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▼29.じわり、じわりと

 ――どれほどの時間が経過しただろうか。

 何か、ぼんやりとした夢のような物を見ていた気がする。

 腕の中には震える嗣深が居て、背後の窓のほうから聴こえていた音は、何時しか無くなっていた。

 寝ていた、のだろうか。我ながら呑気なものだと思う。

「嗣深、もう大丈夫だよ」

「……ほんと……?」

「うん。本当だよ」

 上目遣いでこちらを見る嗣深の頭をそう言って撫でてあげると、無言でこちらに抱きつく力を強めて、顔を伏せた。

 小さく嗚咽が聞こえる。緊張が解けて、涙腺が緩んだのだろう。

 女の子なのだ。怖くて当然。男の子である僕でさえ怖かったのだ。仕方ない。

 それにしても、あのナニカが居なくなったようで良かった。宇迦之さんが戻ってきて倒してくれたのか、或いは諦めて帰ったのかは分からないけれども、今は素直に喜ぼう。

 嗣深の背中を優しく撫でてあげながら、適当な童謡を口ずさむ。

 なんとなく思い出したその歌は、聞き覚えのある、割とメジャーな曲で、どこか懐かしい気持ちにさせてくれるそれを唄うと、唄っている自分もなんだか気分が落ち着いてくる。

「……なんだっけ、その曲」

 少し落ち着いた様子の嗣深からの質問に首を振って返す。

「ん……なんだっけね。曲名は忘れちゃったかな、僕も」

 そもそも、今口ずさんだのもなんとなくなので、歌詞も一番しか覚えていなかったりするのだ。

「……それにしてもつぐにゃんって、アレだよね」

「うん。なに?」

「本当、お母さんみたいだよね」

「そこはせめてお父さんみたいと言っていただきたい……!!」

 何故だ。男の子らしく女の子を守ろうとしてたのに、なんで母性を感じられないといけないんだ……!!

「お父さんはお父さん以上のお父さんがいるわけないから無理です!」

「くっ、そこは反論できない……!!」

 我が家のファザコンぶりは来てから一ヶ月も経っていない嗣深にすら完全に感染してしまっているが、そのファザコン病の最初の発症者は僕なのでなんとも言えない。

「実はつぐにゃん、やっぱり女の子でした、とかいう展開って無い?」

「無いよ! れっきとした男の子だよ僕は! なんなの!? なんで嗣深はそんなに僕を女の子にしたがるの!?」

「性転換って、小さいうちにしておけば楽だと思うの!」

「やめて!? なんで僕望んでもいない性転換させられそうになってるの!?」

 そしてつい今しがたまでのシリアスしんみりはどこへいったんだ!

 つい先ほどまであんなに恐怖で震えていたとは到底信じられないくらい図太い神経を発揮して、なにやら僕を陥れようとしている嗣深に憤怒しつつも、まだ嗣深の身体が少し震えているので騒ぎつつも抱き絞める手は離さない。嗣深のほうからも抱きついてきているので暫くはこうしていてあげよう。

 と、お兄さんぶりを発揮していたら、突然、部屋のふすまがスパーンと小気味良い音をたてて開き、「ワイ、参上ッ!」と叫ぶ親友バカの姿があった。

「虎次郎くん!」

「にゃ、虎にゃん?」

 その姿に喚声をあげる僕に追随して、嗣深もそちらを振り向く。そして、僕達と目があった虎次郎くんは、少しばかり間を置いてから、優しい笑顔で言う。

「今夜はお赤飯やな」

 意味はわからないけれど、僕は虎次郎くんを殴らないといけない気がした。




「あー……そら災難やったなぁ」

 ひとまず虎次郎くんに、どうして僕達がこんな時間に宇迦之さんの家にいて、抱き合って部屋の隅にいたのかを説明すると、虎次郎くんはしみじみと頷いて同情した。

 ともかく、こちらの事情こちらも虎次郎くんにどうしてこの場にいるのか訊いてみると、「いや、元々今日は夜に刹那と作戦会議する約束やったんや」と言うので、僕達が来たときの宇迦之さんの微妙な機嫌の悪さに納得した。なるほど、好きな人と二人っきりになるチャンスを潰されたからですね、わかります。

