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▼1.ウェルカムトゥー我が家

時は遡って、季節は秋。僕が妹がいると知ったのは、満開の桜と暖かい陽射しに祝福された中学校の入学式を終え、夏を通り越えて肌寒さも感じるようになってきた頃。中学一年生になって半年ほど経ったある秋の日のことである。

 その日、いつも通りの朝を迎えた僕は、シングルファザーである義父のために朝食とお弁当を作っていた。

 ……とは言っても、大体昨夜の内に作っておいた物がメインで、実際に朝に作っているのは卵焼きくらいのものなのだが。

義嗣よしつぐ、お前が親戚の家から引き取った養子であることは前に教えたな?」

 そうして卵焼きを作っていた僕に、お父さんは開口一番、朝の挨拶すらせずに、いきなりそんなことを言ってきた。

「うん。言ってたね。少し悲しかったけど今は受け止めてるよ」

 なんでいきなりそんなことを言い出したのかと首をかしげながらも、調理する手は休めない。とき卵をフライパンに追加する。

「あぁ、それでなんだが、実はお前には妹がいるんだ」

 そして、その途中で聴こえたその言葉に僕は耳を疑った。

「えっと、ごめん。何? お父さん」

「だからな、お前には妹がいるんだ。しかも義嗣の双子だ」

「えーっと……」

 いきなりすぎる発言に、一度コンロの火を止めて、フライパンの中のとき卵が余熱で焦げないように見張りながら考える。

僕が双子だったことも、しかもその双子が妹がだという話も初耳で驚きだが、朝の挨拶すらする前にいきなりそんなことを言いだしたお父さんの行動にも驚きである。

一体何を考えてそんなことを言い出したのだろうかとか思うが、とりあえずまず言うべきことはコレだろう。

「お父さん。お弁当のおかず希望ある?」

「甘い卵焼きで頼む」

「今作ってるから問題無いね。他は?」

「なんでも良いぞ?」

「じゃあ昨日の残りものの肉じゃがと、あとはウィンナーときゅうりの浅漬けでも入れとくね」

「あぁ、それで構わん」

 うむ。じゃあそうなると今作ってる卵焼きだけ焼けたらウィンナーはオーブンで焼けば良いし、準備完了だな。

とりあえず今現在一番重要な質問に答えを返してもらえたので、調理に戻る。

「義嗣」

「何、お父さん」

「驚かないのか?」

「驚いてるけど、卵が焦げたら困るじゃない。だからちょっと待ってねお父さん。あ、話の続きあるなら話していいよ? 聴いてるから」

「そ、そうか」

 お父さんがなにやら困惑したような声をあげているけれど言った側が驚いてどうするのさお父さん。

「あのな、それでその、お前は覚えていないかもしれないが、さっきも言ったとおりお前には妹が居て、ただお前の本当の両親が事故で亡くなった時に何処も子供二人をまとめて引き取れる経済的余裕のある家が無かったから、お父さんと、別の親戚のおばさんとで一人ずつ引き取ったのがお前なんだ」

