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24話『そして人は皆、フンボルトへ集う』・上

今回、地の文が多くなってしまいましたが、楽しんでいただけると嬉しいです。


「いい天気だな! テオ! 我らの門出を祝しているようじゃないか!」

「人質から解放されたのを、門出と表現できるんですかね?」


 呆れたように、従騎士テオが言った。

 確かに、いい天気ではある。秋も深まっているが、太陽は、自分の威光を誇示するかのように、まだまだ暖かい光を投げかけている。

 四人の騎士が、街道に馬を歩かせていた。


「テオも段々と、俺を斟酌しんしゃくしなくなってきたな」


 楽しげに、ジーフリク・アイヴィゴースが言った。

 実際に楽しいのだ。むろん、父アゲネが手を回して身代金を支払い、自分を自由の身にしてくれたこともある。

 だが、本当のところは、自分の道を見つけ出せたかのように思い、それが嬉しいのだった。


「あ、いえ、……すみません」


 従騎士テオが、恐縮する。従騎士は、言ってみれば騎士の弟子である。その上下関係は、この世界(オルゼスール)にあっては厳しいものであった。

 だが、ジーフリクは気分を害したわけではないようだった。


「いやいや、責めているわけではないさ。下手に格式張られるのも、居心地が悪い。うちの家宰なんぞ、格式張った言い方をしつつ、俺をなじる名人だからな」


 そういって、ジーフリクは声を上げて笑った。

 テオは、少々胡散臭げな顔つきで、自分の仕える騎士を見つめた。前から暗い性格ではなかったが、ここ最近は、やけに明るすぎる。


「そういえば、うちの家宰ミゲイラはどうした? こういう時には出張ってきそうなものだが」


 ジーフリクが問いかけた相手は、従騎士テオではなく、身代金を運び、彼らを護衛してきた騎士二人であった。


「はっ! ミゲイラ殿は、今、アゲネ様とともに、フンボルトにおります」

「フンボルト? 我らの故郷テルモットではないのか?」


 ここで、ジーフリクは、初めてアゲネが騎士団を率いて、フンボルトを占領したことを知ったのである。


 さらに、ジーフリクは、自分が解放された経緯けいいも知った。

 呆れたことに、サルザーリテ家の方から、ジーフリクを捕らえているとアイヴィゴース家に連絡があったという。

 そして、アゲネは、身代金を割増することでサルザーリテ家を懐柔して、ジーフリクを早期に解放させたのだという。


「なるほどね。さすが親父殿。見事な手際だ」

「感心しているだけではいけませんぞ。ジーフリク殿。これからは、ご父君の手を煩わせぬように、軽挙は慎んでいただきたい」


 実直そうな見た目の騎士は、その見た目に違わず、実直そのものの口調で、行動を諭した。


「テルモットに一度、戻ろうとも思っていたが……よし。まずは親父殿に会うのが先だろう。その…」

「私の名は、ミシオ・プリレオンと申す」

「プリレオン卿。フンボルトまでは、どのくらいの日数がかかる?」

「さよう…急げば、およそ六日というところでござる」

「じゃあ、十日かけて行こうか。急ぐ旅でもなし。それに、占領したばかりの街に、お邪魔しては親父殿も迷惑であろう」


 そういって、ジーフリクは腕を回した。

 ジーフリクの胸中では、家を離れ、自由に世界を旅して、見聞を広めたいという望みが育ちつつあった。

 確かに、アイヴィゴースの家中騎士であることは、ジーフリクに付き纏う立場である。

 だが、暫くの間、世界を見聞し、自らを高める時間を持つのも良いであろう。


「……ただ、のんびり遊び廻りたいだけに聞こえますが…」


 そう呟いた従騎士テオの言葉は、誰に聞かれることもなく、微風に溶けていった。


 ***


 ジーフリクの兄ゼノミオは、弟のように気楽な立場ではなかった。

 ゼノミオは、騎士団長として、ようやくエンシル城塞の騎士団を掌握し、フンボルトへと足を進めているところだった。


 エンシル城塞の騎士団は、副団長アーリンが兵卒たちを取りまとめて反乱を起こしていたのだが、そのアーリンが決闘の末に討ち取られたことが伝わると、騎士団長たるゼノミオに、あえて逆らおうとするものは居なかった。


