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▼2.妹、学校初日

 割と、人の体温が寝る時に一緒にあるというのはバカに出来ない安眠効果を及ぼすらしい。

 僕は近年まれに見る清々しい気分で朝を迎えながらそんなことを思った。

 これ以上無いくらいのリラックス状態で寝ていたようで、眠気も殆ど無く、頭はバッチリ冴えている。毎日こうだったら最高だろうな、と思えるほどである。

 起き上がろうとしたら左腕が引っ張られたので隣を見ると、まだ嗣深は熟睡中らしく、微妙に口元から涎を垂らしている間抜けな姿で僕の左腕に抱きついていた。

 起こさないように注意しながらそっと拘束状態から腕を抜くと、少し顔を顰めて「うにゅにゅ……」などと唸っていたもののちゃんと離れてくれたので、僕はそのまま布団から出て軽く背伸びをする。

 凍えるような、とまではいかないものの、今日も朝から凄く寒い。出来れば布団にまだ潜っていたいけれども、我が事ながら自分の本性の怠け者っぷりは熟知しているので、自分に甘えているといつまでも起きない上に二度寝しかねないのでしっかりしなければ。

 枕もとの時計を見ると、時刻はまだ五時と少し。いつも起きる時間より少し早いが、昨夜は気疲れしていたために早めに寝たことを考えれば、むしろちょっと寝すぎたかもしれない。

 まだ寝ている嗣深を起こさないように静かに部屋を出た僕は、一階の洗面所で顔洗いと歯磨きを終えてすぐに朝食の準備を始める。

 一般家庭では少々早いと思われるかもしれないが、お父さんは先月お葬式の手伝いで休みをとってしまったせいで仕事がたまっているらしく、四時起きで家で出来る分の仕事をしている筈なので、お父さんの空腹事情を考えると少し早めになってしまうのだ。

 別に頼まれた訳では無いけれど、お父さんは放って置くとご飯もろくに食べずに仕事してたり、休日でもこれまたご飯も食べずに書斎で本を読み漁っていたりするので僕が気にしていないといけないのである。

 昔からそんななので、僕も養子だから迷惑をかけないように過ごしてきたのと合わせて「妙に大人っぽい落ち着いた子になってしまった」とお父さんが嘆いていたものだが、ワガママ放題に育つよりはマシだったと思ってもらいたい。

 そして、個人的にはどうせ大人っぽいと思われるような育ち方をするなら、身長もそれに付随して欲しかったなぁ、と脚立の上に乗りながら台所で朝食の準備をしながら思う。せめて台所で脚立などの足場無しでも普通に料理できるくらいまでは、中学校の間に伸びて欲しいものだ。

 そんなことを考えていたら、戸が開いた音がしたので振り返ると、目を擦りながら欠伸を手で隠している嗣深の姿があった。

「おはよーつぐにゃん……」

「あぁ、おはよう嗣深。早いね」

「うに……つぐにゃんが居なくなったから起きちゃったのですよ。にしても、ご飯作るの早くない? まだ六時にすらなってないよ? そんなに手間かかるの作るの?」

「いや、お父さんがまた朝から仕事してるみたいだから、早めにしとこうと思ってね。別にそんな手の込んだのは作るつもり無いよ」

「にゅー……とりあえず手伝う」

「その前に顔洗いと歯磨きいってらっしゃい」

「はぁい……」

 苦笑しながら嗣深を洗面所へと向かわせて、引き続き糧食の調理を進める。

 とは言っても、嗣深に言った通りそこまで手の込んだものではないのだが。

 味噌汁は昨日の残りを温めるだけで良いし、おかずも家の古さに似つかわしくない、無駄にハイテクな冷蔵庫のチルド室に入れておいた鮭の切り身にちょっと塩を振って焼くだけでメインは出来上がり。後は毎日作っている卵焼きを作るだけ。

 野菜はきゅうりとニンジンの浅漬けが冷蔵庫に入っているし、大した手間をかけずに作り終わる。三人分のお弁当を作るのもまとめて作ればそれほど手間ではないし、鮭と卵焼き以外はポテトサラダやプチトマトなんかが冷蔵庫に入っているので、手間をかけずともバリエーションも多少はつけられる。

