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19話『虚実』・下

魔術師ゼファーは艶然と微笑みながら、アゲネを出迎えた。

アゲネはゼファーと相対する時、顔には出さないが、どこか緊張を感じる。

最初はどこにでもいる旅の魔術師だと思っていたのだが、だんだんとアゲネは、ゼファーに底知れぬものを感じ始めていた。


「よく来てくれたな、ゼファー殿。どうなされた?」

「そのことですが……」


そう言って、ゼファーは意味ありげに黙った。

アゲネはすぐに気づいて、人払いをする。部屋の扉は閉められ、二人きりとなった。


「アイヴィゴースの騎士団長ゼノミオが、騎士のみを率いて、こちらに向かっておりますわ」

「なに? いつ到着する?」

「おそらく明日の正午には、フンボルトにつくでしょう」


「正午か……。一日遅れれば、尻に食いつかれるところだったな……」

「申し訳ありません。ゼノミオ様を誘導することも、押しとどめることも出来ませんでしたわ」

そう言って、ゼファーは頭を下げた。


「いや騎士は、攻城戦には不向きな兵種。もともと、根拠地であるエンシル城塞から切り離したところで、ゼノミオ軍を撃滅する予定だったのだ。これほど素早いとは思ってなかったが、計画が前倒しになったに過ぎぬよ」

「ゼノミオ様は、御身のご子息では? よろしいのですか?」

「ハッ! 親の言うことを聞けぬ子供など、いても仕様がないわ!」


吐き捨てるようにして言う。


「騎士団を鍛えあげるのに有用であったから、生かしておいたが、これ以上はアイヴィゴース家にとって害しか為さぬ。ゼノミオは成長した毒麦よ。今こそ、刈り取る絶好の機会というわけだ」


アゲネは扉を開けて、近場に居た騎士に来襲の報を伝え、陣中に残った兵をフンボルトに収容するように指示した。


「ゼファー殿は、すぐさまエンシル城塞へと戻り、アーリンを教唆きょうさして守りを固めてくれ。後の指令は追って出す」

「わかりました」


一礼して、立ち去ろうとするゼファーを、アゲネは呼び止めた。


「ゼファー殿。不死の鍵を握るという乙女だが……」

「痕跡を見つけられましたか?」

「いや、まだだ。だが、不死の鍵を握るとは、どういう意味だ。その乙女は何かを知っているのか?」

「いいえ。知識は問題ではありませんわ。言うなれば、その者の精神こそが、重要なのです」


そう言い残して、ゼファーは身を翻して去っていった。

これ以上聞くと、ゼファーは疑心を抱くかもしれぬ。アゲネは、再度呼び止める機を失った。

入れ替わりに、家宰であるミゲイラが部屋へと入ってくる。

そして、いくつかの報告を終えた後に、声を潜めて忠言ちゅうげんを述べた。


「アゲネ様。私は、やはり、あの魔術師を信用できませぬ。『不死』などと……出来もせぬことを吹聴して、金をかすめ取る詐欺師ではありますまいか」

「フ…。私もそう思わないではない。だが、実によく働いてくれている。たとえ『不死』がペテンだとしても、利用する価値はあろう」


実際、アゲネも『不死』については、疑いを持っている。だが、『銀色の髪の乙女』が実際に存在していたこと。それに、イチノセとゼファーの言葉に、今のところ矛盾がないことで、アゲネの心の天秤は、信じる方に傾いていた。


『不老薬』を飲んでも、老いが緩やかになるだけだ。死は免れ得ない。

だが『不死の秘術』ならば、不老薬を飲まずとも、永遠の命が得られるのだと、ゼファーは言う。

しかし、かといって、ゼファーが素直に『不死の秘術』をかけるとは、アゲネは思っていなかった。

彼にとって人を信じられるのは、恫喝どうかつする材料があるときか、欲に目をくらませられるときのみであった。

そして、ゼファーは、そのどちらでもないのだ。


(どうにかして、あのイチノセという少女を、操りたいものだ……)

