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40話『Long Goodbye』・上

作者が異世界行ってる間に、レビューが書かれていました!


この物語を投稿するときに、自分でも無理じゃないかなーと思っていた夢の一つが叶いました。ありがとうございました!

次回、8月10日に投稿予定です。

 陽の光が東の稜線に、白い線を浮かび上がらせている。

 早朝、息も白く、イレーネ・シャーリリオが、治療師ルイスの施療院の扉を叩いていた。


 イレーネが施療院に来たのは、治療師ルイスの依頼を受けるためであった。

 ルイスは、イレーネの弟子の治療費の半額である金貨10枚を、この依頼を受けることで無料にするのだと申し出たのだ。

 破格の申し出である。受けないという選択肢はなかった。


「ああ、おはようさん」


 出てきたルイスに、イレーネは少々驚いた。無精髭を綺麗に剃っていたからだ。そして、なぜ無精髭だったのかの理由も分かった。

 あごと首元に傷跡があるのだ。髭は、それを隠すためなのだろう。

 やはり、戦いの場に身を置いていた人間であるらしい。

 折襟のシャツに、外套と革手袋を着こみ、腰には山刀を佩いていた。さすがに厚手のもので、冬の寒気をそうそう通しはしないこしらえだ。


「準備はもうできてるぜ。じゃあ、行こうか」


 ルイスの依頼とは、薬草採集の依頼であった。

 ある種の薬草が、近々必要になるのだが、施療院の近くのささやかな薬草園では栽培していないため、採りに行くのだという。

 その手伝いとして、イレーネは呼ばれたのだった。


「ところで、どんな薬草を採りに行くつもりなの? 私も錬金術士だから、ある程度の薬草と、その見分け方は知ってるけど」

「ああ。お弟子さんから聞いてるよ。優秀な錬金術士なんだってな。山歩きは得意だし、薬草の場所もわかる。ただ、ちゃんと見分けられているか確認したいのと、あと、できるだけ量を多く運びたくてね」


 ルイスの答えに、イレーネは密かな疑問を持った。結局、どんな薬草を採りに行くのか答えなかったのだ。

 目的の場所は、およそ日が昇りきる前に到着できるという。

 ルイスの歩みは、確かだった。山歩きに慣れている者の歩き方だ。


(治療師の中には、自分で薬草を栽培する人間もいるけど、自分で採取する人間はまず居ない……。けれど、このルイスは慣れすぎている)


 イレーネの脳裡に、酒場の用心棒の言葉が思い出されていた。

 彼は、ルイスを修羅場をくぐってきた人間であると言っていた。たしかに、イレーネも首肯するしかない。

 このルイスは、『使う』人間なのだ。


「なぁ…できれば、答えてほしいことが一つあるんだが…」


 山の獣道を先導しながら、ルイスがそう訊いてきた。


「なんでしょう?」

「自分で言うのも何だが、あの弟子の治療費、金貨20枚はぼったくりもいいところの値段だ。どうして、弟子にそこまで入れこむのかと思ってね」

「そうね…」


 そう言ったきり、イレーネは、しばらく次の言葉を発せられなかった。

 なかなかに難しい問題だった。

 優秀な弟子だから、惜しいということもある。だが、それだけでは、ゼファーに追われている弟子と一緒に逃げ、今回また、金貨20枚のお金をかけようとした理由にはならないだろう。


「…あの子には、不思議な魅力があるわ。人を惹きつけるというよりは、人を変えさせるような魅力がね。

 時折、あの子は、私が思ってもみない言葉を喋るの。でも、その言葉は『でまかせ』じゃない。その言葉の通底に、ミーシャ自身をしっかりと立たせるだけの『信念』があると感じられるわ」

「そいつは、ちょいと見処みどころのある面白い弟子だというだけじゃないのかい? ただ、それだけで、金貨をポンと出せるというのも奇妙に思えるがね」


「……そうね。ミーシャと一緒にいると、私が悩んでいたことが急にちっぽけな事に思えるのよ。だから、私は、そんなミーシャの行く先を見てみたい。それが金貨20枚の理由かしら」

「なるほど…な」


 そう言ったルイスの口調は、なにか考えこむようであった。

 しばらくの山歩きのあと、ルイス一行は、ひとつめの採取場所に到着した。

 奇妙に静まり返った山間の場所で、薄暗く、陽の光があまり差し込んでいない。


「ここだ。この植物の塊根と根を採取して欲しい」

「これは…ベラドンナね」

「ああ。この根は、強心剤や胃腸薬の材料になるんだ。…まぁ、錬金術士なら知っていることか。シャベルはあるから、採りすぎない程度に頼む」


 そこでおよそ半刻ほど、ルイスとイレーネは、採集を続けた。大きな籠に、根と、じゃがいものような塊根を放り込んでいく。


「次は、ここから山を登ったところにある。ついでに、有用な薬草も結構生えているから寄り道して、いくつか採るつもりだ。それと、小鬼ゴブリンやら、蛇人ナーガなんかが出てきたら、助力を頼むぜ」