「それは初耳だね」

 そうか。うん、それはビックリだ。

 まぁウチってあんまり親戚付き合いしないから、今まで僕が知らなくても仕方ないか。

「それでその、引き取った親戚のおばさんが昨日亡くなったらしくてな……」

「あやや……」

 それは大変だ。

「で、お父さん去年昇進しただろう?」

「うん、したね」

 お祝いにお寿司の出前取っておやつにはケーキを食べたという贅沢な日だったのでよく覚えている。

 お、そろそろ焼き加減良い感じかな。

「だから家計にも余裕があるし、その子を引き取ろうと思うんだが……」

「へぇー……良いんじゃない?」

「……即答だな。嫌じゃないのか?」

「別に嫌とは思わないよ? 双子の妹だなんて興味も湧いたし。でもなんで朝一でそんなこと言い出したの? 別に今日帰ってきてからでも良かったんじゃない?」

「いや、それが今日仕事が終わったらすぐそっちの家に顔出して来て、色々手伝ってこなくてはいけなくて、今を逃すと直接言えるのが大分先になりそうだったからな」

 出来上がった卵焼きを皿に移していた手を思わず止めて、僕は振り返ってお父さんにため息混じりに訊いた。

「お父さんただでさえ最近忙しくて大変そうなのに、大丈夫なの? 無理しちゃ駄目だよ? いつか過労で倒れるんじゃないかってこっちは心配なんだから」

「いや、そこまで心配してくれなくても大丈夫だ。キツいと思ったら父さんも休むさ。義嗣もいるし、もう一人引き取るなら余計にまだまだ稼がなきゃならんからな」

「身体が一番大事な資本なんだから、本当お願いね? お父さんになんかあったら僕泣きじゃくるからね」

 僕は割とお父さん大好きなファザコンですので、と言いながら卵焼きを均等に切り分ける。

「ハハハ、それは困るな。わかった。約束するよ」

「ん、じゃあお父さんにはご褒美に卵焼きをちょっと多めに入れてあげます」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 お弁当に入れるぶんを除いた卵焼きを盛った皿をテーブルに載せたら、ニコリと笑ったお父さんにお礼を言われながら頭を撫でられたので、少し恥ずかしく思いながらも胸を張って返しておいた。

 こんな感じで、この時の僕は現実感が全く湧かなかったこともあって緊張感の欠片もなかったのである



 その後、僕がその葬式に出ることはなく、お父さんが一時的にいないことに寂しさを覚えながらもいつも通りの毎日を送り、帰って来たお父さんが見せてくれた妹の写真を見たくらいで、今日に至るまで僕は妹の声すら知らなかった。


 そして、時は現在に戻る。


 微妙に青さを残していた空はもう完全に真っ暗になり、空は曇っているのか星明りもあまり見えない。光源といえばホームに設置されていた一本の街灯と、駅舎を照らしている蛍光灯の灯りくらいのものだ。

 五分か、十分ほどか僕に抱きついてぐずっていた女の子、改め僕の双子である妹、名前は確か嗣深つぐみというその子はようやく泣き止んだらしく、身を離すと僕に背を向けてから、いつのまにやら取り出していたティッシュで鼻をかむとボストンバッグと一緒に置いていたビニール袋に鼻をかんだティッシュを入れて、こちらに向き直った。

 街灯に照らされたその顔は鼻は真っ赤だし、目もまだ少しだけ潤んでいたけれど、少し恥ずかしそうにしながらも微笑んでいる。

「えへへ……い、いきなり泣いちゃってごめんね? えっと、お父さんから聞いてると思うけど、わたしが嗣深です。よろしくおねがいします!」

「あ、これはご丁寧にどうも。えっと、僕は義嗣です。こちらこそよろしくね?」

 ペコリ、と勢い良く下げられた頭に、僕も慌てて挨拶し返して頭を下げ返す。

 なんだかよく分からないが、とりあえず泣き止んでくれて良かった。

「んふふ、でもつぐにゃんが思ったとおりの優しそうな人で良かったよ」

「あぁうん、それはどうも。……って、待って、そういえば最初に僕に抱きついてきた時も言ってたけど、つぐにゃんってもしかしなくても僕のこと?」

「そうだよ? 義嗣よしつぐだからつぐにゃん。わたしは嗣深つぐみだからつぐみんです!」

「そ、そうなんだ……」

 まさか会って早々にニックネームつけられてしまうとは驚きである。個人的にはお兄ちゃんとか呼ばれることに憧れを抱かなくも無かったのだけれど。

「あ、もしかして嫌だった、かな……?」

「へ? い、いや、そんなことはないよ? ただなんていうか、ちょっとだけ驚いてるだけ。会って早々ニックネームなんてつけられると思わなかったから」

「そ、そっか。なら良かったよ。あの、えっとね? その、ちょっと馴れ馴れしいかにゃーって思わなくも無かったんだけど、さん付けで呼ぶのも他人行儀だし、かと言って呼び捨てされたら嫌だろうし、でもお兄ちゃんって言うにもなんだか違う気がして……」

