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13話『捕獲』・下

 結局、この周辺には、屋根のある場所はないということなので、馬は泉の近くにつないでおき、この二人を森の奥に引っ張りこんで、話を聞くことにした。


 レイミアは、二人を離れ離れにすることを提案し、イレーネが了承したため、互いに離れた場所に置かれている。


 まず、ジーフレクを尋問することにする。

 イチノセと、レイミアが担当し、未だ昏睡状態にある従者はイレーネが見張ることになった。


 《平静の掌》

 イチノセが掌を触れると、ジーフレクが目を覚ました。

 もう一方の手で、ミスリルの短剣を突きつけている。


「おはよう。ジーフレク」

 ジーフレクは一瞬驚いたが、すぐに事情を悟ったらしい。ふてぶてしい表情で、挨拶を返してきた。


「おはよう、名の知れぬ姫君。ぜひとも、今度は名前を教えてもらいたいな」

「なんだ。結局、父親から教えてもらっていないのか」

「ああ。というか、あれから親父殿のところには、戻っていなくてね」


「ふぅん。 失敗の報告をするのが、怖かったのか」

「いや。だいたい、親父殿は地獄耳だからな。もう失敗したことを、知っているかもしれんぞ?」

「そうか。じゃあ、仲間が別の場所にいるのか?」

「従騎士もついてきたが、俺一人だ」


 ミスリルの短剣ダガーを、騎士の目の前で揺らして、イチノセは凄んだ。


「……私が、ミスリルの短剣ダガーを持っているのは、『脅す』ためだと、先に言っておく。嘘をついたら、指を切る。口を動かす以外の身動きをしても、指を切る。答えなくても、指を切る。もし、嘘をついていなくても、従者の返答と異なれば、やはり指を切る。

 …理解できたなら、聞こう。仲間はどこにいる?」

「ああ、そうか。違う。俺はお前さんに会いに来たのさ」


 イチノセは短剣の先を、騎士の太ももに刺した。


「ウグ!」

「いい忘れたから、指は切らないが……、次から答え以外のことを喋っても、指を切る」

「本当にいないんだ! 畜生! 俺はただ、お前さんに会いに来ただけなんだ!! 捕まえようなんて、思っていない!!」

「ハァ? 私に会いに来て、何をするつもりだったんだ?」

「分からないから来たんだ! その…自分の気持ちを確かめたくて……」

「何を言ってるんだ? 錯乱しているのか?」


「あのー」


『赤毛の狩人』が、申し訳なさげに、手を上げた。殺伐とした雰囲気であるはずだが、この娘は、やけにのんびりとしている。


「たぶん、この騎士様は、イチノセ様に恋をしたんじゃないかと、思うんですけどー」

「恋?」

 イチノセは素っ頓狂な声を上げた。


「詳しいことは知らないんで、なんですけどー、『会いに来ただけ』とか『気持ちを確かめたくて』なんて仰ってましたし~。騎士が従者を連れてくるのは正式な訪問のときですし、そうかなって」


