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24話『そして人は皆、フンボルトへ集う』・下

えー、地の文が多いですけど……(二回目)。

けっこう面白いと思うので、読んでみてください。

 イレーネは、フンボルトの宿屋の一室で、弟子イチノセの救出策を練っていた。

 協力者も居る。二人の人間に、一匹の耳長狼であった。

 それぞれ、アマロット・ヴォーン、レイミア、ルーシェンである。


 実のところ、酒場で話し合おうとしたのだが、酒場の主人は耳長狼のルーシェンをちらりと見た後「ペットお断り」と、すげなく断ったため、仕方なく宿屋で話し合うことにしたのである。

 宿屋の一室に、耳長狼を人目に触れさせずに入れることくらいならば、簡単に出来た。


「やはり、ウェークトン家の城館に、イチノセが囚われていることは間違いないみたいです。騎士に囲まれ、ウェークトン邸に連れ込まれたところを、娼婦の護衛冒険者が尾行して確認していました」


 アマロが最初に報告をした。


「娼婦たちは大丈夫だったの?」

「はい。大丈夫でした。略奪はあったものの、翌朝には収束したみたいです。護衛の冒険者が居たおかげで、ほとんど娼婦たちに被害はなかったとのことです」

「『自然に』というわけじゃなさそうね。たぶん、アゲネが止めたのね。となると、単なる強奪ではなく、恒久的に領地を得るつもりね」

「あの…どうして、略奪を止めることが、領地を得ることになるんでしょうか…?」


 そう尋ねたのは、アマロである。

 実家を飛び出して冒険者になったものの、勉強不足、実力不足を実感させられる毎日である。


「もし、賠償金狙いなら、街の財産を根こそぎ奪おうとするわ。都市はどうせ返すんだから、その前に頂けるものは頂こうってことね。でも、領地を増やそうとしているんなら、話は別。街を略奪で荒らすのは、自分の足を自分で斬りつけるに等しい行いよ」


「なるほど…」


 アマロは神妙に頷いたが、分かっているかどうか怪しいと、イレーネは見て取った。


「それで…、どうかしら。アマロは何かわかった?」

「ジーフリクの事ですね。牢番に金を握らせて聞いたんですけど、アイヴィゴース家の騎士が身代金を持ってきて、すでに解放されてました。どうやら、上層の方で、やりとりが為されていたみたいで、ヘスメン卿には、どうしようもなかったみたいです」

「あげく、人質がいなくなった途端に、侵攻されるなんて。サルザーリテ家の上は、愚か者揃いだわ」


 イレーネの言葉には慨嘆がいたんがある。

 上層部の無能によって、イレーネは、不本意な包囲戦を戦わなければならなかったのだ。その結果、あらたに謝礼金の金貨200枚を得られはしたが。


「結局、ジーフリクの解放と、イチノセが捕まったことには、関連性はないみたいです。どちらも、ほぼ同時期に起こってますから…ジーフリクがイチノセの居場所を教えたとか、そういうことは無いみたいです」


「なるほどね……。それで、私の報告だけど、フンボルトの冒険者ギルドの親方から、話を聞いたわ。以前、レイミアが言ってたように、イチノセについて色々詮索されたみたい」

「捕まえた後で訊かれたんですよね? 捕まえたんなら、もう情報は必要ないのにどうしてでしょう?」

「分からないわ。イチノセが、記憶を失っていることは、前に話したわよね。たぶん、そのあたりに関係しているのではないかと思うのだけれど……」


 もし、イチノセが単に”アゲネの情婦”であったのなら、このようなことをする必要はない。失った記憶に、何かの鍵があるのは、間違いないだろう。


(もし、単なる情婦でないとしたら、イチノセが拷問を受けている可能性もあるわね)

