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第44話『遺跡の谷』・上

いえ、その、違うんです!

ゼノミオ側の話とか、冒険者ギルドの設定とか、魔術の話とか、いろいろ手をつけてはいたんですが!


どれも、完成までに時間がかかっちゃって!

何か一つを完成させて、場繋ぎしようとおもったんですが、できませんでした!


というわけで、本編を出します!

更新が遅れてすみませんでした!


あと、ツイッターやります。

かの男は、美貌の人であった。

丁寧にくしけずった栗色の髪を後ろに流し、肌は透き通るように白い。細く整った眉の下の目元は涼やかで、口元には微笑が湛えられている。

この美貌と金払いの良さから、かつては色街で大いにもてはやされたものだった。


「ジーフリク様」


傍らの従者が男の名を呼んだ。未だあどけなさを残した黒髪の少年である。こちらは、意志の強そうな濃い眉をしている。


「どうした。テオ。疲れたんなら、少し休むか?」

「そうじゃありません。むしろ反対です。そろそろ急がないと、昼の内に合流できませんよ」

「急がなくても、オルテッセオ家は逃げやしないぞ?」

「約束した時刻に遅れてしまいます。それに、逃げますよ! 逃がすために、私達を雇ったんですから!」


ジーフリクは一瞬、呆気にとられた顔をして笑った。


「ああ…。然り然り。そうだったな。オルテッセオ家の御曹司を、王都まで運ばなきゃならないんだった」


ジーフリクが皮肉げに口角を上げたのには、理由がある。

オルテッセオ家の御曹司が逃げる羽目になったのは、ジーフリクの長兄が関係していたからだ。


彼の長兄であるゼノミオ・アイヴィゴースは、ミンヘル殿下を監禁から救い出すやいなや、形式や権限を無視して彼を王太子に冊立さくりつしたのである。


そして、ミンヘル王太子の名前で勅令を発したのだ。

曰く「王都の『領主連合派』は、インヴェニュート女王をないがしろにし、国政をほしいままに壟断ろうだんしている。この乱れを余は看過し得ぬ。

ゆえに余はここに宣言する。ゼノミオ・アイヴィゴース率いる騎士団を親衛軍団とし、剣と魔を以って国を正さんことを」


事実上の宣戦布告に、中央半島の諸侯たちは、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。


インヴェニュート女王を操る『領主連合派』につくか、ミンヘル王太子殿下を擁する『アイヴィゴース騎士団』につくか、諸侯はどちらかに決めなければならなくなった。

中立でありたいと願う貴族は多かったが、二派がこうも対決姿勢を見せれば、日和見はどちらからも敵視される危険がある。

中央半島の貴族たちは、密かに会合を持っては、身の振り方を相談し合った。


「そも王都には、インヴェニュート女王がおわす。また、王太子を冊立する権利は、国権を擁する女王陛下ただ一人である。臣下が分を守らず、軽挙な振る舞いをする事こそ、国が乱れる由縁。

我々としては、ミンヘル殿下をおいさめするべきであろう」


「そうは言うが、王都の『領主連合派』の専横ぶり、自己保身ぶりは看過し得ぬ。それこそ、誰かが正さねばならぬのではないか」


「だが、ミンヘル殿下に何が出来る? 武芸を嗜んだことすらない方だぞ」


「ミンヘル殿下ができなくとも、ゼノミオ・アイヴィゴースなら出来るだろうよ。かの騎士団は精強との噂だ。それに、味方の少ない今こそが、ミンヘル殿下に恩を売る好機とも言える」


貴族たちは口こそ出さなかったが、納得の面持ちで頷いた。彼らは、密かにミンヘル王太子の反乱が成功した時のことを計算していたのである。

ミンヘル殿下が勝利した場合、重鎮の椅子を温めるのは当然、ミンヘル殿下に古くから付き従ったものであろう。

すなわち、早めに恩を売るほど、高い地位をたまわる可能性も高くなるのだ。


「何が恩だ。それで死んだら、どうにもならぬわ。王都の騎士団は六万の兵数があり、しかも選りすぐりの精鋭たちだ。しかも、ハーシェル家の一万の兵も味方するだろう。たかだか四万の地方の騎士団のが太刀打ち出来るはずがない!」

「そうかもしれぬ」


少壮の貴族は、彼の言を受け入れた。しかし、なお懸念がある。


「だが、我や卿の領地は、王都よりアイヴィゴース家の所領のほうが圧倒的に近い。遠くの達人に助けを求めて、近くの暴漢に背中を刺されてしまうのでは、まったくのお笑い草というものだ」


その場にいる貴族たちは頷きあった。


確かにその通りだ。

王都に庇護を求めても、とかく行動の遅い『領主連合派』が急を救ってくれるとは限らない。

かといって『ミンヘル王太子派』に与したとしても、遠からず、精強な王都騎士団に蹴散らされるだろう。


大義として、今代の女王に従うべきか、それともミンヘル王太子に従うべきか。

現実問題として、王都騎士団を当てにするか、アイヴィゴース騎士団にくみするか。

生き残りと権勢の向上を求めて、貴族たちの心は迷宮をさまよい歩き、脱け出せないでいる。


「中立を…保つことは出来ないのでしょうか」

気弱そうな貴族が、そうこぼした。


「そうできれば一番だが、対岸の火事を決め込むこともできまい。中立といえば聞こえがいいが、要は日和見だ。二派から、自分の陣営に与せぬ奴とみなされ、敵視されるぞ」

「……しかし、例えば…、中立を望む領主たちを集めて、連盟を組めば……領主連合派も、ミンヘル王太子派も、無視できないのでは……」


「アホか」

貴族の一人が、直截過ぎる言葉を吐いた。


「その中立連盟とやらの大義は何だ? 日和見か?

