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▼45.約束

「我らが神よ。ここはまた穢れてきておりますので、清め終わった場所へ移動していただけますか?」

 神様の言葉に戦慄していた僕をちらりと見ながら、おじさんはそう言う。

「穢れというのが何なのかはわかりませんが、信徒の言葉であれば、そうしましょう」

 そのおじさんの言葉に、神様はそう告げて立ち上がる。

「エリーナさん。他の用が無ければ、私はこのまま移動しますが、よろしいですか?」

「……えぇ、問題無いわよ。次の拠点はどこになるのかだけ教えてもらえればね」

「大司教?」

「部外者がいる場所で、それを告げる訳には参りませぬな。また後日、こちらから折り返し連絡させていただきます。よろしいかな?」

 僕達の事を冷たい目で見渡してからそう告げるおじさんに、津軽さんは小さく舌打ちして「分かったよ」とだけ言って立ち上がる。

「それじゃ行くわよ。もう用は済んだでしょ?」

 僕と嗣深を交互に見ながらそういう津軽さんに、僕は頷いて立ち上がった。

 仮に他に用があったとしても、あのおじさんが居るところではあまり込み入った話はしないほうが良さそうだ。

 嗣深は少し考え込んでいたが、同じく立ち上がり、お父さんもそれに合わせて立つ。

 ひとまず、神生会に狙われず、宇迦之さんからも狙われなくなったというだけでも十分だ。

 去り行く僕達の背中に刺さる視線を無視しながら、部屋から出ようとして、床に倒れ伏している女の子達と目が合う。

 まるでガラス玉みたいになんの感情も見せない、少し不気味な目に、本当に人形のようだ、と思った。




 津軽さんに連れられて施設から外に出ると、相変わらず風が強くて寒いけれど、日は照っている。

「それで?」

 僕達全員が外に出るのを見計らって、津軽さんはどこか嘲笑うかのように振り返った。

「これから、どうするのかしら」

 視線を向けられた僕は、その言葉に返そうとして、口を噤む。

 どうするのか。どうしたいのか。

 眼前の危険が回避されたという時点で、僕がそこまで必死にどうにかしないといけないという状況ではなくなったし、嗣深が望まないというのなら、嗣深を外に出す方法を探すというのも、別にすぐに探さないといけないわけではなくなった。

 ならば、このままで良いのではないか?

 そう考えかけて、首を振る。

 違う。そうじゃない。

 嗣深は「この状況で帰りたいなんて思える訳が無い」と言ったのだ。

 つまりは、帰りたくないわけではない筈だ。

 だが、どうすれば帰りたくなるのか。

 考え込む僕に、津軽さんはどこか落胆したように口を開く。

「まぁ、思いつかないならそれでも良いんじゃないかしら。貴方、別に何か特別な能力があるわけでも無いし。普段の生活に戻ったら?」

 それが出来たなら、どれだけ良かった事か。

「無理だよ」

「無理? どうして?」

「僕の普段の生活に必要な人が、いないんだもの」

 虎次郎くんも、宇迦之さんも、早苗さんも、皆、まわりからいなくなった。

 冬休みに入っている今も、本当なら虎次郎くんや宇迦之さんとは遊んだりする筈だったのだ。

 僕にとっての日常は、あの二人がいて、お父さんがいて、嗣深がいて、それでまわる筈だったのだから。

「もう、僕にとっての日常は、戻らないよ」

 自嘲気味に笑う僕に、津軽さんは口を噤んだ。

「ねぇ……」

 そんな僕と津軽さんの会話に、嗣深が遠慮がちに声をかけてくる。

「なんだい?」

「皆で、戻ろうよ」

 嘆願するかのように、どこか涙が滲んだ声で、嗣深が言った。

「皆で、一緒に戻ろう? それで、皆で楽しく過ごそうよ。嫌だよ、私一人で戻るなんて、嫌だよ」

 いや、実際に泣いているらしい。

 泣いている嗣深にハンカチを渡してあげると、鼻を啜りながら涙を拭う。

 そんな嗣深を見ていた津軽さんは、暫くの間、口を開けては閉じてを繰り返してなんと言えば良いのか分からないといった顔でいたけれど、大きく溜め息を吐いた。

「無理よ。私と嗣深は戻れたとしても、佐藤くんも、佐藤くんのパパも、幻想だもの。あっちに戻ったところで、この二人は取り残されて終わりよ。早苗も、そうなるでしょうね」

