43話『フェレチの冬至祭』・上
次回 9/10 更新予定です。
「とうとうフェレチですね!!」
「ご機嫌ね。ミーシャ」
「もちろん、ちゃんとした服を買えるんですから。あの白シーツのゴースト衣装も脱げますし。 長かった……!」
イチノセは、おおげさに拳を握りこんで、これまでの辛苦を思った。
思えば、フンボルトで内乱に巻き込まれて囚われの身となり、さらには病気になってしまって、自分用の服を買う精神的、時間的余裕が持てなかったのだ。
「あの白シーツ、気に入っていたんじゃないの?」
「や。さすがに、ちゃんとした外套があるなら、それを買いたいですよー。ただ、買う機会にめぐまれなくて」
「ま、そこまで言うなら、先に服を買いに行きましょうか。まずは、入市税を払ってからね。一人、銀貨一枚よ」
***
フェレチは、自治都市である。
王家に多額の税金を支払うのと引き換えに、『都市参事会』と呼ばれる有力者たちの自治が認められている都市だ。
運河が二又に別れる場所に街があり、その運河に従って三つの市区がある。
運河のほとりには荷降ろしのための赤レンガ造りの倉庫が立ち並び、商業が発展していることを伺わせた。
「フンボルトとは、また違った活気がありますね」
「そうね。フンボルトは交易の街だったけど、フェレチは自治都市ということもあって、自由な空気が強いわ。
それに、今日は冬至祭だから、いつもよりも人が多いはずよ。ただ、その分、お尋ね者が逃げ込みやすい時期でもあるから、気をつけてね」
「わかりました」
朗らかにミーシャは了承したが、実のところ、彼女自身が、逃げ込んだ”お尋ね者”なのだ。
本来ならば、ゼファーの追っ手に見つからぬようにするのが、当然であった。
だが、こうして衆の耳目に触れさせるのも、作戦のうちである。
わざと足取りを残して、追手を集めさせた後、《飛翔の翼》で遠くへ高飛びする作戦なのだ。
これを聞いたアマロは「『バックトラック』だねー」と評している。
要するに、追っ手がフェレチ周辺を探しまわっている内に、ミーシャとイレーネは、距離を稼ぎ、王都へと逃げこむ段取りなのだ。
王都には、イレーネの隠れ家があるし、それがなくとも『木を隠すには森』といわれるように、人を隠すには人の多い王都が良いと考えてのことである。
ともあれ、この後は、また姿を隠さなければならない。今日が祭りの日ということもあってか、ミーシャは常より浮かれていた。
***
「色んな屋台がありますね!」
ミーシャがあたりを見回しながら言う。はしゃいでいる可愛らしい弟子に、イレーネは微笑んだ。
「ここはまだ外れの方よ? 広場のほうに行けばもっとたくさんの屋台があるわ」
この通りは市場通りと呼ばれ、いつもならば、人々が軒先に商品を並べている場所である。
だが、冬至祭の今日は、軒先に色とりどりの旗が飾られ、飴売りや、豚の丸焼きを焼いている店、アクセサリーを売っている店、魔術を使ったらしき見世物、ボウリング、蹄鉄投げ、射的などの遊戯など、祭日らしい屋台が並んでいる。
「すこし、やってみる?」
興味津々に屋台をひやかしているミーシャを見て、イレーネがそう切り出した。
「ぜひ!」
ミーシャの返事は弾んでいた。
はしゃぐミーシャを見て、イレーネは微笑ましい気分になる。こうしていると、本当に歳相応の少女にしか見えなかった。
鉄貨二枚を払って、蹄鉄投げをやってみる。
このゲームは等間隔に並んだ縦3横3の9つの棒に、色のついたU字型の蹄鉄を投げるものだ。
ルールは、いわゆる「三目並べ」と同じである。蹄鉄を投げて、直線上に三つの蹄鉄を並べれば一点と計算する。
そして、蹄鉄は、九個渡される。最大八点で、それぞれの点数に応じて、ちょっとした景品がもらえるようになっている。
「うぐぐ……結構難しいですね、これ」
ミーシャは、どうにか一点をとれただけであった。
この場合の景品は、蹄鉄を三つ渡されて、もう一度出来るというものである。
その三つの蹄鉄も、あえなく失敗すると、今度は、イレーネが「久しぶりにやってみようかしらね」と鉄貨ニ枚を支払った。