 そういうことなので、約束の時間になったから神社にやってきたら宇迦之さんが戦闘中で、数が多くて一部取り逃したからその掃討を頼まれたため家のほうへと群がっていたナニカ達を一掃してから入ってきたそうだ。

 窓のところにへばりついて叩いていたナニカがいつの間にか居なくなっていたのも、虎次郎くんが倒したからなのだろう。そのことにお礼を言うと軽く笑って流された。元々これが仕事みたいなものだから気にしなくて良い、と。

「にしても……ヨッシーは、いや、この場合はつぐみんの方かいな。なんちゅうか、巻き込まれ体質って奴なんやろか。最近随分とこっちの世界に片足突っ込みよるなぁ」

「いや、好きで突っ込んでるわけじゃないんだけど……」

「ふふふ、まぁわたしってば主人公気質だから!」

 虎次郎くんの言葉に嗣深がやたら偉そうに胸を張るが、僕の知ってる主人公気質は怯えて隠れてるだけの人のことでは無い。

「しかしまぁ、二人になんも無くてよかったわ」

 そして、そんな僕達の様子に安心したように溜め息を吐く虎次郎くんにご心配おかけして申し訳ない、と頭を下げるも、「ワイとヨッシーの仲やないか。そない気にせんでや」と笑われる。本当に得難い親友を得たものである。

 ともあれ、せっかくの機会なので色々訊いてみようと、僕は口を開いた。

「しかし、あの化物って一体なんなの? あれが宇迦之さんが言ってた妖怪?」

「あー……アレな、実はよう分からんのや」

「わかんないの?」

「せや。刹那の本来の相手しとった妖怪ってのは、もうちっとこう、単体で現れるんが殆どやったし、ちゃんと人間の言語理解しとるようなんも多かったし、害にはなっても、他人を大怪我させたり、場合によっては殺しかねへんような凶暴なんは殆どおらんかったはずなんや。

 それこそ話し合いで解決できることもあったし、戦いにはなっても、滅ぼさんでも力の差を見せ付けられればちゃんと従う連中が多かったのに、あの連中は話し合いの余地は無いし、殺すまで手当たり次第に襲ってくるから厄介でなぁ」

 苦みばしった顔でそう告げる虎次郎くん曰く、初めてあの化物達が出た時は話し合いに持ち込もうとしたり、致命傷ギリギリの怪我を負わせたところで降伏勧告を出したりしていたらしい。それも無駄と分かってからはもう見かけたら容赦なく即殺、くらいの勢いだそうだが。

「やっぱり、アレも神生会絡み「それはあらへんな」、そうなの?」

 最近のおかしなことは全部、神生会が現れてからなので、それ絡みなのかと思ったのだけれど、虎次郎くんが台詞に割り込む形で否定してきたのでそちらを見ると、普段は開けてるのか閉じてるのか分からない目をわずかに開けて、眉根を寄せ、思わず震えるほどに剣呑な目でこちらを見ていた。

「ええか? それだけはあらへん。絶対や。あの神様がそんなことするわけないやんか。いくらヨッシーでも聞き捨てならんで」

「ご、ごめん」

 忘れかけていたが、虎次郎くんももう神生会の会員なのだ。しかしアレほど、家族が入会しても関わるつもりは無いと言っていたけれど、その宣言をしてたったの一日二日で、信者と言っても差し支えないレベルで神聖会の会長である神様に心酔してしまったのか。