 そう告げる津軽さんは、どこか申し訳無さそうだったけれど、そればかりは仕方ない。

 僕に関しては、覚悟した上であるし、恐らく、お父さんもそうだろう。

 幻想、と津軽さんが言ったが、まさしくそうだ。

 僕もお父さんも、望まれて作り出されただけの幻想に過ぎない。

 だからだろう。自分の事なんかよりも、本物の人達に幸せになってほしいと自然と思えるし、そのために自分達が犠牲になるのも致し方ないと簡単に割り切れてしまう。

 神様が言った「玩具は人のためにあるのだから」という言葉は、簡単には納得できない言葉ではあるけれど、作られた人々が、という意味であるのならば、僕は是と答えるだろう。

 だから、僕達の事など気にしなくて良いのだ。

「僕は、それでもかまわないよ」

「お父さんも、嗣深が幸せになるのなら、それで良いとも」

 僕の言葉に、お父さんも苦笑しながら乗っかる。

 嗣深はその言葉を聴いて、どこか寂しそうにしながらも「ありがとう」と呟いた。

「……幻想だろうが、アンタは変わんないわね」

 津軽さんは、寂しそうにそう言って、大きく溜め息を吐く。

「私は、早苗と離れるのは正直嫌なのだけれど、そのあたりどう思ってるの?」

 嗣深にそう訊く津軽さんは、しかし言葉の割には苦笑している。

「本物の早苗ちゃんに会いに行こう」

 嗣深がそう言って、津軽さんは一瞬固まった後に笑った。

「早苗に会いに行くって、アンタ、正気? もう死んでる人間にどうやって?」

 口元を押さえながらそう言う津軽さんに、僕も内心で同意する。

 早苗さんが多分死んでいると、そう継げたのは他でも無い嗣深なのだ。

「早苗さんが死んだなら、ちゃんとお葬式で手を合わせて、冥福を祈ってあげようよ」

 あぁ、会いに行くって、そういう意味で、と僕が思うと、津軽さんも笑いながら頷く。

「そうね。会いに行くって、それくらいしか方法は無いものね。それで? そのまま早苗とお別れしろって?」

「そうだよ」

 頷いた嗣深に、津軽さんは笑うのをやめて、嗣深と視線を合わせる。

「なんで私がこの世界に来たのか、教えなかったかしら?」

「早苗さんが死んだからなのは知ってるよ? でも、だからって、死んだ人の代わりを用意して、それを早苗さんだって言って、本物の早苗さんの事はもうどうでも良くなったの?」

 いつものように愛称ではなく、真面目にさん付けで早苗さんを呼びながら、嗣深は真面目に津軽さんに語りかける。 言っている事は正しい。死んだ人の代わりの人形を用意して、それを本物だと思い込んで、本物の事は忘れ去ろうとしているというのは、確かだろう。

 だが、本当の事だから、正しい事だからと言って、それを認められる人間は、殆どいない。

「そうね。確かにアンタの言うとおりかもね。嗣深。だけど、今この世界にいる早苗も、間違いなく早苗だと思ってるのよ、私は。だから、どっちが本物とか、そういう話じゃないの。大体、アンタも、そこの佐藤くんとパパを、偽者だからって言って、本物のために殺せって言われたら、殺せるの?」

