3話『アイヴィゴース家』
この小説における暴力的表現が、これまでの三話より酷くなることは、たぶんありません。
この物語は、娯楽小説を目指してますので、なるべく重くならず、悲しくならないように気をつけています。
涼風も爽やかな夏の午後であった。
騎士団長ゼノミオ・アイヴィゴースは、故郷テルモットの土を、久しぶりに踏んだ。
ゼノミオはかすかな郷愁を感じはしたが、それも一瞬のことだった。ここに来る契機となった『父親』のことを思い出したからだ。
(あんなことをしておいて、あの『父』め、今更、何のつもりだ? )
使いの者は、詳しい話を何も聞かされていなかった。
ゼノミオは短く刈り込んだ頭を軽く振って、胸糞悪くなりそうな気分を追い払う。
考えても仕方がないことだし、さらには、街道の向こうから来た教会騎士の一行が、弟のフォルケルであると気づいたからだ。
「フォルケル!」
「兄上!」
フォルケルは馬を降りて、兄へと駆け寄った。
互いの腕を打ち合わせる。これが、この兄弟のお決まりの挨拶だった。
「壮健そうで何よりだ、フォルケル」
「おかげさまでね。教会騎士として、供回りが付くほどになった。それにしても、兄さんは、でかくなったね?」
ゼノミオは笑った。
「おいおい、吾はもう三十をとうに越えておる。今更、背が伸びたりはせんよ」
フォルケルは笑みを含ませて、頭を振った。
「縦じゃなく、横にさ。ずいぶんと鍛え上げたね。エンシル城塞での活躍も、妹からの手紙で伝わっているよ」
「ああ…。有事に備えて鍛えておくのは、騎士道に適うからな。エンシルの騎士団もそうだが、このごろは…」
言いかけて、ゼノミオは空を睨んだ。大地に影がさしたのに気づいたのだ。
飛竜が、空を遊泳している。
フォルケルが声を潜めて、つぶやいた。
「ずいぶんと…低いところを飛んでいる」
「ああ、ここ最近ずっとだ。獲物を探しているんだろうが、そのせいで領民どもも、外に出たがらない。退治しようにも、空を飛ばれてはな」
「飛竜の卵が孵ったのかもしれないな…」
ありうる話だった。
俗説とは異なり、飛竜は人間に手を出すことはあまりない。人間に手を出せば、反撃があることを知っているからだ。
だが、卵が孵ったとなれば、話は別だ。狩りの出来ぬ子供に餌を与えるために、ワイバーンは人界の街や村を襲う。
かつて王都では、孵ったばかりのワイバーンを調教して、騎獣にしたというが、それももう昔の話だ。
ゼノミオが立ち止まったのは、一瞬のことだった。
すぐに、飛竜には関心をなくしたかのように、往来を歩き始める。飛竜を恐れて、他の人々は蜘蛛の子を散らすように、逃げだしたというのに。
ワイバーンなど、降りて来さえすれば、どうとでもなると言いたげであった。
兄の『剛毅』に誉れあれ。内心にそう思いながら、供回りに、宿で待っているように合図する。
そして、フォルケルも兄の隣を歩いた。
「そういえば、ジーフリクはどうしました?」
「家宰が呼びに行っているはずだ。だが、あやつ、来ないかもしれんな」
ゼノミオは苦笑しつつ、言った。ジーフリクには、どうしても甘くなってしまう自覚がある。出生が出生だからかもしれないが…。
「しょうがない奴だ。だが、気持ちも分からなくはない。あの父親の顔など見たくもないのは、俺も同じだからな。今日だとて、おぬしが来ると分かっていなければ、わざわざ足を運んだりはせぬ」
「しかし、我ら三兄弟に、一堂に会せよとは、いったい何用でしょうか」
「わからぬ…。わからぬが……」
そういって、ゼノミオは逡巡する様子である。
フォルケルは驚いた。兄は常に行動の人であり、思い悩む姿など似つかわしくない。
「飛竜のお陰で、人がばらけたのは都合がいい。今のうちに話しておきたいことがある。身内の恥になることゆえ、他言しないでもらいたいが……」