 ゼノミオは、つい先日まで、彼らの長であったのだ。

 さしたる困難もなく、皆が従った。

 これで、ゼノミオが手にする兵力は、おおよそ、騎士1600名、歩兵1万2000名であった。歩兵の中には、魔術師も含まれている。


 さらには、騎士支団を治めている副団長のフロクシスおよびヌアルドヴにも、自分の軍に加わるよう書簡を出している。


 兵を起こすには、通常、周囲を納得させるための大義名分が必要である。

 ゼノミオが示した大義名分は、「天下に野心を示した奸臣アゲネを討つ」であった。


『アゲネが、フンボルトを占領したのは、トロウグリフ王家を無視した振る舞いであり、さらに居座っているのは、騎士団を率いて王家を打倒する意志を示したものである。

 ゆえに、王家に仕える騎士団の長として、看過できず、父であるアゲネを討つ』


 このように書いた書状を、方々の貴族諸侯に送り、自らの正当性を主張した。


 当然ながらゼノミオと父アゲネの間には、それ以上の確執があったし、師父アーリンの仇であるともゼノミオは思っている。だが、これはどこまでも私的なことであって、公的な大義名分には成り得なかった。


 また「王室の反逆者を討つ」という大義名分が、ほぼ唯一、父親を討つに、不孝・不義のそしりを受けずに済むものであったという事情もある。


 一方のアゲネは、どうか。先だってのフンボルト戦では、宣戦布告を行っていない。

 その目的が奇襲であったから、アゲネにとっては、当然の振る舞いだったのだが、この時代にあっては、相当な不道徳・非常識な行いであったのだ。


 ゼノミオは、そこを突いた。アゲネは、王家を蝕む奸臣であるのみならず、古式の慣習を蔑ろにした不道徳者であると非難したのである。

 さらに、もしゼノミオの行いに反対するものあれば、アゲネの不道徳に与するものと見なすとも書き連ねた。


 アゲネも負けてはいない。

『ゼノミオは親不孝者であり、王室の名をだしに、自らの正当性を装う不忠者である』などと書いた書状をばらまいていた。


 ほとんどの諸侯は、この二つの書状を手にして、静観を決め込んだ。どちらが勝っても、自分には関わり合いのないことだと思ったし、どちらかにくみして一方から、睨まれてはたまらぬと思ったからである。


 ***


 実の息子から、宣戦布告を受け取ったアゲネは、愉快そうに笑った。


「あの放蕩息子め、この私を討つだと? 少し見ない内に、ずいぶんと冗談がうまくなったものだ」

「しかし、ゼノミオ様は、騎士団を預かる身。未だ旗幟を鮮明にしていないフロクシス様やドアルヌヴ様が、あちらにつけば、なんとします」


 家宰のミゲイラは、顔を青くして尋ねた。

 家宰に求められるのは、家政と行政の能力であって、このような軍事的な出来事は領分ではない。

 行政においては、まずまず優秀なミゲイラも、このような場合には、みっともなくも取り乱してしまうのであった。


「フロクシスにも、ドアルヌヴにも、鼻薬を嗅がせている。あんな大義だけでは、そうそう寝返ることはあるまいよ。それに、あのゼノミオが抱えているのは、騎士団だけに過ぎぬ」