「死ねるよ」 

 津軽さんの言葉に、嗣深が目に見えてうろたえそうになったところで、僕は笑顔でそう言った。

「……アンタには訊いてないのよ。佐藤くん」

「嗣深が手を下せなかろうが、嗣深が迷おうが、僕は嗣深の幸せのためなら、死ぬよ」

 ね、お父さん、とお父さんに言うと、お父さんも苦笑しながら「そうだね」と頷く。

「くだらない。ねぇ嗣深。アンタは自分のために犠牲になってくれる家族を望んだわけ?」

「ちが、違うよ! 私はそんなこと、望んでない!」

「じゃあ、そこの二人はなんのわけ?」

 アンタがそう望んだからこんなこと言ってるんでしょ? と馬鹿にしたように言う津軽さんに、嗣深は「そんなこと思ってない。思ってるわけないよ……」と言いながらも、僕達の言動のせいで、自分がそう望んだんじゃないかと頭を抱え込んでしまう。

 けれど、それは嗣深の考えすぎというものだ。

「違うよ。嗣深。津軽さん。僕もお父さんも、そんなことは嗣深に望まれてないのくらいは知ってるよ。僕もお父さんも、津軽さん曰く、嗣深だけが望んでここにいるわけじゃないんでしょ? 他の誰かが望んだから、ここに存在して、そこに嗣深が混ざってきただけで」

 だから、仮にもし、僕達のこの考えが誰かによって作られたというのなら、それは最初に僕達を作った人達だ。

「だから、僕もお父さんも、嗣深が考えたから、こんなことを言ってるわけじゃないし。嗣深がそうしてほしいと望んだから、嗣深のために死んでも良いって思ってるわけじゃない。僕は、僕の意志を持って、嗣深に生きて欲しい。だから、嗣深のためなら、死ぬことも厭わない」

 自分が偽者だと分かっているからというのも確かにあるけれど、その考えだけは、きっと僕が本物だったとしても持ったであろう。

 僕の言葉に、嗣深も津軽さんも黙り込んだ。

 嗣深は少し顔を赤くして、津軽さんは、どこか苦しそうにして。

 そんな僕達に向けて、背後から拍手の音が鳴り響いた。

「すばらしいですね」

 振り向くと、そこには神様が居た。

 日の光を、白い傘で防ぐようにしながらも、どこか輝いて見えるその肌と服装のまま、神様は笑顔で拍手をしている。

「それでこそです。人のためにあるべき、人の幸せのためにあるべき。それを自らの意志として体現している貴方は、素晴らしいですね」

 まるで子供を褒めるかのようにそう告げる神様は、後ろに控えるおじさんに「そう思いませんか? 大司教」と問いかけると、おじさんは「そうですな」と無表情で告げる。

 別に、貴方達に褒めてほしいわけじゃない、と思ったけれど、僕達は何も言わず、道を開ける。

 神様は嬉しそうに微笑みながら、僕達が話している間に玄関に回ってきた黒いワゴンへと乗り込み、告げる。

「もし、貴方達が大事な人と共に、あの苦しい世界に戻りたいというのなら、その人達が全員それを望むようになった時、私はそれを叶えましょう。」

 そこまで言ったところで、おじさんが神様の隣へと乗り込んでドアを勢い良く閉めると、ワゴン車はそのまま走り去る。

 全員、暫しの無言の後、最初に口を開いたのは津軽さんだった。

「正直、戻りたくないんだけど、もし仮にアンタ達が全員を説得できたなら、考えてあげても良いわ」

 投げやりながらも、津軽さんが考えを変えたのかそう言った事によって、嗣深は笑顔になって、頷く。

「絶対、皆を説得するよ!」

 ふんす、とやる気を出す嗣深に、津軽さんは溜め息を吐いた。

「ま、あのウッカリ狐は絶対に頷かないでしょうけどね……」

 津軽さんの言葉に、嗣深は笑顔のまま固まる。

 確かに、宇迦之さんはこの世界の虎次郎くんにべた惚れみたいだし、説得は一番大変だろうなぁ、と思うのと同時に、嗣深や僕との押し問答に疲れたから、無理難題を押し付けて開放されようとしてるだけじゃないかこの人、と思うのであった。

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