「つぐみん、覚醒! 寒い! 凄い寒い! 今朝はお魚?」

「おかえり。うん、鮭だよ。お弁当にも入れるつもり……あ、もしかして魚は嫌い?」

「ううん、鮭は大好きだよー。そしてソレは卵焼きさんですか?」

「卵焼きさんです」

 卵焼き、と聞いた瞬間に嗣深は目を輝かせた。

「甘いですか?」

「甘々です」

「ヒャッハーつぐにゃん最高だぜ!」

「どういたしまして」

 この子は朝っぱらからテンション高いな、と思いながら適当に聞き流していると、嗣深が手伝ってくれるというので魚の焼き加減と味噌汁が煮詰まらないように見るのをお願いした。

 そうして卵焼きが完成し、魚が焼きあがったところで嗣深にはお父さんを呼びにいってもらい、テーブルにおかずを並べてお茶碗にご飯を盛り付け、嗣深に手を引かれて苦笑しながらやってきたお父さんと朝の挨拶を交わして朝食を摂る。

 ご飯を食べている間、もっぱら喋っているのは嗣深一人だった。僕とお父さんはそれにたまに相槌を打ったり、たまに僕が嗣深にツッコミを入れたりはしたが。

 いつも通りの光景にたった一人混ざるだけで、ここまで騒がしくなるものなのだな、と内心で感心した。

 騒がしい、と表現したが、別に嫌なわけではない。それはお父さんもそうなのだろう。終始笑顔で喋り続ける嗣深に、僕もお父さんも言葉少なながらも笑って対応していたことからそれは間違いない。

 食後、顔洗いと歯磨きを終えたお父さんが再び部屋に戻るのを見送ってから、嗣深と一緒に食器を洗い、二人で居間に移るとテレビを点けて眺めながらぼんやりする。

 時刻はまだ六時をまわったばかりで、学校は八時には出れば間に合うため約二時間ほどの余裕があるのだ。

「ねぇ、つぐにゃん」

「なんぞ?」

 いきなりだったので返事が謎の言語になったけれど、気にしない。

 何か話でもあるのだろうか、と頬杖をつきながら嗣深を見ると、テレビを指差したのでそちらに視線をやる。

 そこに映っているのは、どこぞで新しい油田採掘が成功したというニュースだ。ちなみにこれの前は消費税がどうだとかアイドルの誰がどうしたとかそんなニュースがやっていた。

「こういう埋蔵資源ってさ、過去の積み重ね、生物の死骸とかが元になって出来るじゃない?」

「うん。そうだね」

「じゃあさ、肉体は資源として地に還るわけだけど、魂とかそういう目に見えない物はどうなるんだろね」

「大変だ、さっきの朝食には毒が盛られていたのか」

 なんかいきなり小難しいこと言い始めたな。

 若干失礼なことを思いつつ、僕は適当に返す。

「もー、真面目……かどうかはともかく、ちょっとした哲学的なことだよぅ。あのさ、仏教なら仏様のところに行ってから輪廻転生するでしょ? で、神道だと草葉の陰から遺族を見守って、自身を忘れられた時に消滅して、キリスト教だと天国か地獄にひあういごーでしょ?」

「うん、まぁ何故このタイミングでとか色々ツッコミを入れたいけど、とりあえずキリスト教だから英語で言ってみたというのは理解したよ。あー、なんだろう。宗派によって色々教えが違うと思うから一概には言えないと思うけど、そんな感じだね」

 尤も、僕もそういうのあんまり詳しく無いのだけれど。

 そういうのは学校に凄く詳しい友達がいるのでそっちに訊いたほうが多分早い。

「でしょ? でさでさ、輪廻転生なら分かるのね? 世界人口が増えているように思えるけど、実は生物の魂の総数が変わってなくて、単に虫とか動物、お魚なんかが人間に転生するのが増えた結果だというのがわたしの考えなわけですよ」

「とりあえず小難しいことを考える知恵はあるというのは分かったよ」

「いやぁ照れますなぁ」

「いえいえ、どういたしまして」

 本当になんで今そんな話題が出たのだね、とか色々と疑問だが、まぁ、そこはスルーして話を聞いてあげよう。

「まぁそれでね? それはあくまでわたしの持論なんだけど、そこで思うわけですよ。転生した場合って前世の記憶なんてまず持ってないでしょ?」

「まぁ普通はそうだろうね。子供の場合は前世のことを夢で見たりすることがあるって言うけど眉唾だし」

 たまに「私は前世の記憶がある」とか言ってる人とかもいるけど、果たしてどこまで本当なのだか分かったものじゃない。テレビでも最近そういうタレントさんが出ていたけども、大方そういうキャラ付けしてるんだろうなー、という印象だ。

