明里。
あなたの事が、心から大好きです。そう誓うまでの1ヶ月、私の身には何が起こったのだろう。今までの生活から変わり過ぎて、何だったのか自分でさえ分からない。
事の発端はちょうど1ヶ月前。世間一般では進学校と呼ばれる公立高校を目指していた中学3年の時、担任教師に今の点数では入るのは厳しいと言われたため、私立高校を併願、そして結局入学したのは私立星条高等学校だった。
入学式当日。明里の前に先輩が現れた。
「明里ちゃん、だったかな?」
「あ、はい…」
「これからちょっと遊びに行かない?」
この人は何を言っているんだ?と思ってしまう。そもそもまだ名前も知らないし、会って数秒、いくらイケメンでもこの状況で着いて行く人は少ないはず。そう思ってると先輩が口を開いた。
「そっか。俺の名前知らなきゃ警戒しちゃうよね」
名前を知った所で素直に着いて行くなんて事はしないのだが…
「俺は神崎恭介、ここの3年。よろしく」
「よろしく…お願いします。」
「んじゃ、遊びに行こうか。」
「え?ちょっと…。離してください」
その願いは全くの逆効果だった。そんな事言われればこうするしか無いと手錠で神崎先輩と明里の手首が結ばれた。
「外して欲しければ俺の彼女になるんだな」
「は?え、えっと…彼女?」
「あぁ、そうだ。」
そこにまた見知らぬ先輩が現れた。
「ちょっと恭介君、抜け駆けはいけないよ。」
「別に良いだろ?お前だって来たじゃないか。」
「そ、それは恭介君が見えたからで。」
「あの、この方は誰ですか?」
「あ、ごめん。自己紹介がまだだったね。僕は矢幡蓮月、恭介君の友達だよ、」
「蓮月、先輩…」
「2人ともスタートは全員一斉ですよ?」
またまた知らない先輩が。
「スタート?」
明里はスタートの意味が分からず首を傾げると4人目の先輩が出てきた。ここまで来ると誰が誰だか分からなくなってくる。
「君にはこれから1カ月僕らに付き合ってもらう。僕らの遊びにね。」
「…どういう事ですか?」
「入学式の様子を見て君に決めたんだ。ターゲットは君。ここに居る神崎恭介、矢幡蓮月、森宮雷斗の3人がこれから1カ月君の相手をする。君は1カ月間3人とそれぞれ過ごした後、一番好きになった人にキスをする。僕含め仲間何人かが誰を好きになるかを当てる。最後に君がキスをする人を見事当てた人と君のハートを奪った人が勝ちって訳。つまり賭け、僕は岡本直弥、何か分からないことがあったら言って。」
「私には辞める権利は無いんですか?」
岡本という先輩に質問したはずなのに答えは隣の神崎先輩から帰ってくる。
「無いね。やってもらうしか無い。やってくれたらこの手錠も外してあげるよ?」
手錠を外してもらいたくてつい頷いてしまう。
「じゃあ、他には」
「………」
明里はこの先が不安でしょうがなかった。でもそんな事気にしないように先輩たちはどんどん進める。
「特になしか。じゃあ早速始めるか。」
「じゃあ今日は俺が明里ちゃんと一緒に過ごさせてもらおうか。」
そう言うのはすでに隣で明里の手首と繋がっている神崎先輩。それでも他の2人も引き下がらず口論に。岡本先輩がじゃあ、と明里に話を振った。
「明里ちゃんに決めてもらおう。それで良いよね?」
3人が同意した所で岡本先輩がもう一度明里に誰が良いか聞く。
「…あの、私、まだ先輩達の事、全然知らないですし、そう言うの無理です。」
「どういう事?さっきも言ったようにこのゲームに参加しないなんて選択肢は無いんだけど。」
「分かってます。でもやっぱり分からなくて。だから今日は先輩達の事知るためにも全員で過ごさせてもらえますか?」
「あぁ、それなら構わない。4人で過ごしてくると良い。」