「はい」

「つまり、どこまで言っても地上戦力にすぎぬわ。いかに包囲されようとも、フンボルトは港湾都市だ。いざとなれば、船に軍勢を載せて逃げれば良い」

「あ…。船を大量に作らせていたのは、そのためでしたか!」

「その通りだ。安心したか」

「はい。当主様のご深慮に、このミゲイラ推服いたしました」


 家宰は安心しきった様子で、一礼して居室を出て行った。


 アゲネはワイン瓶を掴み、赤色の酒精を陶器の杯に満たしていく。

 杯を傾けながら領主は、考えに落ち込んでいった。


(ミゲイラには、安心させるために、ああ言ったが……。海に逃げたとて、一時のこと。フンボルトやテルモットを失陥しては、権勢は戻らぬ。それに、アーリンを手にかけたゼノミオは、もはや止まるまい……)


 アゲネは、二瓶目のワインを飲んだ。

 アゲネは酒豪というほどではないが、酒には強い。しかし、これほど飲むのは、酒に逃避している一面があるからだろう。

 自分でそう察するがゆえに、なお腹立たしい。


(問題は、ゼノミオだ。ゼノミオさえ殺せれば、この戦いの趨勢は一気に私に傾く。『暗殺』か、あるいは……)


 アゲネは、ただ一人、誰に相談することもなく、自らの野心のための思索を深めていった。

・戦争の大義名分について

 …高名な軍事学者クラウゼヴィッツは「戦争は政治の一手段である」と述べている。戦争に、なぜ大義名分が必要なのかは、政治の視点から見ると理解しやすい。


 第一に、味方を集め団結させるために、「大義名分」は必要である。

 たとえ、騎士団長や領主であっても、こいつ気に入らないから戦争するというだけでは、味方はついてこない。

 味方を集め団結させるには、義憤を煽り立て、なおかつ利益になると味方に思わせなければならない。


 第二に、中立派を作るために必要である。

 第三国が敵に回らないように、『自分の戦争する理由はこういうことであり、故に、敵は指定する一国のみである』と明言するのだ。

 ゼノミオは、作中において、貴族諸侯に手紙を出して味方になるように要請しているが、これも味方を得るというよりは、敵に回るなと釘を挿していると考えたほうが良い。

 ゼノミオの書簡を受け取りつつ、敵に回れば、お前は王室の反逆者だという非難を受けるのだと、諸侯に釘をさしていたのである。


 第三に、戦後の利益確定のために必要である。

 戦争に勝利後、第三国に横槍を入れられないためにも、大義名分が必要である。

 主張する正義(大義名分)が、第三国にとっても納得がいき、文句が出ないものであれば、第三国も横槍を入れにくくなる。

 アゲネが「教会」を取り込もうとしたのは、作中世界において、騎士伯であるアゲネに、ほぼ唯一掣肘を食らわせられる立場であったからである。

 逆に言えば、教会さえ味方につけてしまえば、他の貴族諸侯は文句をいうことが出来ないのだ。


 大義名分は、戦争に絶対必要というわけではない。

 戦後の国際社会を意識しないでいい場合には、大義名分が薄かったり、まるで無いこともある。

 たとえば、略奪を目的とした騎馬民族の襲撃などは、少なくとも外向けの大義名分は必要ないだろう。

 他にも、日本の歴史で、徳川家康が豊臣家を滅ぼすために持ちだした「方広寺鐘銘事件(鐘の銘にいちゃもんをつけて開戦の理由とした)」は、大義名分としてはかなり薄い。

 だが、それでも成立したのは、日本国内の覇権を決める争いであり、戦後に横槍を入れる存在が、ほぼ居なかったことによる。


 一方で、外向けの大義名分が無かったために失敗した例として、十字軍をあげたいと思う。

 『神がそれを望んでおられる』という言葉は、内向きの大義名分としては、当時のキリスト教社会では大きな力を持っただろう。

 しかし、イスラム教社会に向けての大義名分としては最悪だった。つまり、イスラム教を邪教とみなし、交渉の余地なしと言明していることになるからだ。

 イスラム教社会側としては、自分たちが生き残るために徹底抗戦をしなければならなくなった。

 もし、イスラム教社会側に交渉の余地を残すような大義名分を掲げていれば、十字軍はもう少し成功できたかもしれない。

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