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22話『岩塩窟の攻防戦』・上

 十三日もの間、激烈ではあるが、単調な攻撃を騎士団は続けていた。

 その単調さが、リェンホーには気に入らない。


「てめぇら、チンタラしてるんじゃねぇ! 走れ!!」

 リェンホーが怒号する。


 気に入らないのは、岩塩窟を守る冒険者や兵卒たちに、馴れが出てきていることだ。

 夜襲の可能性ありと伝えてはいるが、その様子が全くなければ、どうしても人は緊張感を保てない。

『霧の魔女』さまから授けられた策があるにはあるが、リェンホーは、万全の自信は持てそうになかった。


 リェンホーは、連絡係をしている冒険者を捕まえ、霧の魔女への伝言を頼んだ。

「おい、あんた……アマロ。 『霧の魔女』様に、『そろそろダレてきてる』と伝えてくれい」


 連絡係の冒険者アマロ・ヴォーンは、駆けて『霧の魔女』イレーネに、リェンホーの言葉を伝えた。


「そう…『ダレてきている』ね……」

「あの…イレーネ様。どういう意味なんでしょう?」

「いえ、そのままの意味よ。皆、緊張感が薄れてきているでしょう?」

「はぁ…」


 アマロは、曖昧に頷いた。確かにそうかもしれないが、それが何だというのか。

「そろそろ状況が動き出す頃合いね」


 イレーネは、机の端を指で叩いた。


「ねぇ、アマロ。籠城戦を今、戦っているわけだけど、この状況どうやったら、打開できるかしら?」

「え? ええと…。やっぱり、皆で力を合わせて、頑張るしか無いんじゃないでしょうか?」

「まぁ、そうなんだけど……。いえ、お仕事の邪魔をしちゃったわね。ありがとう。それと、水の備蓄がどれくらいあるか、確認してきてくれる?」

「はい」


 アマロが去った後、イレーネは、密かに溜息をついた。

 イチノセならば、もう少し実のある返答をしただろう。いや、アマロが普通なのだ。戦略について聞かれて、すらすらと答えることができる人間など、たとえ貴族でも珍しい。

 それを、あの風変わりなプラチナ・ブロンドの少女は、事も無げにやってしまうのだ。


(あの子に会いたい……)


 知らず知らずのうちに、イレーネは、イチノセとの会話に頼っていたらしい。

 イチノセと相談することが出来ず、イレーネは、これからどうすべきか、今ひとつ判断がつきかねた。


 港湾都市フンボルトの戦争も、どうなっているのか、ここでは判断がつかない。


「イチノセ…無事でいてよ……」


 ここを抜け出す訳にはいかない以上、ここの戦闘を早く終わらせることに全力を尽くさねばならない。

 どうするか、考える必要があった。


 ***


 一方、アイヴィゴース騎士ヤゴンは、従軍魔術師フェリアンの勧めに従い、意図的に攻撃の手を緩めていた。

 精兵50人を《羽の浮遊》の魔術によって、崖上から降下させて、岩塩窟の背後を突く。これが大まかな作戦であった。

 うまく降下した後は、糧食庫を焼き払い、門を開け放たせる。しかし、失敗すれば死が待っている。決死隊であった。


 さらに、魔術師フェリアンの実力では、《羽の浮遊》を一度に、50人にかけることは出来ない。体にかかる重さを半分程度にしたうえで、休憩をはさみつつ、五回に分けて、魔術をかけなければならなかった。

 決死隊志願者には、何度か実地訓練を行っている。


 これだけの苦労を重ね、時間をかけただけあって、崖からの降下は、うまく出来るようになった。

 しかも、目に見えて、岩塩窟側の守兵たちは、緊張感を欠いている。


 今こそ、決行の時だ。

 そう進言するフェリアンの勧めを容れて、ヤゴンは、野営陣地にて、演説を行った。

「勇士諸君! とうとう今宵、作戦を決行する。決死隊が、背後を突き、同時に、我が全軍をもって、波状攻撃を行う。陥落せしめた時は、三日間の略奪を許す! アイヴィゴース騎士団に誉れあれ!」