そう岡本先輩に言われ、3人に連れられて学校から出る明里。状況を理解するのに必死で気づかなかったけれどいつの間にかちゃんと手錠は外されていた。
「さぁ、明里ちゃん、どこに行きたい?」
「私は…」
「こんなゲームに参加してもらうんだ。好きな所に連れて行ってあげるよ」
そう言ってくれたのは神崎先輩。さっき手錠で繋がれたのに意外と優しい面を見て少しだけ安心した。
「パフェ食べたいです。」
神崎先輩が良い店を知っていると明里達を連れて行ってくれた。そこのパフェは凄く美味しかったし高かった。明里は自分が食べた代金は自分で払うと遠慮したがいつの間にか神崎先輩が払ってくれていた。その後お礼を言うと神崎先輩は笑顔でこう言った。
「俺が払ったってあいつらが知ればまたもめるから払ったこと黙ってて」
と。もしかしたら勝負に勝つためかも知れないけど素直に優しくしてもらって嬉しかった。そして勝負に勝つためなのかとかも含めてもっと神崎先輩の事が知りたくなった。
「今日は僕らともお別れだね。明日からはどうしよっか」
「それは明里ちゃんが決めるべきでしょう。」
そう森宮先輩が言う。それは少し考えて、了承する。
「じゃあ明日は?」
「…私は、神崎先輩と一緒に居たいです。」
「分かった。」
3人が同意してくれて今日はここまで。他の2人は少し不満そうだったけれど今日はすんなりと去っていった。
翌日。約束通り放課後に神崎先輩が現れた。
「明里ちゃん、おまたせ。昨日はありがとう」
「あ、はい…」
「今日は明里ちゃんが俺のものになる日だよ?」
そう言われて連れて来られたのはジュエリーショップだった。値段を見るとどれも高いものばかり。神崎先輩はスタッフの人と話していてしばらくしてこっちに戻って来た。
「明里ちゃんに良い指環をプレゼントしよう。ついておいで。」
そう言われてついていくとそこには綺麗なマラカイトの指環が置かれていた。
「明里ちゃんが俺のものという印だ。手を出して」
「こんな、高い物は受け取れません。」
「明里ちゃんって他の子とは違うね。他の女の子は貰って当たり前の顔するのに。」
「だって…」
「謙虚な子、好きだよ、俺。この指環は明里ちゃんへのプレゼントだ。」
そう言われて明里が右手を差し出すと神崎先輩は右手の薬指にはめてくれた。
「このマラカイトの石言葉は恋の成就、俺らの恋が上手くいくお守りだ。」
「そうなんですか?綺麗な宝石ですよね。」
「これから俺のお気に入りの場所に連れて行ってあげるよ。」
そして神崎先輩に連れて来られたのはお台場のイタリアンレストランだった。夜景が綺麗に見える良いレストランだ。座った席からも夜景が綺麗に見える。
「こんな所連れて来てもらっちゃって大丈夫なんですか?」
「あぁ、綺麗だろ?」
「はい…。」
「何食べる?」
メニューを開くと明里は1通り見て、カルボナーラにする。
「あ、これがいいです。先輩は何を食べるんですか?」
「そうだな〜」
神崎先輩と2人分頼み、運ばれてくるのを待っている間夜景に見とれていると神崎先輩が質問を投げかけてきた。
「明里ちゃんは普段こういう所来ないの?」
中学時代に友達と行くのはもっぱらファミレスだった。だからこういうところは初めてだ。
「はい、」
「そっか。じゃあこれからも俺がずっと側にいて良いなら沢山連れて来てやるよ。」
「え?でも…」
明里はそう言ってくれる神崎先輩のお財布事情が気になっていた。明里が心配することではないかも知れないけど甘えてばかりでは悪い気もした。
「何?こういうところ嫌い?」
「そうじゃないですし、連れて来てもらったのは凄く嬉しいんですけど…」
神崎先輩は明里の心情を察したかのように切り出す。
「ねぇ、明里ちゃん。もし俺が金ないから自分の分は自分で払ってって言ったらどうする?」
