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▼3.妹は人気者

 双子とはいえ、能力には大きな開きがある、というのを僕は休み時間が来るたびに痛感する次第である。

 休み時間の度に、徐々に嗣深の席に集まるクラスメイトが増えていくのだ。それはもう、ねずみ算式に。

 外見が完全に小学生だから可愛がりやすいというのもあるかもしれないが、それ以上に集まってくる人達に対して初対面でも明るく元気に接するのが人気のコツという奴であろうか。

 少なくとも初対面の人間相手にボケたりツッコミ入れたりしながらテンポ良く会話するのなんて僕には出来そうに無い。対人コミュニケーション能力の違いがまざまざと見せ付けられているようである。

 ……尤も、そうやって交友関係を広げるのは構わないけれど、それで変な奴と友達になったり、変なことに首を突っ込む羽目になったりしないと良いのだが。

 嗣深を囲む輪の中に居る数名の人物を見て僕はそんなことを思う。

 そうして昼休みになる頃にはクラスの過半数と仲良くなった嗣深は、特に仲良くなったらしい女子何名かとお弁当を一緒に食べるようで、僕は「へいつぐにゃん、一緒にカモーン!」とまとわりついてきた嗣深に「だが断わる」とバッサリ切り捨てると、一人でお弁当を開けて食べ始めた。

 なにやら「つぐにゃんの薄情者ー! ぼっち飯ー!」とちびっ子の声が聴こえた気がするが気にしない。便所飯とやらよりは全然マシだと思う。

 そんな完全シカトモードな僕を見て、どうやら嗣深も諦めたらしく「無理に誘ってごめんね。明日は一緒に食べようね!」と笑顔で言ってこちらに手を振ってきたのでこちらも軽く振り返すと、嗣深は笑顔を深めて呼ばれていたクラスメイト達の場所へと椅子とお弁当を持っていった。

 それを見届けていると背後から肩を叩かれたので振り返ると、後ろに立っていた虎次郎くんの人差し指が僕のもちもちお肌な頬に刺さる。

 ぐぬぅ。なんという初歩的な罠を。

「ふっ、ヨッシー、今ので一回死んだで」

「虎次郎くんの中では、僕の急所はほっぺだと思われていたのだね」

「な、なんやて? ハッ、まさか弱点はほっぺや無くて乳首のほうやったんか!」

「僕の急所どんだけ変なところについてるのさ!?」

「左乳首にナイフ刺されたら、普通死ぬやん」

「そりゃ誰でもそうだけど、それ原因はそこじゃなくて内側の心臓刺されたからだよね!?」

 謎の設定を作られそうになった僕は箸を置いて、思わず絶叫した。

「ハハハ、佐藤くんはいじられてる時が一番輝いてるね」

 そんな僕を、虎次郎くんの後ろにいた宇迦之さんが笑っていたが、いじられると輝くと言われても嬉しいわけが無い。

「ぐぬぬ……あまり嬉しくない評価をありがとう」

「どういたしまして」

「というかヨッシー、一人で食べ始めるなんて水臭いやん。いつもなら待っててくれとるのに」

「いや、嗣深があっちのグループで一緒に食べようよと誘ってきてたから、食べ始めれば諦めるかなーって」

「それならいっそこっちに誘えばよかったのに。なんなら今からでも向こうとくっつける? ボクは別に良いよ?」

「ワイも構わんで?」

「いや、気持ちは嬉しいけどやめておくよ。このメンバーで食べるのが一番気兼ね無いし」

 二人の気遣いは本当に嬉しいけれど、正直この二人以外にはさほど親しいと呼べるクラスメイトはいないのであまり突っ込んで行きたいとは思えないのだ。

 途中からとはいえ、小学校から一緒の人たちしかいないというのにそれもどうなのだというツッコミが来そうな気もするけれど、むしろ付き合いがそれなりに長いからこそ、あまり付き合いたくない人とかもいるのである。

「ま、ええわ。それじゃあヨッシー、机くっつけるでー」

「あ、うん。待ってね。今そっち向けるから」

 そのあたりを察してくれたのか、虎次郎くんが笑いながら言ってくれたので机の向きを反転させ、虎次郎くんと宇迦之さんの机とくっつけ、改めてお弁当を食べ始めようとしたら虎次郎くんがストップをかけた。

「ヨッシー、ちょい待ちや。その卵焼きもらってええか?」

「えー。そっちのトレード要員は?」

「この小魚型の醤油さしさんや」

「断固として断るよ!?」

 食べたいと思ってくれるのは嬉しいけど、流石にその交換レートはおかしいからね!?