「そ、そうだ。恋なのか確かめたくて、もう一度会いたくて、来ただけなんだ」

「…それって、ストックホルム・シンドロームだよ」

 イチノセが小声で言った。

 どうせ、この世界の人にはわからないだろうが、言わずにはいられなかった。


「ロマンチックですよねー。騎士と冒険者の禁断の恋なんて」

「禁断でも、恋でも、冒険者でもないから。あと、こいつは敵なの。不用意に情報を漏らさないようにしてくれる?」


 イチノセは、やや呆れながら、レイミアに言った。先ほど、自分の名前を口に出したことと言い、どうも状況を理解してない様子である。


「ちなみに、こいつは私と会った時、いきなり体をまさぐって、しかも縄で縛った変態だから」

「うわぁ……だから、縛り返しているんだ……恋愛って奥深いなぁ…」

「おい、変な言い方をして、俺を変態にするな。任務のため、仕方なくやったことだ」

「大丈夫ですよ! 当人同士がいいなら、どんな恋の形でも私は気にしませんからぁー」

「……うん、あとで詳しいこと話してあげるから、今はこいつが怪しい動きしてないか、見張るだけにしておいて」

「本当ですかぁ。約束ですよー?」


 イチノセは、目頭を押さえた。どうにも、レイミアには調子を崩される。


「……じゃあ、任務のことについて聞こうか。『銀色の髪の乙女』をどうして探している?」


 こうして、質問を重ねていった。あえて知っていることを聞くなど、ブラフも交えて、嘘をついていないか確認する。

 とりえあず、嘘は確認できず、いくつか新たな情報を知ることが出来た。


 といって、さほど重要な情報を得られたわけではない。

『銀色の髪の乙女』を探しているのは、ジーフリクの父親アゲネ・アイヴィゴースであるが、その詳しい理由は聞かされていない。

 ただ、五体満足で生かしたまま、捕らえろと言われただけであるらしい。


 名前を聞かされていないのは、今にして思えば、当主も知らなかったからではないかと推測していた。普通、名前を知っていれば、教えるはずだからだ。


 イチノセを襲った山賊たちは、やはり冒険者崩れであるらしい。足がつかないように、ここから離れた自治都市フェレチで雇ったとのことだ。

 オーガの檻の中にあった死体は、冒険者崩れが持ってきたもので、死んだ乞食らしいが、殺したのか、最初から死んでいたのかは、ジーフリクは分からないと言った。


『岩塩窟』を襲うのは、やはり教会との取引材料にするためだった。

 すでに教会側の司教とは、すでに話がついているそうだ。何のための取引材料かは分からないが、戦争を起こした後の、戦後調停を頼むためであるらしい。

 どこと戦争を起こすつもりかは、分からないとジーフリクは言った。


 ひと通り聞いた後、イチノセは最後に、気の進まない質問をした。

「で、私に惚れたのか」


 愛想の欠片もない質問に、騎士は面くらった。

 普通の女子であれば、多少は恥ずかしがったり、嫌がったり、あるいは期待をにじませたりするものである。

 いや、まさしく普通でない所に、惹かれたのだろうが……。


 イチノセからしてみれば、異常な体験から、誤った親近感を持っただけであると思っている。それに、好きだと言われても困るだけだ。


「わからん。だから、一度会って、いろいろ話をしたいと思っていたんだ。だからこそ、敵意がないことを示すために、手勢を率いてはこなかった」


 ジーフリクは、イチノセの疑問にそう答えた。

 一応、理屈はつく。手勢と落ち合うつもりだったとしても、街道をのんびり歩いているのはおかしい。あるいは、あえて捕まえられることで、内情を探る可能性も考えたが、それこそ、人質になり得る人材をスパイにするなど、考えにくいことである。


「しかし、歓迎されると思っていたのか? 私からすれば、ジーフリクは私を捕まえに来た敵でしかないわけだが」

「村まで言って、どこに逃げたかを聞くつもりだった。それに、まだ逃げてない可能性も考えてた。

 だが、罠を張って待ち構えているとは…正直に言って、想定外だった。だが……今にして思えば、それも『らしい』と感じる」


(……逆にマジっぽくて、やだなぁ)


 正直な所、惚れられる要素がどこにあるのか。

 確かに、転生後の自分は美少女だと思う。だが、出会いが出会いだ。そこから恋愛感情に発展するものなのか。

 困惑したイチノセは、とりあえず保留することにした。


「まぁ、語り合うのは、後にしよう。これまで話してきたことを、もう一度、ヘスメン・サルザーリテに話してもらおうか。『岩塩窟』の地下牢に、まだまだスペースはあるし、二人分の食事ぐらい都合がつくだろう」

「『岩塩窟』に、俺を売るのか?」

「今は一応、そこで暮らしているんでね」


 その後、ジーフリクを《昏睡の掌》で眠らせ、従者を尋問した。

 従者は、従騎士 (すなわち騎士見習い)のテオ・ヴリルワーズと名乗った。見たところ、15歳位で、イチノセと同年代のようである。

 実際の所、ジーフリクがここに来た理由から、ジーフリクが何をしているのかまで、ほとんど把握していないらしい。


 従騎士テオが言うには、ジーフリクは、ふらりと、どこかへ居なくなり、またふらりと戻ってくるような、自由気ままなところがあるという。

 一応、家中騎士ではあるのだが、テルモットに居着くことはなく、方々の都市で遊び歩いているらしい。

「四六時中つきまとわれちゃ、気が休まらんだろ」と言って、従騎士テオを連れずに行動することも、一再ではなかった。


 それゆえ、ジーフリクの人となりは、大体の所把握していたものの、重要な案件には、まるで触れていなかったらしい。まぁ、この歳くらいの従騎士なら、そんなものだろうとイレーネは評した。


 結局、期待していたほどには、情報は得られなかった。


 とはいえ、重要な人質である。

 縄で縛ったまま、岩塩窟まで連行した。途中、深い渓谷は、魔術師であるイレーネとイチノセが、二人を抱えて飛び越えた。


 レイミアはというと、「あ。大丈夫ですよぉ。この縄でいけますから」と、鉤爪つきのロープを投げて、向こうの木に引っ掛け、ひょいひょいと身軽に縄を伝って移動してしまった。

 そして、鉤爪だけを回収し、縄の端を渓谷の下に投げる。


「ま、追跡者トレーサーなら、これくらいは出来ないとね!」

追跡者トレーサー?」


 聞きなれない言葉に、イチノセは首を傾げた。


「冒険者の中でも、痕跡をたどったり、荒れ地を踏破したりできる特殊技能の持ち主のことよ。言ってみれば探索や、隠密行動のスペシャリストね。

 まぁ、冒険者でもないと、あまり馴染みのない言葉かもね」


「へー。追跡者トレーサーか」


「そうそう、あたし、結構すごいんだから!」

 そう言って、レイミアは胸を張った。

・ストックホルム・シンドローム

 …犯罪者によって、特殊な状況下で一緒にいることになった被害者が、犯罪者に対して、共感を覚え、時には好意や恋愛感情まで感じるに至ること。

 イチノセの場合、オーガに襲われたという衝撃が、ある種の恐怖心と、その裏返しの依存心をジーフリクに与えたのだと考えた。

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