第45話『推理回』・中
あけまして、おめでとうございます。
今年も、ミーシャたちをよろしくお願いしますね!
***
「なるほど……」
ミーシャは、ひとりごちた。
眼前には、治療師ルイスの亡妻スルガが書いたという診療記録がある。それも大量に。ルイスに訊くと六年分はあるとのことだ。
この診療記録から、治療師ルイスの亡くなった妻の故郷を見つけ出そうと言うのだ。
おおまかには、この国の言葉で書かれているが、明らかにそうではない文字もあった。
治療師ルイスが言う。
「ここに、弓なりの線が多い文字があるだろう? ここだけじゃない。ちょっとした書付けにも、似たような文字で書かれているものがある。どうだ? 読める文字か?」
ルイスがミーシャに尋ねたのは、彼女が異国人であると思っているからだ。
本当は異国人ではなく、異世界人なのだが、話すとややこしいため、治療師ルイスには説明していない。
「残念ながら……私の知らない文字です」
強いて言えば、その流麗な文字はアラビア文字に似ていた。だが、アラビア文字そのものではない。
(そうそう上手くはいかないか)
ミーシャは密かに落胆した。
もしかしたら、と思っていたのだ。
ルイスの亡妻スルガは、現代医療と比較しても遜色ない知識を有していた。
すなわち、スルガも自分と同じ世界から来た異世界人なのかもしれないと、少なからず期待していたのだが。
「でも、待って。この文字は読めないけれど……」
言いながら、イレーネが診療記録をめくった。
「分かる文字もあるわ。ほとんどは、ミノシアの文字で書かれているけど、東方のメリディアン帝国の書き方をしているところがあるわ。
たとえば、これを見て。本当なら、ルーヴァンテルと書くべきところを、ルーマンテルと書いている。
これは東方帝国の書き方よ。東方帝国の文字とミノシアの文字はほとんど共通だから、気づかないのも無理は無いけど」
ミノシア王国と東方帝国メリディアンは、ともに統一帝国を始源とする。それだけに文字も言葉もよく似ていた。
ミノシア王国の文字は、強いて言えばアルファベットに近い。
東方帝国とミノシア王国の文字は、ラテン文字とギリシャ文字の違いのようなものだろうか。
「メリディアン帝国か……。意外だったな…。あそこは象牙色の肌が多いと聞く。スルガは褐色だから、南方にある王国のどれかか、あるいはリュキア王国やアク・テティス連邦かとも思ったんだがな」
「この文字は、その国々で使われているものじゃないんですか?」
ミーシャは、アラビア文字に似た文字を指差しながら、イレーネに訊いた。
「いえ。南方の王国群や、アク・テティス連邦で使われている文字とは全然違うわ。あの人達の文字は、もっと角ばってるからね。リュキア王国の文字も、アク・テティス連邦の文字と同じようなものだし……」
「けど、それじゃあ、この文字はどの国のものでもないってことになる」
憮然とした表情で、ルイスが嘆息した。
「そうね……。何かの古代文字なのか、治療術関係の専門用語なのか…あるいは東方帝国の少数民族の文字なのか……。でも、確かなことが一つだけあるわ」
「それは?」
「東方帝国風の書き方をしているのは、どれも治療術の専門的な分野よ。つまり、スルガの治療術は、東方帝国で学んだのよ」
「一歩、前進だな」
ルイスは息を吐きだした。
満足とは言えないが、前進には違いない。彼の望みは、妻の家族に遺品とともに、スルガの死を伝えることであった。
夫としての務めというより、単純にスルガへの愛の証としてルイスはそうしたかった。
「みっつ、質問させてください」
両手の指先を合わせて、深く思考の海へと潜行していたミーシャが、顔を上げた。
その顔は、自信にあふれている。
「そうすれば、スルガさんの家族のかなり近くまで、辿ることが出来ますよ」
***
「まず、聞きたいのは、ルイス先生が出会った時のスルガさんの年齢です。不老薬を服用していましたか?」
『不老薬』とは魔法薬の一種で、寿命を延ばし、と若さを保つ効果がある。だが、その分、高価で庶民では手がでないものだ。
ミーシャは最初に、スルガの実年齢を知りたがった。
「ああ。確かに使いたがっていたが、三ヶ月ごとの不老薬の材料の入手もままならなくてな……」
「あ、うーん……。師匠?」
「はいはい。そうね……不老薬はだんだんと服用する間隔を空けていくから、三ヶ月ごとなら、服用し始めて四から五年ほどね。それと、だいたい二十歳で『不老薬』は飲み始めるから、逆算して二十代半ばだと思うわ」
「なるほど。実年齢がルイスさんと同年代だと分かれば十分です。それと、もう一つ。スルガさんのご両親について教えて下さい」
「おいおい、それが知りたくて苦労してるんじゃないか」
「あぁ…そうだけど、そうじゃなくて……」
ミーシャは頭を掻いた。
「両親が生きているのか、死んでいるのか。年齢や生業、スルガさんが両親のことをどう思っていたのかなど、どんな情報でも良いんです」
「そういわれてもな……」
「例えば、結婚するときに、両親に挨拶するくらいのことは話し合ったはずです。その時に、なにか言ってませんでしたか?」
ルイスは腕を組んで、考えこむ様子を見せた。
「ああ、言われてみれば……。『遠くにいて、もう会えないかもしれない』と寂しそうに言ったことがある。実は健在だったんだが、死んだのかと思って慌てたことがあったな」
「両親のことを、スルガさんは好いているようでしたか?」
「家族の話はあまりしなかったが、両親について語るときは寂しそうだった。だから、好いていたんだろう」
「両親の生業は?」
「残念だが、それは聞いていないな」
「そうですか……。最後の質問です。スルガさんは、治療師としての仕事と、日常生活以外に、なにか定期的に時間を費やしていたことはありませんか?」
ルイスは首を傾げた。
「どういうことだ?」
「たとえば、趣味にのめり込んでいたとか、よく旅行に行っていたとか、なにか特別なことをしていませんでしたか?」
「思いつく限りは、無いな。薬効のある植物を育てたりもしていたが、仕事の一環としてやっていたし……」
「まぁ、それだけ聞ければ、問題ありません」
ミーシャは頷いて、強張った体を解きほぐすように、伸びをした。
「それでは、推理の答え合わせをしましょう。大丈夫。すでに大体のところは分かっています」
実は、
「ここまでの部分で、推理に必要な手がかりは全て晒した。 さあ真相を推理してみよ!」
という『読者への挑戦状』をやりたかったのですが、演繹的に一つの回を導ける手がかりや、その推理の過程を説明しようとすると、冗長だし、読みにくくなってしまったので止めました。
この物語は、冒険小説のつもりで書いていますし。
処女作ですので、大目に見てくださいませ。