「無論です。我が剣と聖印にかけて余人には漏らしません」
「うむ。突然だが、フォルケル。妹が、我がエンシル城塞にいることをどう思った?」
「どう、と言われましても。あの父親のもとにいるのが嫌になったからとしか、思いませんでしたが……」
「……実はな、あのアゲネに、妹が、襲われかけたのだ」声を潜めつつ、怒りをにじませて、ゼノミオは言った。
「父に!」
フォルケルは対照的に大声を上げてしまった。到底許せることではない。自分の父が、実の我が娘を手篭めにしようとしたのだ。
声が震えるのがわかった。
「それで、フェドリは……」
「いや、心配ない。家宰が知らせてくれたおかげで、寸前で止めることが出来た。妹も俺の砦で保護している。心配には及ばない」
「フェドリとは、手紙でやりとりをしてきましたが、そんな話は一度も…」
フォルケルは口を噤んだ。益体もないことだ。まさか、そのようなことを手紙に書けるはずもないではないか。
「最近は、時折だが、笑うようにもなった。もし、この後余裕があるなら、顔を見せてやって欲しい」
「それは、むろん」怒りを鎮めきれぬままにフォルケルは聞いた。
「それで父…いや、アゲネは、どうなったのですか?」
「したたかに殴りつけてやった。殺してやろうとも思ったが……親殺しは、神の律法に背くし、騎士道にも悖る」
ゼノミオは、憤りを長い息に変えて、吐き出した。
慌てた様子の家宰に呼ばれ、ゼノミオが、父であり領主であるアゲネの寝室に躍り込んだとき、目に飛び込んだのは、半裸ですすり泣く妹フェデリの姿であった。
ゼノミオは怒りで、目の前が真っ赤になりながら、下卑た顔の醜悪な(血筋の上では父ということになっている)男を殴りつけた。
卓に置かれていた酒瓶が幾つか割れたが、ゼノミオは頓着しなかった。
フェデリに駆け寄り、ベッドのシーツに手を触れる。濡れては…居ない。そこに血はなかった。
安堵の息を吐きだして、ゼノミオは、妹を抱きとめ、家宰に服を持ってこさせた。
「貴様…何をしたのか分かっているな…!?」
「何のことだ? 私が何をしたのか、お前に言えるのか? 自らの父に殴りかかるなど、忘恩の振るまいというものだぞ」
殴り飛ばされたのにもかかわらず、いっそ、飄々としてアゲネは言いのけた。
「貴様…ッ! よくぞ言ったな!」
もともと、ゼノミオは弁舌の男ではない。拳を握りしめ、一歩、一歩、父のもとに近づいていく。先ほどとは異なり、明確な殺意をこめて。
そこに、制止する声があった。
「おやめください!」
家宰が戻ってきていた。ゼノミオの腕を両手で抑え、押しとどめる。
「なぜ、止める!」
「父殺しともなれば、神の定めし律法に反する大罪! アイヴィゴース家一門は、取り潰され、さらには、教会から破門を受けましょう! されば、我らの魂の安寧は、失われまする。フェデリ様のためにもなりませぬ!」
「フェデリのために、この拳を引けというのか…!」
ゼノミオはきつく拳を握りしめた。
この時代、教会の律法に従うことは、美徳というよりも義務であった。
「親殺し」ともなれば、大罪であり、破門された上での死罪が待っている。
破門だけでも、現代でいうところの市民権を失うも同然であり、当然、騎士団長の職も、貴族の爵位も奪われることとなる。
かといって、教会に訴え出ることも出来ぬ。
妹フェドリが、暴行されかけた事は十分な醜聞となる。これが噂されただけでも、フェドリを娶ろうとする者は居なくなるだろう。
情報伝達が発達していないこの時代、人の噂や評判というのは、非常に大きな価値を持っていた。だからこそ、貴族や騎士は、体面や名誉にこだわるし、醜聞を恐れるのだ。
ゆえにゼノミオはその場で、父アゲネを散々に殴りつける以上のことは出来ず、結局は、妹であるフェデリを連れて、故郷テルモットを飛び出すはめになったのだった。