領主連合派は、女王陛下に仕える大義があるし、ミンヘル王太子派は、国の乱れを正すという大義がある!

いかな集まりだろうと、人を集めるからには、その仰ぐ旗に書き込める大義名分が必要なのだ。そんなことも、わからんのか!」

「……それに、我々は騎士団を持っていません。騎士伯ではないから当然のことですが。もし、中立連盟が成立したとして、兵力は王都騎士団はおろか、アイヴィゴース騎士団とも渡り合えません」

「大義もなく、自衛もできぬ連盟に、だれが加入するというのか」


非難の声を集中的に浴びせられて、その貴族は萎縮して持論を取り下げてしまった。

議論は百出したが、結論が出ないことがわかると、より実務的な話へと移っていった。すなわち時間稼ぎと、最悪の事態の回避である。

ひとまず、どちらから声がかけられても、返事を保留し情報を共有することが決定された。

さらに、血統の断絶と、財産が奪われることを恐れて、今のうちに血縁者を王都に預けることや、財産を隠すことなどの意見が提出された。


会合に出席していた貴族の一人、オルテッセオ家当主が、自分の子を王都にいる親戚に預けることになったのは、こうした経緯からであった。


こうして他数名の貴族の子弟に、同等数の家中騎士を護衛につけ、さらに高名な冒険者の一党である『静音の鷲』と『霧の魔女』に連絡をつけたのである。

関所は、『ミンヘル王太子』の一派が抑えているかもしれず、そうでなくとも間者が潜んでいる。抜け道を知っており、秘密裏に案内できるのは、土地に詳しい冒険者が不可欠であったのだ。


そのような経緯の末、『静音の鷲』の新たな一員であるジーフリクとテオは、オルテッセオ家の邸宅をおとなうこととなった。


顔合わせのための部屋に案内されたジーフリクは、思いがけず手荒な歓迎を受けることとなった。


「これは、奇縁だな。『名の知れぬ姫君』」


***


《理力のクォーレル》


ミーシャの反応は激烈だった。

入ってきた男がジーフリクだと分かると、一瞬でマナを励起し、光の矢を打ち出したのだ。


だが、ジーフリクは、その光の矢をミスリルの篭手で振り払った。


「おいおい。再会の挨拶にしては、随分熱烈じゃあないか」


事も無げにジーフリクは言い、突然のことに静まり返っている部屋の中をじっくりと眺め渡してから、咳払いをした。


「いやいや、彼女とは旧知の仲でね。こいつはまぁ、冒険者同士の少々乱暴な挨拶ってやつさ。ちょっと貴族さまには、刺激が強かったかな」


「そ、そうなのですか…?」


部屋に居た壮年の男性が、ジーフリクと、攻撃を行ったミーシャを交互に見つめている。


「……ええまぁ、そのようなものです。失礼しました。つい見知った顔が見えたもので」


数秒の沈黙の後、ミーシャもそのように返して、椅子に座りなおした。


(この場に出てくるには、ジーフリクは重要人物すぎる。これは正真正銘、不意の遭遇なんだろう…)


