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14話『問答』・下

 エンシル城塞に詰めている騎士たちを集めて、ゼノミオは、旅の魔術師ゼファーを賓客ひんきゃくとして扱うように布告した。

 通常ならば、客を迎えても、このようには布告はしない。

 これはゼファーが、『裏切り者の情報』を渡す見返りとして、要求したものである。


 ゼファーによれば、「皆に賓客ひんきゃくであると宣言すれば、私を無下むげには扱わないでしょう?」とのことだ。


 ともあれ、ゼノミオ騎士団長が直々に、ゼファーを賓客であると布告したのだ。重要な客に違いないと、騎士たちは噂した。

 魔術の腕が良いのか、それとも恋人なのか。騎士たちは互いに噂し合い、賭けをした。むろん、ゼノミオが居ないところでだが。


 そして、その日、魔術師ゼファーを歓迎するための宴が催された。騎士たちの要請によるものだが、といっても、要は、飲み騒ぐ機会が欲しかっただけである。

 前菜、主菜と供され、楽士たちの歌舞が終わると、さいごに酒菜、すなわち酒のつまみになるものが出された。

 この頃になると、席次も適当になり、思い思いにグループを作って、談笑にふける姿が目立つようになる。


 ゼファーも主賓であるから、退座すること無く、会話に加わっていた。騎士たちは、女日照りというわけではないものの、砦の中には女は少ない。

 身分ある女性といえば、ゼノミオの妹フェデリを数えるくらいだ。しかも、騎士団長の妹であるから、粉をかけるわけにもいかない。

 その点、ゼファーは、

(騎士団長の恋人かもしれないが、試してみる価値はある)

 というわけである。


 そういうわけで、ゼファーは人気であった。艶やかな黒髪を結い上げており、身なりも綺羅きらびやかとはいえないが、よく整っていて、魅力的だ。

 そこで様々に語っているうちに、会話が騎士道とはなにかに及んだ。


「『騎士道』とはなんだと思われるかな? 魔術師殿」

「さて…。まずは、皆様方の話を聞いてみたく思いますわ」


 そういって、魔術師ゼファーは騎士たちを眺め渡した。その中の一人、口ひげを生やした騎士が、やや意気込んで言う。


「騎士道において、なにより必要なのは、武勇でござろう。いかなる敵をも討ち果たす武勇があればこそ、騎士は騎士としての存在意義がある」


「武勇は重要なれど、それだけでは騎士とは呼べぬ。そこらの冒険者とて武勇を持つものはおるわ。むしろ騎士と冒険者を分けるのは、敵から逃げぬ勇敢さと、礼節よ。冒険者はそのどちらもないからな!」