「……せっかくだから、対戦してみましょうか?」
蹄鉄投げは、対戦もできる。イレーネは緑、ミーシャは青の蹄鉄を、九つ持って交互に投げるのだ。
そして、最初に蹄鉄を直線上に並べたほうが勝ちというルールとなる。
面白いのは、後から投げた蹄鉄のほうが優先されることだ。たとえば、真ん中の棒に、青の蹄鉄が入っていても、後から緑の蹄鉄を入れると、そこは緑の領地となる。
面白そうと思ってやってみたのだが、イレーネは最初の四投で、四つ角をとってしまっている。明らかに、手慣れた動きであった。
ミーシャは、四回投げて、真ん中の棒にしか入れられていない。
「師匠、やりこんでますね!」
「フフ…答える必要はないわ……」
そう言って、師匠は蹄鉄を投げ、真ん中の棒に入れた。
***
屋台を一通り見て回った魔術師の師弟は、一番の目的地である宿屋へと到着した。
宿屋「陽月亭」は、フェレチの中では等級の高い宿屋で、落ち着いた内装に、暖炉の暖かい光が目に入ってくる。
イギリスの田園地方にあるような宿屋だと、ミーシャは感じる。
「まぁまぁまぁまぁ」
おおげさな驚きの声をあげて出迎えてきたのは、健康的に肥えた中年の女性だった。
「『霧の魔女』様! よくいらしゃいました! お元気そうでなによりです。そちらはお弟子さんですか?」
「ええ。マーシャも元気そうね。この子は、ジーネ。私の弟子よ」
女将はミーシャス・ジーネ・イチノセに、にっこりと笑いかけた。
「なんとまぁ、聞いていた通り、愛らしいお弟子さんだこと。さぁさぁ、外は寒かったでしょう。こちらへきて、暖炉で温まりなさいな」
「ありがとう、女将さん」
女将に先導されて、暖炉のそばの椅子にミーシャが座ると、女将は機嫌良さそうに「お腹が空いてるんだろ」と言ってきた。
ミーシャが返事をする前に、暖炉を火かき棒でかき回したかと思うと、女将は黒い塊を取り出す。
その塊に、器用にナイフで切り込みを入れて開き、それを革手袋をつけたままのミーシャに手渡した。
「これは?」
「『焼き玉ねぎ』だよ。食べたことないのかい?」
「ええ。初めてです」
「え? そりゃあ珍しい! それじゃあ、ちょっと試してみなよ。こうやって、オリーブオイルとハーブ塩を振り掛ければ、ご馳走になるのさ」
飴色に焼けた玉ねぎに、女将はオリーブオイルとハーブ塩をふりかけてくれた。
女将に促されて、ミーシャは焼き玉ねぎにかぶりつく。ほどよい甘みと酸味に、風味のある塩が良いアクセントになっている。
「美味しいです」
「そりゃあ、よかった。疲れただろう? ジーネちゃんは、しばらく休んでいなよ。少ししたら、師匠も来るからね」
女将はミーシャに言い置いて、宿泊の手続きをしていたイレーネと奥に引っ込んでいってしまった。
(やれやれ)
ミーシャは玉ねぎを両手に持ったまま、苦笑した。
(子ども扱いされたね)
子供に食べ物を与えて、おとなしくさせている間に、師匠と女将の二人は『大人の話』をするのだろう。うまく誘導されたのがミーシャには分かった。
ミーシャの見た目は、せいぜい十代中頃の少女である。まだまだ子ども扱いされる歳とはいえ、幼子のように扱われるのは、ミーシャにとって不満であった。
まぁ、女将も幼い子どもには悩まされてきたのだろう。
ミーシャは苦笑することで、ちょっとした苛立ちを吐き出したのだった。
「ミーシャ」
焼き玉ねぎを食べ終えた頃、髪を下ろしたイレーネ師匠が戻ってきた。ふわりと軽やかな所作で、ミーシャの真向かいに座る。
「アマロは、うまく依頼を見つけられたようよ。次の行き先は、オルテッセオ家ね」
首尾よく『大人の話』は終えられたようであった。
アマロたちの伝言を受け取った後、魔術師の師弟は故買屋に向かった。
不要な物を換金して、服を買う為の資金にするつもりなのだ。
倉庫街の裏路地にある怪しげな故買屋には、これまた怪しげな老婆がいた。
フンボルトの城館から"貰ってきた"宝石のついた首飾りと、真珠の髪飾りを鑑定してもらう。
首飾りの宝石は偽物だったものの、金貨一枚とミスリル貨二枚を手に入れることができた。