「うん、そうなるとさ、魂そのものは転生したとして、その生物が持っていた記憶や知識、想いなんかに関する部分の一部がそれに付随していくこともあるだろうけど、じゃあそれで付随することなく残された記憶や想いは一体どこに還元されているのかって疑問なのですよ」

「脳に記憶されているんだから、死んだ時に失われるんじゃないの?」

「んーっと、それはそうなんだけどね? つぐにゃんって幽霊とか信じる?」

「いるんじゃないかなーとは思うけど、それがなに?」

「わたしね、そういう記憶や想いなんかが残された物が幽霊だと思うの。思念体とでも言えば良いのかな。魂はとっくに別の人ないし生物に転生しているんだけど、付随していた情報が独立して幽霊になるとでも言えば良いか」

 いまいち説明が分かり辛いな……。

 えーっと、つまり幽霊は本人そのものが成仏できずに残っている訳ではないんだぜ、ということだろうか?

「まぁいいや。続けて?」

 頭の中で嗣深の言ったことを整理しながら先を促し、箸を進める。

「ありがと。って言ってもだからどうしたって訳じゃなくて、どう思う? って話なんだけど」

「ごめん。どう思うとか言われてもそういう考えも有りかもね、としか言えない」

 ついでに言うと、あまりにも唐突な話だったからあんまりついていけてないです。

「うにゅ、ごめん。まぁそれもそうか。わたしのキャラ的にこういう話出来そうな人がいなかったから、つぐにゃんなら、と思ったんだけど……あんまり興味なかった?」

「いや、面白い発想ではあるなとは思うけど」

 その設定で何か書いたらいいんでないかね、と思う程度には。尤も、それが一般大衆受けするかどうかは保証の限りではないが。

 それに、魂なんていう形の無いものが転生するという前提なら記憶とか想いとかも一緒に引き継がれるんじゃないかな、って思うし。……いや、でもそれなら子供の頃にしか思い出せないとかそういうのもおかしな話か。引き継いでるなら覚えてないとだし。

 ううん……。難しい話だ。

「んー、ごめんね? 変な話して。忘れて忘れて!」

「はいはい。まぁ聴くだけならまったく構わないよ」

 しかし僕もそういうのを考えた事が無くも無いけど、油田がどうこういうニュースを見てその話に飛ぶあたり、割とそういう話が好きなのだろうかこの子は。かなり意外だ。てっきり趣味嗜好は似ているけれどアホの子かと思っていたのだが。

 いや、勉強はしっかりしているみたいだし、少しおかしな子ではあるけど意外に僕よりも頭が良かったりするのかもしれない。

 ……なんだか急に、兄としての威厳とかそういう物による焦燥感が湧いてきた。

「嗣深、七時半くらいまで少し一緒に勉強する?」

「するー!」

 勉強、頑張ろう。


 

 町立、海鳴かいなり中学校。

山に囲まれたど田舎に存在して、海なんかどこを見渡しても存在しないのに海の名が付く不可思議な中学校である。

 生徒数はここ最近の少子高齢化のあおりを受けて年々減ってきており、現在では一学年一クラスしか存在せず、生徒総数は百人を切っているという如何にも田舎の学校だ。いや、それでもクラスに二桁の人数がいるだけまだマシなのかもしれないが。

田舎の学校というだけあり、生徒数に反して土地は広く、校庭は校舎をもう二、三個建てても多少余裕がありそうな広さで、冬場には降った雪を利用してクロスカントリーの練習などをしていることもあるが、普段は野球部がグラウンドを独占して毎日威勢の良い掛け声を響かせている。

 今も朝練を終えて片付けをしている野球部員達の声がグラウンドから聴こえてくるが、あと一ヶ月もすればそれも聴こえなくなることだろう。

 そんな実に田舎らしい魅力の感じない学校であるけれども、一番の魅力は僕の家から徒歩五分という点であろうか。

 また、校舎内を簡単に説明すると、一階に職員室、保健室、調理実習室、放送室、体育館、文芸部室。二階に三年生の教室と、理科実験室、理科準備室、図書室、情報技術室。三階に一年生の教室と二年生の教室、視聴覚室、美術室が存在し、校舎外には技術室と呼ばれる木工細工を作ったり出来る道具が揃った小屋。体育館の二階には柔道場が存在する。