その後、あのアゲネから、何か言われることもなく、またゼノミオも、連絡を取ることはなかった。
それが今、なにゆえに、我ら兄弟を集めるのか。
フォルケルも、気になったらしく、兄ゼノミオに問いかけた。
「にしても、解せません。そのような事があったのだとしたら、どうして兄上を呼ばれたのでしょうか?」
「そうだな、あんなことがあった上に、俺に何かを命じるつもりとも思えぬが…」
家宰ミゲイラが、アイヴィゴース家の城館の門扉の前で、二人を待っていた。
分からぬことを論ずるよりも、まずは事態を知ることだと、ゼノミオは心に整理をつけた。
***
アゲネ・アイヴィゴース。それがゼノミオたちの父親の名前である。
彼は、十年ほど前の王家の継承者争いで上手く立ち回り、王子派、摂政派、領主連合派と、めまぐるしく立場を変えながら、ついには中央半島のセスムサ以南の封土と、騎士伯の称号を手にしたのだった。
誰一人として、彼を尊敬するものも、快く思うものも居ない。
だが、ふと気づけば、そのとき必要な情報、人脈、資金、能力を、アゲネは持っているのである。
どうしても必要なときに、どうしても必要なことが出来る立場にいるのが、アゲネ・アイヴィゴースという男であった。
彼を嫌い抜きながらも、貴族たちは、頼らざるをえない。
アゲネとは、そういう政治的怪物だった。
長男ゼノミオなどに言わせれば、その狡猾さ自体も気に入らない。
だが、何にもまして気に入らぬのが、我々兄弟がその恩恵を受けて、今まで生きてきたことだ。
もしアゲネが、家族を守るために仕方なく立ちまわったのであれば、我ら兄弟は許せたのかもしれない。
なんといっても、貴族社会は華やかな外装を一皮剥けば、中身は権謀術策が渦巻く伏魔殿なのだから。
だが、彼らの父親は、品性劣悪であった。
妹フェデリのことばかりではない。
ゼノミオ・アイヴィゴースは思い出す。
三男のジーフリクが生まれそうなとき、身重の母の産気づく声が、気に障るといって、館から追い出し、厩舎で産ませたのだ!
その間、アゲネは、酒池肉林の宴に興じていたという。
当時、十歳の少年だったゼノミオは、父アゲネに反抗することも出来ず、母親の手を握りながら、館から漏れる明かりを睨みつけていた。
それから、ほどなくして、母は死んだ。
三男のジーフリクを頼むと、ゼノミオに言い残して。
劣悪な環境でのお産が、産後の肥立ちに悪影響を与えたのは、疑いようがなかった。
ゼノミオは怒った。
「父を殺してやりたい」という怒りが、その後の少年の人生を支えた。
そのゼノミオをまがりなりにも救ったのが、老騎士アーリンである。
老騎士は、惑う彼に、騎士道という精神的支柱を与え、彼を立派な騎士として育て上げた。
父親から得られなかった精神的支柱を、ゼノミオは騎士道に求めたのである。
だが、これは、ゼノミオを苦しめる元にもなった。
騎士道に照らすまでもなく、アゲネは悪である。
だが一方で、教会の律法によれば、父親殺しは「大悪」であるし、騎士道においても「主君を敬え、両親のごとく」とある。
ゼノミオは騎士道を奉じるがゆえに、父の不道徳を許すことが出来ない。同時に、『父殺し』という不道徳を犯すわけにもいかなかった。
若年のころは力不足によって、成年してからは道徳によって、ゼノミオは父を打ち倒すことが果たせずにいた。
***
末弟を欠いた三兄弟は、家宰に案内され、父親の待つ部屋へと通された。部屋の調度品は豪華だが、個性が感じられない。虚飾で威圧するよりも、安心感を与えて相手の隙を作るのが、アゲネのやり方なのだろう。
フォルケルは、数年ぶりに、父親の顔を見た。
かつてより老いたということもなく、より醜悪な顔になったと思えた。
事前にあの話をされていたからかもしれないが……。
父親は、最初から尊大だった。
「三男は来ておらんのか?」
「さあな、知らぬ」
