5話『Bandit's lair』
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少女は捕まえられた。
両手首に縄をかけられ、師匠からもらったミスリルの短剣も甲冑の男に奪われてしまった。
なにより気に入らないのは、両手首に縄をかけるだけなのに、この甲冑の男が体を色々とまさぐってきたことである。
「よくもまぁ、こんな小娘の体を弄んでくれたものだな」
甲冑の男を睨みつけて、銀髪の少女は言ったが、男は気にする素振りもなかった。
「そう卑下しなくてもいいぜ。これほどの美人、色街でもなかなか見かけることはないしな」
「……」
全く口も聞きたくない事というのは、あるものである。イチノセは、阿呆らしくて話をする気にもなれなかった。
とはいえ、これは自身の過去にも関わることだ。
おそらく、私が魔術を使えることも、この世界での記憶をなくしていることも知らないだろう。その情報を隠しつつ、探りを入れていくことにしよう。
「どうして、ここに居ることが分かったんだ?」
「さぁね。道中、暇だろう? 理由を考えてみたらどうだい?」
中々に手強い。
終始こんな様子で、言を左右にして情報を与えようとはしない。
現在使える魔術は、《念動》《炎》《光明》そして、《加重》の4つしかない。
逃げ出すにしても、時機を伺ったほうが良さそうだった。
結局、散々に引き回されて、連れて来られたのは、入り口の目立たぬ洞窟の中だった。素早く目を走らせる。
手を入れられたところは少なく、どうやら仮住まいというところだった。
男たちを観察する。仲間が増え、全員で14人になった。甲冑の男以外は、みすぼらしい格好ではあるが、体格は良く、鍛えられている。
イチノセは、山賊の一人に連れられて、洞窟の奥へ奥へと歩かされた。
山賊たちが、たむろする広間を抜け、暗闇の中を歩かされる。ランタンの光だけが頼りだった。
しばらく進むと、暗闇の奥から、おぞましい鳴き声が聞こえてきた。
「グオオオォォォォ」
心の奥底を寒くする叫びだった。みすぼらしい山賊が、肩をすぼめる。
「うへぇ。おっかねぇ、おっかねぇ」
「あれは何だ?」
「はん?」
イチノセが話しかけると、男は、おびえていたのも忘れて、居丈高に返してきた。強い者には平伏するが、弱いものには、とことん強く出る種類の人間なのだろう。
「小娘が何勝手に口開いてるんだぁ? 殴られてぇのか!」
「お前に、私が殴れるのか? ……私に傷ひとつでもつけてみろ。あの甲冑の男に斬られるぞ?」
この言葉は、みすぼらしい男の怒りに油を注いだようだった。ピクピクと表情筋を痙攣させながら、近づいてくる。
「いいかい。かわいいお嬢ちゃん。別に傷を付けなくたって、いたぶる方法なんて、いくらでもあるんだぜ?」
そういって、手にした安物の剣を放り捨てた。殴るつもりかと思ったが、そうではなかった。
男は、垢で薄汚れた服を脱ぎ始めたのだ。
「ああ…なるほど。"私”を抱く気か」
盲点だった。確かに、今の美しい少女の姿であれば、そういうこともあろう。この時、イチノセには、一つの閃きが走った。
なるべく科を作って、話しかける。
「実は、始めてなんだ。だから、優しく、服を脱がせて?」
イチノセがそう言った途端に、男は鼻息荒く、服を脱がせにかかってきた。
(なんというか、男って馬鹿だなー…しかし、これは……)
男が下卑た顔で迫ってくるのは、想定以上に気持ち悪い。ついでにいうと、口も臭い。
色仕掛けは、成功したらしいが、あまり使いたくない策である。
「……私の裸、どうかな。綺麗?」
「おお。おぅ。しおらしくなりやがって。心配しなくても、おめぇみたいなベッピンは、色街にもそうそういねぇよ」
どこかで聞いたことのある台詞を吐きながら、男は、体に唇を這わせてきた。イチノセは、少々演技臭くも喘ぎ声を出しつつ、縛られたままの両腕で、男の頭を掻き抱いた。
《抱擁する炎の掌》
すでに十分に高められていた魔力が、魔法陣に従って、炎となって吹き出す。男の頭は熱せられ、目や口から蒸気が吐き出された。
確かめるまでもなく、また、一声もなく、男は絶命した。
「やれやれ。体を弄られる怖気のせいで、なかなか魔力を高められなかったが……これで一丁上がりか」