 ちなみに冬服は男子は学ラン。女子はブレザー。上履についているラインの色が赤いのが三年生、青いのが二年生。緑色のが一年生。つまり僕らである。来年にはまた別の色が一年生に割り当てられるので、来年は青いのが三年、緑が二年になると思うが。

 そんなことを嗣深に説明している内に、僕達は学校へと到着した。

 朝のホームルーム開始は八時半なのだが、時刻はまだ八時前である。とはいえ既に登校している生徒もそれなりにいるし、既に教室で雑談に教示している人達もいるだろう。

 そんな中、学校へと入った僕は嗣深に別れを告げて自分の教室がある三階へと上がろうとしたところで嗣深に手を掴まれて足を止めていた。

「つぐにゃん、わたしは職員室に顔を出さなくてはなりません」

「うん、行ってらっしゃい」

「一緒に来て欲しいです!」

「断ります」

「つぐにゃんに対するつぐみんの好感度が、五下がった!」

「嗣深に対する義嗣の好感度が五十下がった」

「ごめんなさい!?」

 嗣深が頬を膨らませて謎の文句をつけてきたので、似たような台詞で返したら全力で謝られた。好感度が下がるのは嫌らしい。

「いや、まぁ職員室って入りづらいという気持ちは分からなくもないんだけど……まして嗣深からしたら初めて来た学校だし」

「分かるなら一緒に来てよぅ。心細いよぅ」

「ぬー……」

「一緒に来てくれたら、今日は一緒にお風呂入ってあげる!」

「さようなら」

「後生ですだお代官様ー!」

 誰がお代官様か、と嗣深のおでこにデコピンを喰らわせてから、結局僕は職員室でマンガを読んでいた担任の先生のところまで嗣深を案内して、教室へと向かって歩き出す。

 どうでも良いけれど、あそこまで堂々と職員室で漫画読んでるのはどうなんだろう、先生として。

 そんなことを考えながら、途中ですれ違った先生や先輩などに挨拶しながら階段を上がっていき、階段に設置されている鏡に映る光景を見て、僕は脚を止めると「相変わらずか」と呟いた。


 鏡には、誰の姿も映っていない。


 鏡の前に誰も立っていないわけではない。事実、僕がこうして鏡の目の前で見ているのだから、そこには僕の姿が映っても良いはずなのだけれど、どういうわけかそこに映る景色は色褪せた階段の光景だけで、何度見直しても人の姿など映ってはいない。

 コレだけ言うと僕がまるで実体の無い存在にでもなったようだけれど、僕だけでなく他の人がここを通る時も、この鏡は誰の姿も映さないのだ。

 二階から三階に上がる階段の途中に置いてある、誰の姿も写さない鏡。我が校の七不思議のひとつである。

 一時期はコレが階段の様子を精密に描いた絵画ないし写真なのではという説もあったのだけれど、触った質感も鏡そのものだし、別の角度から見ればしっかり別の角度の光景が映っているし、前に誰かが階段の壁に悪戯描きをしたらしく、朝、学校に来た時に壁に堂々と落書きが描かれていた時は、その落書きもしっかり鏡に映っていたので、余計に謎が深まったという代物である。

 僕も初めてこの鏡を見た時は驚いたけれど、今では驚きを通り越して呆れている。

 学校側も、こんな鏡は姿見にも使えないのだし撤去して新しいのに変えれば良いのに、と。

 まぁ学校にそんなお金が無いのだろうということくらいは分かるのだけれど。

「お、ヨッシーおはよーさん」

 そんなことを考えていると、聴きなれた声が自分を呼んだのでそちらに向き直り、軽く手を挙げる。

虎次郎こじろうくんおはよ」

「おう、朝っぱらから鏡なんか見て、なんや? ナルシズムにでも目覚めたんか?」

「色々言いたい点はあるけれど、とりあえずこの鏡を見てそうなることは無いと思うよ」

「せやな」

 僕のツッコミに楽しそうに笑う虎次郎くんに、僕も釣られて小さく笑った。

 |桜庭(桜庭)虎次郎こじろうくん。スポーツ少年らしくスポーツカットされた髪型に中学一年生らしからぬ精悍な顔つき、そして身長は160センチに達していてスポーツも勉強も優秀で陰では努力しているという完璧超人なのだけれど。残念なことに奇妙な似非大阪弁を喋り、常時開いてるんだか閉じてるんだか分からない糸目でメガネをかけていて、尚且つ趣味がギャルゲーということから、一部から『似非大阪人』『糸目メガネ』『エロ虎』 などのあだ名を付けられている男子である。