ゼノミオの返答も短い。互いに、嫌い合っているのだ。
フォルケルも父親は嫌いだが、兄ほどではない。そのため、幾分、冷静に二人を眺めることができた。
「まぁいい。 座れ。私は、この度、サルザーリテ家の所領を攻め取ることにした。ついては、ゼノミオが先陣を切れ」
「馬鹿な。俺が貴様に手を貸すとでも? 何を話すかと思えば、下らぬことを」
父は少なくとも、表面上は、長男の言い草を無視した。
次男に向き直って言う。
「次男坊のフォルケルよ。お前には、教会への仲介を頼みたい。すでに司教は抱き込んであるが…反対派の監視も兼ねて必要だ」
フォルケルは、幾分か冷静に尋ねた。
「どうして、所領を欲するのですか?」
「あの場所からは、岩塩が採れる。司教…というより、教会は塩の専売で儲けているが、コモーポリの岩塩のせいで、値段を釣り上げられずに困っているらしい。それで、我らが彼らの問題を解決してやろうというのだ」
「そうは言っても、教会はともかく、王都が黙っていないのでは?」
「領主連合派は、王都周辺しか実効支配しておらん。いい目を見るのは、王都近辺のみということもあって、ここらの辺境には目が届かぬ。心配は無用だ」
「ふざけるな!」
ゼノミオが机を荒々しく叩いた。
「我欲で、何の罪もない領邦を攻めるのか! 貴様の言葉のどこに、正義がある?」
「正義など、この世にあるか! そんなものは、勝者につく箔付けに過ぎぬ。所詮、この世は『利』で動く。未だ、そんなことも分からぬのか!」
アゲネは怒鳴ったが、ゼノミオも負けてはいない。
「正義なくして、国が成り立つか! 貴族が正義を行うからこそ、民草は従うのだ! 正義なくして、利を求める事こそ、神の御心に適わぬ行いではないか!」
「ハッ! あいにく、私は、神を見たこともないのでな」
一転して、嘲弄するようにアゲネは言った。
「貴様…ッ!」
「育ててやった恩を忘れるなよ、ゼノミオ。お前が、若くして騎士団長になれたのも、私の力あってのこと。家督を、お前に継がせずともよいのだぞ」
「貴様に育ててもらった覚えはない!」
「フゥー…。跳ねっ返りの長男にも困ったものだな」
そういって、アゲネは次男を見た。
「フォルケル。お前も恩を忘れるなよ。教会騎士団で、千兵長になれたのも、私がせっせと献金をしていたからだ。お前がよく働くのならば、この司教区の副団長にしてやってもいい」
「フォルケル! 耳を貸すな。こいつは、こうやって足元を見る人間だ」
「……」
「なんだ? もしや、ゼノミオに、なにか吹きこまれたのか? 言っておくが、ゼノミオは私を憎むあまり、デタラメをよく吹聴しているとのことだぞ?」
フォルケルは表情を隠して、首肯した。
「わかりました。司教が、教会騎士団の副団長にしてくれるとあれば、私は、教会内部の掌握に努めましょう」
「フォルケル! こいつの言うことを信じるのか!」
「兄上、今、私達が反対したところで、事態はもはや止まりません。であれば、家として利になることをすべきかと」
「上々だ。フォルケルは親子の絆、君臣の義を良くわかっておる。……ゼノミオよ、どうしても嫌だというなら、アイヴィゴース騎士団長の任を解くまでだ。だが、お前の庇護が無くなると、困る者も居るのではないかね?」
フォルケルは気づいた。
(……フェデリのことだ)
庇護が無くなって困る者とは、妹フェデリのことであろう。而して、どうやら兄の言葉の方が正しいらしい。
だが、フォルケルにも野心がある。
「騎士団は、俺のものだ。今更、他のものが統率できるものか!」
ゼノミオは歯を食いしばって、言った。
押さえつけた怒りも、限界に達しようとしていた。
「アゲネ閣下」
そこに、澄明な声がかけられた。この場に似つかわしくない淑女の声だ。
フォルケルが振り返ると、そこには、黒髪を綺麗に結い上げた魔術師風の女性が立っていた。
