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幕間『騎士二人』・下

「……悪い予感があたったか」


 酒盛りも一段落した頃、ジーフリクがポツリと呟いた。


「ジーフリク殿も気付かれましたか?」

「ああ。外が妙に静かだし、店に入ってくる客がさっきから途絶えている。……明らかに待ち伏せだろうな」

「あの馬鹿野郎……ッ! ごめん、こんなことまで巻き込んじまって……」


「え、え? どういうことですか?」

 従者テオだけが状況を理解できていない。ジーフリクが説明する。


「威勢だけはいい、さっきの男が、味方を引き連れて店の外まで来ている。どうにもエレスティンを諦めきれないらしいな」

「エレスティン女史。さきほど、店主と話をつけておきました。奥にかくまってくれるそうです」


 ウリエンがいつの間にか、店主を引き連れて戻ってきていた。

 後事を店主にまかせて、軽く打ち合わせをしつつ、自由騎士二人は店の外へと向う。


「そりゃあ、助けてくれるのはありがたい話だけど、あんたたち二人だけじゃあ……」


 店の外へ向かう自由騎士二人を、エレスティンが呼び止めた。何人集まっているかも分からない荒くれ者たちの群に、二人きりで向かうのは危険過ぎる。

 エレスティンはそう言いたかったのだが、二人は振り向いて安心させるように笑う。


「弱き者を守るのが騎士の本分です。大丈夫、あなたを守ります」

「ま、そういうことだ。ちょっと暴れてくる。なに、騎士の強さは伊達じゃない」


 散歩にでも出るような気軽さで、自由騎士の二人は酒場を後にした。


 ***


 十数人のならず者たちが店を囲んでいた。

 その中心に、先ほどの男がいる。筋肉質の体をした髭面のむくつけき男だ。


「よぉ。エレスティンは中にいるのか?」


 その男は、優位を確信して、揚々と革袋ブラックジャックを回している。

 ブラックジャックとは袋の中に石ころをつめた殴打用の武器で、顔に当たれば、鼻の骨が折れるほど強力なものだ。


 本来、街中では武器を抜いてはならないという法がある。しかし、男は革袋を財布だと強弁することで、番兵の目を逃れていた。


「この人数で勝てるなんて、思っちゃいねぇよな? 怪我をする前に大人しく、あの女を出しな」

「ずいぶんと吠えるじゃないか。お友達が増えて気が大きくなったようだな」


 ジーフリクはこれだけの人数を前にしても、挑発的な態度を崩さなかった。

 腕を伸ばして、ウリエンはジーフリクを押しとどめる。


「……私にも話をさせてください」


 一歩、ウリエンはならず者たちの前に出る。


「エレスティン女史は、あなたとより(・・)を戻すつもりはないと言っています。たとえ、話し合いたいのだとしても、そのように大勢で押しかけられては、女史も思うように話せないでしょう」


「話なんか必要あるか! あれ(・・)は、俺のもんだ。あれをどうしようと俺の勝手だ!! 文句あるか!」


「そうですか……」


 ウリエンの声に、初めて極寒の冷気が混じった。優しげな目が険を帯びている。


「ならば、あなた達は私の敵です」


 ウリエンは目を閉じ、開いた。

 そして、うやうやしく騎士礼を施す。


「『我が名はウリエン』『我が誓いは、弱き者の盾となり、強き者への剣となること』。……古式の習わしに従い、誠実なるエレスティン女史を守るため、我が誓いかけて戦いを申し込む!」