「それは払いますよ。あんまり神崎先輩の負担になりたくないですし、自分の分くらいは。」
「そっか。本当に明里ちゃんって変わってる。」
そんな話をしていると頼んだカルボナーラと神崎先輩のモッツァレラチーズのクリーミーソースが来た。最初は他愛もない話をしながら食べていたが、途中神崎先輩が真剣な顔で料理が来る前の話に戻した。
「さっき明里、もし俺が金ないから自分の分は自分で払ってくれるって言ったよな。」
神崎先輩に呼び捨てにされた。なんだか嬉しくてドキドキした。神崎先輩の目が真剣だから冷静を装う。
「はい、言いましたけど?」
「俺、そう言ってくれる女の子初めてで嬉しかった。それに、最初はゲームだったけど本気で明里が欲しくなったよ。そしたらいつまでもお金の心配させとくの辛くなって。だから本当のこと話すよ。落ち着いて聞けよ?」
「はい。」
明里は話が始まる前に少しどんな話か予想をした。実は借金しててとか良いかっこしたかったから無理してたとか……。
「実は俺、俺らの高校の理事長の孫なんだ。じいちゃんが理事長で。お陰様でそこそこ人気あるし儲かってるから小遣いも多く貰えてて。だからもうお金の心配なんてしないで俺と付き合えよ。」
明里は意外すぎて頭が真っ白になった。そして同時にそんな先輩の彼女が私でいいのだろうかと心配になる。
「……そうだったんですね。でもそしたら本当に私でいいんですか?」
「もちろん。もう他の2人にも誰にも明里のことは渡さないから。覚悟しとけよ」
「…はい。」
誰にも渡さないなんて言われて明里の頬は紅潮した。
「何赤くなってんだよ。」
「だって…」
「赤くなるなんて反則だぞ!…可愛いな、お前。」
「神崎先輩だからです!森宮先輩なら赤くならないもん…」
そう言って照れる明里を神崎先輩は見つめていた。明里が少し目線を上げると目があった。もう照れの上を行ってしまっていたのか明里が微笑んでくれた。
「…これ、一口いる?」
神崎先輩も照れ隠しのように自分のスパゲティを進めてくれた。
「良いですか?」
「はい、あ~ん。」
神崎先輩に食べさせてもらうスパゲティはいつもより数百倍美味しく感じられる。今この瞬間が凄く幸せだと思える。
「なあ、食べ終わったら浜辺に出てみない?」
「良いですよ」
食べ終わって浜辺に出ると明里達以外にも沢山のカップルが居て賑わっていた。ふと神崎先輩の手が明里の指を絡めとって手を繋いでくれた。
「神崎、先輩?」
「お前が迷子になったら困るからな。」
そう言って恋人繋ぎをしている手に力を込める神崎先輩が頼もしかった。そこに空気が読めない電子音が鳴った。
「ごめんなさい…」
「誰から?」
そう言って神崎先輩は明里のスマホの画面を覗き込んでくる。
「お母さんからです」
「出てあげな。俺待ってるから」
「ありがとうございます。」
そう言って出るとお母さんの怒った声が聞こえてきた。
「明里!今どこに居るの?早く帰って来なさい。」
「お母さん、私もう高校生なんだよ?子供じゃないんだから少し位遅くてもいいじゃん。」
「今はどこに居るの?」
「お台場だよ?」
「誰と一緒なの?」
「先輩。もう大丈夫だし、先輩待たせちゃわるいから切るよ。」
半ば強引に切って神崎先輩の所に戻った。
「本当にごめんなさい。」
「いいよ、謝らなくたって。お母さん、何だって?」
「早く帰って来なさいって。神崎先輩のお母さんはそういうことしないんですか?」
「俺んとこはそういうの無いな。第一こうやってゲームしてる事知ってるし。」
「ゲーム、そんなに何回もやってるんですか?」
「最初は俺が1年の時だから先輩ナンパして、それが今は後輩だからね。でも今回が最後にしようと思うんだ。」
「何でですか?」
「何でだと思う?」
