表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/98

34話『森人』・上

「レイミア! なに葉っぱなんか拾ってるのよ! 尋問で分かったでしょ? あのヤバい山賊団が『森狩り』をしようとしてるのよ。早く逃げなきゃ!」


 器用にもアマロが小声で叫ぶ。


 タンガーリという名の悪漢を尋問して、山賊ギルド『夜更けの切望』が『森狩り』をしていることを突き止めたのだ。

 当然、狙っているのは『銀色の髪の乙女』ミーシャス・ジーネ・イチノセである。


「分かってるよー。逃げるために、葉っぱを拾っているの。逃げたいんなら手伝ってよ」

「え? そうなの……逃げるために…?」


 アマロは戸惑ったものの、『赤毛の狩人』の二つ名を持つレイミアのことは信頼している。

 意味はわからなかったが、葉っぱを拾い集めた。


「あのイングレッドって人のことだけどさ……鉄色スチール・グレイの髪の男だって言ってた……これを聞いてなにか思い出さない?」

「ええ。あなたが先の村の宿屋で話しこんでた人、……彼が、追跡者トレーサーイングレッドだったってことでしょ」

「あの男の靴には、この森の葉と土がついてた……。つまり、この森は彼の『庭』だったんだろうね。この森で仕掛けてきたのは、彼がもっとも得意とする場所だから」


 レイミアの言葉に、呑気さが消えている。非常事態だからだとアマロにも分かる。


「街道よりも森を突っ切った方が、早くフェレチの街に着くと教えてくれたのは、宿で話したイングレッドだからねぇ。

 街道沿いには強盗団が出るとも言われたし……うまく誘導されたねー」


 レイミアは喋りながらも、マントに目の細かい網を貼り付け、そこに葉っぱを挿していく。

 手早く作業を進め、葉っぱがまとわりついたマントを作り上げた。


「これは、父から教えてもらった『森人もりうどのマント』だよ。正式名称は知らないし、有名かどうかも知らないけど……効果は折り紙つき。これを羽織って動かなければ、絶対に見つからない。それと猟犬よけに、そこの泥を塗って、匂いを消しておいてね」

「…分かったわ。でも、結構時間使っちゃったわよ。早く、もう一着作らないと……」


 焦るアマロの言葉に、レイミアは反応しなかった。独り言のようにつぶやく。


「私、森によくいるでしょ?」

「え? うん」

「やっぱり、街育ちには変に思われてるらしくて、結構酷い扱いをされたりしたんだよね。陰口を叩かれたり、意地悪をされたりね。だから、ますます、森にばかり入り浸って、街には近づかなくなったんだけど」

「今する話じゃないでしょ。早くマントを作らないと……」


 慌てて葉っぱを集めるアマロをレイミアは制した。

 レイミアは、アマロの言葉には反応しなかった。自分の思いを確かめるように、言葉を紡いでいく。


「でもアマロット。あなたと、イレーネ様、それにイチノセちゃんだけは、私を、私としてみてくれた。普通に接してくれた……。

『士は己を知る者の為に死す』っていうでしょ。私を大切にしてくれた人を助けるためなら、私は『命を懸けられる』よ」


 むしろ昂然と胸を張って、レイミアは宣言した。


「……まさか、レイミア一人であいつらを倒すつもりなの? 無茶よ。自殺行為だわ」


 レイミアは、大人びた微笑みで、アマロに告げた。


「山賊のタンガーリに聞いた話だと、輪を狭めるようにして勢子せこが迫ってくるみたい。だから、山賊たちが通りすぎるのを待って、森の外に行けば、きっと助かるよ」


「で、でもレイミアはどうするの? 追跡者トレーサーや山賊と戦うつもりなの?」


「大丈夫だよ、アマロ。ありがと。……山賊を倒せば、輪に穴が開くでしょ。そこで、山賊たちの待子まちこ……おそらく、追跡者トレーサーのイングレッドがそこにいる。イングレッドさえ倒せば、なんとかなるよ」


 レイミアは、アマロに『森人のマント』を羽織らせて寝そべるように示す。

 さらに矢立てを取り出して、紙片にこれまでの情報を書きつけた。

 はべっている耳長狼のルーシェンに、紙片を括りつけて、イレーネ様に届けるように頼む。


「よし」


 すべてを終わらせて、レイミアは伏せているアマロに言った。


「最後に秘密を、もう一つ話すよ。みんな誤解しているけど、私が名乗った二つ名は『赤毛の狩人かりうど』じゃないんだ。本当は『赤毛の森人もりうど』。森に住まい、森と共に生きる一族『森人もりうど』なの。父は、その出身だっていってた。誰も、そんな一族は聞いたことがないらしいけどねー」


 レイミアは、外套を翻して、走っていった。

 さっきまではアマロのために、ゆっくり移動していたのだろう。レイミアは、枷が外れたように、素早く、軽やかだった。


 ***


(うぅ……)


 アマロは森人のマントを着こみ、泥を顔に塗りたくったまま泣いていた。


 声を出しては、山賊に気づかれる。

 だから、声を出さずに泣いた。


(レイミアは、あたしたちを助けるために囮になった……。イチノセやイレーネ様を守るために。あたしは、見捨てて逃げようとしたのに…)


 レイミアの覚悟を知った後も、アマロは動けなかった。言われたとおり動かなかったのではなく、恐怖によって動くことが出来なかったのだ。


(あたしは…、あたしがレイミアと仲良くなったのは、優越感を得たかったから! 冒険者として芽が出ずに腐ってた私は、街のことは何も出来ないレイミアと友だちになることで、密かに優越感を感じていた!)


