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16話『港湾都市フンボルト』・上

(風変わりだとは思っていたけど…まさか、お金の価値が分からないなんてね…)


 フンボルトに到着してすぐ、イレーネは宿を取り、その部屋で、弟子に貨幣について教えることにした。

 聡明な弟子にしては珍しく、イチノセは苦戦している。


「…うぅ。訳が分からなすぎですよ。ここの貨幣体系。銅貨100枚で銀貨、銀貨100枚で金貨みたいな感じだったら、覚えやすかったのに」


「それって、銅貨1枚の商品に、銀貨を出したら、99枚も銅貨が戻ってくるじゃない。それこそ面倒すぎるわ」


 イレーネは呆れ顔のまま、言った。


「それに、銅と銀のレート(交換比率)があるんだから。銅貨100枚で銀貨一枚にしたら、銅貨がやたら小さく、銀貨はやたら大きくなって、余計邪魔になるわよ」


「そうかもしれませんけど。それにしたって、分かりにくすぎです。

 金貨一枚が、ミスリル貨五枚。ミスリル貨一枚が、銀貨五枚。この辺はわかります。銀貨一枚が白銅貨四枚、白銅貨一枚が真鍮貨ニ枚も、分かりにくいですけど、良しとしましょう。

 でも、真鍮貨一枚で青銅貨二枚半って、分かりにくすぎますよ! なにより鉄貨! 鉄貨と青銅貨が交換できないってどういうことですか!」


「大昔は、鉄貨三枚で青銅貨一枚だったんだけどね。皆が使うから、磨り減ってるのが多くなって、そのレートが成り立たなくなったのよ」

「じゃあ、青銅貨一枚で鉄貨一枚の買い物したら、どうなるんですか?」

「買えないわ。鉄貨で、値段が付けられたものは、鉄貨で払うの」

「そんなの、絶対おかしい!」


 現代に生きたイチノセには、理解し難いことこの上ない。


「まぁ、統一帝国時代の貨幣体系が、そのまま残っているからね。それを今を生きる私達が言ったって、どうしようもないわ」


 イチノセは溜息を付いた。確かに、慣れるしかないのだろうけれど……。


「ちなみに、師匠から、金貨30枚もらいましたけど、これってどのくらいの価値があるんですか?」

「うーん、まぁ、暮らしぶりにもよるけど、一年半くらいは遊んで暮らせるくらいかしら」

「大金だ!」

「そうよ。……あぁ、価値が分からなかったから、感動が薄かったのね」


 イチノセに金貨を渡したときのことを思い出せば、目を輝かせていたものの、一年半遊んで暮らせるお金を得た、というほどの感動はしていなかったのだ。

 イチノセにとっては、珍しいというだけで、その価値は分からなかったのだ。漠然ばくぜんと大金だとは思っていたのだが。


「師匠、もしよかったら、買い物一緒に行きませんか? 色々、吹っかけられそうですし」


 手元の金貨を眺めていたイチノセは、そう言った。どうにも、大金だと分かって怖くなったらしい。

 イレーネは笑って了承した。


「いいわよ。ただし、冒険者の装備が先ね」


 ***


 港湾都市フンボルトは、交易の街だ。

 東岸に面した港からは、珍しい文物が運ばれ、そして王国中からも、珍しいものが集まってくる。


 南方王国のベルスからは、宝石や象牙や珈琲豆が、東方帝国メリディアンからは、麝香じゃこうなどの香木や香辛料が、東方海洋商国アク・テティスからはガラス製品や鉄器、茶葉が、帆船によって運ばれてくる。


 フンボルトに幾本もある市場通りには、海外の果物、魚介類、チーズなどの食料品から、薬草、ポーション、香水、石鹸、装身具、それに、武器や防具、衣服まで、ありとあらゆる商品が並べられ、それぞれの店主が大声で客引きをしている。