両手首の縄も同じく焼きちぎり、破かれずにすんだ服を着こみながら、イチノセは、自分が火傷を負っていることに気づいた。胸元に、手の平ほどの水ぶくれができている。
男に声を出させないために、体に押し付けたのだが、それで火傷したらしい。
「せっかくの綺麗な肌だったのに」
仕方がないとは思いつつも、悲しかった。
「グァァァァァ!」
奥の方から、何かが、ひときわ大きく吠えている。風が洞窟を通る音ではないことは明らかだった。何者が潜んでいる。
男が流した血の匂いに反応して、さらに激しく叫び吠えている。更に何かを打ち付ける音も聞こえた。
男の残した剣を手に取りながら、銀髪の少女は独りごちた。
「前門の山賊、後門の怪物か…」
***
男が持っていたランタンを消し、剣の刃に《光明》をかけた。 鞘から剣を抜く長さで、光量が調節できる。
迷ったものの、イチノセは、背後から聞こえてくる気味の悪い声を確かめることにした。重低音のその声は、明らかに人間ではないが、かといって、イチノセが知るどんな動物にも似ていない。
曲がりくねった洞窟の先に、光が届かないのを確認してから、剣を抜き放つ。溢れ出る光が、周囲を照らした。
(…あの男は、おっかねぇと言いながらも、別段、慌てる素振りはなかった。怪物は檻か何かに入っていて、こちらにやってこれない状態であるはず)
足早に洞窟の奥へと進む。男が殺されていることに気づかれては、まずいことになる。なるべく早く、事を進める必要があった。
5分ほど行くと、はたしてそこに怪物が居た。少女の姿を見つけて、怪物は、腕を檻の鉄格子に打ち付け、更に激しく吠え立てている。
「知能の欠片もなさそうな大猿だな、これは」
怪物の姿は、巨体で人型だった。立ち上がった熊と同じぐらいの背丈で、肌は灰色、腕の太さなど、イチノセの腰回りほどもある。
頭に角がないものの、お伽話に出てくる鬼そのものと言えた。
どうして、こんな洞窟の奥の檻に閉じ込められているのか、その理由も分かった。
この怪物はとてつもなく、臭いのだ。
山賊がたむろする広間の近くでは、臭くてかなわないということなのだろう。
「しかし、どういうことだろう? ここに鬼を閉じ込めておく必要はあるのか?」
生かしておいてあるということは、これから何かに使うということである。邪魔ならば、殺してしまえばいい。
(まさか家畜になるわけでもあるまいし…)
慎重に、怪物に近づき、檻の構造を調べた。
広めの檻には、両開きの扉がある。そして扉には、幾本もの閂が差し渡されていた。
極めつけに、檻の中には、食い散らかした人間の骨がある。
「どうやら、人間の死体を囮にして怪物を誘い込み、檻の中に入ったところで、扉を閉めて捕まえたということらしいね。巨人のような風体をしているが、知性は殆ど無いらしい」
そして、人間を主な主食にしていることも、確かであろう。でなければ囮の餌に、わざわざ人間の死体など使うまい。
(……)
ひとしきり調べると、イチノセは、目を閉じ、手を合わせて黙祷した。
(宗教が異なるだろうけれど……死者の冥福を祈っておくよ)
自分に襲いかかってきた山賊を殺したが、あれは正当防衛である。心に恥ずべきものはないと、イチノセは思う。
だが、この怪物に食われた人は、哀れとしか言いようがない。せめて祈るくらいのことはしてやりたかった。
「よし!」
イチノセは両手を打ち合わせると、魔法陣を描き、閂を外し始めた。この怪物を解き放つために。
怪物を解放したことで、山賊が、どうなろうと知ったことではない。だが、あの甲冑の男。あいつは、”私”について、そこそこ知っている様子だった。
イチノセは思う。
自分の運命がどこに向かうにせよ、過去からは逃れられないだろう。たとえ、それを私が覚えていないとしても。
「私は『心の真実』に従おう。自分の過去を暴いてやる」
《浮遊する火炎のクォーラル》
炎の弾丸2つが、銀髪の少女の周りを浮遊する。
洞窟の先、山賊共がたむろしている場所へ、イチノセは歩き始めた。
***
その頃、家中騎士ジーフリクは、雇い入れたならず者まがいの冒険者に、手を焼いていた。
あの娘には、ごまかしたものの、もともと、ここに来たのは『銀色の髪の乙女』とは別件なのだ。
