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▼53.中の人

 一夜明けた。

 何事も無く明けてしまった。

 我ながら、一夜明けてから、何やってんだろうと思わなくもない程度には羽目を外して昨夜は騒いでしまったが、僕の寿命はあと四日である。

 朝日に目を細めながら、昨夜はカーテンすら閉めずに寝てしまったかと欠伸をしつつ暢気にそんな事を考えて起き上がる。

 まぁ、しかし昨夜は楽しかった。

 最初は無理やり付き合わされてた感の強かった津軽さんと天ヶ崎くんも、最終的には人生ゲームをノリノリでやっていて、とても楽しかった。

 とても。

 だから、もう後は心残りも無いかな、と、そう思いながら、部屋を出て、そのままトイレと歯磨きを済ませに一階へと向かう。

 一階では、客間に布団を敷いて天ヶ崎くんが静かに寝ていると思っていたが、洗面所に着くと、一足先に歯磨きをしている天ヶ崎くんとバッタリ出会った。

「あ、おはよう」

「ん? あぁ、おはよう」

 挨拶を交わして、昨夜こそ一緒に遊んだものの、面識もあんまり無い相手ということもあって、若干緊張しながら、脇を通ってトイレに行き、トイレを済ませて洗面所に戻ると、もう天ヶ崎くんは洗面所にはいなかった。

 それにしても、天ヶ崎くんも昨夜は結構遅くまで嗣深に付き合わされて起きていた気がするのだけれど、起きるのが早いな、と思って時計をちらりと見たら、まだ朝の六時だった。

 学校がある日ならばともかく、冬休み中で部活の活動も無い中学生が起きるような時間帯ではない。

 とはいえ、眠気もあまり無いので、歯磨きを済ませて居間に向かうと、天ヶ崎くんがお茶を飲みつつスマホをいじっていた。

「隣、良い?」

「あん? あぁ、別に構わねえが」

 断りを入れて、自分も掘りごたつに入り、お茶を淹れる。

 お互いに無言で、僕はぼんやりとお茶を飲みながらも、ちらりと天ヶ崎くんを見る。

 少々釣り目がちでとっつきにくい印象こそあるけれど、どこかのアイドルとか言われても納得しそうなほどに整った顔立ちで、輝くような銀髪に、雑誌とかに載ってそうな、格好良い服装。

 どんな種類のどんな服とか、そういうのに疎い僕にはよくわからないけれど、多分どっかのブランドの奴とかなのは違いない。見た感じからして、僕が普段着てるような安物の服とは全然違うなと思ったからである。