 語気鋭く、ウリエンは問いかけた。


「さぁ戦いを受けるか!?」


 その()に、むくつけき男はうろたえた。騎士の堂々たる儀礼に圧倒されつつも、同じく見よう見真似で騎士礼を返そうとする。


「あ、ああ……我が名は……」

「不要!」


 ウリエンは声を張り上げた。


「大勢で徒党を組んで、女性を脅かすような輩に誇るべき名誉なし! ましてや名前など覚える価値なし!!」


 ジーフリクが笑いながら、男に指先を突きつけた。


「騎士の作法に詳しくないお前らのために翻訳してやる。今の言葉は『お前らを明日飯が食えないくらいにボコボコにしてやる』だ」


 ジーフリクの翻訳(・・)に、男はいきりたった。


「く、くそ野郎が……」


 怒りに顔を真っ赤にして男は呻いた。今にも殴りかかりそうな形相だったが、ふいに口元を歪めた。密かに笑って……そして、唾を地面に吐き出す。


 ――刹那、血しぶきが舞う。

 吹っ飛ばされたごろつきが、顔を押さえて地面を転げまわっている。


「……唾を吐き出すのが、『後ろから襲え』って合図だったらしいな」


 ジーフリクは拳を固めている。後ろから襲いかかってきたならず者に、裏拳を喰らわせていたのだ。


「悪党の考えそうなことだ。だが、この程度の気配を感じ取れなくて、騎士が務まるかよ」

「そ、それがどうした! 騎士とはいえ、しょせん二人だけ。この人数に勝てるか! ……お前ら、押し包んでぶちのめしてやれ!!」

「やれやれ。分かってないな! 騎士とはまさに『最強』なのだということを!!」


 その言葉が戦いの始まりとなった。


 街中では武器を抜けば、その時点で罪に問われる。しかし、武器を抜きさえしなければ、それは単なる喧嘩として扱われた。


 ジーフリクがならず者に拳を打ち下ろす。

 さすがに兜は着けていないが、鎧も篭手もすでに身に着けている。篭手で殴るのは、素手とは比較にならないほどの威力がある。

 ならず者に打ち下ろした拳は、鎖骨を完全に折ってしまう。


 暴漢たちも負けてはいない。

 騎士の無防備な頭にめがけて、ブラックジャックや短鞭を振りぬいてくる。


 だが、ウリエンには当たらなかった。

 振りかぶった隙をついて、隣を走り抜けながら、体重をのせた拳で殴りつける。囲まれないように動きまわり、ならず者を一箇所に固まらせない。


(うまいな……)


 ジーフリクは彼の戦いぶりを見て、そう思う。

 武器の軌道を変えて、他の敵にあてるなど、よほどの巧者でなければ不可能だ。


 ならず者たちは、むしろ、攻撃させられていた(・・・・・・・)。ウリエンの動きや目線、フェイントによって、奴らは無意識の内に、ウリエンの望む時、望む場所に打ちかかっている。

 相手の攻撃を統制できていれば、さばくのも簡単だ。

 敵中にただ一人でありながら、ウリエンは、その場を支配していた。


(……悪漢どもは自分が操られていることにすら、気づいていまい。ウリエンの戦い方は、剛ではなく柔。敵の出方を見極め、利用することに長けている)


 そう感嘆しているジーフリクは、酒場の扉の前に陣取っている。後背に回られないように扉を背にしながら、酒場の中に入ろうとする悪漢たちを殴り飛ばしていた。

 宝剣は腰に佩いてはいるが、抜いていない。喧嘩で終わらせるつもりだからだ。


 ニ者ニ様の戦いぶりであったが、二人は騎士が『最強』であることを十分に証明していた。十数人の荒くれ者たちに、優勢を維持している。


 だが、これは薄氷の優勢でもあった。

 ミスリルの鎧は纏っているものの、兜はつけていない。無防備な頭に会心の一撃を入れられば昏倒し、形勢が一気に逆転することだってあり得る。


(ごろつき程度に遅れを取ることはないはずだが……勝負は水ものだ。そろそろ片を付けるか)


「おい、情婦イロに逃げられた挙句、未練がましく追ってきた男!!」


 ジーフリクは荒くれ者を大地に沈ませながら、男に言った。


「もう、お前に勝ち目はない。今、降伏するなら、縛り首にはならずに済むぞ!!」

「ぬかせ!!」


 言葉だけは威勢がいいが、部下らしき悪漢たちとは違い、男は騎士から離れたところに居る。


(自分だけは高みの見物とは……底が知れる。だが、都合はいい)


 ジーフリクは一際大きな声で叫んだ。


「では、望み通り、縛り首にしてやる! テオ!!」


 そして、テオは……むくつけき男の背後に忍び寄っている!