明里は何となく分かっていた。さっきレストランで言われた『最初はゲームだったけど本気で明里が欲しくなった。』という言葉が頭をかすめる。でも神崎先輩の口から聞きたかった。だからわざと間違える。
「受験だからですか?」
「それもあるけど、明里が俺を夢中にさせるから、かな。」
そう言って神崎先輩は明里の頭に手を置いた。髪をくちゃくちゃと撫でてくれた。
「恭介さんの事、大好きです!」
そう言って抱きつくと快く迎い入れてくれた。恭介の腕の中は温かくて安心させてくれる何かがあった。
「俺の事、さんじゃなくて君で呼べよな。」
「いいの?」
「あぁ、明里とはなるべく近い存在になりたいから」
「やっぱり恭介君が、大好き!」
「じゃあもう俺から離れるなよ。」
そう言って明里を抱きしめてくれる。恭介の温もりが心地良くてずっとこうしてたいと思ってしまう。
「そろそろ帰ろうか。明里のお母さんも心配してるんだろ?」
それから電車を乗り継いで横浜に着いた。明里の家まで恭介が送ってくれた。
「恭介君、今日はありがとう。まだ会って2日なのに、ずっと一緒に居る感覚だね。」
「まだ会って2日か。そうは思えないな。」
「…本当はタメ口なんてダメなの分かってるんだけど。」
「分かってるのかよ。じゃあ何で直さないんだ。」
怒られて明里はしゅんとした。しばらくしてそれを見かねたように恭介は優しく包み込む。
「ごめんって。本当は1日でこんなに距離縮めてくれて嬉しいから。」
「本当?」
恭介の腕の中から見上げてくる明里の顔にまた笑顔が戻っていた。
「明里ってほんと、可愛く笑うよな。」
「わ、わたしもう帰らなくちゃ、家の前でいつまでもこうしてるわけにはいかないし。じゃあね、」
「待て、ここまで来たらちゃんと明里の親に挨拶してかないとな。」
「そうだね。」
「それに照れ屋な明里も凄く可愛い。照れ隠ししたのかもだけど気づいてるよ?」
「別にかわ…」
否定しようとした時、不意に唇がふさがった。
「可愛くないなんて言わせねぇーよ。」
「……」
「顔、真っ赤だよ。」
「恭介がこんな所でするから…。近所の人に見られたらどうするの?」
「大丈夫だって。人気も無いし」
そして恭介と2人で玄関の前まで行くと、勢い良くドアが開いた。お母さんが飛び出してきた。
「明里!どこ行ってたの?お母さん心配して捜しに行こうとしてたのよ。」
「大丈夫だって言ってるでしょ。先輩も一緒だったし。」
「あ、ごめんなさいね、気づかなくって。」
「あ、いえ…」
「この人は、私の、彼氏の神崎恭介君。」
明里は思い切って言った。まだ会って少ししか経ってなくても恭介の事が大好きだったから。これは後日、本人から聞いた話だけど、この時恭介も相当驚きと喜びがあったらしい。でも思い切って言ったおかげで一応明里の母公認のカップルになれた。そして順調に距離を縮めていく2人に邪魔が入る。ゲームが始まって2週間。明里は休み時間に図書館で本を探していた。そこに森宮先輩が来た。
「明里ちゃん。何探してるんだい?」
「小説を。」
「そうなんだ。一緒に探してあげようか?」
「良いです。自分で見つけるので。」
明里は恭介以外の先輩に頼る気など無かった。探すために題名教えて、好みを知られたら本の話題から近づいてきやすくなるし、そうしたら恭介との時間が無くなってしまう。切り上げてそこから立ち去ろうとした時、また森宮先輩が話しかけてきた。
「明里ちゃん、最近ゲームの調子はどうかな?」
明里はライバル心に火を着けまいと恭介との事は隠した。
「…あんまり順調じゃないです。」
「へぇ~」
「2日目の後からは誰とも遊べて無いんです。学校もまだ不慣れだし緊張しちゃって。誰が良いかも正直分からないですし。」