 くそぅ。どうも虎次郎くんと喋っているといじられキャラになってしまう。別に狙っているわけでは無いのだけれど……。

「しゃあない。そうなると後はワイからの愛くらいしか出せるもんが無いで……」

「女子から言われるならまだしも、男子から言われてもなぁ……」

 まぁ、女子から冗談半分に言われてもそんな嬉しいとも思わないけど。僕にはまだ恋愛とか分かりません。

「しゃあない。なら刹那をヨッシーにやるから卵焼きもらうで」

「ボクの価値は卵焼きと同列なんだ……」

「宇迦之さんをいただけるなら仕方が無い」

「ボクは了承した覚えが無いんだけど!?」

「フフフ、ヨッシー、おぬしも悪よのう」

「いえいえ、お代官様ほどでは」

「お願いだから話を聴いてくれないかな君達!?」

 宇迦之さん涙目である。

 まぁ、基本的にこのメンバーで揃うとこんな感じに僕がいじられるか、宇迦之さんがいじられるか、たまに虎次郎くんに仕返しするかになるのはいつものことなので、宇迦之さんの涙目での叫びも様式美と化しているので問題無い。

 そうして僕はなんだかんだで卵焼きを一切れずつ虎次郎くんと、ついでに宇迦之さんにもあげる代わりに、虎次郎くんからはプチトマト、宇迦之さんからはウサギ耳りんごを入手した。

 若干レートが釣り合っていないような気がするのは気のせいだと信じたい。

 とりあえずプチトマトとリンゴは食後のデザートにすることにして、お弁当をあらためて食べ始める。

「しかしアレだね。佐藤くん、君は相変わらず生まれる性別間違えてるよね」

 と、僕の卵焼きを食べた宇迦之さんが苦笑しながらいきなりそんなことを言ってきた。

「どうしよう宇迦之さん、それは褒め言葉として受け取るべきなのか、それとも男らしくないと貶されたととるべきなのか判断がつきかねるよ」

 そしてその言葉はお料理云々以前に、身長的な意味でもよく言われるよこんちくせう。

 僕が思わずふくれっ面になると、虎次郎くんが肩を叩いてニコヤカに言う。

「笑えばええと思うで?」

「その台詞を使えばなんでも丸くおさまると思うなよ虎次郎くん!」

「とりあえず褒めてるよ。君は本当、女の子に生まれてれば絶対モテたよ。料理洗濯掃除裁縫、なんでもござれだし」

「全然嬉しくねーですよ!」

 大体今のご時勢では男の人でも家事できた方がモテるんだぞ! この前テレビで言ってたし!

 と、いう旨のことを言ったら生暖かい目で見られた。くそぅ。バカにしおってからに。

「しかしそれはそれとして、アレやな。ヨッシーの妹ちゃん、ヨッシーにそっくりやな」

「外見はね……」

「いや、割と内面もやけど」

「いやいやいや」

「確かに似てるね」

「またまた二人共ご冗談を」

 あのハイテンション娘が僕に似てるところなんて外見――それも顔の作りと体格くらい――しか無い筈だ。その外見だって髪の長さが明らかに違う。僕は肩口で切り揃えていて、嗣深は腰元まで伸ばしている。もうコレだけで分かるだろう。

 しかしそう思っているのは僕だけだったのか、虎次郎くんが笑って告げる。

「ヨッシー、テンション高い時、つぐみんと同じような感じやで」

「嘘だぁ」

「いや、君はテンションが上がるとあんな感じだよ。自覚なかったんだね……」

「おのれ名誉毀損ですよ! 訴えますよ!」

「佐藤くん、この場合は社会的地位を貶める言葉じゃなくて、君が不快に感じただけだから、仮に訴え出るとしたら侮辱罪が相当すると思うよ」

「そんな真面目な話、僕は聞きとうなかった!」

「ヨッシー、今のその声の張り具合による反応、方向性は違うけどもつぐみんそのものやで」

「バカな!?」

 でも言われてみれば僕って感情昂ぶったりツッコミ入れたり、この二人との会話でリアクション取るときは割と大げさかもしれない。自重しよう。

「つぐにゃーん! 家に友達呼んでいいー?」

 うむむ、と唸りながら残りのお弁当をかきこんでいき、何やら嗣深に呼ばれたのを無視する。

「つぐにゃんにゃーん!」

「ヨッシー、つぐみんが呼んでるで」

「ぐぬ、折角気付かぬフリをしたのに」

 あやつ引っ越してきて二日目でいきなり友達を家にあげてオーケーか訊いて来るとかあつかましさマジ半端無いな。萎縮されたらされたでちょっと気まずいから別に良いんだけどさ……。

