▼40.一夜を過ごす
ご存知ですか皆さん。
ここ数話にわたって、ほぼほぼ話に進展がございませんでしてよ……?
結局、僕達が通ったトンネルは最初に予想していた通り、例の高校のそばにある車道へと通じていた。
落ち着いてまわりを見てみると、このあたりには本来無かったはずの、まるで壁のようにぐるっと周囲を囲うトンネルがあり、大通りは大通りで別のトンネルがあったりと、違和感を持って初めから見ていれば、違和感しかない光景である。
僕達は宇迦之さんが後ろから追ってこないかだけ注意しながら荷物をまとめると、応急処置しかできていなかったお父さんの傷口をしっかり止血剤を振り掛けてガーゼと包帯で塞ぎ、完全に出血が止まったのを確認し、高校前から町へと繋がる坂道のあたりで車を降り、車はそのままアクセルをゆるく吹かした状態で進むようにペダルを固定したまま、車を囮にすることにした。
幸い、直線の道路が暫く続くため、放って置けば車は数百メートル先まで進むだろうから、仮に先ほどのように宇迦之さんが追いかけてこようとしても、車に何かしらの装置が積み込まれていたりした場合はこれで偽装できるだろう、という判断である。
何より、あんな刀傷だらけで穴の開いたワゴン車では、暖房もあまり効果を発揮しなくなってきていたし、誰かの目に止まったら目立つことこの上ないからだ。
幸いなことに、トンネルを抜けて、完全に世界の反対側ともいえるこちら側は吹雪が少しマシなレベルではあったので、僕達は三人で高校へ向かって歩いていた。
ちなみに嗣深はどうも疲れがかなり大きかったのか、あれだけ車が揺れたし、銃撃音も(サプレッサーがついていたらしく、そこまで大きな音はしなかったけれど)していたにも関わらず爆睡中であるため、お父さんが背負っている。
尚、高校に向かっているのは、理由としては単純明快に、このあたりで周辺住民の事とかを気にせず夜を過ごせそうなのがそこくらいだからである。
お父さん曰く、この吹雪では不法侵入に警報が鳴ったところで警備会社が駆けつけるのはどうしても時間がかかるし、風と雪が酷いせいで、時折ガラスが割れて誤報が鳴ったりするのも無いわけではないため、一晩くらいは問題なくすごせると思う、とのことである。
それが本当なら色々と問題な気がするのだけれど、まぁ今回に関してはこちらに利することなので、気にしないことにする。
少し眠気があったけれど、こうして雪中行軍していると眠気も消し飛んでしまうので、ついでだから考えを整理したいところだと思って色々考えるけれど、結局何も良い考えは湧いてこない。
ひとまず、夜を明かしたら足となる車両を手に入れて、片っ端からトンネルに入ってみて、外界に運よく繋がっていないか試すか、神様とやらに直接会えるか試してみるか。あまり友好的では無さそうだけど、事情を知っていそうな津軽さんを尋ねるか。
今出来るのはそのくらいだろうか。
まぁ、どれをするにしても、やはり足になる車が必要になるわけだけれど。
もうとっくに指名手配ぐらいはされてるであろう僕達がまさかバスや電車を使うわけにもいかないし、そもそもこのど田舎ではバスも電車も一時間に一本、時間によっては二時間、三時間に一本なんてこともあるので役に立たない。
「義嗣」
「うん。ありがとう」
考えに耽っている間に、高校に到着した僕達は、校門側からぐるりと回りこんで体育館へと向かう。
本当は校門のすぐ目の前にある玄関口からそのまま入りたかったけれど、残念ながら終業式が過ぎているこの時期だというのに先生が一人は当直にいる様子であったため、遠回りする羽目になったのである。
流石に深夜ということもあって、周りからは物音一つせず、吹雪の音だけが響く。というか、物音どころか、どこの家も電気がついておらず真っ暗だ。
深夜とはいえ、冬休みに入っている以上は夜更かしをしている学生とかもいそうなものだけれど、そういった様子も無い。
このあたりで電気がついていたのは、街灯と当直室らしき場所だけである。
そんなわけで少々寒いのと歩きづらいのを除けば順調に体育館にたどり着いた僕達は、お父さんがなんの躊躇も無く体育準備室の窓をアサルトライフルの銃底で叩き割った場所から、ガラスの破片を窓枠から極力はずして入り込む。
なんというアグレッシブな入室スタイル……。
この後始末をするであろう、この高校の当直の先生に内心で謝りながら、お父さんの後を追ってすぐにその部屋から飛び出し、体育館を経由し、そのまま階段を渡って三階の視聴覚室へと滑り込んだ。
まるで軍隊の突入訓練を実際にやっているみたいでちょっとドキドキしたのは内緒だ。
「暖房が効き始めるまで少しかかるだろうけど、我慢してくれるかい?」
「うん。大丈夫」
むしろ、学校の暖房のつけかたなんてお父さんどこで知ったんだと思う次第。
とはいえ、ツッコミを入れている場合でもないし、僕はいまだぐーすか寝ている嗣深の寝顔をぺちぺち叩きながらも小さく丸まって寒さに耐える。
ただでさえ寒い中、防寒具は胸元からばっさりとお腹の辺りまで斬られてしまったので、毛布を抱きしめることでごまかしてはいたけれど、隙間風が時折入ってしまってお腹が冷えてしまいそうだった。
そんな状態で外をそこそこ歩く羽目になったので、体温はかなり落ちている。
仕方なく、起きる気配の無い嗣深のほほを叩くのをやめて、抱きしめるほうにシフトすると、とても温い。