「はい!」


 返事と同時に、麻のロープを男の首にかけている。そしてテオは、男を背負うように、一気にロープを引き下ろした。


「げぐ……」


 首に巻き付いた縄を外す暇もなく、男は倒れ落ちた。ウリエンが素早く駆け寄って、男をねじり上げている。


「すでに勝負は決しました! これ以上無益に争う必要はありません!」


 ウリエンの宣言に、ならず者たちは息を飲んだ。彼らは倒れた男の部下だ。このまま逃げ去るべきか、それとも助けだすべきか、にわかには判断できない。


「この男の生殺与奪は、すでに我らが握った!」


 ジーフリクが吠えた。これは喧嘩でしかない。だが、敵のお頭をぶちのめして終わりとはいかないのだ。


「この男を殺したくなければ、顔役のバンカストを連れて来い! ジーフリクの使いだと言ってな!」


 この言葉が、ならず者たちの行動を決めた。

 悪漢たちが、一人残らず走り去っていく。奴らの後姿を見張りながら、ウリエンは尋ねた。


「バンカストとは何者です?」

「顔役だ。……この街の盗賊ギルドのな」


 ***


 人が集まるところには、自ずとルールが生まれる。そして、ルールが生まれれば、不法を生業とする人間も一定数生まれてしまう。


 それは神の律法が支配するこの世界オルゼスールでも例外ではない。

 盗賊ギルドとは、不法を生業とする組織であった。


「要するに、俺が見るところ、こいつは盗賊ギルドの人間だ」


 ジーフリクは尻に敷いた『エレスティンの元恋人』を示して、説明した。

 男は気を失っているが、万が一にも逃げられぬように手足を縛っている。


「こいつは、ならず者たちを連れて、すぐに戻ってきた。ああいう輩を素早く組織できる人間……つまり、盗賊ギルドの構成員だよ」

「冒険者を雇った可能性はありませんか?」


 ウリエンは質問したが、それはほとんど確認でしかない。


「あれほどの人数だ。雇えば高くつく。それにウリエン殿も感じただろう? あの悪漢たちには、冒険者の空気がない」


「確かに」とウリエンも頷いた。装備もそうだが、彼らには冒険者特有の雰囲気が無かった。自由騎士として過ごしていたことから、ウリエンにはそれが分かった。


「盗賊ギルドの構成員と戦ったとなれば、この騒ぎをおさめるのに顔役のバンカストが要る」

「……世慣れていますね」


 ウリエンの返事には、羨望とも、諦めともつかぬ響きがある。自分は、こういう生き方はできない。そう思っての言葉だった。


 盗賊ギルドの強さは、徒党を組んでいることにある。その構成員が害されれば、ギルド全体で報復される。そう信じられているからこそ、盗賊ギルドは力を持つ。


 つまり、ジーフリクは”顔役”に話をつけることで、盗賊ギルドに報復されないように手を打っているのだ。その機微は、いまだウリエンには理解できない。


「エレスティン女史は、大丈夫でしょうか?」

「テオを護衛につけている。今頃は『漂泊の一族』に渡りをつけているだろうよ。明日には街を出るだろうさ」

「それは良かった」


 ウリエンの返事は素直なものだった。あれほどの美女に迫られながら、後ろ髪を引かれる思いはまるでないらしい。

 俺には出来ないことだな、とジーフリクは苦笑した。心のなかにただ一人を住まわせるとは。


「それほどまでに、ウリエンは奥さんが好きなのか」

「…え? ええ。愛しております」


 いきなりの質問に面食らいつつも、ウリエンはしっかりと答える。


「……なぁ、ウリエン殿。卿は、やはりアイヴィゴース騎士団に入団したいのか?」