「いや、思いっきり皆が君の返答を待つかのように視線を向けてる時点で逃げ切るのは無理だよ」

「え? うぉ!? 本当だ何で皆してこっち見てるの!?」

 宇迦之さんの指摘に、嗣深の方を見てみたら、何故か教室に居たクラスメイト全員がこっちを見ていた。

 こんなに注目されたのは小学校の時に転校してきた時以来だよ!

「佐藤ー、良いよなー」

「佐藤くーん、良いわよねー」

「佐藤! 佐藤!」

「つぐにゃん! つぐにゃん!」

『佐藤! 佐藤!』

「なんか佐藤コール始まった!?」

 どんだけお前等家に遊びに来たいんだ!? あと虎次郎くん、お前さんも何気に混ざって合いの手を入れるな!

「佐藤くん、諦めた方が良いよ」

「くそぅ、なんだこのクラスメイト達の無駄な一体感! えぇい勝手にしなさい! でもせめて三人とか四人ずつにしなよ! まとめてこられてもおもてなしできないからね!」

「ヒャッハー皆! つぐにゃんからお許しが出たよ! さぁわたしのおうちで遊びたい人この指とーまったら折られそうだからあーつまれ!」

 すげぇ、言った瞬間に傍にいた連中が我こそはと嗣深の傍に寄ったぞ。ご飯時にそんなドタバタ動いたら埃が舞うからダメなんだぞ。っていうかなんで嗣深が一緒に食べてたグループ以外の人達まで集まってるの。ヒャッハー馬鹿じゃないの?

「テンション上がるとヒャッハーとか言い出すあたりもほんまヨッシーそっくりやな」

「バカな!?」

 僕、内心ではヒャッハー言うけど口に出したことは無かった筈!

 そう抗議の視線を送ると、宇迦之さんが笑った。

「佐藤くん、そこも自覚症状無いんだね」

 ……どうやら割と、普段からヒャッハーと言っていたらしい。

 驚愕の事実にあわあわと二人を交互に見るけれど、なんか生暖かい視線に晒されてマジふぁっきんです。

「ま、それはさておき。今年最後になる山登り、本格的に雪が降る前にそろそろ行こうかと思うんやけど、ヨッシー大丈夫か?」

 急に話題を変えてきた虎次郎くんの言葉に僕は首をかしげたものの、すぐに思い出して頷いた。

 山登り。田舎の子供らしい遊びといえばらしい遊びと言えるだろうか。

 個人的にはインドア派のため山登りは別段趣味というわけではないのだが、虎次郎くんに誘われたら基本的に変なところでも無い限り僕はついていくのである。

 そもそもこの山登りも僕のために始まった行事なので、当然といえば当然だ。僕が行かなかったら意味が無い。

 というのも、昔こちらに越してきて虎次郎くんと仲良くなってから、当時はゲームなんて全くやっていなかった虎次郎くんが「せっかくの田舎なんやし山登りをしよう」と言い出したのが始まりなのだが、当時あまり周囲に馴染めなくて、虎次郎くんがそれをなんとかしようとサッカーや野球なんかに誘ってくれていたものの、虎次郎くん経由で無いと周囲とまともにコミュニケーションをとれない上、人一倍小柄な僕では運動では皆についていけなくて邪魔になっているだけだとコンプレックスを抱いてたのを感じ取ってくれたからそんなことを言い出したのだと思う。

 僕でも身体さえ出来上がれば、そういったマイナス思考に陥らなくても済むだろうし、自信を持つという判断だったのだろう。最近はやっていないけれど、ジョギングなどにも誘ってくれていたりしたし。

 普段はふざけているけれど、虎次郎くんは小学校の頃から周囲の人間への気配りがかなり上手かった。流石の人気者といった感じで、そうして山登りに誘われて一緒に山へと赴くのも恒例行事と化してきたのだ。

 昔はそれこそピクニックで行くような、なだらかで道の出来ている山などしか行かなかったけれど、最近では割と急な斜面のあるちょっとした登山コースなどにも行くようになっていた。

