▼43.頼りになるけど頼りにしたくない感じ
現在は既にお昼を迎えており、僕達は相変わらず高校の視聴覚室を勝手に使わせてもらいながら昼食をとっていた。
食べているのは、津軽さんが一度買い出しに行って買ってきてくれたコンビニのお弁当とカップのお味噌汁である。
外はすっかり晴れ渡っているから目立つだろうに、津軽さんはとても良い笑顔で空を飛んで最寄のコンビニ(約2キロ)まで空を駆けて行った成果だ。
なんかこう、魔法とかそういうのの秘匿的なのは大丈夫なのだろうか、と思わなくも無いが、まぁきっと何かちゃんと対策はしているのだろう。多分。
そして現在、その津軽さんは、嗣深を後ろから抱っこしながらその頭に顎を乗せて、ご飯を食べる嗣深を愛でている。
「えりにゃん、楽しい?」
「悪くないわね」
悪くないどころか、物凄いニコニコしてらっしゃいますよね? と思ったが、口にはしない。僕は大人なのだ。
お父さんもその光景を苦笑しながら見ているので、これは無言を貫くのが正解である。
とはいえ、僕もご飯を食べ終わったので、そろそろ話を進めたい。
「ねぇ、津軽さん。それじゃあそろそろ話を戻しても良い?」
「えぇ。良いわよ。誰から殺る?」
「殺っちゃダメだよ!?」
さっきまでの渋り具合からは考えられないほどに乗り気な津軽さんだが、協力的なのは良いとして物騒なのは勘弁していただきたい。
「あら、ダメなの? とりあえずあのウッカリ狐あたりから殺すのがオススメなのだけれど」
「宇迦之さん殺しちゃダメだよ!?」
「あら、敵対してるんでしょ? なら良いじゃない。私、アイツ嫌いなのよね」
「敵対してるにはしてるけど、別にこっちが向こうに隔意があるわけじゃないからね!?」
「そう? 残念ね」
嗣深の髪の毛を撫でまわしながらそう言う津軽さんの様子からして冗談だったのだろうけれど、一度殺されかかってる身としては冗談としても笑えない限りである。
そもそも、この世界では殺してもあまり意味が無いのでは……。
と、そこまで考えてから、それじゃああの時、僕はどうして津軽さんに殺されかかったのかと思ったが、また話が進まなくなるので一旦置いておくことにする。
「えっと、それじゃあまず、津軽さんって、神生会の神様と連絡とったり、直接会ったりとかって出来る?」
「まぁ、出来なくは無いわよ。協定も結んでる関係ではあるし」
「協定?」
「この世界を壊さないのと、世界の維持の手伝いをする代わりに、この世界で望むものを与えられる、とでも言えばいいかしらね? まぁそういう感じのよ。私が望んだのは、さっき言ったとおり、早苗ね」
まぁ、思ったほど望んだものが望んだとおりに手に入ってるとは思えないんだけどね、私としては、と軽くその内容を暴露してしまう津軽さんにどういう顔をすればいいのかわからなくなるが、とりあえずは理解した。
宇迦之さんも同様の協定を神様と結んでいたのだろう。あの化け物と戦っていたのもその一環といったところか。
壊さないように、外敵を倒すのに協力していた、というような――。
「あ」
そう。外敵だ。
あの魚顔の化け物は、この世界に本来いるものでは無い。それはこの世界の本来のあり方から考えても分かることだ。
あの外敵は、どこから来た?
「ねぇ、あの化け物達って、なんなの?」
「あの、が何を指すのか、なんて事は今更聞くつもりはないけど、魚顔の変な奴等なら私も詳しくは知らないわよ?