そうして暖かくなってくると余裕が出来たので周囲を見渡すと、僕達が隠れた視聴覚室は、僕の居る中学校の二倍近く広く、一度に40人なら座れそうな広さで、スクリーンに向かって放射線状に机が配置され、机は一列ごとに一段高くなっている。
テレビとかで見たことがある、大学の講堂みたいなのを小さくしたバージョンとでも言えば良いだろうか。
いずれは僕もここで小難しい話をされながら、スクリーンに映った何かを見てノートをとったりするんだろうか、と思うとそれを先取りしてこんなところにいるのを考えて、ちょっとテンションがあがる。
そんなことを考えていたら、お父さんは優しい笑顔でこちらを見ていたので、咳払い。
「それで、これからだけど」
「決まったかい?」
「うん。とりあえずだけど、津軽さんに会ってみようかなって」
「津軽……このあたりだと珍しい苗字だね。友達かい?」
「うん。友達……というよりは知人みたいな感じだけど、現実世界のほうでは僕とそこそこ仲が良いみたいだよ」
宇迦之さんが、僕にこっちでもほだされたのか、なんて言っていたし、と言うと、お父さんは「そうか」と呟いて、いつのまにやら手にしていた缶コーヒーのプルタブを開ける。
それ、視聴覚室に誰かが隠しておいた品なのでは、と思ったけれど言うのはやめておいた。
「義嗣は、この世界が偽者だと、本当に思ってるのかい?」
「え?」
今更そこなんだ? と思ったけれど、お父さんは割と真面目な顔だったので、ただ頷くだけに留める。
「……その言い方だと、義嗣は、自分自身の事も偽者だと思ってるんだよね? お父さんのことも」
「えっと、僕にとってのお父さんは、お父さんだけだよ。ただ、嗣深が言う現実世界みたいなのは、こことは別にあると思ってるのは、本当だね」
僕自身、死んだ記憶があるのもあって、信じてるし、と言うと、お父さんは少し目を細めて缶コーヒーを机の上に置いた。
「お父さんはね。正直な話、半信半疑ではあるよ」
「……そうなんだ」
まぁ、普通に考えたら突拍子もない話なのは認めるところだ。
「でもまぁ、銃弾を刀で切り払われたり、ただの刀で車の天井を突き破って中の人を刺すような人間を見たら、流石に嘘だとも言えない。まして、あのトンネルで本来抜けるはずがない場所に出たことも考えてもね」
だから、自分の子供が危険なところから抜け出すこと自体は、お父さんは歓迎だ、と言ってから、お父さんは僕の目を見詰める。
「けれど、それで嗣深は逃げられるとして、義嗣はどうするんだい?」
「え?」
「仮にこの世界が偽者だとして、お父さんも、義嗣も偽者だとして、この世界が消えるのならば、お父さんも義嗣も、消えてしまうのだろう?」
言われて、その可能性をまったく考えていなかったことに思い至る。
「……その、思いつかなかった、という顔は、義嗣、気付いてなかったね?」
お父さんのどこか呆れたような生暖かい視線に、僕は目を逸らす。
「か、仮にそうだとしても、やっぱりこの世界がいつまでも残り続けるのは、よくないと思う。歪んじゃってるもの。この世界。人の考えが捻じ曲げられちゃうような世界は、良くないよ」
「それで、自分が消えてしまってもかい?」
「うん」
探るようなお父さんの声に、僕は頷いた。
死ぬこと自体は、実はまぁ多少怖いところが無いでもない。まして、僕が偽者で、この世界とは別に本物の僕がいるということは、つまるところ、この世界が終わるということは僕は消えるということで。
それが怖くないわけが無いけれど、それ以上に、僕は神生会だの化け物だのに怯えてすごさなくちゃいけないような世界があって良いとは思わない。
少なくとも、僕は大事な人たちがそんな、意にそぐわないような事をしなくちゃいけなくなって、苦しい思いをするような世界は嫌だ。
「それで、お父さんが消えてしまってもかい?」
お父さんの言葉に、僕は笑った。
「消える時は一緒だよ、お父さん」
だったら寂しくないでしょ? と言うと、お父さんは驚いたようで少し固まった後、溜め息を吐いて頭を掻いた。
「参ったな。義嗣。それは反則だよ」
「本当のことだもの。消えるとしても、お父さんが一緒ならそれでも良いと思うから、僕は嗣深を元の世界に帰してあげたい」
ハッキリと、お父さんの目を見ながらそう言うと、お父さんはもう一度大きく溜め息を吐く。
「参ったよ。完敗だ。まったく、コレじゃあお父さんのほうが腰抜けみたいじゃないか」
「まさか。お父さんは僕の心配をしてくれただけでしょ?」
妹が出来た時は、お父さんの関心はそっちにいってしまうんじゃないかと心配な時もあったけれど、お父さんは、いつだって僕も嗣深も、平等に心配してくれたし、平等に愛を持って接してくれていた。
だから、僕は嗣深のことも、純粋に大事な妹として愛しているし、当然、お父さんのことも愛している。
「だから、お父さんは僕のことは気にしないで、嗣深を幸せにすることだけを考えて」
少なくとも、僕はこうしてお父さんと一緒にいられれば幸せだよ。
そう告げると、お父さんは目元を押さえて「そうか」と言って立ち上がる。
「義嗣と嗣深の分の暖かいものを買ってくるよ。高校なら自動販売機くらいは置いてあるだろうからね」
「うん。わかった、気をつけてね」
「義嗣もね。ちゃんと隠れているんだよ」
「うん」
涙声が隠せていないお父さんにくすりと笑って、僕は嗣深を抱きしめる。
「大丈夫。なんとかなるさ」
うちのお父さんは最高で、最強だからね。
誰かの願いが反映される世界だというのなら、僕のこの想いも願いも、きっと届く筈だ。多分。