 今年も何度か行っており、その度に毎回遊ぶついでに山菜収穫も行っているのは余談である。

 言われるまで一瞬本気で忘れかけていたけれど、そもそも今年最後の山登りイベントが延期になったのは僕のせいであることを思い出して、僕は頬を掻きつつ謝る。

「そういえば山に雪が降る前に行こうって言ってたのに、うちのお父さんが暫く留守にするからって先月から保留になってたね……うん、いつも通り夕方前には解散なら大丈夫だよ。色々ごめんね?」

「いや、えぇよそんなん気にせんで。家の事情はしゃあないて」

「そうだね。ボクも祭事の時なんかは一緒に遊べないこと多いんだし」

「ん、ありがと」

 何やら虎次郎くんと宇迦之さん二人から頭を撫でられてそう言われた。子供扱いすんなし、と文句をつけてやろうかと思ったけれど、二人共基本的に悪気があってやっている訳ではなく、単純に慰めるためだというのを知っているので我慢して話を進める。

「で、えっと、何日?」

「あー、天気予報とか見た感じ、今週の土曜あたりはどうかと思うんやけど、ヨッシー大丈夫やろか?」

「うん、それなら問題ないよ。場所は?」

「あそこや、ほら、団地の奥にある山」

「団地の奥の山……って何かあったっけ?」

「あの山、中腹あたりやったかな? そこに廃神社があるんやて。あんまり人が入らんところなんやけど、近所の人らが山菜採りに入ったりはしとるところやからちゃんと道もあるし、この時期にあんまり高い山登るのは流石に子供だけやと危ないし丁度ええかと思うわけや」

 言われてみれば、小学校の頃に授業でやった町の歴史探索みたいな授業で町中をうろついた時に近所のおじいさんからそんな神社のある山があると話を聴いた覚えがあるような無いような。

「ってことは、最近ではあんまり行かない楽な山ってことだね」

「まぁそういうこっちゃな。この前ちょいと見に行ってきたけど傾斜のゆるい山やったし、こんなド田舎やから開発の手が入ったなんちゅうことも聞いとらんから危ないことは無いと思うで」

「流石に寒くなってきたけど、中腹あたりならふきのとうの他に、運が良ければ山ぶどうもまだあるかもしれないしね」

「なるほど」

 虎次郎くんの説明に宇迦之さんが補足したのを聞き、そういうことならば土曜日の山登りは登るのが楽な分、目的地での遊びがかなりハードになりそうだな、と考える。

「ほんで、つぐみんはどないする?」

「へ? あぁ、嗣深か。一応誘ってはみるけど、家に友達呼ぶみたいだし、日付かぶってたり本人が来る気無ければ置いていくよ」

 ちら、と嗣深の方を見てみるけれど、相変わらず皆と楽しそうに話している。

「本人の意思が無かったら意味が無いしね。ボクもそれで良いと思うよ」

「せやな」

 まぁ、後で二人になった時にでも訊いてみるよ。

 そう伝えて、その話は終わりとなった。



「お札スゲー!」

「落ち着け嗣深」

 放課後になって部活に向かう人達が多い中、僕は部活に遅れる旨を顧問の先生に伝えるように虎次郎くんにお願いし、嗣深を連れて校内を案内していたのだが、嗣深がやたらと目を輝かせて叫ぶもので、僕は溜め息を吐いてその視線の先にあるものを見る。

 そこにあるのは空き教室のドアなのだが、お札が数枚貼られていて如何にも何かがありますという雰囲気を醸し出していた。

「この学校凄いねー。お札だらけ!」

「それは僕も前々から疑問だったけどね」

 でも何でお札が貼ってあるのか知ってる人がいないんだよねぇ、と言うと「なんという学校七不思議!」とそれはそれは嬉しそうに飛び跳ねて叫ぶ我が妹。

 まぁ実際、この学校はいたるところにお札が貼ってあって、その理由を誰も知らない上に、どんなに強く引っ掻こうがお札が剥がせないという怪奇現象が起きていて気味が悪いといえば悪いのだが、小学校にも似たようなお札が一杯貼ってあったこともあってか皆から普通に受け入れられているため、皆が気にしないならまぁ良いか、と僕も最近はあんまり考えないようにしている。