 絞め落とした暴漢を尻に敷きながら、ジーフリクが尋ねた。


「確かに、アイヴィゴース騎士団は、新興の騎士団だ。それゆえ、他の騎士団より、栄達が望みやすかろうとは思う。

 ……しかし『領主連合派』と争うことになるぞ」


「それは、どういうことです?」


「まだ情報は出回っていないが、ゼノミオ騎士伯は、ミンヘル殿下を王太子に推挙したらしい。王室や…『領主連合派』の許しを得ずにな」


 王太子とは、次期国王として定められた王族のことである。

 その立太子の権利は、王権の所持者であるインヴェニュート女王が専有するものだ。

 それを公然と無視して、ミンヘル殿下を王太子にすれば、明らかな反逆行為となる。到底、王室は看過できぬだろう。


「『領主連合派』は、確実に王都騎士団をこちらへ差し向けてくる。やつらの面子メンツが丸つぶれだからな。アイヴィゴース騎士団側について栄達を得るには『王都騎士団』に勝ち、そのうえで、ミンヘル殿下を国王にせねばならない。

 勝てばよいが、負ければ逆賊。分の良い賭けだとは俺には思えん。それでもアイヴィゴース騎士団に入団するつもりなのか?」


「……実を言いますと、分からないのです」


 あけすけにウリエンは言った。どういう意味かとジーフリクの目が問うてくる。

 一つ咳払いをして、ウリエンは続けた。


「ただ一つ明らかなのは、妻を守りたいという想いだけです。私は妻と、妻のいる場所を守りたい。

 そのために、私はアイヴィゴース騎士団を見極めたいのです。旅人が多く集まるここなら、情報収集にうってつけですから」


「……なるほど。いや、由無いことを口にしたかな」


「ジーフリク殿ほどの美丈夫であれば、どこかの領主の美姫の心を射止めることも容易いでしょうが……私はすでに妻もおりますし、慎重にならざるを得ないのです」


 ジーフリクは微かに笑った。


「そうか。まっとうな判断をされているようで安心だ。まぁ、時に人は”まっとうさ”を無視して選択せねばならん時もある。だが、それは生涯に一度あるかどうかだろうからな」


 ジーフリクにとって、それはアイヴィゴース家の名を捨てて、自由騎士になったことだった。

 十人中、十人が「無謀だ」と口を揃えて言うだろうが、ジーフリクは今まで一度も後悔していない。


 ***


「ひさしぶりですな、ジーフリク殿」


 顔役のバンカストが訪れた。頭が禿げ上がり、太ったネズミのような顔の男で、眼光の鋭さを除けば、どこにでもいる男にしか見えない。


「すまんな、バンカスト殿。いつも会うのは揉め事の後ばかりだ」

「なに、これも仕事だよ。で?」


 ジーフリクは、これまであったことを洗いざらい話した。


「相変わらず酔狂なことで……」


 バンカストは広すぎる額に手を当てて、呆れたように呟いた。どう始末をつけるか、考えあぐねているようにも見える。


「こういうのは気が引けるが……この自分の名前に免じて、うまいこと取り計らってくれんか?」

「私からも、お願い申し上げます」


 ジーフリクが頼むのに続いて、ウリエンも頭を下げた。


「ほう」と、盗賊ギルドの顔役は目を見開いた。

 自由騎士には気位が高い人間が多い。地位が不安定なだけに、彼らは、それを顕示しなければ安心できないのである。

 ウリエンのように、素直に頭を下げる人間は稀有なものと言えた。


「しかし、ウリエン殿。私には疑問なのですがね。あなたはむしろ、とんでもない面倒事に巻き込まれた側だ。エレスティンと出会わなければ、こんな労苦を背負う必要はなかったでしょう。だというのに何故、そこまでするんです?」


