なものを見るような視線異耐えながら飲み続けていると八郎が口を開いた。

 どうしても聞いておきたいことがあった。



「前から気になっていたんだが真路愛聖ってことは、まさか真路豪聖と血縁関係でもあるのか? 顔はまったく似ていないが」

「あははは。よく言われます。パパ奥さんがいっぱいいるから、仕方ないけどね」

「パパ? じゃあおまえは息子ってわけか。驚きだな闘龍試合に肉親を出すような奴がいるとは。はっきり言ってどうかしている。あまえのオヤジ正気なのか?」

「んーぼくは五人兄弟の末っ子だから、あんまり気にしてないんじゃないのかな。会社は兄さんたちが継ぐって決まってるし、ぼく勉強できないからパパの役に立てれば何でも嬉しいよ」

「……複雑な家庭の事情があるみたいだな。金持ちのことはよくわからん」

「心配しないでって! 好きでやってることだから」



 そこで八郎は少し黙り愛聖の顔を見た。

 子犬のように無邪気な顔であった。

 今の話が演技というわけでもなさそうである。

 事態はあいかわらず奇妙だが、ここは情報収集に努めることにした。

 いつまでも面食らっていても仕方がない。

 引き出せることは今引き出しておべきだろう。

 そういう八郎の打算を知ってか知らずか、愛聖の方から闘龍試合に関する話を振ってきた。



「甲平さんとの試合すごかったですね。ぼくも観てたんですけど感動しちゃいました」

「おいおい。いいのかそんなこと言って。おまえ真路の格闘者じゃないのか」

「いいですよそんなの。パパはぼくのやりたいようにやって、言いたいことを言えばいいって教えてくれたし。ぼく空手とか習ってないから、格闘漫画で読んだみたいな動きされると、テンション上がっちゃうんですよ」

「大将の発言とは思えないな。あれぐらいできるだろ」

「ムリですよー。空手とか柔道って構えや技がいろいろあるじゃないですか。ぼく覚えるの苦手なんですよね。どっか偉い道場の師範の人にも習ったんだけど、最後には匙を投げて帰られちゃったし」

「ん? じゃあおまえ何の格闘技をやってるんだ?」

「それは――」



 八郎は内心かなり緊張ていた。

 何気なく訊いたが実のところ愛聖がどのような格闘技をやっているかは、凛子でもつまり千年原重工の力でも判明しなかったのだ。

 闘龍試合の格闘者として登録されてはいるが、これまで一度も対戦経験がないのだ。

 地下闘技場など他の場所でも記録もなく、愛聖の実力は謎のベールに包まれたままであった。

 まさか本人から直接聞けるとは思っていなかったが、値千金の情報になる可能性があった。


「それは?」

「ないんだよね。あえて言うなら喧嘩かな? こうグルグルパンチとかそういう感じ」

「……」



 どうやら当ては完全に外れたようである。

 考えてみればそう美味い話があるわけもなかった。

 八郎は心の中でため息をついた。



「そうだ今期のアニメの話もしませんか? ぼくはトライアドウィッチが楽しみなんです」

「そうだなあれはいいな。まず――」



 それからは漫画やアニメなどの雑談した。

 八郎は話し合える友達がいなかったので、かなり早口でしゃべっていた。

 愛聖はそれをニコニコ聞いていた。

 聞き上手であった。

 しだいに下の名前で呼び合うようになっていた。

 有益な情報はなかったが、二人の相性は悪くなさそうだった。



 太陽が沈みはじめ夕方になると、店をでて帰ることにした。

 アーケードの下を歩いていく。

 前から柄の悪そうな若者たちが歩いてきて、愛聖の肩にぶつかった。

 若者はにらみを利かせて、



「てへえどほ見てんだ! このやほう!」



 顔が赤く呂律が回っていない。

 目の焦点もあっていなかった。

 どうやらこの時間から酒を飲んでいるようだった。

 正常な判断力があれば八郎と一緒にいる人にからむ人間は少ないだろう。

 走って逃げるかと八郎が言うと愛聖は、



「平気だよ任せて」



 そう言って若者に近づいていった。

 若者は愛聖の胸倉を掴んで何か言おうと口を動かそうとしたが、結局何も言わずに手をはなしそのまま通り過ぎていった。

 胸倉を掴んだ若者がリーダーだったのか、他のメンバーはしぶしぶ追従していった。

 簡単に決着がついてしまって八郎は拍子抜けした。



「殺気で黙らせるってやつか? さすが大将さまだな」

「そんなことできませんよー。どんな人でも目と目が合えばわかってもらえます」

「おやさしいことで」

「凛子さんには負けますよ。貧民街を救うために闘龍試合を受けたんですよね?」

「知っているのか」

「元々ボランティアとかで有名でしたし、前はテレビで募金を集めてましたからその界隈じゃ有名な人ですよ」

「そうなのか」



 八郎がまったく知らないことばかりであった。

 だが自分の無知を恥じている場合ではなかった。

 愛聖が恐ろしいことを言ったのだ。



「ぼくも真路の格闘者じゃなかったら協力したかったですね。でも負けたら結婚までするなんて相当な覚悟ですよね。あれは真似できないなー」

「結婚? なんの話だ?」

「聞いてないんですか? 今回の闘龍試合で凛子さんが負けたら、ぼくのパパと結婚する約束になっているんですよ。賭けの一部として運営も認めてます」

「待てその話は今初めて知ったぞ。本当なのか」

「顔合わせの時に千年原は人材を賭けるって言ってたでしょ? あれが凛子さんのことなんです。女子高生がぼくのママたちに加わるのは、変な感じがしますけど――あれ八郎さんどうしたんですか?」



 八郎は最後まで聞かずに走り出していた。

 茜色の空の下、ホテル目指して走り出していた。






「……言わなかったのは悪いと思ってますわ」



 八郎はスイートルームで凛子と話していた。

 ちょうど凛子も買い物から戻ってきたところで、ロビーで鉢合わせしたのだ。

 愛聖から聞いたことを話すと凛子は黙ってうなずいた。

 人の出入りがある場所を避け部屋に入ったのであった。



「怒っていますの?」

「当たり前だ。まさかここまで騙されていたとはな」

「だ、騙してなんかいませんわ! 別に試合には関係ないですわ!」

「関係ある。あれの雇い主があのカエルデブと結婚なんてぞっとする。なぜそんなことをした」

「……だって仕方なかったんですの。この条件でなければ試合を引き受けないと言われたんですの。百億の試合を受ける企業なんてそうそう見つかりませんし」

「だからってまったく……」

「なんでそんなに怒るんですの! お父さまも承諾してますし、平気ですわ!」



 凛子は逆上して言った。

 何が悪いのかといった感じだ。

 八郎はポツリとこぼした。



「ますます負けられなくなったな……」

「え? 何ですの?」

「何でもない。もう他に隠し事はないんだな? あるなら必ず今言え。これ以降に知ったらおれが本気でキレそうだ」

「ないですわ。本当にこれで全部です。その……ごめんなさい」

「ジムに行く。貸し切りにしてくれ」

「わ、わかりましたわ」



 八郎はイライラとした気分でスイートルームを出た。

 なぜここまで不快なのか自分でもよくわからなかった。




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