「うちの教室のお掃除用具入れに、美術室に、音楽室、あと図書室にも貼ってあったよね」

「そうだね。あと体育館と外の技術室と、職員室と……基本的に殆どの場所に一枚は必ず貼ってあるね」

「ほへー。やっぱり何か悪霊的なのがいるのかな。昔ここで農民が一揆を起こして殲滅された! とかで」

「なんで農民の一揆で学校の教室にお札貼る必要があるのさ」

「ふっ、そんなことも分からんのかね明智くん」

「嗣深、それ立場が怪人のほうだから。明智さんが推理するほうだから。せめてワトソン君だろ」

「謎はすべて解けた! 犯人はこの中にいます!」

「校舎内全部を含めているなら容疑者が多すぎる上に、一揆を殲滅した兵士がこの学校にいたら怖いから」

「一揆? 兵士? 何を言ってるのつぐにゃん。そういうファンタジーな脳内設定は口から出したら痛々しいだけだよ?」

「もうやだコイツ面倒くさい!」

 僕は部活に行く! と叫んでその場を後にしようとしたら、嗣深が腰に抱きついてきて「冗談だよー! 見捨てないでつぐにゃーん!」とか騒ぎ始めたので、溜め息を吐いてとりあえず案内を続ける。

「で、嗣深ほかにどっか見たいところある? 図書室はもう案内してもらったんでしょ?」

「ふふふ、早苗ちゃんから文芸部誘われたついでに案内してもらったよー。図書カードもバッチリなんだぜ!」

「それは良かったね」

「うん。で、あと他に案内して欲しいところって言うと……むむむ。面白いところある?」

「無いね」

「隠し扉とか、秘密の地下室とかは?」

「うちの家にしか無いね」

「うちって隠し扉あったの!?」

「え、ほら、地下倉庫の奥に黄泉比良坂に続く封印された扉が……ごめんなんでもないよ」

「なんでもなく無いよ!? 黄泉比良坂って神話のアレだよね!? わたし達のおうちって死者の国に続いてるの!?」

 どうやらちゃんと理解出来たらしい。黄泉比良坂。

「ごめん。本当に、なんでもないんだ。そう、大丈夫。だって僕はあの地の食べ物を口に含んではいないのだから……」

「つぐにゃーん!?」

 いじられ続きなのも面白くないので冗談を言い出したら、予想外にノリが良くて思わず笑ってしまった。

「むむむ、おのれつぐにゃん! いたいけな幼女を謀るとはなんたる外道!」

「あぁ、自分で幼女って認めるんだ……」

「自分、不器用ですから!」

「なんでもかんでも名言を持ってくれば話が繋がると思うなよコラ」

 ペチッ、と音をたてて僕のデコピンが嗣深の額にクリーンヒットして、嗣深が「うなー」とうめき声をあげる。

「ともかく、あらかた案内し終わったし、僕は部活行くよ? あんまり遅くなっちゃうと虎次郎くんの組む相手がいなくて大した練習できないだろうし」

「ケチー」

「ケチじゃありません。大体早苗さんが案内申し出てくれてたのに、僕に案内してほしいとか言うからわざわざ時間とってあげたんだよ?」

「兄として妹をもっと気遣うべきだねつぐにゃん! さぁもっとわたしに構うのだ!」

「気遣ってほしかったらもっとしおらしい態度を見せるべきだったね、嗣深」

「お兄ちゃん……どうしても、駄目?」

「そんなわざとらしく涙目上目遣いになって抱きついてきても騙されません」

 抱きついてきて小動物みたいな目でこちらを見てきた嗣深に、溜め息混じりにそう言ってあしらう。

 実はちょっと可愛いなとか思ってしまったのは否定しないが。

「ところでつぐにゃん」

「はいはい今度は何? くだらないことだったら本当に部活行くからね?」

「あ、えっと……なんでもない」

「……いや、怒らないから言っていいよ。変なところで萎縮されるとこっちが困る」

 我が双子ながら、やけになれなれしかったり、急にしおらしくなったりと謎な子だな、本当に。

「えっとね? ……神世会しんせいかいって、何?」

「……誰がその話、したの?」

 目を細め、睨みつけるようにして嗣深を見る。

「え? えっと、あの、美郷ちゃんが凄い良いところなんだよって……」

「気にしなくて良いから。バレー部の渡部さんとは関わらない方が良いよ。ろくなもんじゃないから」

「え? あ、いや、あのね? その、わたしそういう新興宗教に入りたいとは思わないけど、聞いたこと無い名前だったから気になってて、何人かに訊いてみたら入会をオススメされたりして……ほら、うちの塀にもポスター貼ってあったし、その、実際のところ、どんな感じなのかつぐにゃんが教えてくれないかなーって」