明里が森宮先輩と話している近くの本棚の影に恭介が居た。心配で盗み聞きしている。
「そっか。じゃあ今日は僕から明里ちゃんのこと誘ってあげよう。」
「ごめんなさい。今日は塾の日なのでまた今度誘って下さい。」
「残念だな〜。」
「ごめんなさい。では私、本探したいので。」
そう言って逃げるように立ち去ると本棚に隠れた恭介を見つけた。
「あ、きy…神崎先輩。」
「お前、ちょっとこっち来い。」
そう言って図書館を出て空き教室に連れ込んだ恭介は少し怒っていた。
「どういう事だ?」
「何が?」
「2日目から誰とも遊んでないとか、誰が良いか分からないとか。俺との事はどうした?」
「ごめん。私森宮先輩に邪魔されるのが嫌だったの。だからライバル心に火を着けないように平等ですって。そうすれば奪おうとしつこくアピールしてくることもないかな、なんて。」
「そっか。怒ってごめん。」
「でもありがとう。ヤキモチ妬いてくれるなんて嬉しいかも。」
そう言って目を覗き込んでくる明里を恭介はぎゅっと抱きしめた。しばらくして我に返ると思い出したように質問してきた。
「今日塾だったっけ?」
本当は逃げるための嘘だった。けれど本当にしようと思う。
「うん、学習塾は明後日だけど今日も恋愛の勉強するために神崎先生の塾にいかなきゃね。」
「じゃあ、今日は気持ち良くなる方法を教えてあげよう。」
「今日も?…」
実は昨日もやっていて、恭介の虜になったばかりだ。
「ふーん、じゃあ今日はやらなくて良いんだ〜。」
そう言いながら横目でチラチラ見てくる恭介は明里が何を求めているか分かっていた。でも何も言ってきてくれないから明里は自分から意思表示をするしか無くて首を横に振った。
「ちゃんと口で言わないと伝わらないよ、」
分かってるくせにずるいよ、恭介君。明里が恥ずかしさで押し黙ると恭介が分かったよと言ってくれた。
「…恭介君の意地悪…」
「ごめんな。でも明里ってすぐ赤くなるからついいじめたくなるんだよ。でもこれで許してくれるだろ?」
そう言ってほっぺにキスをした。結果的にもっと火照ってきてしまって都合が悪いけどその後火照りが消えるまで一緒に居てくれたからそれだけで許せてしまった。
「次の授業間に合う?」
「うん、ありがとう。」
「じゃあまた放課後な。」
そして日はどんどん過ぎていく。最後の1週間はドッキリ企画も実行された。明里がそれぞれの前で好きと偽り、デートをしていくというものだ。もちろん恭介は仕掛け人側に回った。
「明里ちゃん、お待たせ。」
「あ、矢幡先輩。」
今日は矢幡先輩とデートだ。最近あまり会ってないし、ドッキリということも意識して恭介とのことがバレないようにしなきゃいけない。
「今日はどこに行く?」
「矢幡先輩のおすすめの所、連れて行ってください。」
「ほんとにそれでいいの?」
特に行きたい場所とか無いし、それでOKしたけれどこの選択が後に物凄い後悔を導くことになる。
矢幡先輩に連れて来られたのは何とホテルだった。横浜のビル街に突然現れたホテルに矢幡先輩はさも当然のように明里を連れて入ろうとした。
「先輩、まさかここじゃないですよね?」
「ここだけど?もう部屋も取ってある。」
「嫌です!」
「明里ちゃん。どこでも良いって言ったのは自分だろ?我慢しろ!」
「もっと公園とかそういう所かと思ってて。無理です。」
そう言って逃げ出した。怖くてどこに行きたいのかよく分からないまま必死に走って気付いたら恭介の家の前に居た。恭介ならきっと助けてくれると思いドアベルを鳴らす。すると後ろから声がした。
「明里、やっぱり来たか。」
よく聞き慣れた頼もしい声、恭介だった。
「恭介君!」
恭介の胸に飛び込むと優しく抱きしめてくれた。
「蓮月に何やられた?」