親父であるアゲネ・アイヴィゴースに言われたのは、岩塩窟のある村落 (リオンがいた村とは別)を、オーガに襲わせることだった。
村落をオーガに襲わせ、さらに冒険者に山賊行為をさせることで、村落を衰退させ、しかる後に『保護』という名目で騎士団を送り込む事で実効支配する。これがアゲネの描いたシナリオだった。
ゆえに偵察で、別件の『銀色の髪の乙女』が見つかった時は、望外の幸運に喜んだものだったが……。
「何度も言っているだろう! あの娘に手を出すのは罷りならん!」
「何も取って食おうってわけじゃなし、ちょっと味見させて欲しいだけでさぁ」
言葉は一応、こちらの意を尋ねる形にはなっているが、だんだんと剣呑な雰囲気が漂っている。
偵察に出しているものを除いて、洞窟にはちょうど10人ほどが居た。
曲がりなりにも、ジーフリクは騎士である。木っ端冒険者の一人や二人ならば、簡単に斬り捨てることが出来る。
しかし、十人全員を相手にしては、さすがのジーフリクも身の危険を感じざるを得ない。この冒険者どもも、それを知っていて圧力をかけてきている。
あの少女は、おそらくアゲネの情婦であろう。しかも、わざわざ探させるだけの『お気に入り』。然もありなん。ジーフリクも実際に、彼女を見て、心動かされたほどだ。
しかし、それゆえにこそ、少女を傷物にするわけにはいかなかった。
アゲネはああ見えて、自分の物に、他の人間が手を付けるのを殊の外嫌う。もし、後日、「傷物にされた」と少女が親父に訴えたりしたら、大いに不興を買うことになろう。
(一応、信頼できそうな奴に、因果を含めて見張りを頼んでおいたが……あいつも、いつ抜け駆けするか、わかったものではない…)
ジーフリクは、銀髪の乙女を見つけ出したことを後悔しはじめていた。
身も心も山賊に堕した冒険者達が、じりじりと詰め寄ってくる。
そこに、澄明な響きを持つ声が投げかけられた。
「そんなに、私の体が欲しいのか?」
周囲に炎を舞わせながら、銀髪の乙女が歩いてきた。奪った剣を、すでに抜き放ち、刃に光を反射させている。
少女の灰色の瞳もまた、炎に照らされて、刃のごとき煌きを宿していた。
冒険者どもから、ざわめきが上がった。
「見張りはどうした?」ジーフリクが短く問う。
「私の体を貪ろうとしたんでね……眠ってもらった」
「クソッ! おい、お前ら! 仕事の時間だ」
ジーフリクは叫んだが、冒険者共は動こうとしない。
「どうした? 出した金の分くらいは働け!」
「そりゃあ、あんまりですぜ。騎士の旦那」
舌なめずりせんばかりに、元冒険者、現山賊の男が言う。
「この娘っ子が、魔術を使えるなんて、聞いちゃおりませんぜ。 こうなりゃ、契約外の仕事だ……ボーナスの一つでもなきゃ、やる気がでないってもんでさぁ」
男のいうボーナスとは、支払金の増額ではないだろう。どいつもこいつも下卑た顔をしていやがる。あの娘を好きにさせろというのだろう。
ジーフリクは、突如として危機に陥ったことを悟った。
下卑た男の言葉に頷けば、この娘は襲われることになろう。
だが、自分一人で娘を捕まえることが出来たとしても、この男どもはジーフリクを襲い、ついで娘も、別の意味で襲われることになるだろう。そのどちらも、ジーフリクの望むところではない。
ジーフリクは、自分を窮地に陥れた娘を、恨めしく睨んだ。
多少、魔術が使えるからといって、のこのこ出てくるとは……どう転んでも、この人数では、勝ち目がないのが分かりきっているだろうに…所詮、小娘の浅知恵か。
その小娘は、心底軽蔑しきった顔で、男どもを見渡した。
「下衆な顔で、下衆な言葉を吐く奴らだ。 人を人とも思わぬ者は、自分もそう扱われても文句は言えないのだと知れ!」
少女の周りを舞っていた炎が勢いを増した。少女の怒りで魔力が高められたのだ。
炎が舞う。そして、少女が剣を振り上げた。山賊たちは、反射的に身構えた。
そして、少女は、ゆっくりと剣を振り下ろして、叫んだ。
「来い!怪物よ!」
ランタンの光りに照らされる範囲が、急に窄まったように思えた。否、そうではない。巨体がのっそりと、洞窟の影から現れたのだ。
「人喰い鬼!」
誰かが叫んだ。