 嗣深の言葉に、僕は大きく溜め息を吐いて眉間を揉んだ。

 神世会。二年ほど前から町の方で拠点を作って活動を開始した変な宗教団体で、目的はサッパリ分からないものの、耳障りの良いことを言って信者を少しずつ獲得している。

 全国的な知名度は全く無いものの、このあたりに住んでいる人達で知らない人はいない程度には地域に根付いてしまっている団体だ。

 別に宗教を否定するつもりはないけれど、積極的に係わり合いになりたいとは思えないし、この手の団体は勧誘がしつこいのも共通らしく、週に一度と言っても良いペースで近所の信者の人が勧誘に来ていたのでウンザリしていた。

 かといってご近所付き合いのことを考えると、しつこいからとただ突っぱねる訳にもいかないから、適当に「先祖代々仏教徒だ」とか適当なことを言って断っていたけれど、最近は入会しなくても良いからせめてうちの塀にポスターを貼らせてくれと言われて、それを渋々承諾する代わりに勧誘は来なくなったのだが。

 ともかく、そういう訳であまり良い印象が無いし、怪しげな宗教団体なのは間違いないから関わるな、と念を押し、その団体への入会をオススメしてきた人とも極力関わり合いにならないように言うと、嗣深は困ったように微笑んだ。

「関わるなって言われても、もうお友達になっちゃったよ?」

「友達は選んだ方が良いよ」

「友達っていうのは選ぶものじゃないのだよつぐにゃん! 気付いたら出来ているものなのだよ!」

「嗣深、本気で言ってるんだけど」

「……ごめんなさい。えっと、あの、でも皆良い人達だよ?」

「良い人が必ずしも良い友人になれるとは限らないんだよ、嗣深」

 特に宗教が絡むと、人というのは割と簡単に変貌する。僕が休日に遊びに行くような友人が虎次郎くんと宇迦之さんだけなのもそれが関わっていると言って良い。

 いや、友達が少ない理由の七割方は僕自身の人見知りな性格のせいだと思うが、一時期は他にもちゃんと友人が何人かいたのだ。それが神世会に入らないという理由で親が頼んだらしく、学校でその当時の友人達がしつこく勧誘してくるようになってきて、僕がキレた。それが元で疎遠になり、同じクラスにいながら微妙に余所余所しい態度になっている。

 向こうはもうあまり気にして無いよ、という感じの態度で接してくることはあるので、基本的に僕があしらっているという方が正しいかもしれないが。

 悪い人達ではないのだが、正直そういうところが苦手になってしまったので関わりたいと思えないのだ。

 だからこそ、先ほど嗣深に昼食に誘われた時、その苦手な人がいたのを見て僕はあそこまで露骨に避けたのである。

 そして多分、嗣深に入会を勧めたというのはその僕が苦手な元友人達なのは間違いない。

「うー……」

「ところで、友達を家に呼ぶって言ってたけど、その勧誘してきた人達も来るの?」

「あ、ううん。その人達は来ないよ。今回は早苗ちゃんとガイアちゃんだけ」

「あぁ、その二人なら別にいいけど。ちなみに何日?」

 少なくとも、地球と書いてガイアと読む若干アレな名前の女子は我が卓球部の同輩であるからして一応雑談くらいは出来る友人といえば友人だし、早苗さんはおっとりした人で挨拶くらいしかしないけど良い人だし、何より二人共その神世会の会員ではないので問題ないだろう。

「えっと、今週の日曜日あたりどうかなって思ってるんだけど……あの、ごめんね? お昼の時、調子に乗っちゃって……」

「良いよ別に。本気で嫌だったら僕当日は部屋から出ないし……しかしそっか、日曜日か」

「あ、もしかして日曜日なにかうちで用事あった……?」

「いや、特にないよ。大丈夫。あのさ、かぶらなかったみたいだから訊いておくけど、今週の土曜日に近所の山を登るんだけど、ついてくる?」

「行く!」

「……即答だね」

 しおらしさが一転、目を輝かせて顔をあげた嗣深の顔がやたら近かったために思わず仰け反る。

「だってだって山登りですよ! 田舎に来たら山は登りませんと!」

「嗣深の中で田舎ってどういう存在なのかが謎だ……」

 というか、意外にもアウトドア派なのか、この子は。

 その後、結局暫くは嗣深と共に雑談に興じることになったために部活に行くのが大分遅れてしまったり、嗣深も卓球部に入るとか言い出したりしたのはまぁ、余談である。

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