チラシ裏に話しかける
お人形特製のオムライスを美味しくいただいて、机の上を片付け、テレビも消して。今はお人形と話し合いをしている。けれどお人形は一言も話さないので、気分は黙秘する容疑者を問い詰める刑事ドラマの脇役だ。けれど怒鳴ったりはしない、ご近所トラブル恐ろしいですから。
「ねえ、扉が開かないのは君の仕業なんだよね?」
お人形は頷く
「だったらさ、君は扉をあけられるんだよね?」
お人形は頷く
「開けてくんないかな?」
お人形は首を振る
「なんで」
またも首を振る
「喋らないの?」
お人形は頷く
「そう……」
お人形は頷いた
なんだか、相手が喋らないと虚しくなってくるのね……。肩を落としてため息をつくと、お人形が急に慌てだした。なにごと?
「どうしたの」
頷きもせず、かといって否定もせずに、お人形は忙しなく机の上を動き回り、飛び降りた。布の量が多いスカートがふわりと膨らんで綺麗に着地し、走り出してこけた。
「どんくさ……」
けれどすぐに立ち上がって、玄関の方に走っていく。立ち上がって追いかけようとしたら、今度はトイレの扉から、チラシと名前ペンを持って出てきた。何でもありか、ファンタジーの住人なのか。
お人形はそのままの勢いでこちらへ走ってやって来て、そのまま机の脚にぶつかった。本当にどんくさい。けれどチラシとペンを持ったまま、器用に机の脚をよじ登り、チラシの裏側、白い面を机の上に広げ、名前ペンのキャップを外して何かを書いていく。
〔わたし扉が開いてると動けないからいやだ〕
お人形が書く字は、思ったよりも丸文字の、きゅるんきゅるんな文字だった。
ふむふむと読んでいると、お人形がペンの頭でかつんかつんと机をたたく。
「どうしたの」
問えば、お人形は又、きゅいきゅいとペンを走らせる。
〔これがさっきの質問の答え、だから扉は開けたくないの〕
「ふむふむ、でもさ、扉開かないと外出れないから困るんだよね?」
チラシの裏にペンを付けようとしたお人形がぴたりと止まって、考えるように宙に円を描く。ついに体もゆすり始めたところで、何を書くのか決まったのか、きゅいきゅいと音が鳴った。
〔貴方が困るのは私も困る〕
何が困るのだろうか、じっと私を見るお人形に、それを聞くのはまだ早い気もする。
「じゃあさ、開けてよ」
〔動けなくなるから嫌だ〕
んん……話が振り出しに戻ったような気がする。扉が開いたら動けないなんて、この子は誰とだるまさんが転んだで遊んでるんだよ。……あら?
「扉が開いてたら動けないんだよね?」
〔そう、貴方が扉を開けた時、急に体が固まって驚いた〕
「じゃあさ、私が出入りするとき以外は閉めておけばいいのかな?」
お人形はペンを持ったまま、また慌てたように机の上で走り出した。今度は回ったり跳んだりして、まるで踊っているようでもある。跳ねながらチラシの裏の空白に向かうと、そこで踊るのを止めて、きゅいきゅい書き込みだした。
〔私にそれは思いつけなかった!〕
「ああ、そう、よかったね。じゃあ開けてくれるの?」
〔戸締りに気を付けてくれれば拒否する理由はない!〕
「よし、じゃあ交渉成立という事で。お菓子買いに行きたいから、ほら早く」
お人形は頷いて、名前ペンを放り出して走りかける。けれど、キャップを拾って、丁寧にペンに被せてから、再度走り出した。机から飛んで、着地して、今度はこけずに玄関まで行く。私も立ち上がって、お人形が開きぱなしだったトイレの扉を閉めてから、玄関のお人形を追いかける。
お人形は、玄関扉をばんばんとその小さい両手で叩いていた。