「ええ。もちろんよ。金貨10枚分の仕事はするわ」


 山の谷間を、ルイスは歩いて行く。

 途中、犬人コボルトの一隊を発見したが、向こうは気づかなかったらしく、距離を保ったまま、どこかに行ってしまった。

 ルイスは通り際に、いくつかのキノコも採取していった。その際も、頻繁に周囲を警戒している。


「…治療師ルイス。私も一つ、尋ねてもいい? あなたはもしかして、以前、冒険者や傭兵をしていたんじゃない?」

「ああ」

「…意外ね。もっと隠すのかと思ってたわ」

「隠したって、もう遅い(・・・・)のさ。それに、こっちも聞きたいことがある」

「なに?」

「アンタのお弟子さん、ミーシャの故郷だ。外国生まれなんだろう?」

「……さぁ、そんな話聞いたこと無いけど」


 ルイスは軽く笑った。


「おいおい、警戒しなくたっていい。これは、ミーシャ自身から聞いた話だ。あんたらが、何か『訳あり』なのは分かってる。それを詮索しようだなんて、思っちゃいない。ただ、ミーシャの故郷がどこか知りたいだけだ」


「なぜ、そんなことを知りたがるのか分からないわ」

「そうだな…っと、着いた。この植物の根を、採取してくれないか。採りながら、話すさ」


 そこは、やはり日陰の場所で、そばには沢が流れ、冬場だというのに湿気を感じる場所だった。


(トリカブト…ね)


 錬金術士のイレーネは、ルイスの指定する植物が、毒物であると見抜いている。

 毒物の多くは、用量を抑えれば、薬にもなるのは知っているが……。


「お察しのとおり、私は、冒険者だったよ。一応、二つ名もあってね。『幕引きの』ルイスと呼ばれてた。まぁ、若い頃は、いろいろ危ない橋も渡った。

 気に入らない貴族の屋敷に入り込んで、馬を盗み出したりもしたな。

 冒険者の世界ってのは、悪名が名声になる部分もあるからな。そうやって、私は名を挙げてきた」


「……話が長くなりそうね」

「まぁ、な」


 ルイスは苦笑した。


「根っこを掘りながらの口すさびだと思って、聞いてくれればいい。それで、どうして、お弟子さんの故郷が知りたいか分かる」

「……」


 ルイスが語り始めたのは、彼の半生であった。

 若さの発露として、ルイスは相当な無茶を繰り返していたらしい。「ご婦人方には、とても聞かせられないこと」もしたという。ともかく、そのような冒険のつけが、ある時ルイスに降りかかった。


 助けた女が、実は盗賊ギルド長の愛人であったのだ。気づいた時には、もう遅く、ごろつきたちが数を頼みに、襲いかかってきたのだった。

 街中ということもあって、最初は素手での喧嘩だったのだが、埒が明かぬとごろつきが短剣を取り出してからは、刃傷沙汰になった。


「それで勝ったの?」

「まぁ、女はなんとか逃したから、勝ちといえば勝ちだが、代わりに俺も腕を怪我した。骨が飛び出すほどの大怪我でね」

「刺されて骨が飛び出すのって、おかしいように思うのだけれど?」

「いや、剣を避けて道に飛び出したんだが、そこに折悪しく、騎馬が通ってな。馬に蹴られたのさ」


 イレーネは屈めていた腰をあげて、胡散臭げに、ルイスを見た。どこまでが本当の話なのやら。


「それで、治療師の元へ運ばれた。それが妻スルガとの出会いだった。彼女は、褐色の美しい肌を持った神秘的な女性だった」

「奥さんがいたの!?」


 初耳だった。とすると、治療術は妻から学んだのだろうか……。


「ああ。妻がいた(・・)。まぁ、当時の私は、ただの患者だったけどな」

「……」


 その口調に寂しさが混じるのをイレーネは奇妙に思った。死別したのだろうか。

トリカブト……古代から、洋の東西で有名な毒草。


ベラドンナ……西洋で有名な毒草。目の瞳孔を開かせる効能があり、中世の女性は、これを惚れ薬として使ったと言われる。通常、人は、好ましいモノを見ると生理現象として、目の瞳孔が開く。つまり、瞳孔が開かれた女性が男を見ると、その男は自分が好かれていると誤解し女性に好意を抱くという仕組みである。なお、興奮剤としての効能もあり、それが惚れ薬の効能に寄与した部分もあるだろう。




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