「…え?知ってたの?」
「アイツは何かと陥れて女の子を酷い目にあわせようとする。だから俺も心配だったんだ。でもよく逃げ出せたな、明里。」
そう言って頭を撫でてもらうとすごく安心した。同じ3年の先輩なのに雲泥の差だ。
「家の中、入って」
「うん。。。」
「あ、じいちゃん居るけど良い?」
「理事長先生?」
「うん」
理事長に会うのは入学式ぶりだ。緊張で手汗がひどくなる。けれどそれ以上に矢幡先輩が怖くて中に入れてもらった。そこに早速理事長が登場。
「おお、恭介お帰り。隣の可愛い子は誰だい?」
「この子は俺の彼女の椎奈明里ちゃん。」
「椎奈明里です。よろしくお願いします。」
理事長と言っても何だか普通のおじいちゃんみたいな感じで安心した。
「良いじゃないか、礼儀正しいし、可愛いし…可愛いし。」
「恭介、その子は例のゲームでゲットした子かね。」
「そうだよ。」
「ならうちの高校の子だね?」
理事長モードにスイッチが入る。
「実は私も授業中に各教室を回って授業態度などをチェックさせてもらっているんだ。学年・組・番号を教えてくれたまえ。」
授業態度とか怖すぎる。恐る恐る名簿番号を口にする。
「1年、A組。17番です。」
「1年A組17番、椎奈明里。中学時代は交友関係も幅広く、何事にも活発に取り組むことができていた。社会、特に歴史や、英語にもう少し力を入れると良い。高校生活は、今の所何事も好奇心旺盛に頑張っており、苦手な英語も徐々に克服しようと努力できている。」
「じいちゃん、俺の彼女の事、そんなにいじめるなよ」
「いじめておらん。ただ見極めてやったんだ。明里さんは凄くいい子だぞ!」
「じいちゃん。」
「ありがとうございます。」
「成績は良いし、礼儀正しい。」
「良かったね、明里ちゃん。俺の部屋、行こうか。」
「うん。」
恭介に手を引かれて2階に上がり、恭介の部屋に入ると一気に緊張が溶けてへたり込んだ。
「どうした?明里。」
「緊張しちゃって…」
「結婚したら義理の祖父になるけど。」
「結婚?」
予想もしない言葉が出てきて思わず聞き返してしまう。
「明里はする気無いのか。残念だな、」
本気で残念がる恭介を目の前にして嘘はつけまいと本当の事を言う。
「それ以前に結婚なんて考えたこともなくって。」
「そうか。でも、男性は18、女性は16で結婚できるからそう遠くない話だぞ?」
「そっか。でもずっと恭介君と一緒に居たいな。」
「良かった。明里、いつまでもそんな所にいないでこっちおいで。」
「うん。」
明里が恭介の近くに行くと後ろから肩を抱いてくれた。耳元でそっと囁くように話し始める。
「明里、もう大丈夫?」
「うん、でも怖かった。」
明里ははうつむいて呟くように返事をする。顔はよく見えないけど凄く可愛いだろう明里を見て少し力を入れてみる。そして傷を広げないように注意深く探る。
「何されたか話せる?」
「…おすすめのところ連れてって貰ったんだけど、そこがホテルだった…。矢幡先輩となんてまともに話したこともないのにいきなりで…。」
予想範囲内だったから動揺はしなかったけれど女の子が深く傷つくのは確かだった。
「怖かったね。でも抱かれる前で良かったよ。」
「……」
「明日はそんな心配しなくていいよ。俺と一緒にスイーツ食べに行こう。」
今は明里の心の傷を癒やす所から始めるのが良いと判断し、抱くのは心の傷が癒えた時にしようと心に決める。この間テレビでやっていた美味しいスイーツのお店に連れて行ってあげると言うと今まで怖がって体中に力が入っていた明里だったけど少しリラックスしたようだった。小さな声で呟いた。
「…楽しみ」
