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12話『エンシル城塞の騎士団』・下

 中庭にて、ゼノミオは、闘気法の型演武を行っていた。

 集中したい時、雑念を払いたい時、彼は、これを行う。


 両手に持つのは、ミスリルの大剣で業物であるが、特に銘にはこだわらないゼノミオは、『大だんびら』とのみ称している。


 バルコニーの席上で、旅の魔術師だと自称するゼファー・エンデッドリッチは、自分の騎士団の中に裏切り者がいると言った。

 それが、父アゲネに使嗾しそうされたものだと言われては、こちらとしても、聞かざるをえない。

 だが、ゼファーはそれ以上、話すのを拒んだのだ。


「さて……。私としては、教えるのにやぶさかではありませんが、哀れにも、追い出されようとしている身。さすがに無体なことをされては、協力しようという気も失せようというもの」

「金貨の一枚くらいは恵んでやる」


「いいえ。それでは」とゼファーは取り合わない。


「私が望むのは、友誼ゆうぎをもって接していただくこと。せめて、賓客ひんきゃくとして遇していただかなければ。それに、フェデリ嬢との約束もありますし、このまま別れるのは辛いですわ」


「……お前の言葉が信用できるという証拠は?」

「さて。あるのか、ないのか」

「チッ!」


 ゼファーの物言いに、ゼノミオは怒気をふきあげたが、その場では何も言わず、魔術師を下がらせた。

 ゼノミオは短気であるが、短慮ではない。

 早まった決断を下す前に、心を静め、師父であるアーリンに相談しようと思ったのである。


 そして、今、心を落ち着かせるために、『大だんびら』を振るっている。

 型演武をやり続けるうちに、ようやく、心に静けさが戻ってきていた。


 アイヴィゴース騎士団には、四人の副団長が存在する。

 アーリン、ヌアルドヴ、フロクシス、そして、パースシーの四名だ。


 ゼノミオは、まず、このアーリンを外した。自分が成年になる前から、父代わりに慕ってきた騎士である。裏切ろうはずもないし、問題があれば、相談してくれるだろう。


 このアーリンは、騎士団長であるゼノミオの補佐を進んで務めてくれている。

 ゼノミオ自身は、千五百の騎士を従えているのに対し、アーリンの配下の騎士は百人に満たない。

 が、ゼノミオにとっては、騎士道を教えてくれた師匠でもあり、尊敬している老騎士だ。ほか三名の副団長も、敬意を持って接する。

 いわば先任副団長といったところだ。



 問題は、残り三名の副団長である。

 このエンシル支団は、騎士団長たるゼノミオが、直接に統括しているが、総勢4万もの軍勢を一箇所においておくことは、この時代至難である。

 それゆえ、それぞれの距離の離れた三つの都市に、支団を配置し、副団長に統括させている。

 アゲネが策動するとすれば、この三名の副団長であろう。


 中央半島の南半分を支配下に置いたと言っても、有力貴族を要職につけざるを得ないのは、封建社会の習いというものである。

 ある意味で、騎士らは人質であり、留学生的な立場でもあるのだ。


 ヌアルドヴ家は代々、中央半島の南端の都市に領地を持つ貴族で、子爵の位を持っている。

 次男のオンスラート・ヌアルドヴが特に武勇に優れているため、アイヴィゴース騎士団の副団長を務めている。

 従える騎士の数は、千人にのぼる。

 オンスラートは、一本気な男でフロクシスとは親交が篤いようだ。

 対して、長男ノンリィは病弱との噂で、ヌアルドヴ家代々の領地の防衛と、内治を行っているという。


 フロクシスも副団長の一人であるが、彼は、アゲネのいる都市テルモットに詰めている。

 この辺りでは一番大きな都市であるし、そこの防備を固める必要があるからだが、いかにもアゲネが、魔の手を伸ばしてきそうではないか。