 だが、今の自分こそが卑怯者で、役立たずではないか。


 行商人の娘として、それなりに冒険者のことを知っていたと思ったのに、実際には何も出来なかった。

「知っていること」と「できること」に違いがあるというのも、ようやく気づいたことだった。

 自分が取るに足らない小娘であることも、うすうす気づいていた。

 でも、認めたくなかった。

 機会があれば、上に行けると思っていた。

 レイミアと友達になったのも、イチノセと仲良くなったのも、すべては打算からだ。

 レイミアからは優越感を得て、追跡者トレーサーの技術を盗むため。

 イチノセとは、その師匠とお近づきになって、魔術を教えてもらいたかったから。


(……やっと…分かった。実力者が実力を持てているのは、修羅場を潜っているからだ。こういう時に、たやすく命をはれるからなんだ。あたしには、無理だよ……。 あたしは、臆病者だ……)


 遠くから、鎖帷子の金属音が響いてきた。

 アマロはひたすら身を固くして、嵐が過ぎ去るのを待つことしかできなかった。

 泥と大地が熱を奪っていく。アマロの涙だけが熱かった。


 ***


 転んだら只では済まない速度で森を駆けながらも、レイミアの心は穏やかだった。息も乱れていない。静かに思考を巡らせていく。


(タンガーリを縛りつけた後、二度、笛がなった。一つはタンガーリの方角から、もう一つは別の方角から。つまり、タンガーリ自身か見つけた人間が笛を吹き、もう一人がそれに答えた)


 レイミアは立ち止まり、弓を構えた。


(イングレッドは、当然、私達が四人一組になって行動していると想定しているはず……四人でいたほうが、攻撃にも防御にも有利だから…。もし、そこでイチノセじゃない一人が、動きまわったとしたら…)


 弓弦が鳴り、矢が山賊の一人の肩に突き刺さった。もう一人の山賊がすぐに地面に伏せ、笛を鳴らす。

『赤毛の森人』は、身を翻して逃げ出した。


 そして、すぐにまた別の山賊の二人組を見つけると、矢を放つ。今度は胸にあたった。重症だろう。もう一人は、やはり地面に伏せて、笛を吹いた。


(このまま注意を引きつけておけば……)


 さらに、山賊を見つけ矢を当てる。そのまま身を翻そうとしたところで、鋭い声が響いた。


「見つけたぞッ! 『赤毛の狩人』!」


 鋭い言葉と同時に、つぶてが飛んできた。


 とっさに樹木の影に隠れて、つぶてかわす。


『神速の』イングレッドだった。一瞬見えた限りでは、革鎧を身につけた冒険者風の拵えだ。

 思ったよりも近くにいる。弓の間合いではない。

 加えて、見つかるのも想像より早かった。『神速』という二つ名は伊達ではないらしい。


 レイミアは、あえて隠れている樹木から少し身を乗り出した。

 その隙を見逃さず、追跡者トレーサーイングレッドが礫を投げつける。身を翻して礫を躱すのと同時に、イングレッドの居場所とつぶての射程距離をおおよそ測る。


 レイミアにも、『牙』という名のひょうを飛ばす技がある。イングレッドの礫と射程は同じくらいだろう。

『牙』を手に握りこみながら、様子を伺う。


「……確かに、山賊たちは見落としがないように、横一線に並んで進んでいた。だから、山賊がどこにいるのかは筒抜けだったんだろう……だがッ! 逆に言えば、俺もお前が誰を狙うのかがわかるということだ!」

「あーなるほどねー。それは盲点だったなー」


 レイミアは、わざとのんびりした声を出した。

 余裕を見せつけるというより、わざと呑気にすることによって、平常心を取り戻すスイッチにするのである。

 余計な緊張は筋肉をこわばらせ、視野を狭くさせてしまう。


「……お前一人か。囮になって他の三人を逃がそうとは、殊勝だが……、包囲網の穴から、お仲間が脱出するのは目に見えているぞ。それにレイミア。お前はいいのか?」

「何がー?」


 互いに、木の影に隠れている。

 喋りながらも、耳は言葉ではなく、物音を聞くことに集中している。どちらかが動き始めれば、戦いが始まるのだ。


「囮ってことは、お前だけが危険な目に遭うってことだ。他の三人はのうのうと、お前を見殺しにして生き延びる。悔しくはないか?」


(……)

 レイミアの心のなかに悔しさはなかった。それどころか、これほどまでに自分に勇気を感じたことはなかった。


 森人として、一人で暮らしてきた時には無かった感覚だった。

 自分一人ならば、危機に陥れば臆病になり逃げ出そうとするだろう。だが、『誰かのため』ならば。


「大切に思うからこそ、『誰かのため』だからこそ、生まれる力がある。悔しくなんてない! 私の中にあるのは”勇気”! ”勇気”だけだ!」


 イングレッドは、大笑した。


「揺さぶりにも負けず、よくぞ言った! 気に入ったぞッ! 『赤毛の狩人』!」


 つぶてが撃ち込まれた。半身になって躱しざま、レイミアは『牙』を投擲とうてきする。

 肩にかすったが、傷とも呼べないだろう。


 戦いが始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