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18話『This is war』・下

 小悪党のオルタモルは、『銀髪の乙女』への報復を諦めた後、なんとなしに街をぶらついていた。


 もともと飯の種を探しに、フンボルトの冒険者ギルドへと寄るつもりだったのである。

 ギルドに行かなければ、何をしにフンボルトに来たのかわからない。

 だが、『銀髪の乙女』と鉢合わせするのは、いかにも恐ろしかった。


 要するにオルタモルは、時間を潰すために、街を歩き回っていたのである。


 そして、このときオルタモルが、軍使ヘラルドを目撃しなければ、これ以上『銀髪の乙女』に関わることはなかったであろう。

 そのほうが、彼の人生にとって平穏だったかもしれない。

 だが、その機会は逸してしまっていた。


 立派な外套を着た軍使が、普段は訪れない場所…冒険者ギルドの方へと向かっていくのを見かけたのだ。

 珍しいこともあるものだと、オルタモルが目で追っていると、ほどなく『銀髪の乙女』と魔術師風の女が、ギルドから出てきたのである。


 しかも、足早に、逃げるように。


(こいつぁ…なにかあるぜ)


 その様子に興味を惹かれ、オルタモルは、なんとなしに尾行を再開することとなった。


 やってきたのは、繁華街だった。それも娼婦たちが住む区画である。

 オルタモルには、理解が出来ない。

 男ならばわかるが、女がここに来る用事など無いはずだ。冒険者が娼婦の真似事をするのも、考えにくい。


 オルタモルはひとしきり思案した挙句、ここでしばらく見張ることにした。

 さすがに市場通りとは異なり、ここでは目立つ。


 なにやら騒いでいたが、しばらくすると、あの『銀髪の乙女』が、魔術を使って飛び上がり、屋根に登った。

 それで辺りを監視するようである。


(これは、いけねぇ…)


 オルタモルは、あの恐ろしい少女が、自分を探していると思い込んでしまった。

 見つからぬように、身を翻し、そそくさと路地に隠れる。


(飯の種を探しにフンボルトまで来たが……)


 冒険者ギルドには、軍使が訪れて厄介事の臭いがするし、あの少女は自分を探そうとしている。


(ここは、さっさとフンボルトから、逃げ出したほうがいいぜ)と、オルタモルは決心して、足を城門へと向けた。


 だが、この時点ですでに、戦闘が開始されていたのだ。

 城門がある方角から、鬨の声が響き、次いで悲鳴が上がる。城門が開かれ、アイヴィゴース騎士団が乗り込んでくる。

 馬蹄のとどろきが禍々しさを伴って、こちらに迫ってきていた。


(ま、まずい。冒険者の恰好をした俺は、真っ先に狙われちまう!)


 オルタモルは慌てふためいて、一目散に逃げ出した。

 しかし、この時、むしろオルタモルは平然とすべきだったのだ。アイヴィゴース騎士団にも、冒険者を傭兵として多数雇っている。だが、その一人一人を把握してなどいない。

 平然としていれば、敵とは見做みなされずに済んだであろう。


 結果として、オルタモルは追われることになった。

 騎士の長剣を二度、避けたのは、幸運と呼べるかどうか。

 オルタモルに斬りつけてきた騎士は、意固地になったらしい。嗜虐的な唸り声をあげて、剣を振り回しつつ、どこまでも追ってきた。


 革鎧では、騎士の長剣を防ぐことは出来ない。ましてや、オルタモルには闘気法の心得もなければ、立ち向かう勇気もなかった。


「も、もう勘弁してくれぇええ!」


 オルタモルはみっともなく叫び、逃げ惑う。

 だが、そんなことで攻撃の手を緩める騎士は居ない。倒れ伏したオルタモルの目に、無言で剣を振りかぶる騎士が映る。


 刹那、無我夢中に発した叫び声が、彼を救うことになった。


「ま、待て! 俺は、『銀髪の乙女』を知っているぞ! 俺を殺したら、ば、場所がわからないぞ!!」


 この言葉を聞きとがめたものがいる。百人兵長の一人、クォルバンである。彼は、アゲネから『銀色の髪の乙女』について聞いていた。


 オルタモルに迫り来る長剣が、百人兵長クォルバンの剣の一閃で受け止められた。

「貴様、なぜ『銀色の髪の乙女』のことを知っている?」


 目の前にギラつく刃を見ながら、オルタモルは、自分が賭けに勝ったことを知った。


 ***


 百人兵長は、その名の通り、百人の兵を取りまとめる資格を持つ。

 ただし、資格を持つというだけであって、実際に百人の部下がいるわけではない。箔付けのために乱発されることも多く、四万を擁する騎士団に、百人兵長が1000人以上いるという事例もあった。