怪物は片手に、かつては仲間だった山賊の死体を引きずっている。腹は食いちぎられて、絶命しているのは明らかだった。
冷静な観察眼を持つものがいれば、頭が焼け焦げていることにも気づけたかもしれない。
「まずい! もう何日も『餌』を与えてねぇんだ! 気が立ってやがる!!」
オーガは巨体だというのに、俊敏だった。肉食動物が獲物を襲う時、唸り声をあげたり、威嚇したりはしない。
ただただ最速、最大限の力で狩りをするのだ。獲物に逃げられないために。
オーガは殴り、薙ぎ、踏みつけた。殴り飛ばされた山賊がうめき声をあげる。奇怪な水っぽい音がして、腹が潰される。
山賊の一人が、オーガの背中に斬りかかった。
刃が、半ばまで、オーガの体に吸い込まれる。山賊たちの歓声は、しかし、一瞬で悲鳴へと変わった。
オーガは体をぐるりと一回転させると、斬りかかった山賊の頭を掴み、そのまま壁に激突させたのだ。
むごい死に様を見せられ、もはや山賊のうちに、とどまって戦おうとするものは居なかった。めいめいに、わけのわからぬ叫び声を上げながら、洞窟の出口へと逃げ惑う。それが最も間違った答えだということに気づかずに。
ただでさえ足場の悪い洞窟の中、狭い出口へと殺到した山賊たちは、互いが出るのに邪魔になっていることに気づいた。
「どきやがれ、クソッタレ!」
平凡極まる悪態をついて、仲間を押しのけようとする。
「グオオオォォォ!」
オーガは吠えた。
あるいは歓喜の声をあげたのかもしれない。
向かってくる敵より、逃げる獲物のほうが、倒すのはたやすい。逃げるのに手間取っている山賊を、次々と打ち倒していく。
(……飢えた後での大量のご馳走だ。さぞかし、うまいだろう)
ジーフリクは、半ば現実逃避した頭で、そんなことを思った。
長剣を正眼に構えたまま、身動きができない。ジーフリクが逃げ出さなかったのは、単に位置関係の問題にすぎなかった。
銀髪の少女は悠然と剣を構えている。
ジーフリクは恐ろしかった。オーガその物もそうだが、それを操る少女にも、得体のしれない恐怖を感じる。
本当に、こいつは、親父の情婦なのか?
それとも、もっと別の、触れるべきではないものに、触れちまったんじゃあないのか。
「畜生!」
ジーフリクは鋭く悪態をついた。後悔も怖気も悪態と一緒に吐き出す。まずは、この場を生き残ることだ。
「おい! お前、一体何者だ?」
見事なプラチナ・ブロンドを持つ少女は、冷淡に言った。
「名前で呼べ。"騎士どの”。それと私の短剣を返してもらおう。話はそれからだ」
ジーフリクは、ミスリルの短剣を放った。売れば、金貨二枚以上になったはずだが、仕方がない。
「名前は知らない! 俺はただ『銀色の髪の乙女』を、見つけてこいと言われただけなんだ! 単なる情婦探しにしか思っていなかった!」
少女はジーフリクに視線を固定したまま、床に落ちた短剣を拾い上げ、刀身を確かめる。
そして、言った。
「お前、騎士だろう? あの怪物ぐらい、倒せないのか?」
「む、無理だ。オーガは、騎士でも小隊を組んで、討伐するほどの相手! いかに凄腕だろうと、そうそう勝てはしない! ましてや、俺は所詮、部屋住まいの家中騎士だ。そんな技量なんて持ち合わせちゃいない!」
「雇い主と、オーガの檻にあった死体の出処をおしえ……」言いさして、突然、少女は舌打ちをした。
「チッ! オーガめ。 騎士よ! この近くに人は住んでいるのか?」
問いかけられて、ジーフリクはつい答えてしまった。
「ああ…。 五里 (約15km位)の所に、岩塩窟の村がある」
少女は、もはや騎士には一顧だにせず、外に飛び出して行った。
騎士ジーフリクはその時初めて、オーガが洞窟の外に出て行ったことに気がついた。
・ランタン
…油を燃やして炎の光であたりを照らす照明器具。この世界では、ガラスは高価なため、使われていないものも多い。
代わりに風よけとして、四方を鉄板が覆ってあるのが一般的。 一方向だけ照らしたい場合には、その方向の鉄板を外すことで対応できる。
主に、野外用、外出用であり、屋内用には、手燭などが使われる。
《光明》という魔術があるため、魔術師は持ち歩かない。
ちなみに、《光明》は紫外線が含まれていないため、虫が寄ってこない利点もある。