41話『温泉回』・下
総合ポイントが1000を超えました! ありがとうございます!!
この物語を投稿し始める前に、目標としていたことが三つあります。
・統合ポイント1000を超えること。
・レビューを書いてもらうこと。
もうすでに二つ叶ってしまいました!
ありがとう! めちゃめちゃ嬉しいです!! 次回、8月25日更新予定です!
何が起こったのか理解できなかった。
仰向けに倒れたオルタモルの眼に、少女の美しい裸体が映った。裸を恥ずかしがる様子もなく、ミスリルの短剣を手に持っている。さっきまで、この男が持っていたものだ。
「一応解説しておくと……」
裸身の少女は、鈴の音のような声で話し始めた。
一方のオルタモルは、体中が針に刺されたように痛み、筋肉が硬直して身動きが取れない。
「水というのは雷霆を通す。とくに電気を通す物質がたっぷりと溶け込んでいる温泉水なら、なおさら。まぁ、言っても理解できないだろうけどね…」
少女は、あえてオルタモルを激昂させて、雷霆の魔術を撃たせたのだ。
同時に、たっぷり温泉水を含んだタオルを投げつけることで、その電撃を、術者自身に与えたのである。
とはいえ、これは半分は計略だが、もう半分は性格であった。
ミーシャは、心にそまぬ生き方よりも、危険を承知で、自分の意志を貫くことを良しとするところがある。
「こんな感じか」
少女はミスリルの短剣に魔力を流して、雷霆の魔法陣を描いた。
「お前は…随分と、この魔方陣を自慢していたが、この魔方陣には、威力を設定する魔術文字が描かれてない。何の事はない。お前は、人をしばらく痺れさせる程度の魔力しか、生み出せなかっただけだ」
「さて…」少女はむしろ沈痛な面持ちで、話を続けた。
「お前の名前はなんという?」
恐怖がじわりと、オルタモルの心を蚕食していく。
格の違いを思い知らされていた。
「オ…オルタモルだ。ま、待ってくれ。 出来心だったんだ。つい、調子に乗っちまったんだよぉ。誰だって魔が差す時くらいあるだろぉ? これが初めてなんだよぉ。本当は、もっと真面目なんだ! うう……許してくれぇ!」
小悪党のオルタモルは、まくし立てた。彼自身がかつて説明したように、痺れて動けなかったが、喋ることは出来た。
「初めてだって? それは私に敵対したことか? それとも、女性を慰み者にしようとしたことがか?」
「りょ、両方だ……! 本気で襲おうなんて…そんな事一度も思ってなかったんだ。出来心なんだよぅ。本当は、善良な冒険者なんだよぉおお。勘弁してくれぇえぇぇ!」
「嘘だね」
「え?」
「私がミスリルの短剣を奪われたのは、フンボルトの内乱の時。だが、お前は騎士でもなく、捕まえた追跡者でもない。つまり、オルタモル。お前は、私の顔合わせをした人物。となれば、オーガを使って倒した山賊の一人だ。
“初めて”私と敵対しただって? すでに三度も敵対しているだろう?」
ミーシャの瞳が怒りに燃えて、鋼色に輝いている。
「さらにお前は、自分の《雷霆のクォーラル》が傷をつけず、なおかつ喋ることが出来るのを知っていた! 一度も試したことがなく、そんなことがわかるものか!」
「ま、待ってくれ! なぁ……殺さないでくれぇ。故郷に、残した女房とガキがいるんだ。あいつらを残したら、路頭に迷っちまう。これからは、まっとうに生きる。教会の律法にも従う! だから、どうか命だけは助けてくれぇ! これは、これだけは、本当だ!」
「…『三度目の正直』のつもりか? これからは心を切り替えて、まっとうに生きると誓うのか?」
「ち、誓う。もちろんだ。ガキのためにも良い父親になる。だから……」
「……そう」
ミーシャは、思案げに視線を外した。そして、そのまま小悪党に背中を見せて、歩き去ろうとする。
その後ろ姿を見て、オルタモルは、自分の運がまだ消えてないことを確信した。
(ころっと言うことを、信じまいやがった。甘ちゃんのガキめ。おりゃあ、こういう男勝りな女は、大嫌れぇなんだ。……あのミスリルのナイフを奪って、ぶっ刺してやるぞ。………今だ!)
オルタモルは、痺れの残る体を強引に引き剥がして、裸身の少女に襲いかかった!
「うらああぁ」
「だと思った」
振り返りざま、ミーシャは《雷霆のクォーラル》を撃ち放った!
「やはり……。スタンガンと同じ。……痺れて動けなくなったとしても、一時的なものか」
「あぐッ……」
「『二度ある事は三度あった』な、オルタモル。魔力とはすなわち、精神の力。お前のゲスな魔力振動で、何をしようとしているのか丸わかりだったよ。そも、お前みたいなグズが、簡単に心を入れ替えれるものか!」
「ぐ…」
鋼色の瞳に射すくめられて、オルタモルは弁解も出来ない。
体中が、さっきに倍する痛みで、指一本すら動かせない。
「意識はあるようだな。というより、痛みで気絶することも出来ないのか?」
「こ、殺さないで……か、家族がいるんだ」
「まぁ、いいさ。お前みたいな父親が居ないほうが、母子ともに真っ当に生きるだろうよ。
個人的恨みを言うようでなんだが、私は、子供を成しておきながら、親の役目を果たさない奴が大嫌いなんだ。けどまぁ……」
銀髪の少女は、不吉な笑みを浮かべた。
「殺しはしないさ。 だが、今後悪いことが出来ないように、“ご褒美”を与えてやる」
「な、何を…」
少女は何を思ったのか、右足を男の股間に置いた。
「目には目を、歯には歯を……」
そう唱えて、小さく跳躍し、全体重を男の股間にかけた。
男は、今度こそ気絶した。
***
「ふぅー」
ミーシャは、温泉に体を沈めた。冬の寒気に冷えた体が、じんわりと温まってくる。
その温泉の近くには、のぞき魔オルタモルが倒れていた。
念のため《昏睡の掌》によって、この乱れ髪の男を無力化している。
温泉に入ったまま、ミーシャはミスリルの短剣をもう一度、鞘から引き抜いて眺めた。
その細身の刀身はゆるやかに反りがあり、流麗さを感じさせる。
鞘には細い革紐がついており、短剣の鍔に絡ませることで鞘走らないようにする仕組みだ。
「やっぱり、師匠から貰った短剣だ……」
ミーシャの灰色の瞳が緩んだ。
このミスリルの短剣を取り戻せるとは思っていなかった。素直に嬉しかった。胸の奥から優しく温かい泉が湧くのを感じた。
温泉に浸かりながら、景色を見晴らしていると、小さな複数の人影がみえた。
料理屋の女将エッダが、自警団の番兵をつれて来てくれたのだろう。さすがに、番兵にまで肌を晒すつもりはない。
そろそろ、服を着なければならないようだった。
『目には目を歯には歯を』
……ハンムラビ法典からの引用とされる。その意味は、「やられたらやり返せ」ではなく、過剰な報復を戒めるもの。
ミーシャも、同程度の罰を与えるという意味で使っている。それはミーシャに襲いかかったことではなく、無頼のオルタモルが女性を泣かせてきたことへの罰である。
ちなみに調べたところ、睾丸は意外に丈夫らしく、踏みつけたくらいでは潰れないらしい。
さらに余談ながら、金玉潰しという性癖があるということを、はじめて知りました。