「あ、ちゃんと考えた上でつけたんなら全然良いよ」

 個人的にはお兄ちゃんって呼ばれたかったのだけれど、という心の声は飲み込んで、僕は笑って嗣深の頭を撫でてあげる。

「あう……えへへ。ありがと、つぐにゃん」

「いえいえどういたしまして」

 ほにゃら、と笑うその姿がなんだか可愛らしくて、僕は思わず笑みを深めた。

「っくしゅん! ……うにゅ」

 と、笑顔のまま嗣深が勢い良くくしゃみをする。一応僕の方ではなくちゃんと別の方向を向いてしてくれたので良かったけれども、やはりこの寒空の下、暖になるものも無い状態で動かないでいたらそれは寒かったことだろう。僕も寒い。

「大丈夫? 寒い?」

「うん。大丈夫ー。でも、実はとっても寒いですっくちゅん! にゅあー」

「そうだね。もうすっかり暗くなっちゃったし、お父さんが帰ってくる前に家に戻ろっか」

「うん! とは言っても、わたしは戻るというか初めてお邪魔するわけですが!」

 何故か胸を張ってそんなことを言う嗣深に苦笑する。

「お邪魔するんじゃなくて、今日からうちの子なんだから、ただいまで良いんだよ?」

「あうあう。つぐにゃんが予想以上に良い人でよかったのですよ」

「ふふ、ありがと。それじゃあ良い人な義嗣さんが嗣深の荷物を持って――って重っ!? なんだコレ!?」

「にゃ?」

 どうせだからと、嗣深が置いたボストンバッグを持とうとして、その重さに思わず叫んだ。

 担げないほどの重さではないけれど、サイズに反してやたら重いことに驚愕する。

 三十kgのお米くらいは担いで歩けると自負しているけれど、これはそれ以上に重く感じるのだが。

「あ、それ中にノートパソコンとか本とか一杯入ってて重いから、自分で持つよ。貸して?」

「いや、重いなら余計に僕が持つよ。一応お兄ちゃんだし……というか、えっと、着替えとかは?」

「うー、それならお願いするけど……着替えは事前にダンボールで送ったのです。その中に入ってるのはノートパソコンとかDVDの梱包材を兼ねて、こっちに来るまでに使ってた残りの服が入ってますですよ?」

「……あぁ、そういえば昨日ダンボール三箱くらい届いたから空き部屋に置いておいたっけ――って、違う違う。それならこういう重いのもダンボールで送ってくれば良かったんじゃないかな。大変だったでしょ? ここまで持ってくるの」

「うん。重かったけど、教科書とか全部送っちゃうと勉強遅れちゃうし、ノートパソコンには色々データ入ってるから暇な時とか勉強の合間に使ったりしてたし」

「あぁ、なるほど」

 そうか、教科書が入ってるならこの重さも納得だ。でも偉いな。自主的に勉強してたのか……僕なんか忘れ物が嫌だから学校に教科書を全部置いてきて、家では宿題を出された時に必要な場合や、夏休みなどの長期休暇に入る場合を除いてそのままというタイプなのでちょっと耳が痛い話である。

 とはいえ、今はとりあえずこんな雑談よりもさっさと帰って温まることが優先だ。

 でもその前に、「さっき買ったんだけど、温かいココアいる?」と訊いたら「是非に!」と返されたのでまだ、まだ温かい缶のココアを手渡してから、ボストンバッグをリュックサックのように取っ手部分に腕を通して担ぐ。

 うん、こうして持てば持てないほどではない。

「よし、とりあえず行こうか、嗣深」

「うん! つぐにゃん!」

 促した僕に、嗣深は笑顔で頷くと、ビニール袋を左手に持って僕の左手を右手でギュっと握ってきたので、僕も苦笑して握り返す。

 その後は、特に会話らしい会話もないまま二人で家へと向かっていった。



 築何十年か忘れたけれど、如何にも古いと分かる、ちょっとだけくたびれた昭和の香り漂う家。そこが僕の家である。

 三年前、お父さんの両親が亡くなった際にお父さんが相続した物であるため、古臭いのも仕方が無い。むしろ僕としては、このちょっと古臭くて何か出そうなくらいに風情のある家が好きだったりするので僕自身には全く文句は無いのだが、嗣深はどうなのだろうか、と少し心配ではあったものの、割と気に入ったらしく「座敷童とかいそうだね!」と目を輝かせていたので問題無いだろう。