「いやいや。第一に、あげられるべきは神への深き信仰であろう。いかに武勇を誇れども、礼節と勇気があろうとも、それが神の御心に適わぬとなれば、虚しいばかり」


 議論は留まる様子を見せない。この時代の騎士は、こうやって『騎士道』論を闘わせるのが趣味であった。

 そして、むろん、騎士団長ゼノミオにとっても、非常に興味のある話題であった。ゼノミオにとって、騎士道は、自分を支える背骨である。


「なかなか面白い話をしているな」


 ゼノミオがそう話しかけると、一人の騎士が問いかけてきた。


「これは、騎士団長どの。 騎士団長どのにとって、『騎士道』とはなんでしょうか」


 ゼノミオは、すぐには答えを返さなかった。


「そうだな。答えてもいいが、ぜひとも、主賓の魔術師殿に話を聞いてみたい。騎士達とは、また違った考えを聞かせてくれそうだ」


 ゼノミオがこう訊いたのは、旅の魔術師と自称するゼファーが、いかなる答を返すかで、器を量ろうとしたからである。

 ゼノミオがって立つところの『騎士道』をどう評するか。それによって、ゼファーの価値もわかるだろうと思ったのだ。


 それまで、笑みを浮かべて聞いていたゼファーは、その笑みを絶やさぬまま答えた。

「『騎士道』とは、『剣の道』だと思いますわ」

「なんと。確かに剣をふるうのは大事よな」


 一人の騎士が、そう言って嘲弄ちょうろうした。

 今まで、忠誠だ、武勇だと高尚な話をしてきたのに、即物的な話をするとは、これまでの話を理解できていなかったのか。そう思ったのである。


「いいえ。これはたとえですわ。騎士は自らを『剣のごとく』鍛える必要があるという意味です。

 難敵を討ち滅ぼすために、鋭く研がれていなければなりませんが、持ち主に怪我をさせるようでは、つまり、主君に背くようではいけません。

 また、主君の意を無視して動いてはなりません。敵前逃亡したり、略奪したり、言い訳をする剣が素晴らしいと言えましょうか。

 騎士とは即ち、『主君の剣』。

 それゆえに、剣が行わないことをするのは『恥』とすべきことであり、剣が行うべきことをするのは『誉れ』とすべきである。それが『剣の道』といった意味ですわ」


「ほう…」

 ゼノミオは素直に感心した。

 騎士道の核心を見事に表現していると思えたのである。これほどの弁舌を能くする女性には、ゼノミオは会ったことがなかった。


「ゼファー殿の言葉には、一理ある」

 そういって、ゼノミオは褒めた。

 周囲の騎士たちも、ゼファーの言を口々に褒めた。中には、反感を抱いた騎士もいたかもしれぬが、騎士団長が褒めた意見に反対は出来なかっただろう。


 騎士たちは、魔術師ゼファーに一目を置くようになった。

 なるほど、ゼファー殿をわざわざ賓客として遇したのは、その美貌もさることながら、その見識ゆえにだろう。そう理解したのだった。


 ***


 歓迎とそれに伴うパーティーが解散となり、騎士たちが退座した後、騎士団長ゼノミオは、師父アーリンの部屋を訪れていた。


「ゼノミオ殿。どうされた。こんな夜更けに」

「実は、折り入って相談したく」


 アーリンは、椅子を暖炉に引き寄せて、そこに座るよう促した。もうすでに、アーリンは寝間着に着替えている。

 秋が過ぎつつある。

 夜の寒さが堪えるようになっていた。


「この歳になると、寒さに弱くなっていかんな。日々、これで体を暖めねばやっていけん」


 そういって、白ワインを掲げてみせる。

 玻璃杯にワインを注ぎ、ゼノミオに渡す。ゼノミオは礼を言って、受け取った。


「ありがとうございます……実は、今回の式典パーティ―にて、『騎士道』の話が出まして」

「ほう」

「師父は、この『騎士道』を一言で言うと、なんと心得ますか?」

「本当に聞きたいのは、そこではあるまい? だが、そうさなぁ。『騎士道』とは、『生き様』じゃな。騎士道を失った騎士は、そこらの盗賊と変わらぬ。自分を律してこそ、騎士。その柱となるのが『騎士道』であろう」


 その答は、ゼノミオが常日頃思っているものと、ほとんど変わらなかった。アーリンの薫陶くんとうを受けたため、当然とも言えるが……。


「あの旅の魔術師ゼファーは、騎士道を『剣の道』と称しました。主君の剣になる事こそ、騎士の誉れであると。私はそれに理ありと感じました」

「ふむ。私もそのように思うが……」

「ですが、それでは裁けぬ悪があるのではないでしょうか」


 ゼノミオは、父アゲネの事を語っているのである。

 しかし、師父といえども、アゲネの悪行を話すことは出来なかった。それは自分の父を貶めるのと同時に、係累けいるいたる自分や妹を貶めることになるからである。


 そして、父を打倒することも、かなわなかった。父殺し、尊属殺人は、大罪であり、道徳的非難を免れることは出来ない。

 騎士道とは、徳目の一つであり、それゆえにこそ、父には従わなければならなかった。ましてや、父を殺すことなど出来ようはずもなかった。

 さらには、アゲネは、騎士団長ゼノミオの父であるのみならず、主君でもある。とても手を出せようはずがなかった。


「私には、憎い奴がおります。むろん、道徳の敵として憎いのです。しかし、私は騎士道を奉じるがゆえに、それに手を出せぬのです」

「そいつは悪人なのに、斬れぬと?」

「そうです」

「魔術師のゼファー殿は、騎士道を剣の道とたとえたそうじゃな」


 師父アーリンは、杯を傾けながら言った。


「それにならって言うならば、剣には鞘がつきものであろう? 剣が役立つのは鞘から抜いた時だが、だからといって、鞘がいらぬというわけではない。無用な暴力を避けることもまた、騎士道の一つであろうと思う」


「しかし、それでは……」

 あまりにも、妹フェデリが可愛そうではないか。

 父が、なんの報いも受けず、我が世の春を謳歌しているというのは。


「思うに剣は抜かれれば、どうしても流血沙汰となる。だから、剣は並々ならぬ時以外には、抜かれるべきではない…わしは、そう思っておるよ」


 アーリンはこのとき、血気盛んな若者を押しとどめる老人のつもりであった。

 もし、主君であるアゲネが、その『憎い奴』であり、しかも我が娘に手をかけようとしたのだと聞けば、また返答は変わったのかも知れなかったのだが。


 その後、ワインの瓶が空になるまで、師弟は語り合った。騎士道について、信仰について、人生について。

 ゼノミオは常に人生の指針を求めるところがあったし、師父アーリンも、よくそれに答えたのである。

・騎士

 …騎士となるためには、おおまかに三つのものが必要である。ミスリルの鎧、軍馬、使えるべき主君。

 逆に言えば、これさえ整えれば、貴族の爵位を持つ家に生まれなくても、騎士になれる可能性がある。

 とはいえ、貴族以外には、鎧や馬を購入・維持する費用は捻出することは、kなり難しい。

 時たま、武勇に優れた傭兵や冒険者が騎士に取り立てられることがあるが、その場合、主君の側が、馬や鎧の費用を与えることも多いようだ。


 一方で、富裕者や官吏が、騎士身分を購入したり、与えられたりすることがあるが、この場合は、鎧や馬は必要とされない。いわば名誉称号の扱いである。

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