「アイヴィゴース騎士団に誉れあれ!」

 兵卒達が唱和する。


 軍勢が、闇夜に紛れて行動する。音を立てないために、金属鎧には細かく布をかませていた。

 夜を選び、ちょうど、月も細い。


 決死隊は、誰一人無言のままに、眼下にある岩塩窟を目指して、崖を滑り落ちていく。

 彼らの中に騎士はいない。ミスリル鎧を着た騎士には、《羽の浮遊》が効かないからだ。そのほとんどは、雇われた冒険者達である。

 革鎧を着けた決死隊は問題なく、岩塩窟の裏に回ったかに思えた。


 《光明》


 だが、まばゆい光が辺りを照らす。

 闇に潜まんとしていた決死隊の姿が暴き出される。


「愚か者め!」


 岩塩窟の城代騎士ヘスメンが、大声で言った。


「お主らが、夜襲をすることなど、とうにお見通しよ! わざわざ、緊張が緩んだように見せかけ、誘いをかけたのだ!」


 これは、イレーネの策であった。

『ダレてきた』と報告を受けたイレーネは、わざと夜勤の者に、手を抜く演技をさせたのである。

 こうすることで敵の夜襲を誘い、罠にはめるのと同時に、さらには「夜襲を誘う」と味方に言明することで、もう一度、気を引き締めさせたのであった。


 ヘスメン卿は、さも自分の手柄のように呼ばわったが、これも、イレーネの承知するところだ。

 頼りになる指導者リーダーと思われることは、戦いの上で無視できない力をもたらす。そのことをイレーネは知っていたし、また、イレーネは客分であるという事情もあった。


吶喊とっかん!」


 ヘスメンが号令すると、矢の雨に続いて、影に隠れ待機していた冒険者・守兵・民兵達が、刃を閃かせて突撃する。

 決死隊も精兵揃いであるが、《羽の浮遊》によって体重が減じた状態にある。思うように、剣を振り回すことが出来なかった。


 このときの魔術の光は、アイヴィゴースの本隊からも見えていた。

 察知されたらしいことは分かったが、彼らは次の行動に移せなかった。魔術師フェリアンも、騎士ヤゴンも、失敗した時のことを考慮していなかったのである。


「ど、どうしましょう……」

 フェリアンが、気弱げに言う。


「『どうしましょう』だと! 成功確実だと言ったのは、フェリアン、貴様ではないか!」


 怒鳴りつけたヤゴンであったが、このまま座視するわけにも行かぬ。

 ややあってから、指令を発した。


「全軍! 決死隊を救うぞ!! 内と外から、挟み撃って、奴らを根絶やしにしてやれ!!」


 内からは決死隊が、外からは本隊が、威嚇の声をあげながら、襲いかかった。

 ヘスメンは、なにもかもお見通しのように言っていたが、そうではない。

 夜襲は察知していたが、決死隊が、岩塩窟の背後にある絶壁を降りてくるとは、想定していなかったのだ。


「まずは、急を救う!」

 イレーネは、そう麾下きかに告げると、手勢を率いて決死隊を迎え撃った。


 《鏡像のロンド》


 イレーネの幻影が、複数生まれ、本人を取り囲む。

 幻影に攻撃能力はないが、敵への目眩ましになる。一端いっぱしの魔術師ならば、誰もが使う効果的な魔術だった。


 《追尾する雷霆のクォーラル》


 雷撃の矢が、多数生み出され、的を外すこと無く敵に当たる。雷撃の矢は、扱いが難しいが、敵の動作を止める効果がある。

 そのまま、イレーネは敵中へ躍り込み、腰の入っていない刃を交わしながら、雷撃の矢を当てていく。


「さすが、『霧の魔女』様だ!!」


 リェンホーも両手持ちの槌を振るって、決死隊をなぎ倒す。人の頭ほどもある槌の強力な一撃が敵の胴体にあたると、鎧をも突き破って、絶命せしめるのだ。


 イレーネが《雷霆のクォーラル》で痺れさせ、リェンホーが重い一撃で、敵にとどめを刺す。

 この二人は戦場で、意外にも、良き戦友であった。


 もともと決死隊は、夜襲がばれたことで心理的に追い詰められている。その上、《羽の浮遊》によって、思うように体を動かせないことも災いした。

 50人という岩塩窟にとって多勢な戦力も、降下を一度に行わなかったせいで、足並み揃えて戦うことは出来ず、それぞれに撃破されていった。


 内では、岩塩窟の戦力が優勢だった。では、外ではどうか。


 外では、アイヴィゴースの本隊700人ほどが、勇猛果敢に攻め立てていた。対する岩塩窟側も、応戦するものの反撃は弱かった。

 士気の問題ではない。数の問題であった。


 岩塩窟の擁する兵力は200人ほどだが、このとき内の決死隊の対応に追われて、その半分ほどしか守りにつけていなかった。

 さらに、アイヴィゴース側は数の多さを生かしている。疲れたり傷ついた兵士を下がらせ、体力を回復した兵士を前線に送り込むという波状攻撃を、行っていた。

 対する岩塩窟には、余剰兵力はない。誰もが休まずに、奮闘せざるを得なかった。


 アイヴィゴース騎士団は、すでに埋められた空堀を進み、防柵に投げ鈎を引っ掛け、押し倒そうとする。

 油断させるために、単調な攻撃を行っていた以前とは違う。今こそ正念場である。騎士団の意気は軒昂けんこうであった。


 ヘスメン卿が、その様を見ていた。声を張り上げ、兵士たちを激励しながら、戦機をうかがう。

 事実上の軍師であるイレーネが、内にいる決死隊にかかりきりになっている今、城代騎士である自分がその機を見極めなければならない。


「イレーネ殿!!」

 ヘスメンは、イレーネに駆け寄った。


「決死隊はこちらで引き受けます! イレーネ殿は、背後に!!」

「わかった!」


 イレーネは、麾下の精兵を集めた。リェンホーを筆頭とする精兵たちだ。魔術や闘気法に長けた者達である。

 数は50人。

 イレーネの手勢は、岩塩の洞窟へと潜っていった。


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