この世界に配置されていた、私達が望んだ人物とは別の、NPC、って言ったらわかりやすいかしら。そういった人達を喰らって増えているってくらいしか。どこから来てるのか、何が目的なのかは私も知らないわ」
「そうなんだ……」
とはいえ、どうやって増えているのかを知れただけでも十分な情報だろう。
嗣深は諦めたみたいだけれど、僕としては嗣深をこの世界から脱出させる方法について諦めたつもりは無いので、外部に繋がりそうな情報は積極的に集めていこうと思う。
それに、何故かは知らないが、宇迦之さんに殺されかけた、というか殺された昨夜に、僕の身体は間違いなくその外敵である魚顔の化け物になっていた。
嗣深はそれについて特に訊いてこないし、僕自身もどうしてああなったのかはいまいちわかっていないけれど、少なくとも今現在、あの化け物自体は僕の味方ではなくとも、僕自身があの化け物となって戦うことは出来るみたいなので、どうしてあの姿になれたのかも、連中の正体を調べると同時に詳しく知る必要もある。
あの時は自分に利する場面で変身したけれど、毎回ああなれるとは限らないし、そもそも自分の意思によってあの姿で戦闘目標を固定したりできるかもわからないのは結構怖いものがある。
まぁ、この世界の平和を維持するというのは、僕的にも賛成するところではあるのでそちらも手伝えるところは手伝いたいが。
「まぁ、あれに関してはアンタ達のパパの……名前なんだったかしら」
「忠嗣だよ。お嬢さん」
「そう。忠嗣さんね。覚えたわ。貴方でも十分に対処できると思うわ。少なくとも、頭をカチ割れば死ぬし、斬り飛ばしても死ぬから。その銃が飾りじゃないなら問題無いでしょうね」
疑わしげに見る津軽さんに、お父さんが苦笑しながら「本物だよ」と告げる。
「なら問題無いでしょ。ヤクザの拳銃程度でも、何発か頭に叩き込まれたら動けなくなってたし」
それはつまり、その現場に居合わせたということなんですが、とツッコミを入れようかと思ったが、またやぶへびになっても困るのでやめておく。
「で、まぁ私からしたら目下の敵はそいつらなんだけど。一応、アンタ達も平和を乱そうとしてるという意味では敵扱いになってもおかしくないのよね」
嗣深の髪の毛と自分の髪の毛をからめながらクルクルと指でもてあそびながら「どうしたら良いと思う?」などと津軽さんが訊いてくるが、それをこちらに訊かれても困る。
「とりあえず、その平和を乱そうとしてるわけではないということを釈明するためにも、神生会の会長に会いたいんだけど」
現状、嗣深を逃がすにしてもこの世界を平和にするにしても、神生会に追われる身のままというのは所謂詰みゲー状態が延々と続く訳で、それは避けたい。
宇迦之さんがどう出るかは分からないけれど、敵対するのが宇迦之さん個人だけと、この世界を牛耳っている団体全てが敵というのでは取れる行動の幅に大きく差が出る。
何やら、嗣深の髪の毛と自分の髪の毛を組み合わせて三つ編みにし始めた津軽さんの目を逸らすことなくジッと見続けていると、津軽さんは肩を竦めて三つ編みを解いて立ち上がる。
「まぁ私にはどうなろうとあんまり関係無い話だし、便宜を図ってあげても良いわよ」
貸し一つでね、とニヤリと笑う津軽さんを見て、この人にはあんまり貸しを作りたくないなぁと思いつつも、今頼れるのはこの人だけなので仕方ないと思い直す。
「わたしへのボディタッチで対価となりませんか!」
「それは私との同盟に対する対価なので別扱いよ」
「無念!」
嗣深がささやかな抵抗をしたがあっさりと終わった。まぁそんな気はしていたが。
しかし、嗣深から提案された時はあんな獲物を見るような目で見て同盟への承諾を即座にした割に、津軽さんの嗣深へのボディータッチは抱きしめるか髪の毛いじるかくらいで、非常に目に優しいのだけれど、意外と初心なのだろうか。
