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31話『街道沿いの村』・下

 ひと通りの”尋問”が終わって得られたのは、彼らは、ここらの村のあぶれ者の集まりであること。今回は単純に、強盗を働こうとしただけであり、ゼファーに頼まれてはいないらしいこと。そして、強盗は初めてで被害は出していないということだった。


 リーダー格のガラの悪い男は、テレスという名前らしい。彼は、仕事をしても身が入らず、いつの間にか、悪ガキを集めて徒党を組むようになったという。

 作物を荒らしたり、商品を盗むような悪さを今までもしていたということだ。


 縛り付けた彼らを、林の中に放置して村へと向かう。


「……あそこまで激昂するとは思わなかったわ」

「…なんだか急に、すごく許せない気持ちになったんです」


 ミーシャはもう、フードを被っている。

 連れ立って歩きながら、ミーシャは感情を整理しようとした。


「私の前の世界(フィユスール)での専攻は、社会学でした。そこで学んだことは、社会は人々の助け合いで成り立っている事でした。でも、この世界(オルゼスール)は……」

「まるで地獄のよう?」

「そこまでは…」


 ミーシャは軽く微笑んだ。


「でも、もっと良い社会にできるのではないかと思うのです。 人々が助け合って、よりよく生きる社会を…」


 そう言ってから、ミーシャは頭を振った。


「ごめんなさい。ちょっと話が飛躍しすぎましたね。あの盗賊たちをどうしましょうか」

「そうね…ひとつ考えがあるわ」


 イレーネはしばらく考えた後、一つの提案をした。



 ***


 アパング村に入ると、アマロット・ヴォーンが出迎えてくれた。

 アマロは、赤茶けた髪を持つ女冒険者で、ミーシャス・イチノセの友人でもある。垂らせば肩ぐらいの髪を、今は後ろで一つに束ねていた。

 旅装であり、女性用の革鎧に山刀マチェットいている。


「お待ちしてました。イレーネさま。保存食と、蒸留酒、虫除けの香水を購入してあります」

「ありがとう、アマロ」

「それで、となりの……」


 アマロは言いよどんだ。

 怪しげな白装束にその眼が向けられている。


「ああ…」


 口元を覆っていた布を外して、ミーシャは顔を晒した。アマロは緊張を解くと同時に、呆れたような顔になる。


「なにやってるのよ? イチノセ」

「ちょっと、ワケありで……」


 ミーシャは顔を掻いた。


「ところで、レイミアは?」と、イレーネが口を挟んだ。

「近くの森を散策……じゃなくて、珍しいことに、宿屋にいますよ。他の泊まり客と意気投合したらしくて。荷物番をしてもらっています」

「それじゃあ申し訳ないけど、荷造りをしていてもらえる? 早々に出発しなければならないかも知れないから」


 アマロは頭をかしげた。


「かまいませんけど…どうしてですか?」

「強盗団を退治したんだけど、その関係でね」


 アパングの村は街道沿いなだけはあって、商店が存在する。

 といっても、行商人や旅人向けの食料品の他は、日用品や、係蹄けいていなどの狩猟に使う罠や、魔物よけくらいしかない。

 イレーネとミーシャが商店によったのは、購入のためではなかった。


「この店は、買い取りもやってますか?」

「物によるねぇ」


 店の店主は胡散臭げな顔で、白いものが混じっているあご髭をしごいた。


「街道を歩いていた時に、強盗に出くわしまして」


 イレーネはさらりと言って、縄で纏められた山刀や棍棒を机に広げた。


「これは戦利品です。アパング愚連隊とか名乗ってましたけど、知ってますか?」

「いや……」


 店主は言葉少なに否定したが、ミーシャにも分かるほど目に見えて動揺している。

 手に持った鑑定用の拡大鏡が、震えていた。


「その愚連隊とやらは、全員、のしちまったのかい?」

「倒しましたけど、全員生きてます。 ある所に、縛って転がしてありますわ」

「へぇ…ちなみにどこだい?」

「さあ……。まずは鑑定をしてください。強盗なんていたら商売上がったりでしょう? その辺り、色を付けてくれると、ありがたいですけれど」


 ひと通り鑑定を終えると、店主は言った。


「アパング愚連隊なんて聞いたこともねぇが、そんな狗盗どもがでるってなっちゃあ、商売上がったりだ。あんたらの話を疑うわけじゃないが、この目で確かめて対処してぇ。場所を教えてくれるかい?」