 そんな人が僕の家でのんびりお茶を啜っている状況がなんだか不思議で眺めていたら、スマホから視線を外した天ヶ崎くんが僕を見た。

「なんか用か?」

「あ、いや。ごめん。特に無いんだけど」

 思わず凝視してしまっていた事に頭を下げて謝罪すると、天ヶ崎くんは「別にかまわねえけどよ」と前置きしてから、お茶を啜って、溜め息を吐く。

「まぁ、お互い無言でいるのもなんだからな。なんか質問でもあんなら、答えてやるぞ」

「あ、うん……じゃあ、どうしようかな」

 唐突なその言葉に、なんと質問したものかと迷ったけれど、僕はとりあえず気になっていた事を訊く。

「僕って、現実世界だと、天ヶ崎くんと仲が良かったの?」

「あー……昨日も言ったが、俺と親しい奴自体が、殆ど居なかったからな。そういう意味では、会話が成立する程度には親交はあったんじゃねえか?」

 会話が成立する程度の親交って、それもうただの知人レベルなのでは。

 僕の疑問に、天ヶ崎くんは頭をがしがしと掻いて答える。

「……まぁ、お前は友人を自称してはいたな。嗣深もだが」

 少し恥ずかしそうにそう告げる様子を見ると、どうやら天ヶ崎くん自身も実際のところは友人だと思ってくれている程度には親しいようだ。

 そう考えると、僕にその記憶が無いことが若干申し訳なくなる。

「ごめんね」

「あん? 何がだ」

「いや。そんな親しい友人だったみたいなのに、僕の記憶が無くて――というよりは、偽者の僕がいちゃって」

 そう。偽者、幻想体である僕さえいなければ、天ヶ崎くんと仲良しである僕も本来は構成されたのであろうに。

「別に構いやしねえよ。まぁ若干混乱しちまうけども」

 苦笑しながらそう言う天ヶ崎くんに「ありがとう」とお礼を言ってから、ふと気付く。

 そういえば、僕と嗣深と天ヶ崎くんの三人でこの世界に来たという話だけれど、嗣深は嗣深だとして――。

 と、一瞬そこまで考えてから、何かおかしな事に気付いて、再度頭を整理してみると、僕は驚愕の事実に気付いた。

「ちょっと待って。嗣深の中身って、嗣深じゃないらしいっては聞いてたけど、あれ、もしかして嗣深の中の人って」

「あん? 嗣深の中身が嗣深じゃねぇってんなら、そりゃ、中身はお前だろ?」

「……」

 一瞬、思考が停止する。

 え、ちょっと待って。じゃあ何、僕って、女の子になるとあんな感じなの?

 現実の僕が抱いていた嗣深のイメージを、現実の僕が自分自身にかぶせてああなってるとかかなとも一瞬思ったけれども、記憶が戻ったっぽい後も全くテンションも何も変わらないあたり、もしかしてアレ、外から見た僕なの?

 うわぁ、痛々しい子だなぁ、僕。

 若干沈んだ僕に、天ヶ崎くんはちょっと慌てたように言う。

「あ、いや、まぁでも、別に元の嗣深もあんな感じだったからな。違和感ねぇぞ?」

「それがとても違和感なんですけど!?」

 僕って端から見たら、あんなハイテンションウザい系ガール、もといボーイなの!?

「いや、まぁ嗣深の姿になってるから、嗣深をトレースしてる部分もあると、思うぞ? うん。だからそんな気にしなくても良いと思うがな」

 そう言ってお茶を啜る天ヶ崎くんに、僕は混乱する。

 いや、確かに中身が誰だろうと嗣深のお兄ちゃんは僕であるという自負と責任感があるわけだけれど、その中身がもう一人の僕だとなると、こう、ちょっと色々と思うところはあるというかなんというか、いやでも一応今の嗣深は嗣深の訳だし、なんだろう、こう、未来から来た自分と鉢合わせして、しかも未来の自分だと知ったのが、割と仲良くなってからだったみたいな、そういうなんかこう、言葉にしづらいアレ。

 っていうか、そういえば、じゃあ今の嗣深の中身が現実世界の僕だというのなら、現実世界の嗣深はどこにいったんだ?

「天ヶ崎くんは」

「あん?」

「元の嗣深がどこにいったのかは、知ってるの……?」

「あー……」

 少し悩んだ様子を見せてから、天ヶ崎くんは言った。

「知らんし、検討もつかねぇな」

 なんでもないかのようにそういう天ヶ崎くんに、僕は慌てた。

「ちょっと待って!? え、じゃあ嗣深、割と危ない環境にある可能性もあるんじゃないの!?」

 しかし慌てる僕を尻目に、天ヶ崎くんは、またお茶を啜ってからのんびりと言う。

「俺も意識戻ったのがつい昨日だからあんまり詳しくはわからねえけど、まぁ、大丈夫じゃねえか? 嗣深だしな」

 まるで心配している様子の無い天ヶ崎くんに、本当に親しかったのかと疑念を抱くけれど、天ヶ崎くんは僕の視線から何かを察したのか、肩を竦めて続ける。

「正直な、義嗣、お前が一人だったら、またボロボロになってそうだから心配の一つもするが、嗣深の方は、まぁなんつうか、アイツ強運だからなぁ……」

 溜め息交じりにそう言う天ヶ崎くんに、なるほど、と納得した。

「所謂、幸運簒奪者≪ラックスティーラー≫の力だね?」

「ラックスティーラー?」

 何だそりゃ、と少し興味深げに鸚鵡おうむ返しにする天ヶ崎くんに、強運だと知ってるなら知ってる筈なんじゃないのか、と首を傾げながら説明する。

「文字通り、他人の幸運を奪い取るらしいよ。不特定多数を相手に」

「いや、そんな能力聞いた事ねぇぞ?」

「えぇ!?」

 あっさりと言われて、驚愕する。え、でもこっちの嗣深が持ってるなら、現実世界の嗣深も持ってたんじゃないの?