僕はてっきり、虎次郎くんが隠し持っているといういかがわしい本のような内容をまっ昼間から始めるような変態っぷりを見せ付けてくるんじゃないかと内心冷や汗物だったのだけれど。
まぁ仮にそんなことしたらお父さんが黙ってなさそうだが。
「ねぇ、アンタ今失礼なこと考えなかった?」
「滅相もございません」
ジト目でこちらを睨んできた津軽さんに笑顔で返す。
心を読んだわけじゃなかろうが、勘が鋭い……。
「まぁ良いわ。そしたら、出かける準備をしてもらって良いかしら? 連れて行くから」
「えりにゃん、今お味噌汁飲んでるから待ってね!」
「全然待つわ」
殆ど会話に参加しないなと思ったら、まだお弁当をもそもそと食べていたらしい嗣深は、ようやく食べ終えたらしく、食後の味噌汁を幸せそうな顔で飲んでいた。
なんとも平和そうな顔である。
「荷物は大して無いから、毛布を丸めて、ゴミを持って帰るくらいで、そうは時間がかからないね」
そして、お父さんは連れて行くと言われるのと同時に、さっさと僕達がくるまっていた毛布などを丸めて回収していた。
元々、車に積み込んであった荷物もさほどではなかったし、徒歩で高校にくることになった時点で、毛布と最低限の食品に使い捨てカイロと歯ブラシくらいしか持ってきていないので、毛布が少しかさばる程度なので、準備らしい準備も無い。
「飲み終わった!」
「それじゃあ、連れて行くわね。ところで、車はあるのかしら?」
「生憎と無いね。昨日、宇迦之さんに壊されちゃったから廃棄しちゃった」
「あー……もしかして、あの天井が派手に壊れてた黒いワゴンがソレ?」
「ソレです」
「わかったわ。そしたら迎え呼んだ方が早いかしら……。貴方達二人なら担いで連れて行くのも苦ではないけれど、流石に成人男性もいるとなると足が無いわ」
「お手数かけます」
「申し訳ないね……」
お父さんが若干申し訳無さそうだが、こればかりは仕方ない。そもそもお父さんいなかったら、昨夜の時点で詰んでいたのだから。
「ちょっと電話するから、黙っててもらって良いかしら?」
「「了解」」
そこには、廃墟があった。
祝・4万UPVという看板が、ひび割れた電球を装飾としてつけたまま玄関のドアを塞ぐように落ち、どこか哀愁を誘う。
表札には、輪廻転生ラプソディという字がかすれて彫られていた。
かつてはにぎやかにさまざまな人達の言葉で彩られていたブロック塀は、もう殆どが崩れ、風化しかけていて、なんと書いてあったかもわからない。
「寂しい場所だな」
ポツンと呟いたその言葉は、誰に聞かせるわけでもなく、響いて消える。
時折、いまだに生きているのだと言うように、廃墟の窓からは紙切れが数枚ひらひらと吐き出されているが、通りがかる人々は、その紙をちらりと横目に見るとそのまま歩き去る。
「六年も放置されていたんだ。もう、誰も寄り付かないだろうさ」
嘲笑うかのように、彼はそう言うと拾った紙を丸めて廃墟へと投げ返す。
紙には、まるで怨念じみたようにただただ「それでも、読んでくれる人がいる限りは、最後までは」と、それだけが書かれていたが、その読んでくれる人というのが、どれだけいることか。
「まるで亡霊だな」
度し難い、哀れな亡霊だ。
彼はそれだけ言い残してその場を去り行く。
廃墟の前には、ただただ足跡だけが残る。
そこはもう、廃墟でしかないのだと、誰もがそう告げるかのように――。
というような心境のまま、そっと書き連ねる午前一時。
前と違って、感想への返信をする余裕はあるけど、今となってはその感想が無いというジレンマ。
ポイントも動かず、感想もつかずとなると、結構執筆意欲に響くということを実感し、あの頃は本当に恵まれていたんだなぁとしみじみ思うのでした。
でも、こういうこと書いてみたところで、読者側も感想書こうと思っても、物語が進まないと書きづらいよねって冷静に考える自分もいる午前一時十五分。




