自由人と噂好きとゆるく寛大な友人
あれから一週間が経ち、私の家には机が一つ増えた。お人形のための、背の低い机なのだけど、時々私が足を引っ掛けてこけそうになる。その度にお人形は慌てたように踊り狂うものだから、少し危ないけど、まあいいかなとも思う。
今日も机にチラシを広げて絵を描いているお人形。一人暮らしの私の家に、思わぬ同居人が増えた事、これが滝子が言っていた、貴代を泊めて得られた幸せなのだろう。出会い方は散々だったけど、この小さな友人を今では歓迎できていると思う。
玄関のチャイムが鳴る、お人形はその音に驚いたのか、机の上を駆けまわった後、ペンのキャップを閉めて、机の上に座って私を見上げた。
「じゃ、出るからちょっと待っててね」
頷いたお人形を置いて、玄関扉を開ける。
「メリークリスマス!」
「聖夜祭でもないと思うんだ」
いつぞやと同じテンションでやって来た貴代を、とりあえず入りなよと招き入れ、玄関扉を閉じる。
「それで、今日は何の用? まだ昼間だし、今日は泊まりに来たわけじゃないんでしょ。てか仕事は?」
「そのみ質問多いよ」
へらへらと笑いながら手に下げたビニール袋をがっさがっさと揺らす。五つ程もかかっていて、なにそれ? と声が漏れた。
「なにって、もうひどいな。そのみが買って来いって言ったんじゃないか」
「何か頼んだっけ?」
「言っただろうよう」
何を頼んだだろうか。貴代の持っている袋を一つ受け取って、中身を見てみれば、チョコプリンが入っていた。もう一つ受け取ってそれものぞくと、違う店のチョコプリンが入っている。
「チョコプリン? ああ、貴代が食べたから」
「そうそう、一宿の恩義を返そうと思ってさ」
それに電話でも言われたしね。へらへら顔で残りの袋も渡されて、そうだったと思いだす。お人形が玄関扉をばんばんやっているときに、何だかそんなこと話したっけか。
「今思い出したかも」
「ええ、冗談じゃなかったんだ。老化したの」
「失礼な」
貴代の額を軽く小突いて、チョコプリンを冷蔵庫に収める。
「でも五つも買って来いと言った覚えはないんだけどな」
「どこのお店のって指定が無かったからさ、デパ地下回って、目についたの全部買ってきた」
「そんなことするから、給料日前に使い果たすんじゃないの?」
「いやははは、それも給料でたから買ってきたんだよ、遅くなってごめんね」
言われて、冷蔵庫にプリンを収める手が止まる。もしかして貴代の金欠は、前月に泊めてもらった家へ恩返しするから起こるのではないか。いや、考えすぎ、かな。
「まあ、あれよ、あんま無理はしないように」
「え、急に何? えっと、うん? 気を付ける」
へらへら笑っている貴代に、何も言えなくて麦茶を差し出す。ありがとうと言って飲み干す貴代は、こんなに緩いキャラだからこそ、急にやって来ても泊めてもらえるのだろう。
「あ、そういえば、今日はもう一人客人が来る予定なんだけど、貴代まだ大丈夫?」
「休みだし平気だけど、誰が来るの」
携帯電話がアニメソングを鳴らして、着信を知らせる。私は貴代に滝子だよ。と呟いて、電話を取った。
「もしもし、そのみ?」
「うん、今どこ」
「家の前まで来たけど、そのみ何号室よ。ポストに名前書いてないんだけど」
「ああ、そうだっけ? 二階の三号室だよ。貴代も居るから早くおいで」
「おお、了解」
ぷつっと通話が切れる。
「滝子もう下に居るの?」
「うん、そうみたい」
滝子の分の麦茶を用意していると、玄関チャイムが鳴った。私が出るよと貴代が立ち上がったので、お願いねと任せることにした。コップを持って机に戻ると、お人形の机の上から、チラシとペンと、彼女本体も消え失せていた。
「ひあぁっ!」
玄関から滝子の悲鳴が聞こえ、なんて説明すればいいのかなと、笑いながら玄関へ向かう。
「そ、そのみ、何よこれ!」
「何って、お人形」
「動いたわよ!」
「でも、お人形だよ」
ね? と声をかければ、チラシを掲げて頷くお人形。チラシ裏には大きくきゅるんきゅるんな丸文字で、いらっしゃいと書かれていた。
これで最終話となります、読了ありがとうございます。
因みにSFは何の略称かと申しますと「Small Friend」
小さな友人、つまりお人形の事ですね。