 そんな僕の疑問に、天ヶ崎くんは飄々(ひょうひょう)と返す。

「真面目に、嗣深にそんな能力はねぇぞ? お前にも無かった。お前に関しちゃ自分自身にとって厄ネタにしかならなさそうな能力はあったみたいだが、嗣深に関しちゃ、むしろ自分の強運を周りにも分け与えてるみたいなイメージだったが」

 じゃあ、嗣深が語ってくれた能力とか、過去の話とかは、と唖然としていると、天ヶ崎くんは続ける。

「多分だけど、過去に嗣深から聞いた話とかを元に、嗣深になったお前にそういうイメージの記憶が植えつけられたんじゃねぇか? 俺も本人から聞いた事はねぇけど、確か元居た学校では自分ばかりに幸運が舞い込むせいで、イジメにあったりしてたらしいってのは聞いてるしな。

 ラックスティーラーってのは、その過去の学校やらでの渾名とか、蔑称とかじゃねぇか? 少なくとも、俺はあいつにそんなもんで被害に会わされた記憶はねぇよ」

 その言葉で、僕は少し、肩の荷が降りた気がして、後で本人に教えてあげよう、と思った。

 嗣深本人は、それを現実の記憶と認識してたみたいだし、泣きそうになってたほどだから、多分相当こたえていたのだろうから。

 現実の僕としての記憶が戻ったことで、それが間違いだとちゃんと認識できた可能性もあるけれど、良いニュースならば教えてあげるに越した事は無い。

「訊きたいのはそんくらいか?」

「あ、えっと、後は……あぁ、そういえば、天ヶ崎くんは、どうしてそんなに鮮明に全部覚えてるの? 嗣深も、津軽さんもあんまり覚えてないみたいなんだけど」

「あ? まぁ、俺も何でかはしらねぇけど、俺は記憶取り戻すのと、元の姿に戻ったのがつい昨日だったからじゃねぇか? 所謂、世界に取り込まれてないとか、そういうのとか? ただまぁ、津軽に関しちゃ正直、覚えててもすっ呆けてるだけの可能性もあると思うけどな。アイツも俺と同じで、大概自己完結するタイプだしな」

 そう言ってお茶を飲もうとして、空っぽなことに気付いた天ヶ崎くんが新しくお茶を淹れようとしたので、代わりに淹れてあげると「ありがとよ」と小さく感謝されたので「どういたしまして」と返す。

 と、そこでドタバタと上が騒がしくなり、階段を駆け下りる音と共に、嗣深が現れた。

「シュピィーン! つぐみん、起床!」

 寝癖全開で、前髪がえらい跳ね上がっている状態で、効果音を自分の口で言いながら現れたその姿に、中身が自分だと思ったら、なんだか心にダメージを負いそうな光景であった。

「嗣深、歯磨き行っておいで」

「あいあいさー!」

 若干低血圧気味なのか、普段朝一は寝ぼけている嗣深が、妙にテンションが高いまま洗面所へと向かっていったのを見て「あれが僕かぁ……」と、頭を抱える。

「……ま、まぁ、野郎であんなだったら痛々しいが、女だし、ほら、見た目もあんなちんちくりんだから、な? あんま気にすんな?」

 天ヶ崎くんのフォローも、あまり心には響かない。

 た、例え中身が現実世界の僕であろうとも、僕は今現在は嗣深のお兄ちゃんなので、中身がなんであろうとも、嗣深のお兄ちゃんとしての責務があるのだ……。

 僕はなんとか心の中で何度もそう言うことで、折れかけた心を立て直すのであった。

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