▼48.鍵
夢を見た。
夢だと分かりやすいのは、登場人物の"僕"が、目の前にいるからだ。
目の前の"僕"は、申し訳無さそうな顔をして、僕に頭を下げる。どうして頭を下げるのかと問おうとして、声が出ない事に気付く。
そんな僕に、目の前の"僕"は口を開けて何かを言うけれど、僕の耳には届かない。
どうしたものか、と思ったら、"僕"の後ろにいる、僕にそっくりな女の子が、泣きそうな顔で首を振る。
一体、何を言いたいのか、どうして君達はそんなに申し訳無さそうな顔をするのか、と声をあげようとして、僕は目が覚めた。
目の前にあるのはいつもの部屋の天井で、重たい頭を持ち上げて時計を確認すると、眠ってからほんの三十分ほどだった。
なんだか変な夢を見たな、と思って頭を掻いたら、爪を立ててしまったらしく、チクリと小さく痛みが走る。
右腕を見ると、肘から先が、鱗に覆われて、まるで化け物のようになっていた。
「あ……」
瞬きをした次の瞬間には、まるでそんなものは無かったかのように、僕の腕は普段の通り、細くて頼りない、女の子みたいな腕へと戻っている。
けれどその右手の爪は、尖ってもいないのに、頭部を引っ掻いたときに付いたらしい血がたらりと垂れていて。
右目に、血が垂れてきそうになったので、僕は手渡されたタオルで顔を拭いて、頭に押し付ける。
軽く引っかいたくらいならば、すぐに止まるだろう。
そこで違和感を覚えて隣に目をやると、とてつもない美人なお姉さんが笑顔で居た。
「へうっ!?」
驚いて、慌てて飛び跳ねるけれど、お姉さんは笑顔のままで、両手を広げて告げる。
「おめでとう。偽物くん。タイムリミットはもうすぐだ」
誰なのか、何処から入ってきたのか、といった質問をする前に、お姉さんは満足げに勝手に語り始める。
「いやぁ、実に興味深い結果だね。偽物にも関わらず、その精神力だけでどうにか変化を留めて、利他的にしか動けない。そして、結局何も出来ない。偽物なのに、まるで本物みたいだ」
パチパチと拍手されて、なんと返答すべきか迷っている間に、瞬きをした次の瞬間に、僕はどこからか現れた椅子に腰掛け、お姉さんはメガネをかけて、指揮棒のようなものを持って、これまらどこから現れたのか分からないホワイトボードを棒で突きながら続ける。
「もう少し見ていようかと思ったのだけれど、いつまで経ってもこのままじゃあ、君も彼も先へと進めそうにないし、ここいらで僕が梃入れをしてあげようと思ったわけさ」
見る者を蕩けさせそうな笑顔で、お姉さんは僕の顎へと手をやる。
「正直な所、君の事はどうでも良いんだけれどね。ここまでそっくりになるのは僕としても正直驚きなんだ。だから、興味が湧いたのもあるし、彼同様に傍観者の立ち位置から脱却できない君だけでは、ハッキリ言って本当の意味でこの世界の根幹に関わる事はできないから、見ていて飽きてきたんだよね。だから、手助けをしてあげる。けれど、勿論、対価は頂くよ?」
僕の耳元へと口を寄せて、囁くように、お姉さんは告げる。
「この世界から脱出する鍵をあげよう。代わりに、君は年明け前に、この世界から消えて無くなる」
どうだい? と問われて、僕は迷うことなく、頷いた。
「かまわないよ」
「良いね。素晴らしい。それでこそ彼の偽物だ」
両頬に手を当てて、目の前にそのお姉さんの顔が迫る。
どこまでも魅惑的で、吸い込まれてしまいそうなその顔の額に、目が開く。
「おはよう。これで君は、僕の眷属だ」
さぁ、楽しくなりそうだね、と、背筋がぞくりと震えるような綺麗な声に、僕は再度意識を失って――。
目が覚めた。
意識を失ったんじゃない。今のが夢だったのか。
夢の中で夢を見ていたということか。なるほど。中々珍しい。
中々にリアルな夢だった。いやはや、そう、本当にリアルな夢だった。
夢だったと思いたいのだけれど、跳ね起きた僕の隣には、全裸の女の子が寝ていた。
「……」
咄嗟に目を逸らし、急いで布団を被せたけれど、誰だこの子。
寝起きの頭に鞭打って、全力で頭を回転させるけれど、身に覚えが無い。
鍵がどうとか夢の中で言われた気がするけれど、もしかしてこの子がそうだとでも言うつもりだろうか。
布団を少しだけめくって、寝顔を見ると、なんともあどけない顔で寝ていらっしゃられる。
歳は僕より少し下くらいだろうか?
幼い顔立ちで、身長は相手が全裸である関係上確認できないけれど、さっき一瞬見えた上半身から逆算すると、僕と同じくらいの身長だろうか。
髪の毛は銀髪、というには少し輝きが足りず、白髪というべきだろうか。目の色は寝ているので分からないけれど、肩口まで伸びた髪の毛は、パッと見た感じ艶が少し欠けているように見える。
まぁなんにしても、色々と待って欲しい。
先ほどのが夢でなかったとして、僕の寿命が何やら年内で終わるっぽいのはまだ良い。
ただ、この女の子をどうしろと……。
頭を抱えていたら、ドアがガラリと開いた。
「佐藤くん。嗣深が起きたから話を――」
目と目が合う、僕と津軽さん。
津軽さんの目が、若干僕から下に下りて、布団から顔を出す、白髪の女の子へと視線が移ったのを確認して、僕は布団をそっと下ろすと、立ち上がって目の前に両手を突き出す。
「それでも僕はやってない」
「何がよ……」
なんか、言わないといけない気がした。
呆れた顔の津軽さんにドヤ顔をかましつつ、僕は現実逃避するのであった。
本当にどうするんだ、この子。
と、ふと再度女の子の顔をじっと見詰めると、少し肌の色は健康的に見えるようにこそなっているけれど、神様にそっくりな事に気が付いた。
「……厄ネタの予感しかしないなぁ」
そして、夢の中であっさり肯定してしまったけれど、正体不明のお姉さん曰く、僕の命はあと一週間程度らしい。
「どおおおしよっかなぁぁ……」
大きな溜め息を吐いて、僕は頭を抱えるのであった。