 イレーネには、それが心配であった。


「それと、ウェークトン邸には貴人用の牢が二階にあるらしいわ。一部屋だけで、他にはないみたい。もしかしたら、地下牢に囚われているかもしれないけれど……」

「でも、どっちにしても、ウェークトン邸に入らないと助けられませんけど…。イレーネ様は、どうなさるつもりなんですー?」


 レイミアがそう問うと、イレーネは困った顔をした。


「そうねぇ……。腹案はあるけれど…その前に、二人に聞いてもいいかしら」

「はい…?」

「これまででも十分二人は、役に立ってくれたし、給金もちゃんと支払う。でも、ここからは命を懸けることになるわ。だから、無理に付き合わなくてもいいのよ。どうする?」


 アマロとレイミアは、顔を見合わせた。

 二人は仲がよく、耳長狼のルーシェンと一緒に、何度も一緒に冒険を乗り越えてきた。どうするかは、二人で相談して決めてきたという経緯がある。


 互いに頷くと、イレーネに向き直って言った。

「すでにわたし達は、イレーネ様についていくって決めています。レイミアも、イレーネ様のお陰で、暮らしが成り立つようになったと言っています。

 それに私達にとっても、イチノセは友達です。どうか、助けさせてください」

「ありがとう、アマロ。それに、レイミアとルーシェンも」


 イレーネは深々と頭を下げた。


「作戦の概要を説明するわ。アイヴィゴース家は強大だけれど、こちらにも利点はあるの」


 指を三つ立てて、イレーネは説明を始めた。


「第一に、相手に我々のことを知られていないこと。

 第二に、イチノセを救出するとは誰も思っていないこと。

 第三に……アイヴィゴース家も内情は安定していないということよ。これもギルドのフレイクギル親方に聞いたことだけれど、当主のアゲネに対して、長男のゼノミオが反旗を翻したわ」


 三人と一匹は、静かに相談を重ねていった。


「イチノセが囚われている場所は、地下牢か、二階の貴人牢のどちらかだと思われるわ。救出するために、ポイントは4つ。相手の注意をそらすこと。相手がこちらの動きに気づくのを極力遅くすること。素早くイチノセを確保すること。安全な退路を確保すること。具体的には…」


 ***


 夢を、見ていた。

 イチノセは、静かに体を起こす。

 少し離れたところには、ミンヘル殿下が毛布をかぶって寝椅子で寝ている。


 一応、王族であるミンヘルに気を使って、イチノセは、自分が寝椅子の上で寝る事を提案していた。

 だが、ミンヘル殿下はそれを良しとせず、交互に寝台を使おうと言ってくれたのだ。


 ミンヘル殿下を起こさないように、ゆっくり歩いて水差しをとる。

 陶器の杯に水を満たして、一息に飲んだ。


(あんな夢を見るなんて……考えても、どうしようもないのに)


 現代日本の町並みを、イレーネ師匠と一緒に歩く夢を見たのだ。夢の中の私は銀色の髪をしていて、師匠と楽しげに話をして、ショッピングをしていた。

 とても、幸せで、悲しい夢だった。


(もう、戻れないんだろうな…日本にも、イレーネ師匠との関係も)


 イチノセは、口を両手で覆って、悲しみを隠した。

 師匠は私をいつも気にかけてくれた。優しい声や、傷を癒してくれた温かい手や、作ってくれた料理の味、さらさらと波打つミルクティー色の髪など、ふとした瞬間に思い出してしまうのだ。


 環境が悪いのだろう。何もすることがないゆえに、余計なことを思い出してしまう。一方で、魔術の修練に専念できているのも確かなのだが。


(でも、これで良かったんだ)


 自分のために苦労を掛けるよりも、師匠は師匠の幸せを追ってほしい。

 この時、イチノセは、イレーネとの別れ際のときを思い出していた。


「あなたが大変だということは分かっている。でも、私もあなたを大事に思っていることを忘れないでいて」と言い残して、イレーネは、岩塩窟へと向かったのだった。


 しかし、イチノセは、その言葉を信用しない。

 ”大事に”というところで、一瞬の躊躇ためらいがあったのを見逃さなかったし、そもそもイチノセは言葉より行動で、その人を見極める傾向があった。


 というのも、イチノセの実母は、「愛してる」と簡単に言ったからだ。そのくせ何日も帰らないことすら、頻繁にあった。弟と一緒に、空きっ腹を抱えたことが何度あったことか。