「私が庵を結んだのも、近くにフンボルトがあったからなのよ」


 イレーネがそう言った。王都弍港には敵わないが、この街にくれば、大抵のものは何でも揃うのだそうだ。


「なるほど、青銅貨とか、鉄貨とかは、ちょっとした小物や食料品に使うんですね」

 市場通りをイレーネと歩きながら、イチノセは言う。


 白身魚のフリッターが、鉄貨1枚。大エビの塩焼きが、鉄貨3枚。

 エール一杯が、鉄貨2-3枚。

 食事をするなら、青銅貨4-5枚。

 編み籠が、青銅貨1枚。

 教会の小さなイコンが、青銅貨3枚。


「それで、鍋とか、鏡とか、工芸品になると、真鍮貨以上の値段のものがおおくなると」


 イチノセが、そうやって値段を確認していると、イレーネが耳打ちした。


「そうしてると、田舎から出て来たオノボリさんみたいよ」

「まぁ、覚えている限り初めての都市ですし、オノボリさんなのは間違いないですよ」


 イレーネは苦笑した。


「それじゃあ、そろそろ、冒険者の装備を買いましょうか? まず何を買うべきだと、イチノセは思う?」


 イレーネはこうして、イチノセに度々、質問を投げかける。

 これは、イチノセに希望を聞いているのではなく、どう判断するのかを試しているのである。

 それと知ったイチノセは、顎に片手を添えて、考えこむ仕草を見せた。


「まずは、身を守るものでしょうね。命あっての物種。防具を手に入れたいです。攻撃は魔術を使えばいいですし」


 ***


『鋼の師』は、港湾都市フンボルトでは、名の知られた武具店である。

 四代前の主人が、ここフンボルトに店を構えてから、今まで、多くの冒険者たちに愛好されてきた。

 質がよく、値段も安いと評判の店だ。


 イチノセが、店の中に入ると、奥の壁に、ダガーからハルバートまで、多くの武器が架けられているのが見えた。

 さらに壁際には、盾から全身甲冑までが陳列されている。


「うわ、私の盾、高すぎ……」

「まだ、あなたの物じゃないわよ」イレーネが呆れて言った。


「いえ、言ってみたかっただけです。でも、鋼鉄の盾と15倍ぐらい値段が違いますよ」

「そりゃあ、ミスリル製ですからなぁ。どうしても、そんくらいは、高くなりますわ」


 魔術師の師弟が、陳列されている盾を見ていると、横合いから店の主が声をかけてきた。


 店主は、頭をきれいに剃り上げている強面こわもての男だった。高価なミスリル製の武具を購入するということで、奥合いから、出て来たのだ。


「でも、金貨24枚以上ですよ。一年以上遊んで暮らせるだけの価値が、このバックラーにあるんですか?」


 イチノセは、店長に向き直って尋ねる。師匠イレーネに勧められたものの、尻込みしてしまう値段だ。


「まぁ、確かにお高いです。それは認めまさぁ。だけど、魔法を防げるのは、ミスリルの盾しかありませんぜ。それに小さいってことは、持ち運びしやすってことでさぁ。こうやって…」


 店主は、剣帯にバックラーを引っ掛けて見せた。


「ベルトに引っ掛けることで、街中でも邪魔にならずに持ち運べますぜ」

「うぅん。でも、ミスリルを見せびらかしたりしたら、ゴロツキに絡まれるんじゃないかなぁ」

「ご心配なく。そんな時は、ミスリルのバックラーに、布をかぶせりゃあいいんです」


 店主は、バックラーをひっくり返して、イチノセに見せた。


「この縁に、引っ掛ける所がありやしょう? そこに引っ掛けて、布をかぶせれば、他人からも見えませんわ。もし、お買い上げしてくださるんなら、被せ布をタダで差し上げますし、染色もロハで、やらさせてもらいますぜ」


「それに、鉄と違って軽い上に、びないから手入れも楽よ」

 イレーネまで購入を薦めてくる。


「師匠は持ってないじゃないですか」

「私は、ミスリルの篭手を着けてるし。いざとなれば、両手で魔法陣を描くから」

「ほぅ。両手で魔術を使うとは、お師匠様は、名のある魔術師の方のようですなぁ。名を伺っても?」

「イレーネです。『霧の魔女』と呼ばれることもあります」


「あなたが『霧の魔女』さま! ご来店いただき、光栄です!」

 店主は感激したが、イレーネは軽く頷いただけだった。

 名を売るのは重要だと知っているが、騒がれるのはイレーネの好みではない。


「私も篭手をつけるのは、どうかなぁ? 両腕を守れるし、もっと魔術を使いやすくなるだろうし……」


 隣に飾られている篭手を見て、イチノセが言った。およそ、ミスリルのバックラーの半額の値がつけられている。


「それは、お勧めできませんなぁ。篭手は、体にピッタリあってないと使いづらいんですわ。お弟子様は、まだまだ成長途中の様子。頻繁にミスリルの篭手を修理・調整しなければなりませんぜ」