「まぁ、見知った顔が居るのも確かだが……」


ジーフリクは言いながら、ミーシャの腰掛けている椅子の隣に立ち、背もたれのへりを掴んだ。


「知らない顔も随分と多い。自己紹介をお願いしたいのだが、いいかな?」


***


ジーフリクの所属する『静音の鷲』は総勢六人のパーティである。

まず、自由騎士ジーフリクと、従者テオが居る。

そして、吟遊詩人であるヴェイリン・ヴィーグリフ・シュークロア。

戦闘専門の元傭兵ゲーンカティ。

魔術狩人マジック・ハンターのキーシエ。

それぞれが自己紹介を行った。


「それで…。どうしてお前が、冒険者の真似事なんてやっているんだ? ジーフリク」


隣に立つジーフリクにだけ聞こえる声で、少女は尋ねた。


「家名は名乗らなかっただろう? 家を捨てたのさ。これで俺も、晴れて自由騎士の身になった」


晴れ晴れとした口調だった。


「むしろ、俺の方が聞きたい。なぜ、イチノセは髪を切ってまで、ここにいる? 親父殿は、すでに死んでいるぞ?」

()の名前は、ミーシャだ。それに私を狙ったのは、アゲネだけじゃない。むしろ首謀者は、ゼファーという死霊術師だ」

「ゼファーが死霊術師だと!? ……どうやら互いに話題には事欠かないらしいな」


ジーフリクはゼファー・エンデッドリッチを知っている。旅の魔術師と名乗っていたが、まさか死霊術師とは……。


「その…確か『静音の鷲』は、六人でしたよね。でも、一、二、三……一人足りないみたいですけど」


『霧の魔女』の女性冒険者アマロが言った。室内ということもあって、肩まである赤茶けた髪をおろしている。


「ああ…すみません。最後の一人は『放蕩者』モルドレッドです」

放蕩者ほうとうものって…二つ名ですか? 冒険者としての技能はどうなんでしょうか?」


アマロが尋ねたが、『静音の鷲』一行は、いわくありげな表情を見交わして黙ってしまった。

やがて一行を代表して、吟遊詩人のヴェイリンが口を開く。


「戦士として、なかなかのものですよ。ただ、二つ名が示す通り、性格に難がありまして……、席を外してもらっています」

「……」


一抹の不安を感じつつも、『霧の魔女』側も自らの紹介をしていく。


『霧の魔女』の一党パーティは、五人と一匹である。

『霧の魔女』の異名を持つ達人魔術師イレーネ・シャーリリオ。

その弟子のミーシャス・ジーネ・イチノセ。

女冒険者アマロット・ヴォーン。

『赤毛の狩人』レイミアと、その相棒である耳長狼のルーシェン。

そして、()一点の治療師ルイシーズ・エンジェンロウであった。


治療師ルイスは、復讐を果たした後、今度は亡き妻の故国を探すために、ミーシャの仲間に加わっていた。

とはいえ、とりあえず王都までは同行するというだけで、正式な成員メンバーではない。

一時的な仲間という事もあって、特に反発はなかった。アマロも王都に到着後は別れるつもりである。


「では、紹介も済ませたところで、依頼の概要を説明いたします」


オルテッセオ家の家宰ルーンヤによって、依頼の説明がされた。


「今回の依頼は、橋や関所を避けて王都まで、オルテッセオ家のご子息様を護衛していただくことになります。予定日数は三週間強を予定しています。

概ね、危険と人目を避けて移動しますが、ナウスゲリア幽谷の『幽谷の隧道すいどう遺跡』だけは、どうしても通らねばなりません」


ミーシャは真剣に聞いていたが、イレーネやアマロ、レイミアは興味なさげに聞き流していた。

元々この依頼は、イレーネが企画し、レイミアが抜け道の知識を提供し、アマロが伝手つてを使って売り込みをかけたものである。

依頼の内容など、知悉ちしつしきっていた。知らぬのは、ミーシャとルイスのみである。


「…となりますが、何か質問はございますでしょうか」


説明を終えたルーンヤが質問を促すと、治療師ルイスが手を上げた。

ミーシャ以上に、ルイスは事の次第を知らない。


「その『幽谷隧道』を抜けるのは、アイヴィゴース騎士団を避けるためだってことは分かるがね。

ただ、騎士団が見張っている可能性は本当にないのか? それに、予想される危険性についても教えてもらいたい」


「見張っている可能性は……」

そこまで言ってから、家宰ルーンヤはアマロに視線を這わせた。


「まず、ありません。もともと、この抜け道はほとんど知られておらず、また知っていたとしても、騎士団が行軍するには向かない土地です」


家宰が話している内容は、アマロが売り込みをかけてきた内容と同じである。

言わば、仲間うちでの話し合いを他人が仲介している状況だ。いささか馬鹿馬鹿しいが『静音の鷲』に聞かせる必要もあった。


「予想される危険としては…亡霊ゴースト幽鬼レイスが出没するとのことです。ですので、魔術師や闘気の業が必要になるでしょう」


「…!?」

ミーシャは椅子から体を浮かせかけたが、何も言わなかった。

魔術があり、魔物がいて、死霊術までもあるのだから、亡霊や幽鬼がいても、おかしくはない。

だが、やはり異世界人としては、常識が崩される思いである。


「それで……、護衛する立場としては、守る相手も知っておきたい。家中騎士もつくのだろう?」

続けて、ジーフリクが質問した。


「ええ、オルテッセオ家からは次男のホルサ様と、家中騎士サフィール様が同行します。また他家からも、幾人かが来るようですが、確としたことは言えません」

「ふむ…」

ジーフリクはあごに手を当てて考え込んだ。


(逃げ出す決心がつかない貴族が居るのか。その中に俺を知っているものがいると、いささか面倒だな)


ジーフリクは、『ミンヘル王太子派』の重鎮ゼノミオ・アイヴィゴースの弟である。

もちろん、今ではアイヴィゴース家とは何の関係もないし、ジーフリク自身も王太子派とは思っていない。

だが、血縁から言って、確実に疑われるだろう。


(まあ、面頬を下ろしておけばいいか。それに、イチノセ…ミーシャと同行する機会は逃したくないしな)


イチノセと一緒にいれば面白いことが起こる。ジーフリクは、その確信があった。

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