 店主は、ミスリル貨二枚と銀貨四枚を差し出しながら言った。相場以上の金額だ。

 それを受け取りながら、イレーネは微笑んで言った。


「ええ。もちろんです」


 ***


 商店から出て、ミーシャは尋ねた。


「師匠が予想したとおり『アパング愚連隊』の身内みたいですね。あの店主」

「そうね。『愚連隊』を知らないなんて、あからさまな嘘をついてたし、強盗団を恨む発言すらなかったしね」


「もし、村がひどい被害を受けているなら、愚連隊にも重い罰が与えられることになるし、被害が少ないなら、与えられる罰も軽いものになる……」

「ええ。強盗団として捕まれば、車裂きの刑は免れないけど……村人たちが始末をつけるなら、それなりに見合った罪科を処すでしょう。これが完全に正しい訳じゃないでしょうけど、少なくとも残虐じゃないわ」

「強盗が始めてだというなら、更生する可能性も高いはずです。……更正の機会をあげられてよかった」


 胸のつかえがとれた様子で、ミーシャは言った。

 その様子を、微笑ましげにイレーネは見つめる。尋問の時には容赦がないが、自分の弟子はけっして無用に残虐を好む人間ではない。


「けど、店主があの強盗たちの身内だとわかった以上、この村に留まるのは得策じゃあないわね。逆恨みして、寝込みを襲われる危険性があるわ。予想できたことだけど……」

「あ……」


 ミーシャは、赤面した。そこまで考えが及ばなかったのだ。


「……すみません。そこまで思いつきませんでした。日が暮れるまでに、次の村には行けないですよね」

「でも、ま、レイミアは野宿と聞いて喜んでくれるんじゃない?」


 アマロが合流して、そんなことを言った。


 ***


 街道沿いの町村は、おおよそ30kmごとにあることが多い。

 これは偶然ではない。旅人が一日に移動できる距離は、おおよそ30kmであるるからだ。当然、宿場もそれにあわせて作られることになる。

 そして宿が出来れば、人が集まり、それを目当てとして物売りが訪れる。街道沿いの村は、このようにして生まれるのである。


 アパング村は、街道が交わる場所にあり、それゆえにアマロたちとの待ち合わせに指定したのだが、ここで一晩泊まって明朝に出発しなければ、日中の内に、次の村にはたどり着けない。

 今は、正午を少しまわったところだ。急いでも次の村には間に合わないだろう。


「すみません。私のせいで野宿になって……」


 ミーシャは宿をとれなくなったことを詫びたが、レイミアもアマロも「気にしない」と言ってくれた。


 むしろ『赤毛の狩人』の二つ名を持つレイミアは、密かに喜んでいるようにさえ見える。

 長身で、手足が長く、俊敏なレイミアは、街よりも森で過ごすのが好きだった。

 森も彼女にとっては遊技場なのだろうと、ミーシャは思う。ひとつには、耳長狼のルーシェンも関係しているに違いない。

 ルーシェンは彼女の相棒であるが、元来、耳長狼は犬のように飼い慣らされた品種ではない。街中よりは、自然の場所を好むのだ。


「けれど、どうしますか? この街道を進むだけ進んでから、野宿にしますか?」


 街道のとば口で、アマロがイレーネに質問した。

 事前に話し合ったわけではないが、実力と経験から、イレーネが自然と取りまとめ役となっている。


「そうねぇ…」

「あのー、せっかくですし、街道じゃない場所通って行きませんかー?」


 赤いくせ毛を、白い細帯で纏めながら、レイミアが口を挟んだ。


「街道は曲がりくねって大回りですけど、森をまっすぐ抜ければ、二晩野営するだけでフェレチにつけますよー?」

「楽しそうに提案するのはいいけど、騾馬らばも通れないといけないんだからね? その辺は大丈夫なの?」

「大丈夫だよー。起伏の少ない丘だし、なんとかなるよー」


 アマロが心配そうに訊いたが、レイミアはずいぶんと楽観的だった。イレーネも賛同する。


「そうねぇ。実を言うと、あまり人目に触れたくはないのよね。ただでさえ、アパング愚連隊とやらに、ミーシャが顔を晒してしまったし……」

「そういえば…、どうしてイチノセは、こんな変な格好しているんですか?」

「むむ。そんなに変?」

「変よ」「変」「変ね」


 イレーネ、レイミア、アマロの全員が、変だと口をそろえて言う。こうもはっきりと言わると、ミーシャも少し落ち込んでしまう。


「一応、光よけのためと、正体隠しのためにやってるんだけど…」

「正体隠し? 光よけ?」

「ま、それはおいおい話していきましょう。 この村には長いこと留まりたくはないわ」


 イレーネが話をまとめ、街道ではなく森を突っ切ることになった。

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