 一応、我が級友にして悪友にして同じ部活に所属する親友だと僕は思っているのだが、唯一エロのあたりに僕は若干の忌避感有り。

「まぁとりあえず一緒に教室いこや」

「ん、オッケー。ところで宇迦之うかのさんは? 今日は別々に来たの?」

「刹那なら、さっき水飲もうとしたら水道が破裂して水びたしになったから保健室連れて行ったで。ブラが透け透けやったわ。指摘したら殴られてもうたけど」

「君はもうちょっと言動に遠慮というものを入れようよ虎次郎くん……宇迦之さんも可哀想に。この寒い中水をかぶるとは……」

 あと、そういうのは例え見えても見ないフリをして上着を貸してあげるのが優しさでは無かろうか虎次郎くん。

 しかしあの人は相変わらず不運がついてまわる人だな……。

「刹那の不幸……いや、不運属性は今に始まったことや無いからなぁ。もう可哀想を通り越してあざといとか面白いの域やで」

「本人がそれ聞いたら泣くと思うよ」

 雨が降れば傘を誰かに持っていかれ、雨が降って水溜りがある日はトラックが飛ばした水溜りの水に濡らされ、プールでは足を攣った子を助けようとしたら暴れられたせいで自分も溺れそうになり、泣いている子供に優しく声をかけたら胸を揉まれて逃げ出されたりと、見ている分には微笑ましくはあるけれど、自分だったら絶対嫌である。

「むしろ殴るね」

「あ、宇迦之さんおはよう」

「お、刹那もう来たんか?」

「おはよう佐藤くん。虎次郎、君は今ならボクに対する弁解の余地があるけれど、どうすべきかわかるかな?」

「しゃあない。ヨッシー、刹那がワイらのコントをお望みや。持ちネタの中でとっておきの奴やるで」

「オッケー分かったよ」

「分からなくて良いよ佐藤くん!? 虎次郎のボケに君が乗るとボク一人じゃ収拾つかなくなるから!」

 僕と虎次郎くんのやりとりに驚愕の声をあげながらツッコミを入れてきているのが、不幸というほどではないけど不運に魅入られた女こと、不運属性女子、宇迦之うかの刹那せつなさんだ。

 腰元まで伸ばした髪はちょんまげポニーテールにする形でまとめ、顔つきは凛々しく、男装とか似合いそうな中性的ながらも将来は美人になると一目でわかる美少女。

 器量良しで人当たりも良く、勉強も出来てスポーツもそれなりに出来る。身長も150半ばで、男子達の平均身長より少し高いくらいというこれまた完璧超人ではあるが、その不運属性と無駄に強い正義感による熱血が入った時に、非常に面倒くさい人になる上に割とナイーブで傷付くといじけてこれまた面倒くさい人になることから、陰では『ガッカリ美少女』と呼ばれている。あと何故か一人称が『ボク』という、所謂ボクっ娘というものらしい(虎次郎くんが教えてくれた)。ちなみに彼女も僕と同じ部活(卓球部)に所属中だ。

 尚、二人共そんな残念な二つ名を持っているが、普通に友人として付き合う分にはとても良い人達なのでその残念な所は気にしてはいけない。むしろチャームポイントであると考えるべきだろう。実際こうして虎次郎くんのボケに乗った時の宇迦之さんの反応とか楽しいし。

 そんな失礼なことを考えながら二人と合流した僕は、教室に入ると既に教室にいたクラスメイト達に軽く挨拶を交わして自分の席に着き、二人もカバンを自分の席に置くとそのまま会話に入る。