詳しくは訊けなかったが、あの『銀色の髪の乙女』だけでも『不死の秘術』をかけられるようだ。

ならば少女を操って、不死の秘術を使わせたい。

アゲネは、そう考えていた。


***


イチノセは、冷たい石床に叩きつけられて、目を覚ました。

看守に放り投げられたのだ。

冷たい音がして、鉄格子の扉が、次いで木製の扉が閉じられる。看守が去っていく後ろ姿をイチノセは、見守るしか無かった。


「睡眠薬を盛られたのか。あのワインの杯に細工がされていたに違いない」


イチノセは舌打ちした。体が重力にひかれているのを感じる。目蓋まぶたもだ。睡眠薬の影響が残っていて、気を張っていなければ意識を手放してしまいそうだ。

服装は乱れておらず、サテンのドレス姿のままだった。眠っていたのは、長い時間ではなかったらしい。

真珠の髪飾りも首飾りも、そのままである。


なんとまぁ、油断したことか。だが、何もされなかったということは、あのハッタリが効いているということであろう。


(それにしても…)


イチノセは首を巡らせた。

石造りの牢屋は底冷えがするが、簡素ながらベッドもあるし、暖炉も備え付けられていた。

調度品もそれなりの物が備え付けられていて、チェストの上に、水差しまで置かれている。


(牢屋にしては、悪くない……岩塩窟にもあった『貴人用の牢』か……)


「やれやれ……。眠ってしまって、この部屋がどの辺りにあるのか分からないのが辛いね……」


「ここは、城館の二階だ」


不意に声がかけられた。

肌が白く、額が秀でた男がいる。年の頃は若く、20歳を下回るだろう。

豪華な絹服に身を包んでいるところを見ると、高貴な身分だろうか。線が細すぎて、白面の貴公子というには、少々、繊弱せんじゃくすぎる印象がある。


「あなたは?」

「余は、ミンヘル・トロウグリフ。ここに保護という名目で、監禁されている」

「あー…。私は、イチノセ。…たぶん尋問のために、監禁されたんだと思う。けど、どういう事だ…。なぜ、牢に二人も入れているんだろう?」

「牢といっても貴人用だからね。そういう場所は、貴族の屋敷にも数あるわけじゃない。あるいは……なんらかの醜聞を狙っているかもしれないな」

「醜聞ね……」


イチノセは、この状況が醜聞になるとしたら、何だろうと考えてみたが、思い浮かばなかった。この世界での道徳基準について、イチノセは、まだ詳しくはない。


「どういうのが、醜聞になりそうなんだ?」

「わからない。ここに来てから、いや、王都を離れた時から、余のあずかり知らぬところでばかり、物事が進んでいく」

「ふむ…。どうして、ここに監禁されたのかもわからない?」

「それは……王族だからだろう。だが、王子だからといって、王都の領主連合の連中が、素直に身代金を払うかどうか……」


そういって、王族であるらしい青年は、溜息をついた。

なにもかも諦めてしまったように、声に熱がない。どうとでもなれと思っているようだった。


「王族ねぇ……。それが本当なら、身代金目的じゃないよ。たぶん、ミンヘル殿下を押し立てて、この国の覇権を狙うつもりだろうね」


ミンヘルは、うつむいていた顔を上げた。興味を惹かれたようだ。


「なぜ、分かる?」

「その前に、一つ聞かせて欲しい。 ミンヘル殿下はずっと、この牢に居たの?」

「いや、ここに来たのは、つい先程だ。それまでは、馬車に閉じ込められていたし、その前は、またどこか別の屋敷にいた」

「ふむ。外のことを知らされていないのなら無理もないけれど、ここは港湾都市フンボルト。今はアイヴィゴース騎士団が、ここを占拠している」

「なんだって? 余が知らぬうちに、そんなことが…」


「これは私の考えだけど……、ミンヘル殿下を王様に祭りあげて、他の貴族たちを糾合きゅうごうして、王都に攻め上るつもりじゃないかな? もちろん、ミンヘル陛下は傀儡かいらいで、アゲネが実権を握る形で」

「……」

「今、ミンヘル殿下がいることを明らかにしていないのは、時機を待っているんだろうね」

「けっきょく、余は、利用されるだけの存在なのか……」

「悟りきったことを言うようだけど、所詮この世は、利用され利用しあうもの。嘆いている暇があるなら、事態を改善する努力をしなくちゃ…」


言いながら、イチノセは寝台に這い上がって、横になった。


「色々話も聞きたいし、脱獄もしたいけれど、薬の影響で眠くてたまらないんだ。すこし眠らせてもらう……誰か来そうなら、すぐに起こして。あと、醜聞になりそうなことは、やめてほしい…」


そういって、イチノセは眠りへと滑り落ちていった。


・トロウグリフ王家

 …物語の舞台であるミノシア王国を治める王家。その象徴として飛竜がある。

 統一帝国が崩壊した後の混乱の時代に幕を下ろし、これまで約四百年の安寧を国にもたらしてきた。

 

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