 一度居間の電気を点けて、部屋の隅にボストンバッグ置いてから、僕はお父さんが帰ってくる前に、と家の中を嗣深を連れて案内しておくことにした。

「まず玄関入って右手にある部屋、つまりここが居間ね。真ん中にあるコタツは、掘りゴタツになってるから落っこちないように気をつけてね」

 ほら、とコタツにかかっているコタツ布団を捲って下を覗くようにすると、嗣深も僕に倣って畳に頬をくっつける勢いで伏せてそれを確認する。

「おー、凄い。古き良き日本家屋って感じだね」

「うん。僕も気に入ってるのだよ。小さい頃ここに落っこちて頭ぶつけて泣いたけど。で、居間とは反対側つまり玄関入って左手が客間で、客間の向こうの廊下を渡って裏側がお父さんの書斎。その書斎の隣、居間の裏側にあたる場所がお父さんの寝室ね。そっちに小さな物置部屋もあるけど、その三つはお父さんの仕事に使う物とか色々あるから、そこは用事が無い限りは入らないようにね?」

「はーい」

「よろしい。まぁ今日のところはわざわざそっち案内する必要は無いと思うので案内は省略します。そして、居間の奥にある横開きの戸、つまり目の前にある戸ね。コレの手前右手の階段を上ると僕と嗣深の部屋がある二階になっていて、左手の廊下手前、左手にあるドアはお父さんの寝室に繋がってるから。それを無視して廊下に出ると右手に見えるのは、台所に繋がるドアね。そっちにお風呂とトイレもあるので、そっちを案内します」

「あや? この目の前の戸の向こうは?」

 とりあえず台所とトイレ、お風呂の位置はまず何より教えるべきだろうと思ってそちらに案内しようとしたら、嗣深がそう突っ込んで来たので、僕はなんと言うべきか少し悩んでから、首を振った。

「あー。そっちは別に今無理に行く必要は無いと思うよ」

「え、何それ。なんで?」

 何か面白い物があるとでも勘違いしたのか、嗣深が目を輝かせて訊いてきたので僕は苦笑する。

 見たいというのなら見せても良いのだけれど、夜中に子供が初見でこっちに行っても怖いだけだと思うのだが。そう伝えると、怪談とかが好きなのか逆に見たいとせがまれたので、戸を開くことにした。

「えー、ではこの戸を開けますと、少し広い板張りの廊下……って言い方で良いのかな。とりあえず客間くらいの大きさの廊下に出ます」 

「おー? 日本人形とかが飾ってある的なホラーかと思ったらただ暗いだけ?」

「うん」

 拍子抜けした、と言わんばかりの嗣深だったけれど、僕がそのまま何も言わずに後ろ手に戸を閉めると、嗣深がいきなり暗くなったころでビクッと震え、不安になったのか挙動不審になった嗣深が僕の顔と真っ暗な廊下を交互に見てから、恥ずかしそうに言った。

「つ、つぐにゃん? この暗いところでいきなり戸を閉めた上にダンマリされちゃうとちょっと怖いよ? えっと、電気どこ?」

「ここに照明はありません」

「無いの!?」

 割と本気で怖くなってきたのか、嗣深が僕に抱きつきながら叫んだので、頭を撫でてあげる。

 気持ちは分からなくも無い。何せここは右手に地下倉庫、左手には台所に繋がる戸、正面を真っ直ぐには裏口に繋がる戸があるけれど、この廊下みたいな部屋みたいな場所は照明が無い上に光源になる窓が一つも無いのだ。

 そのため夜になると居間や台所の戸からもれてくる灯りによって少し照らされているだけで、今は台所も照明を点けていないから居間に続く戸の隙間からもれてくる灯りを除いたら完全に真っ暗。なんで照明を吊るしていないのかは僕も知らない。

 昔はあまりの暗さと怖さに、僕も夜はここを通れなかったものである。

 悪戯はこのくらいにしようと思って、閉めた戸を開いて灯りをとり入れると、奥の裏口に続く方はいまだ真っ暗で見えない状態ながらも、安心したのか嗣深が僕に抱きつく力が少し弱まった。