家宰が案内していた時には、居なかったはずだ。
いつの間にあらわれたのか。
「『銀色の髪の乙女』についても、お話ください」
黒髪の魔術師はそういった。
一体何者なのか。
ゼノミオも、不意を打たれている。
アゲネは「そうだな」と頷くと、息子達に告げた。
「もう一つ。女を探している。年の頃は15ほどの銀色の髪をした乙女だ。もし、その者を見つけたら捕縛してくれ」
「逃げられた情婦か?」
「話す必要はない。とにかく、探しておけ。ミゲイラ! 話は終わった。玄関まで息子を送ってやれ」
家宰ミゲイラは、父子双方に気遣わしい視線を投げかけたが何も言わず、ゼノミオたちを送り出した。
黒髪の女魔術師は、残るようであった。
***
「よろしかったのですか?」
兄弟が退出した後で、居残った女魔術師はアゲネに問いかけた。
「あのような言い方では、ゼノミオ様も納得されますまいに」
「よい。今回の会談は、最終確認に過ぎぬ。ゼノミオのやつめ、騎士団長の地位は大事だが、家督はどうでもよいらしい。我が長男ながら、操りにくい奴になったことよ」
アゲネは杯を傾けて、水を飲み干した。
「だが、それならそれで、如何ようにもできる。それに、フォルケルや、ジーフリクならば、私の手駒として存分に働いてくれよう」
「そのようですね」
魔術師は相槌を打ちつつ、水差しを手にとって、アゲネの杯に水を注いだ。
「むろん、ゼファー殿の件も忘れてはおらぬ。だが、そのためには、私に力を貸してもらわねばならぬぞ」
「ええ。分かっておりますわ」
ゼファーと呼ばれた魔術師は、艶やかに微笑んだ。
***
ゼノミオ達は、二人とも押し黙ったまま、しばらく並んで歩いていた。
口火を切ったのは、フォルケルの方だった。
「兄上は、どうなさるおつもりですか?」
「……」
兄は黙っている時のほうが、怒り狂っているよりも恐ろしいと、フォルケルは思う。猛獣が身をかがめて、飛びかかる前のような張り詰めた緊張感があるのだ。
フォルケルにも野心はある。
教会の門をくぐり、教会騎士団に入ったのも、世俗の立場では、自らの権勢は長男を越えられぬと察したからだ。
フォルケルの振る舞いは柔和であるが、内面は、けっして柔弱ではない。
(父が私を利用するというのならば、私も利用するまでだ…!)
実家の権勢と資金を背景に、フォルケルは、教会騎士団内の地位を駆け登るつもりでいた。
そのためにも、今回の戦闘は、うまくやり通さねばならぬ。そして、戦闘の成否は、兄ゼノミオと騎士団にかかっている。
フォルケルの方からも、兄に発破をかけるべきだと、彼は思案した。
「兄上……。今回のことは、業腹でしょうが…フェデリのためにも、目の前のことに集中したほうが良いかと」
ようやく兄は口を開いたが、話したのは全く別の事柄であった。
「父が最後に言っていただろう。『銀色の髪の乙女』を探せと。なぜ、探しているのだ?」
思いがけぬ言葉に、フォルケルは一瞬、反応が遅れた。
「え? さて…。やはり情婦なのではありませんか? あの父が、女を探すとなれば、そのくらいしか思いつきませんが…」
「あいつは、取り繕う必要のないところでは、取り繕うことをしない男だ。情婦ならば、そう言うだろう。わざわざ濁す意味がわからぬ」
兄はそう言ったきり、押し黙ってしまった。
フォルケルは不思議そうに、ゼノミオを見つめた。「どうでもよい事」にしか、彼には思えなかった。
・飛竜
…竜のモンスター。とさかのような一本角をもち、二本足と皮膜の翼をもつ。ずんぐりとした頭部がチャームポイント。
馬や牛、魔物を上空から見つけ、急降下して襲う。空を飛ぶ鳥には、怪音のブレスを吐いて平衡感覚を失わせたり、失神させたりして攻撃する。
数多く居るモンスターの中でも、食物連鎖の上位にいる。そのためか、この国の王家の象徴でもある。