 それはつまり、時間も費用も余分に掛かるということである。

 イチノセは、諦めざるを得なかった。


「お弟子様。悩むのも分かりますが、冒険者に伝わる諺に『命は買える時に、買っておけ』というのがあるんですわ。 今ここで金を惜しんで、将来、死んじまったら、それこそつまらない話じゃないですかね?」


「うー…。わかった、買います。買うから、少しサービスして」

「被せ布を差し上げますぜ」

「も、もう一声!」

「…かないませんな」


 店長はイレーネをちらりと見た。


「端数を切り捨てて、金貨24枚。これ以上は勘弁してくだせぇ」

「買った!」


 ミスリルのバックラーに、目立たぬよう藤色の布をかぶせてもらって、魔術師の師弟は武具屋を出た。


 次は、冒険用具と、革の防具を買うことになった。

 市場通りには、冒険者が出している露店もあり、そこで使い古しの武器防具やロープなどの冒険用具を売っている。


 だが、イレーネがいうには「冒険者が出している露店は、掘り出し物もあるけれど、当たり外れが大きいわ。それなりの品質のものを安く買いたいなら、冒険者ギルドに行った方が安全ね」とのことだ。


 助言に従って、イチノセは、冒険者ギルドを訪れた。

 冒険者ギルドは、思ったより小じんまりとしている。

 入り口の直ぐ側は、広間になっており、机と椅子がならんでいる。そこで、冒険者たちと、ギルド員が話し込んでいた。

 冒険者の能力ごとに、どういう依頼を斡旋あっせんするかを、ギルド員が判断しているらしい。


 イチノセが周囲を眺めていると、受付らしきギルド員が、イレーネに声をかけた。

「『霧の魔女』さま。ギルド長に御用ですか?」

「久しぶり、オーバリッセ。復帰したのね。今日は、私の弟子と買い物を……」

「おお、イレーネ殿!」


 大きな声をかけて来たのは、こわい髭を短く刈り揃えた貫禄のある男だった。

 暗がりから出て来たら、怖いだろうなとイチノセは思った。どこか熊のような印象があるのだ。

 今日は、武具店の店主といい、顔の怖い男と妙な縁がある。


「フレイクギル親方。お邪魔してます」

「いや、今日は、いつもより早いですな。…そちらは?」

「紹介します。新しく弟子にしたイチノセですわ」

「よろしくお願いします」


 イチノセは頭を下げた。


「ほう……。君が、あの…」


 フレイクギルの言葉には、屈託がある。

 どうやら、この髭面のギルド長には、単純ならざる思いがあるらしいことを、イチノセは察した。

 イレーネに向き直って、フレイクギルは言った。


「それで、今日は弟子を紹介しに?」

「いえ。冒険者の装備を整えたくて。イチノセだけでは、何が良いのかわからないでしょうから、指南役ですわ」

「なるほど…。では、イチノセに冒険者登録をさせるのですな?」

「私の冒険者登録で、済ませるつもりだったのですけれど……」

「残念ながら、イレーネ殿の冒険者登録は、もう期限切れです。ギルドの長としては、規律を守らせねばなりません。それに、購入者はイチノセ自身でしょう?」


「そうですか。では、冒険者登録をしましょうか」

 こう言ったのは、イチノセである。


 フレイクギルの口ぶりに、引っかかるところを感じたイチノセは、この親方の思惑を聞き出しておこうと、考えたのである。

 何事もなければよし。だが、おそらく冒険者登録にかこつけて、このフレイクギル自身が、色々訊くつもりなのだろう。


・貨幣について

 …おおよそ、額面価値と素材価値が同じになっている。

 西方王国ミノシアが成立する前にあった、統一帝国時代の貨幣体系が、そのまま残されたもの。

 貨幣の価値が高い順から

 金貨>ミスリル貨>銀貨>白銅貨>真鍮貨>青銅貨>鉄貨。


 貨幣の鋳造権は、トロウグリフ王家が握っているものの、例外は数多あり、騎士伯家が、戦勝を記念して記念貨幣を発行したり、大公家が独自に鋳造した大金貨などもある。

 

 金貨    1

 ミスリル貨 5

 銀貨    25

 白銅貨   100

 真鍮貨   200

 青銅貨   500

 鉄貨    2000-1500くらい 

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