「ちなみに、ここ真っ直ぐ行くと裏口に繋がってるから。で、右手には地下倉庫。左手には台所に繋がってます」

「ち、地下倉庫? え、えっと、殺人事件とかで容疑者が後半に殺されちゃうようなとこ?」

「怖がってる割にそういうボケは出来るんだね……」

 強がってるだけかもしれないけれど、割と適応能力高そうなのでこの子は心配する必要無いかもしれない。

「あ、注意点だけど、そこの倉庫の戸は滅茶苦茶重いから開けるの大変だけど閉めるのは簡単……というか、つっかえ棒しておかないと勝手に閉まるという構造になってるので、間違っても誰にも言わずに長時間そこに入ったりしないこと。それと倉庫の中に光源になる物が無いから、入る時はカンテラとか懐中電灯必須ね。昔かくれんぼでここに隠れたら出られなくなってガチ泣きしたことあるので」

「た、多分頼まれても入らないと思うかにゃあ……」

「まぁ、そうだよね……でも夏場に停電起きた時とかに逃げ込むと涼しくて避暑地になったりするという利点がある癒しスポットでもあるのだよ?」

 この時期に入ったら、天然冷蔵庫化しているので軽く死ねるのだけれど。

「あ、なるほど……でもわたし絶対一人では入りたくないよ……。しかも何かお札みたいなの貼ってあるし……」

「お札?」

「え? うん、ほら。白いの見えるでしょ?」

「お札……あ、あー、そういえば貼ってあるね。何で貼られてるのかはお父さんも知らないらしいけど」

 言われて見てみれば、薄暗く照らされた地下倉庫の戸に長方形の若干茶色っぽく変色し始めている紙が貼られているのを見て、そういえばそんなのが昔から貼ってあったなと頷く。

 昔、僕もそれを疑問に思ってお父さんに訊いたことがあったが、お父さんも知らなくて謎は謎のままお蔵入りして、結局そのまま興味も薄れていったために気にしていなかったので忘れていた。

「えぇー……家の人がなんで貼ってあるのか分からないお札があるとか怖いよ、つぐにゃん。コレはわたしを怖がらせるためのドッキリ的な何かだったりする…!?」

「えーっと……ごめん。あのお札っぽいのの理由は本当に僕も分からない。でもまぁ、気にしなくていいんじゃない?」

「気にするよぅ!? わたし怪談話は好きだけど、リアルに自宅でそんな怖いのは嫌だよ!? 学校とかならまだしも!」

「えっと、大丈夫大丈夫。今まで何か出たりしたことも無いし」

「うぅー……夜トイレ行く時は絶対つぐにゃんもついてきてね……?」

 子供か、とツッコミを入れたくなったが、昔は僕もお父さんにそんなこと言って困らせた覚えがあるし、わざと怖がるようにしたのは僕自身なので、仕方ないから頷いておく。

 早く明るい部屋に戻りたそうにしているので、怖がらせてごめんね、と謝ってから居間に戻り、引き続き案内を続ける。

 とは言っても、先ほど嗣深に説明した通り後は台所と洗面所、お風呂とトイレくらいなのだが。

 ちなみにトイレとお風呂は他の古い家屋とは違ってリフォームされていて、お父さんがこの家を相続した頃はボットン便所と言われるタイプだったトイレはウォシュレット付きの水洗トイレになっていて、お風呂も五右衛門風呂でシャワーも無かったのが、給湯器付きのちゃんとしたシャワーもあるお風呂になっている。

「お風呂とトイレは普通ので良かったよぅ……」

「あはは……うん、それは本当、僕も思うよ」

 五右衛門風呂だった頃はかなり大変だったので、と懐かしく思いながら、最後に嗣深を二階の部屋に案内するのであった。



 僕の部屋の隣、今日から嗣深の部屋となる、元は来客があった際に使う寝室だったという一部屋十二畳ほどの、田舎ならではの大きい部屋に嗣深を案内し、二人でボストンバッグとダンボール箱から中身を出し始めた頃にお父さんの声が一階から聴こえてきたので、僕と嗣深は一緒になって階段を駆け下りて玄関へと出迎えに向かう。