「私の誓いは『弱き者の盾となり、強き者への剣となること』。弱き者を保護することが、我が喜びなのです」

「今どき珍しい”騎士道精神”にあふれた方ですな」


 探るような目つきで、バンカストは褒めた。高潔すぎて、にわかに信じられないらしい。


「まぁ、良いでしょう。……今夜、ジーフリク殿には、お酒をご一緒していただく。それでチャラとしましょう」


 言いながらバンカストは、すでに脳内で計算を終えている。

 ジーフリクは、アイヴィゴース家の人間だ。この無様に負けた男を切り捨てても、ジーフリクとよしみを通じて、アイヴィゴース家との繋ぎをつけておいた方が、なにかと有利になるだろう。


 バンカストの「お酒をご一緒していただく」は、そのような計算の果てに出てきた言葉であった。


 ***


 朝靄が街を白く覆い尽くしている。

 運河のあるフェレチは、朝靄が発生しやすい。しかしその中にあっても、馬車が連々と並ぶ様子は、壮観であった。


『漂泊の一族』の馬車である。


 彼らは、街に立ち寄りはするものの、定住することはない。時には行商人、時には旅芸人に身をやつして、旅を続けていた。


「それじゃあ、ウリエン。名残惜しいけど、さよならだね」

「ええ。エレスティン女史もお元気で」


 気まぐれな運命の糸が交錯して生まれた『縁』であったが、それぞれがそれぞれに得るものがあった。

 エレスティンは帰るべき一族いえに戻り、ウリエンは家族いえを守るために、フェレチに残った。


 昨日の乱闘は、噂好きな町人たちの格好の語り草となった。ウリエンは方々から話をせがまれ、その対価として様々な噂を聴くことができた。

 その中には、ウリエンが望むアイヴィゴース騎士団の内情も含まれている。


 そして、家門いえを飛び出したジーフリクは、旅路の道標みちしるべを手に入れていた。


「それじゃあな、ウリエン。俺たちは『漂泊の一族』と共に旅立つことにする。行手は分かれても、我らの友情は分かたれないことを神に祈ろう」


 そう言って、ジーフリクは騎士礼を施し、握手を求めた。

 その手をウリエンは強く握り返した。


「友情が分かたれなければ、いずれまた私たちの運命も交差するでしょう。その時まで、健勝であられますよう」


「弱き者を守る誓いを実行されているウリエン卿は、まさに私の目指す高潔な騎士そのものです。あなたのような騎士に出会えて良かった」


 テオは尊敬の眼差しで、やはり騎士礼を施した。


『戦友』の言葉が示すように、苦難を一緒に乗り越えた者達には、強い仲間意識が生まれる。

 それは年月によって薄れ、消えていくものかもしれない。しかし、この瞬間、四人には確かな絆があった。


「テオさん、ありがとう。あなたが持つ正義の心を大切に育めば、いずれ私を超えた立派な騎士になれるでしょう。がんばってください」


 ウリエンはテオの手をとって、しっかりと握手をした。


『漂泊の一族』の長老が、そろそろいくぞと号令をかけている。

 別離のときが近づいていた。


 エレスティン、ジーフリク、テオは長老に挨拶しに向かう。

 しかし、数歩歩いたところでエレスティンは、向き直った。そして、一気に駆け戻り、ウリエンに抱きつく。


「ウリエン、あんたやっぱりいい男だよ。どうせなら、金があっても威張り散らしてる野郎より、あんたみたいな誠実な男と所帯を持ちたいね」


 エレスティンは、ウリエンを抱きしめたまま頬にキスを落とす。


「これがあたし流の”さよなら”さ。じゃあ、幸運な奥さんと幸せにね」


 呆然としているウリエンに一言も語らせず、エレスティンは走ってジーフリクたちに合流した。


「罪作りだな。あんなことをされては、どうしてもエレスティンを意識してしまう。それほど、ウリエンが好きだったのか?」

「……あれは踊り子としての営業さ。ああしておけば次回会った時に、結構お金を落としてもらえるだろ。それだけさ」


 エレスティンはそう言ったが、顔を背けて、ジーフリクに表情を見せようとはしなかった。

 ジーフリクもあえて、確かめようとは思わない。


 白霧に包まれたフェレチが美しいように、人の心にも、隠しておくべき美しい想いがあるはずだった。


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