 今までは僕が窓際最前列の席で、後ろに虎次郎くん、虎次郎くんの隣に宇迦之さんという席だったために自分達の席に座りながらでもワイワイやれたのだが、今日からチビっ子の嗣深が来るということで、先生が身長の事を考慮した結果、宇迦之さんの列の席が一個ずつ後ろに下がって最前席が嗣深の物になることが昨日の時点で決定していたため、宇迦之さんだけは虎次郎くんと僕の間で立っている状態だ。

「それで、昨日出迎えたっていう妹さん、どんな感じの子なんだい?」

 宇迦之さんが今日から嗣深の席となる僕の隣の机に視線をやって訊いてきたので、僕はなんと応えたものか少し迷ってから一つ頷き、虎次郎くんに視線を送る。

「外見は僕を小さくして女の子っぽくして髪の毛を腰元まで伸ばした感じで、性格は虎次郎くん九割、僕を一割にしたくらいかな」

「なるほど。つまり可愛い子なんだね」

「どうしよう虎次郎くん、宇迦之さんったら僕の話をちゃんと聞いていたのかしら」

 姿かたちは僕に似ているという話を今したばかりだったはずなのだけれど。

「ヨッシーが既に割と可愛い系やからな。更にサイズダウンさせて女の子っぽくなっとる言われたらそら可愛い子なんやろうと思うで」

「ちっこいから可愛く見えるのかもだけど、顔自体は至って平凡だよ僕……」

 虎次郎くんの言葉に溜め息混じりに返答する。どんな人でも小さい子供の頃は可愛いものなのである。今の僕はまさにソレ。

「せやけど、ブサイクって言われるよりはええと思わへん? 一応褒めとるんやし」

「うぐ、た、確かにそうだけどね」

「しかし虎次郎に似た性格というと、破天荒なイメージがあるけど、佐藤くんの外見で虎次郎の中身と聞くと違和感があるね」

「いや、底抜けな明るさみたいなところは虎次郎くんっぽいけど、なんか方向性が違うから厳密には虎次郎くんとは違うというか……まぁ会ってみればわかるよ。って言っても、僕も会って一日しか経ってないから、正直上っ面の性格しか分かってないけどね」

「そら会って一日で全部理解できとったら逆に怖いわ」

「確かに」

 三人で笑い合い、その後は暫く昨日やっていたテレビがどうとか数学の宿題がこの時期だと足し算引き算みたいな物で簡単すぎるとかそんな話をしていると、昨日まで僕の隣の席だった津軽さんがやってきた。

「おはよう、津軽さん」

「……おはよ、佐藤くん、宇迦之さん、虎。相変わらず仲良いわねアンタ等」

 呆れたように言う彼女―ー津軽さんは小学校から付き合いのあるクラスメイトだ。

 とはいえ、小学校に途中編入だった僕はあまり詳しくは知らないのだけれども。

 津軽つがる恵理那えりなさん。色白で髪の毛は染めたように真っ黒。目は少し赤みがかっていて、普段は常にダルそうな顔をしている。

 大体授業以外だと本を読んでるか寝てるかで、身体があまり強くないのか体育の授業で屋外競技がある場合は全部日陰で見学するだけ、ということくらいは知っているけれども、

 昨日までは隣の席だったとはいえ挨拶するくらいで特に会話らしい会話したことも無いし、小学校の時も基本的にいつも一人でいたところしか見ていない。

 あぁ、津軽さんと同じ文芸部の早苗さんとたまに喋ってたり、宇迦之さんと将棋してたりするのは見たことあるけど。後は虎次郎くんが話しかけて冷たくあしらわれてるところとか。

 そういうわけで、基本的にあまり他人とは絡まない人である。今のように挨拶くらいはするのだけれど。

「おはよう津軽さん。ふふ、なにせボク達は仲良し三人組だからね」

「おはよーさんやエリナン。まぁそういうこっちゃな」

「エリナンはやめてって何回言えば分かるのかしらねこのバカ虎は……」

「あー、ごめんね津軽さん。うちの虎次郎くんが」

「はぁ……まぁなんでも良いけど。あと、そろそろ先生来るから席に戻った方が良いわよ宇迦之さん」

「あぁうん、分かったよ。それじゃまた後で」

 津軽さんに言われて宇迦之さんが自分の席に戻る。確かに教室の壁掛け時計を見てみたら、既に八時半になっていた。うちの担任の先生は結構ゆるい人なので、別に自分が来た時に誰かが立ち話してたら怒るなんてことはしないけど、まぁ先生が来る前に席に戻っておくのは悪いことではないので別に良いか。