 すると、丁度居間に入ろうとしていたお父さんに向かって、嗣深はまるで子犬が親犬に甘えるかの如き勢い飛びついて抱きついた。

「お帰りおとーさん!」

「お、おぉ!? た、ただいま?」

「お帰りお父さん。えっと、ソレが件の妹です」

「いや、それは知っているが……しかしこうして見比べるとよくよく思うが、本当そっくりだな」

「そっくりって、僕と? 顔立ち?」

「あぁ、義嗣そっくりだな。行動も」

「行動も!? 僕、そんないきなり抱きついたり――したこと何度かあったね」

 一瞬否定しようと思ったが、否定できる材料が欠片も無いのに気付いた。まぁ、僕ファザコンだしね、と自分で自分によくわからない言い訳する。

 今も、嗣深が居るからしないけれども、普段は割とダイレクトアタックをかます子です。

「つぐにゃん良かったね! そっくり姉妹しまいだって!」

「待って嗣深、上が兄だった場合は兄と妹と書いてキョウダイという言い方が正しいと思うんだけど、今なんで姉妹しまいって言った」

「言葉の綾だよ、つぐにゃん」

 どんな言葉の綾だ。

 何故か、頭の中で学校の友人が「ヨッシー、これ絶対似合うで!」と女友達の制服一式を何故か借りてきて僕に着せようとしていた時の光景が浮かんだが、無視だ、無視。

「あー……いきなり家族が増えたらどうなるかとちょっと不安だったんだが、その様子だと仲良くなれたみたいだな」

「そうだよ! もうラブラブだよおとーさん!」

「ラブラブになった覚えは無いんだけどなぁ……」

 まぁ、仲良しになったのは否定しないけどね、とお父さんに抱きついてニコニコしている嗣深を見ながら思う。

「うん、本当に仲が良いみたいで良かったが、とりあえず離してくれるかな、嗣深ちゃん」

「おとーさんはわたしのおとーさんなんだからちゃん付けなんていらないよ!」

「ハハハ、いや、コレは一本とられた。そうだな。うん。今日から嗣深はうちの子なんだからちゃん付けはおかしかったな」

「わかってくれれば良いんだよ!」

「ふふ」

 自分自身も小さい僕が言えた義理ではないけれども、チビっ子の嗣深がお父さんに抱きついて胸を張っている姿がなんだか微笑ましくて、思わず笑ってしまう。

 随分と懐いているからちょっとお父さんをとられたみたいで思うところが無い訳でも無いのだけれど、それ以上になんだか可愛らしいと思って許してしまえるのはチビっ子の特権だな、と思った。 

「あぁそうだ義嗣。まだ夕食は食べてないよな?」

「え? あ、うん。今日は嗣深が来るから夕飯は出前とるって言ってたでしょ?」

「なんと! 出前!? お寿司!? ピザ!? うどん!?」

 お父さんと僕のやりとりに、嗣深がお父さんに抱きついたまま目を輝かせて声をあげる。

「なんで最後うどん? ラーメンならわかるけど……。いや、僕もうどん好きだけどね」

「ハハハ、まぁそういうことだから、二人で食べたい物を頼みなさい」

 僕たちのやりとりの何が面白かったのか、お父さんが笑いながらそんなことを言ってきたので、僕と嗣深は顔を見合わせて同時に言った。

『お寿司!』

 食べ物の好みも完全に一緒らしい。




 そうして、嗣深の歓迎会のような形で家族揃って美味しくお寿司を頂いた夜のことである。

 嗣深が「わたしの部屋にフランス人形と日本人形がセットで置いてあるのは嫌がらせなの!?」と涙目になって飛び込んで来て、「今日は絶対に一人では寝ない」とか言い出したために一緒に寝ることになった。

 うん、なんていうか、元々来客用の寝室だったから一応ベッドも結構大きいのがあって、タンスはあるけど長いこと使ってなかった奴なので、一応綺麗にはしたものの抵抗があるだろうから、と僕が着替えとか入れておくのに使っているカラーボックスと同じ物を置いてあったりして、これなら文句は出ないかな、と思う程度にはしておいたつもりだったのだけれど、どうやら元から置いてあった家具の一つである人形がまずかったらしい。

 タンスの上に置いてあったので、多分寝ようとしてベッドに乗ってから気付いたのだろう。僕はもうある程度見慣れているので、もし動き出そうものならむしろ仲良くしようと思えるのだが、初めて見たらそうなるのも仕方ないかもしれない。