と。それにしても蓮月は悪いやつだな恭介はとつくづく思う。初対面の女の子とヤルようなものなのに、無理矢理なやつめ。絶対に他のやつに渡すまいと思っているとふと腕が握られた。明里が腕に掴まるようにしている。そっと聞いてみる。
「明里。」
「何?」
「ドッキリ、続ける?辛いんだったら続けなくても良いと思うけど。」
辛いであろう明里を気遣ったが思ったより明里は強かったらしい。強く決心していることが声の調子からうかがえる。
「いいよ、続ける。恭介君、ありがとう。こうやってずっと一緒に居られればいいけど、私1年で恭介君3年でしょ?ずっと一緒に居られないからある程度自立しなくちゃね。」
「そっか。」
「でも恭介君からは絶対に離れない。こうして、ちゃんとつかまって、絶対離さないから。」
「離したって大丈夫だよ?俺が離さないから。」
「ありがと。あと私、ダンス部入りたいんだ。良いかな?」
ダンス部は特殊な部活だった。男子は誰でもOKだけれど女子にはいくつかの条件がある。実はダンス部は表面上の仮名で本当の所は恋愛ゲーム部とでも言うところだ。明里が今回参加したゲームを行う部活で女子はゲームに参加してダンス部に所属する男子の彼女になると入れる。
「いいよ。申請しとく。ていうか、ドッキリも手伝ってもらってるしもうとっくにダンス部だよ。」
時間が無い中最後の1人、森宮雷斗とのデート実行された。ドッキリだからこそ、油断はできないしこの間の矢幡先輩とデートした時のような事も心配された。何かあったら恭介に連絡すると約束していよいよ森宮先輩とのデートが始まる。
「森宮先輩、今日すごく楽しみでした。」
「そうか、それは良かった。」
なんだかすごく落ち着いていて良く言えば大人、悪く言えばつまんない。森宮先輩に行き先を任せると連れて行かれたのは図書館だった。矢幡先輩のホテルも嫌だけど図書館も地味に嫌。
「明里ちゃんは学力がまだまだだから僕が1からしっかり教えてあげるよ。」
失礼なと思ったが、少し冷静になると確かにそうだ。公立高校に落ちて今ここに居るのだから。その後3時間みっちり勉強を教えてもらって、いや、勉強に付き合わされて明里は疲れた。教えてくれると言ったくせにほぼ放ったらかしにされた。森宮先輩と別れて恭介の所に行くと快く迎えてくれた。恭介の部屋に通されるとあいにく恭介本人は居なかった。座って待っていると恭介が来た。
「恭介君。」
そう声をかけると恭介が近づいてきてキスされた。
「あ、柚子の味。…今度は…」
「やめてよ。」
「え?本当は嫌じゃないんだろ?」
恭介にキスを繰り返されて体が反応する。
「少なくとも体は嫌がってないみたいだぞ?」
明里は言い返す言葉が見つからなくて口を閉じる。恭介にキスをされる度に体から力が抜けていくのが分かる。
「目がとろんってしてて可愛い。続きはちゃんとベットで愛してやるから。」
3人に出会って1ヶ月。いよいよ結果発表の時が来た。ダンス部の部室に3対1で向き合って立つ。ドッキリやお試しだったものの恭介以外の先輩とも関わった。どの先輩の顔も自信に満ち溢れているように見える。最初にルール説明をしてくれた岡本先輩が司会進行をしている。
「それでは三人は目を閉じてください。明里さんはなにか言うことはありますか?」
「はい。まず、ドッキリで3人全員に好きと伝えていました。ごめんなさい。ですが本命は1人です。私は全員ではなく、1人に決めています。」
「それでは好きな人にキスをお願いします。」
明里はしばらく焦らして恭介じゃない人の前で声を出したりしながら最後には恭介の前に立った。
「あなたの事が、心から大好きです。」
そして思いっきりキスをした。身長差あるし背伸びをしてのキスでバランスが悪かったから恭介が支えてくれた。他の2人は残念そうだったが何だかもう次のゲームの事を考えているようだった。