 そんなことを考えている間に、先生が入ってきてホームルームの時間となる。

 いつもならまずは出欠を取るところだけれど、先生はひとつ咳払いをして皆をニヤニヤしながら見渡す。生徒達が転校生を楽しみにしている様子を楽しんでいるようだ。

 わざとらしく間を取ってから、先生はようやく切り出した。

「お前等、転校生を紹介するぞー」

 担任の先生――笹川先生が告げた言葉に、クラスが少しだけざわめく。

 うん、転校生イベントって学生にとっては一大イベントだものね。分かっていたことでも少しはざわめくよね。しかもうちみたいなど田舎の学校では余計に。

 ところで、転校って言うのは出て行くのを指している訳だから正しくは転入生じゃなかろうかと思った僕は間違っていないと信じたい。

「はいはい皆静かにしろ。それじゃあ嗣深ちゃん、どうぞ」

「たのもー!」

 威勢よく声を上げながら教室に入ってきた幼女もとい嗣深に、少しだけおさまっていたざわめきが大きくなる。

 そして、先生が黒板にチョークで名前を書き始めるのに合わせて嗣深が腰に両手をあて、脚を肩幅に開いて胸を張りすぎて若干仰け反りながら自己紹介を始めた。

「どうも! 佐藤嗣深と言います! 気軽につぐみんとでもお呼びください! 

 ちなみにこのクラスの義嗣くんことつぐにゃんの双子の妹です! 趣味は読書とゲームとお絵かきと散歩とカラオケ!

 血液型はO型で誕生日は12月24日です! 今月です! 好きな男性のタイプは、ノリが良くてお人よしな人です! みんなよろしく!」

 シュタッ、と元気良く右手を上げて挨拶する嗣深に、クラスは一瞬反応に困ったかのような空気が流れるが、そんな中で虎次郎だけは平常運転で「よろしゅう頼むでー!」と手を振りながら笑って声をかけて、嗣深に「ありがとー!」とか返されていた。

 この二人はやっぱりすぐに仲良くなりそうだな。賑やかになりそうだ。

「ん、元気の良い自己紹介ご苦労様、嗣深ちゃん。席は君のお兄さんの隣だよ」

「はーい! 了解ですよー!」

 学校でもあのまんまなんだな嗣深は、と考えていたら、席についた嗣深が指示棒――アルミ製で伸び縮みする細い棒。ラジオとかについているアンテナみたいな奴――で頬を突いて来たので、なんじゃいなと思いながら視線をやると、ニコニコ笑顔のまま指示棒を畳んで手をぶんぶん振ってきたので、「はいはい」とあしらいながら軽く手を振り返してあげる。

 隣の席なのに手を振るというジェスチャーはどうなんだろうかと思わなくも無い。

「つぐにゃんよろしくねー。わかんないことあったらガンガン訊くからね! 後ろの席の美少女さんもよろしくね!」

「えぇ、よろしくね佐藤さん」

「オッケー!ところでお名前なんてーの!」

「津軽よ。津軽恵理那」

「恵理那ちゃんだねオッケー!」

「……初対面で名前呼びなのね。別に良いけど。よろしく」

 気だるそうに嗣深に返答して本を読み始めた津軽さんに、嗣深が「おおう、ちょっとテンション上げ上げすぎた?」と微妙に焦っていたけれども、そんな空気をぶち壊すかの如く、僕の後ろの席の虎次郎くんが元気良く声をあげる。

「そいでワイがクラスのアイドル、虎次郎さんや! よろしゅうなつぐみん!」

「ヒャッハー! いきなりあだ名で呼んでもらえるとは感謝感激雨霰で感動のバーゲンセールだよ! よろしく虎次郎くん!」

「嗣深の感動は一束三十円くらいなんだろうね」

 予想以上に最初から飛ばしまくる嗣深に、僕は溜め息を吐きながらそう呟くのであった。

 ※嗣深の誕生日を間違えてましたので訂正しました。

  嗣深は12月24日、義嗣が23日です。

  (深夜に生まれたため、実際には数分の誤差ですが、日付の上では一日ずれこんでいます)

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