 決してわざと置いておいた訳ではなくて、昔からその部屋に置いてあったものだから、たまに手入れをしつつもその部屋に置きっぱなしになっていたのである。

 別に、髪の毛が伸びたり、気付いたらポーズが変わっていたりなんてことは一度も無いいたって普通のお人形さんなのだが、あの地下倉庫の件もあったから必要以上に怖がりになっているのかもしれない。

 そう考えると全面的にあの時やった僕の悪戯が原因なので、断るのも可哀想だったのだ。

「うー、世界の悪意を感じるよ」

「まぁまぁ、見慣れると可愛いものだよ?」

「それは分かるんだけど……お札とか地下倉庫とか、なんかやたらとガチな怪談くさいのが家にあるのが分かった初日で自分の部屋にアレは無理だよぅ……せめて別の部屋に置いてあるんだったら良かったけど……」

「あー、ごめんね? そこまで気が回らなくて……」

「アホー。つぐにゃんのアホー」

「ごめんってば」 

 そんな訳で、今は時折国道を走る車の通り過ぎる音が聴こえてくる中、二人で見事に趣味がかぶっていた猫耳フード付き猫さんパジャマ(冬仕様もこもこモデル)を着込んで一緒に僕の部屋でファンヒーターの前で肩を並べて座ってミルクティーを飲んでいる。

「うー……」

「良い子良い子」

「ふにゅ……。うに、気持ちを切り替えます。ひとまず、うじうじさんはどっかやります」

「ありがと」

 バカなことを考えながらも根気良く撫でてあげたのが効いたのか、少しふくれっ面ながらもそう言った嗣深にホッと溜め息を吐く。正直、どう対応したら良いのか全く分からなかったので立ち直ってくれるのは助かった。

「ところでおそろいだね、パジャマ」

「うん、そうだね。まさかコレがかぶるとは僕も思わなかったよ」

「わたしからしたら、むしろ中学生の男の子がネコさんパジャマな点が凄いと思うよ?」

「だって可愛いじゃない」

「うん。それには同意せざるを得ないね!」

 ついでに言えば、小学校時代に全然身長が伸びてくれなかったせいで新しいのを買ってもらうのが勿体無いと思って着ているのだが、まぁそこは言う必要もあるまい。

 お父さんは新しいのを買ってあげると言ってくれるのだけれど、、身長が伸びて着れなくなるまではこの可愛らしいパジャマを愛用するつもりなのはどちらにしても変わらないし。なにより、小学校に上がった時に初めてお父さんに買ってもらったパジャマだから、という理由も大きい。

 元々、サイズが大きめで120~130センチの子供用の服だったので今も着れているわけだ。

 そんなことを思っていたら、嗣深も同じようにその猫さんパジャマは亡くなった義母から初めて買ってもらった物なのだと打ち明けてきた。

 一緒に暮らしていた記憶すら無いほどに離れたままだった割に、小さい頃からその辺の趣味は一緒だったようである。嗣深がダンボールで持ち込んだ荷物の中に入っていた小物やぬいぐるみ等も、僕の部屋に置いてある物とかぶる物も結構あったので、まるで狙ったかのように同じ顔でご当地の衣装が違うだけのぬいぐるみが、オブジェのように詰まれているのはとてもシュールだ。