 クォルバンも、実際に率いるのは、50人強である。

 だが、これで、千人兵長に昇進できるかも知れない。クォルバンはそのように思いながら、主君であるアゲネに謁見した。

 隣には、『銀色の髪の乙女』を知るという冒険者オルタモルを伴っている。


 主君アゲネは、数刻前にはウェークトン家のものであった城館の謁見室で、機嫌よく彼らを迎えた。


 クォルバンからあらかたの報告を聞いた後、アゲネは顎をなでた。


「そうか。『銀色の髪の乙女』がいたか」


 そういって、しばし沈黙する。


「それで、奇妙なわざを使うと?」


 オルタモルに問いかける。


「へ、へぇ。最初はきれいな娘っ子にしか、見えませんでしたが、オーガを操ったり、空を飛んだりと、恐ろしい魔術師でして……」

「馬鹿。魔物を操る術など、あるわけがないではないか」


 百人兵長のクォルバンは、叱咤した。魔物を操作する業は、400年以上前に失われた伝説上のものだ。いわば、お伽話である。

 だがアゲネは、オルタモルの愚かな言葉に笑いも呆れもしなかった。


「いや、クォルバン卿。そのように叱りつけては、萎縮いしゅくして話せることも話せなくなるだろう。…オルタモルとやら。詳しく話してくれるな?」


 ここに来るまで、オルタモルは褒美をもらってやると内心、息巻いていたのだ。だが、今や、威にうたれて、平身低頭するばかりである。

 彼のような無頼にとって、貴族というのは雲の上の人である。

 凝り固まった封建の世にあって、地位と権威は見えざる重石となって、彼の頭を下げさせたのだった。


 オルタモルは、洗いざらい全てを話した。銀髪の乙女がオーガを操ったこと、炎を纏っていたこと、そして、自分に気がついたように、屋根に空を飛んで登り、辺りを見回したことなどである。


 それを黙って、アゲネは聞いていた。

 そして、ひとしきり聞き終える頃には、陣の外では太陽が沈み、光の名残を残すばかりとなっている。


「ともかくも、その乙女を捕まえなければ始まらんな。クォルバン。この冒険者を伴って、『銀色の髪の乙女』を捕まえてこい。殺さずに捕らえろ。そうすれば、褒美は思いのままだぞ……」


 ***


『銀色の髪の乙女』イチノセは、ミスを犯した。

 ミスリルの短剣を用いれば、魔法陣を一つ構築するのは、十秒とかからずにできる。

 だが、換言すれば、それは約十秒の隙ができるということである。そして《生命の目》や《魔力の目》は、壁の向こう側の生命や魔力を探知できない。


 結果がこれだ。

 《生命と魔力の目》を構築している間に、イチノセはアゲネの追跡者トレーサーにあっけなく取り押さえられ、縛り上げられていた。

 魔術師がいると咄嗟とっさに判断したのが、間違いだった。イチノセは溜息を付くことも出来ない。


(これ見よがしの騎士の生命反応に気を取られて、隠れて接近してきた追跡者トレーサーに捕らえられるとはね……)


 どうやら妓楼ではなく、自分を狙ってのことらしい。騎士たちは、自分の周りを取り囲んでいる。逃げ出さないように監視しつつ、暴徒からも私を守っているのだろう。

 生かされているのは、自分があの『銀色の髪の乙女』だからだろう。ただの冒険者ならば、さっさと殺すはずだ。


 アイヴィゴース家当主のアゲネは色情狂であるらしい。

 師匠からそのような話は聞いていたし、騎士たちや追跡者トレーサーのヒソヒソ話でもそれは知れた。

 慰み者にされるのだろうか。

 師匠は何も言わないが、きっと私はアゲネの情婦だったのだろう。記憶はないが、自分でもそう思わざるをえない。


 だが、今のイチノセにとって、誰かの情婦になることなど、まっぴら御免だった。四六時中、監視されるわけでもなし、《マナの霧散》の魔術をかけ続ける訳にもいかないはずだ。


 とにかく、様子を見ることに決めたイチノセは、深呼吸して気合を入れなおした。


 連れて来られたのは、ウェークトン子爵の城館であった。かつての主は追い払われて、今やアイヴィゴース騎士団の根拠地と化している。

 謁見の間とでもいうのか、それらしく高台にある椅子に、一人の壮年の男が座っていた。


「ようこそ。『銀色の髪の乙女』よ。 私が、アゲネ・アイヴィゴースだ」

・《マナの霧散》

 …魔力を失わせる魔術。付与魔術の一種。

 その機序は、魔力を無為に消費させて、マナを脱励起させるもの。

 ただ、この魔術は一度、魔力を消費しきってしまうと効果が消えてしまう。

 つまり、《マナの霧散》の効果が切れた後に、もう一度、魔力を高めれば、魔術は使えるため、さほど実用的な魔術ではない。

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