31話『街道沿いの村』・中
「『アパング愚連隊』を舐めるんじゃねぇぞ、アマァ!」
目を覚ました盗賊のリーダーの第一声がこれであった。縛られたままで、怒声を張り上げている。
ミーシャは無言で魔法陣を描く。
《貫く理力のクォーラル》
無慈悲な光の矢が、腹部に突き刺さった。
「ぐっ! てめぇ、覚えてろよ……」
《貫く理力のクォーラル》
光の矢が再び、腹部に突き刺さった。
男がおとなしく黙るまで、ミーシャはこれを続けた。《理力のクォーラル》の光の矢は、元来、肉体を傷つけるほどの威力はない。だが、当たれば悶絶するほどの痛みがある。
「私が訊きたいのは、二つだけだ。誰かに頼まれて私達を襲ったのか? それと、お前たちはこのような真似を何度やった?」
ミーシャがこう訊いたのは、彼らが『ゼファーの追っ手』であるかどうかを確認するためだった。
イレーネは尋問には加わらず、辺りの警戒を行っている。
「…ああ。頼まれたよ」
しぶしぶと言った様子で、男は答えた。
「どんな奴だ?」
「……わかるだろ。『夜更けの切望』ギルドに入るためだ。 頭領のオウ・アグラに言われたんだ。ギルドに入りたきゃ、荷駄を襲って金を上納しろってな」
ギルドとは、商工業者の同業組合のことだ。この場合は、盗賊の同業組合であろう。ヤクザと考えれば、大きく外れていない。この世界での日は浅いが、ミーシャもその位は分かる。
どうやらギルドに入るために強盗を働こうとしただけで、ゼファーとの件とは無関係であるらしい。
「盗賊ギルドに入ってどうなる? せいぜい良いように使われ、捨てられるのが落ちだろう?」
「だからって、こんな田舎で燻ってられるか! まっとうに働いたところで、俺らは一生浮かび上がれっこねぇ! それなら、一か八かやった方がマシだろうが!」
「それで、他人を食い物にして生きていくのか?」
「所詮、食うか食われるかだろうが! 綺麗事で世の中、渡っていけるかよ!」
男は唾を地面に吐き捨てた。
追っ手でないならば、彼ら『アパング愚連隊』とやらに関わる必要はないはずだった。
しかし、ミーシャは捨て置けなかった。憤激がマグマのように滞留している。
「たとえ、お前一人が浮かび上がれたとしても、その分、誰かが沈み込むだけだ。全体としては何も変わらない。いや、お前がいる分だけ、マイナスになる。
それじゃ結局、社会は痩せ細るだけだ」
「もういいわよ、ジーネ」
横合いから、イレーネが声をかけた。
「こういう手合いに、道徳を語って聞かせたところで無意味よ。他人を蹴落としてでも自分さえ良ければいいという人間は、それこそ星の数だけいるわ。……今更、どうしようもないことよ」
冷たい声音でイレーネは言った。冷酷というより無関心なのだ。彼らがどうなろうと、どうでもいい。
「待ってください、天使様!」
少年が声を上げた。
確か、ブレカと呼ばれていた少年だ。いつの間にか、意識を取り戻していたらしい。
縛られながらも、にじり寄って必死に頼み込んでくる。
「おいら達は悪いことをしました。でも、盗賊の真似事をしたのは今日が初めてで、まだ誰からも奪ってません。どうか、お慈悲を…!」
「馬鹿野郎。頭を下げるんじゃねぇ!」
リーダーの男が叫んだ。
「俺は絶対に頭を下げねぇ……。のし上がってやると決めたんだ。こんな奴らに頭を下げられるかよ……!」
「のし上がりたいのなら、努力しろ!」
ミーシャは叫んだ。
不意の怒りが、頭に血を上らせていた。滞留していた怒りが、噴出し始める。
「学べ! 技を磨け! 寸暇を惜しまずに働け! 考え抜け! 何かを欲しいのなら、それに見合った努力をしろ! お前がやろうとしているのは、弱者を食い物にし、強者から食い物にされるだけの道だ!」
ミーシャは怒っていた。この男にだけではなく、この世界に。この社会に。人が人を食い物にする社会は間違っている。
「ゼファーの言葉が、今なら分かる。食いものにする人間と食い物にされる人間。こんな奴らばかりを相手にしてきたというのなら、この世に絶望もする!」
ミーシャの怒りに反応して、残っていた《浮遊する理力のクォーレル》が眩く輝きだした。
心の昂ぶりが、魔力を高めたのだ。
「お前は何もしないで、他人から奪って生きていくつもりか? それが誇りある人生だとでも言うつもりか!」
「誇りで飯が食えるかよ!」
「頭を下げるなといったのは何だ! 誇りを失いたくないからじゃないのか!? なのに、誇りをないがしろにするのか? 努力するのも嫌、頭を下げるのも嫌。お前は、ただ楽して生きたいと願うだけの甘ったれだ!」
光の矢を、男につきつける。
「いいか。真に誇りある人間というのは、目的のために、地に塗れることを良しとする人間だ。誰かのために命を張れる人間だ。決して誰かを食い物にする人間じゃない!」
「その位にしておきなさい」
ミーシャの肩に手をおいて、静かにイレーネが言った。
「あなたの気持ちはわかるわ。でも、今は語るべき時ではないと思う。私達にも、目的があることを忘れないで」
イレーネに振り返ったミーシャの顔は、紅潮していた。