「よし、元気。わたし元気。さぁつぐにゃん、今日は徹夜でカーニバルです」

「いや、僕そろそろ寝るから。嗣深、寝る時に電気消してね? あ、カップは置いておいても良いよ。明日の朝洗っちゃうから」

「え? まだ十時だよ?」

 何やら勝手に盛り上がり始めた嗣深を無視して、僕はファンヒーターから離れると自分の布団に潜る。 

「田舎の子供は寝るのが早いのだ」

「えー? もうちょっとお話しよう? ね?」

「いいえ、僕は寝ます」

「うー……でもでも、折角だからもうちょっとだけこう、奇跡の再会を果たした兄と妹による感動的な駄弁りタイムは無いのでせうか、つぐにゃん」

「駄弁りで感動も何も無いと思うのだけど……」

 布団ごしに僕の身体を揺すりながらお願いしてくる嗣深に呆れながらそう返す。

 それに、基本的に会話は受身でしかできないタイプの僕には、打ち解けたとはいえ今日会ったばかりの子と仲良くおしゃべり出来る会話スキルなんて無いのである。

「えっと、あ、じゃあ勉強しない? 勉強は大事だよ、つぐにゃん!」

「今日の分の宿題は嗣深が来る前にやったし、教科書とかは学校に置いてくる派だから、道具が無いかな……」

「わたしのを貸してあげるよ! っていうか教科書とか置いてくるのは良くないよ?」

「だって持ち帰りが面倒なんだもの」

「つぐにゃんったら不良だわ!」

「夜更かしする方が不良だと思う。というか明日も普通に学校があるわけで、嗣深も明日から来るんでしょ?」

 もう嗣深が通学する準備は完全に出来ているはずで、制服のブレザーや長袖のジャージなどの冬物以外にも、夏物の半そでやなんかも含めて全て買い揃えて嗣深の部屋に置いてあるはずだ。

 教科書類もうちの学校指定の物をそろえてあるし、明日の授業で必要な教科書やノート、筆記用具の類も僕が事前に嗣深用として買っておいた学校指定のカバンに詰め込んである。

「うぐ……まぁそうなんだけど」

「だったら寝るよ? 初日から寝不足で欠伸しながら自己紹介とかされたら、僕は他人のフリするからね」

「あうあう、それは嫌なのですよ」

「だったらさっさと寝る」

 やっと分かってくれたみたいなので溜め息交じりにそう言うと、嗣深は暫く唸っていたが「わかった!」と言ってファンヒーターのスイッチを切ると、僕の布団にもぐりこんできた。

「いや、なんでさ」

 嗣深の分の布団は、わざわざ嗣深の部屋から僕が運んできた物を敷いて、電気毛布もスイッチ入れてあるから温まっているというのになんでこっちに来るのかね。

「寂しいので一緒の布団に寝たいんだぜ!」

「いや。寝たいんだぜって言われても……」

 一応、兄妹で尚且つ双子とはいえ、僕らはほぼ初対面に近い上に中学生である。自己申告しないと絶対に当ててもらえないチビっ子な外見だけれど、その年頃の子が男女で同衾するというのは如何なものか。勿論そういった兄妹であるという理由以上に、僕は精通すらまだ来ていなくて全くその手のことに感心が無いどころか、むしろ恥ずかしいことだと思っているので間違いなんて起こすはずもないのは分かっているものの。

 そう伝えたら泣きそうな笑顔で「ご、ごめんね! 迷惑だったよね!」とか言い出したので思わず一緒の布団で寝ることを了承してしまった。

 すると本当に嬉しそうに笑いながら話しかけてくるものだから、僕としても悪い気がしないのは確かなのだけれど、女の子はこういうところが本当にずるい。

 ……でも、それも仕方がないか、と考え直す。

 嗣深が寂しいというのも、地下倉庫の件や人形の件で怖くなったからとか以上に、やはり一緒に暮らしていた親代わりの人が死んでしまったことで精神的に不安定になっているのが、こうやって僕やお父さんに対してベタベタ接してくる最大の理由だろう。実際、嗣深の立場を僕に置き換えれば、どれだけ不安で寂しいかは少しは分かるつもりである。

 もしも、お父さんが死んでしまって、他の家に引き取られることになったら……かなり不安で、かなりのストレスを抱えることになるのは間違いないだろう。

 僕の場合はそのまま家では良い子にして、外では無愛想な子になるのが関の山だろうけれど、嗣深の場合は逆に明るく振舞うのが本人なりの精神安定の方法なのかもしれない。

「つぐにゃん、ギューってするけどよかろうか! よかろうか!」

「あぁはいはい、構わないよ。その前に、そっちの電気毛布のスイッチ切ってね。あともうちょっと静かにね?」

「うん! あと電気毛布はさっき実は消しておいたので大丈夫!」

「最初から僕の布団で寝るつもりだったなコイツ」

 宣言どおり抱きついてきた嗣深に苦笑つつ、そっと抱きしめ返して目を閉じる。

 これからは、この家も騒がしくなりそうだ。

 腕の中の嗣深の体温にどこか安心感を抱きながらそんなことを考え、僕はゆっくりと意識を落としたのであった。

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