 フロクシスは、知慮ある男だ。誠実に職務を果たすし、冷静沈着な彼であれば、アゲネの弁舌に惑わされることもあるまいと考えたが……、今となっては不安が残る。


 そして、最後のテーシュ・パースシーこそが、本命と言えた。

 彼のパースシー家は、騎士団内で唯一の侯爵である。アイヴィゴース家の爵位は侯爵であるから、家格だけでいえば、アイヴィゴース家と同等だ。


 それゆえ、副団長につけねばならなかったのだが、パースシーは、気に入らない部下をいじめ抜き、いたぶり尽くして、殺したという噂がある。

 とはいえ、噂だけで処分する訳にはいかない。また、訓練中の事故と言われれば、捜査技術の発達していないこの時代、確かめようもなかったのである。

 かてて加えて、このテーシュ・パースシーはゼノミオに対しては礼を尽くし、権威を認めていた。


 ゼノミオは彼を好まなかったが、噂だけで処分するわけにもいかぬし、また、上司たるゼノミオには礼を尽くしていたため、結局は副団長に任命せざるを得なかったのだ。

 このような事情から、ゼノミオは、このテーシュ・パースシーを最有力候補とみている。


 かつてゼノミオは、弟フォルケルへの手紙に、パースシーの残忍さへの懸念を書き綴ったことがあるのだが、フォルケルから「兄上に言われるなんて、相当なものですね」と何気なく返されて、自分はどう思われているのかと、我が身を振り返ったこともある。


 ともかく、裏切り者がいるかもしれないと考えて、行動せねば。

 『大だんびら』を鞘に収めながら、ゼノミオは考えをまとめた。

 即応できるように、直轄する騎士団に準備をさせること。状況を聞く書簡を出すこと。家宰に連絡し、ゼファーの話の裏付けを取ることなどを思い浮かべながら、ゼノミオは、師父アーリンの元へ向かった。


 ***


 アーリンは、そろそろ老境に入ろうかという騎士で、撫で付けられた髪も、きちんと整えられた髭も、白い。

 だが、背筋はまっすぐで、朗々と響く声も持っている。

 本来であれば、騎士を千人ほどつけたいところなのだが、アーリンは固辞していた。

 アーリンが言うには、「視界がぼやけ始めている。眼が白く濁り始めては、騎士は続けられぬよ」とのことであった。


 このとき、アーリンは厩舎で馬を洗っていた。

 アーリンほどの老騎士になると、自分の乗馬を何度も取り替えている。10年も経てば、馬は人を乗せるのに適さなくなるからだ。

 それゆえ騎士には、馬を道具だと割り切っている者も多いのだが、アーリンは、馬を愛する種類の人間だった。

 従者にほとんど任せることなく、暇があれば、好んで馬の世話をしている。


「こちらに居られましたか、師父」

「おお、ゼノミオ様。どうされましたかな?」

「実は…」

 ゼノミオは、師父アーリンに、事の次第を話した。

 旅の魔術師ゼファーが、騎士団内に裏切り者がいると言っていることである。


「ふむ…それなら、その旅の魔術師殿の言うとおり、賓客ひんきゃくとしてぐうするがいいじゃろう」

「しかし、あまり信用の置けない者に思えます」


「だからこそ、よ。信用出来なくとも、大切な情報を持っているのなら、手元に置いておいたほうが、なにかと目も届きやすかろう。それに、”ずっと”と言うわけでもない」

 情報が出てこないとなれば、追い出せばよいのだ。アーリンはそうさとした。


 確かにそのとおりだ。ゼノミオはそう思い、アーリンの勧めに従うことにしたのだった。

・闘気法

 …闘気を用いた身体操作技法。これは『心構え』と『体構え』に大別できる。

 前者は、心を集中させて力を得るもので、『大力』『心眼』などがある。

 後者は、状況に合わせて力を発揮できる体の動かし方である。基本の『大樹の構え』の他、数多く存在する。

 騎士のみならず、冒険者にも広まっており、元冒険者が開いている道場でも学べるため、一介の村人が使うことすらある。

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