 そういう経験から、イチノセは人を行動で判断するようになったのだ。

 そのイチノセが見るところ、別行動を師匠が提案したのは、自分と距離を置きたいからだと思えたのである。


 アゲネに捕らえられたけれども、これはいい機会だ。

 ここから逃げ出した後も、イレーネ師匠には会わずに、一人で生きていこう。そのうち機会があれば、イレーネに恩返しすることだって出来るだろう。


 ラヴェルヌが言っていたように、誰かの幸せを願うのが愛だとするなら、きっと、ここで縁を切ることも愛なんだろう。

 世界は寒々しいが、私には、その方が性に合っている。


 イチノセは窓の外を眺めた。


 月の位置からして、まだ深夜だ。

 静かに、イチノセはベッドに潜り込んだ。


 ***


 ゼファーの人生を基調づけていた感情は、始めは『軽蔑』であり、次に『恐怖』であった。


 ゼファーは、魔法具を取り扱う商人の娘として、生まれた。

 年をとってから、ようやく生まれた子供であったため、中年の商人夫婦にとっては、まさに宝石といえるものであった。

 両親はゼファーを猫かわいがりし、望むものを何でも買い与えていた。


 娘は、母親に似て美しく、父親に似て利発であった。

 ただ一つ、両親が残念に思ったのは、あまりに利発すぎるせいか、触れられるのを嫌がることであった。

 褒めてやれば喜ぶが、頭をなでてやろうとしても、すっと逃れてしまうのである。あまりに早い親離れに、両親は悲しんだ。

 この頃からゼファーには、巨大な自負心があったのだ。彼女は、両親といえども『軽蔑』した。両親ごときが、私に触れる資格など無いのだ。


 その彼女の転換点は、祖母が死んだことである。

 祖母は老いて死んだ。

 ゼファーは、惰弱だじゃくゆえに死んだのだと思った。外面はともかく、内心では死をいたむことすらしなかったが、その葬式の後、両親が言った言葉に震慄しんりつする。


 両親は、己がいずれ死ぬのだといったのだ。だからこそ、一日一日を精一杯生きなければならないのだよと、教訓を添えて。

 ゼファーは、そのとき初めて、自分が老いて死ぬことを知ったのだ。

 死への恐怖(・・・・・)

 ゼファーは、初めて安らかではない朝を迎える。

 傲慢で、何者をも軽蔑していた少女は、それがゆえに恐怖に取り囲まれた。この私がいずれ老い、やがて死ぬのか……。彼女はその悪夢を幻視した。


 その時から、誰かに気に入られるためではなく、自分自身のために魔術と錬金を学び始めた。

 彼女は不老薬について知っていたし、その先に不死があると信じたのだ。

 『私のような美と智の持ち主が老いるべきでも、死ぬべきでもない』

 これが、ゼファーの信念となった。


 一方で、教会や神は軽蔑した。

 彼らは実際に死んだこともないくせに、死と老いの恐怖から逃れようと、虚構を騙り、信じ込んでいる。

 だが、私は違う。虚構を信じさせることがあっても、私が虚構に溺れることはない。死と老いを乗り越えてみせる。

 ゼファーは、他の誰にでも無く、神にでもなく、自らに誓いを立てた。


 実際、彼女にとって、人間に虚構を信じさせることは、簡単であった。

 そのゼファーの手法の要点を語れば、以下のようになろう。


(人は皆、虚構を信じたがっている。その虚構に、信仰や大義の甘い糖蜜をかけてやれば、それがたとえ毒であっても、簡単にかじりついてくれる)


 人を欺くことは、ゼファーにとって、密やかな愉悦であった。

 人がゼファーの手のひらの上で踊る時の、他者への軽蔑は、常にゼファーの心を慰めるのだった。


 そのゼファーは、今、ゼノミオの騎士団の陣営に居る。

 1万余の軍勢の中にあって、騎士団付きの専属魔術師の地位を、ゼファーは得ていた。


 騎士団の天幕の中で、ゼノミオ騎士団長の仇敵アゲネから、密かに渡された書状を《火種》で焼く。

 その火を見つめながら、ゼファーは、笑った。


(追い詰められた鼠は…天敵の猫にさえ噛み付くというけれど……。フフ、この場合、どっちが鼠で、どっちが猫なのかしらね……)


 葡萄ぶどうの収穫が始まり、冬の密やかな足音に皆が気づき始めた頃、ゼノミオ率いる騎士団は、仇敵アゲネの篭もるフンボルトを包囲下に置いた。

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