「はいはーい! 虎にゃん、そういう場合はちゃんと根拠を入れて言ってあげないと、つぐにゃんも困っちゃうよ!」

 一気に場の空気が悪くなったのを明るくしようと嗣深が微妙に引き攣った笑みでそう叫ぶと、虎次郎くんは「あぁ、それなら簡単や」と嗣深の言葉に笑う。

「そらつぐみん、きまっとるやん。ワイらの幸せしか願っとらん神様が、あないバケモン使って人を襲ったりさせるかいな」

 ……それって根拠と言えるのだろうか、というツッコミは流石に自重した。

「それに言うとったで、神様。信者の人ら以外も含めて、この世界の連中は皆、純粋な人しかおらん。せやからそれを襲うあの連中は許せない、って」

 流石は神様、優しいやろ? と自分のことのように誇らしげに言う虎次郎くんに、僕と嗣深は「そうだね」と声を揃えて頷き、なんとも微妙な気分になる。

 クラスメイト達が「わたしは神生会の敬虔な信者です」とでも言いたげな会話をしているのは別に、さして仲良くも無い人達だったし、こちらに話が振られる訳でなければ軽くスルーしていたけれども、つい先日まで、神生会をいぶかしんで、神様名乗る頭の悪い人がいた、みたいなことを言っていた親友が、ほんの数日でこうも発言の内容が変わってしまうというのは違和感が酷い。

「ええか、ヨッシー。ワイ等が五体満足でおられるんも、ヨッシー等が会に入ってへんのにイジメられたりせえへんのも、全部神様のオおかげなんやから、ほんま感謝せえへんとあかんで?」

「う、うん。そうだね」

「流石は神様だね!」

「おうおう、せやろせやろ。つぐみんは流石わかっとるなぁ。神様は凄いんやで。神様のお陰で人間はだぁれも病気にもならへんし、大怪我してもすぐ治してもらえるし、あのバケモン連中が誘拐やらなんやらしとるせいでちいと変なことになっとるけど、それもそのうちなんとかなるはずなんや。

 まぁ、だからって神様に全部丸投げしてなんもせんっちゅうんはワイの流儀にも反するし、刹那共々、日夜皆を守るためにパトロールやらなんやらをワイもしとるんやけどな!」

 凄いやろ。褒めてもええんやで、とドヤ顔をする虎次郎くんに素直に嗣深と一緒に拍手して褒めると、虎次郎くんは照れくさそうに「ハッハッハッ、もっと褒めてもええんやで!」とポーズを決めた。なんかもう、完全に洗脳されちゃってるようにしか思えないけれど、虎次郎くんは虎次郎くんだな、と安心する。

 そしてふと、何か虎次郎くんの言葉に違和感を覚えて首を傾げる。

 何か、おかしいような。

「誘拐って、あの妖怪さん達の仕業だったんだね!」

「せやせや。昨日ようやっと、誘拐現場を目撃してわかったんや。なんとか助けるんは成功したんやけど、危ないとこだったで、ほんまに」

 あぁなるほど、違和感はそこか、と頷く。

 しかしなるほど、あの化物達が最近起きてるという誘拐の犯人だったのか。じゃあ、先日僕達が誘拐されかけたのは完全に別件、なのかな?

 ……そんなことを考えていたら、ふと、背中を何か生温かい物が流れていった。

 タイミングがタイミングだけに、思わず軽く仰け反ってしまう。その様子を見て嗣深と虎次郎くんがどうしたのかと声をかけられたので、隣にいた嗣深に声をかける。

「嗣深、僕の背中、なんかついてない?」

「へ? つぐにゃんの背中?」

 唐突な僕の言葉に、嗣深が首を傾げ、後ろに反り返って僕の背中を覗き見た。

「なにもついてないよ?」

「そっか。いや、なんか背中に生温かいのが触ったような感じがしたんだけど……」

「うーん? ちょっとコート脱いでみて?」

「あぁうん」

 言われて、部屋に入ってからもずっとダッフルコートを着ていたのを思い出す。かくいう嗣深も着たままだし、虎次郎くんもブルゾンを着たままなのだけれど。暖房がついているとはいえ、室内もまだ寒かったため前だけを開けて着たままなのだ。

 よいしょ、とコートを脱ぐも、「やっぱり何もないよ?」と言う嗣深に、「そっか。じゃあ気のせいかな」と返したところで、嗣深が目を見開いて「にゃああ!?」と叫ぶ。

「え、な、なに、どうしたの?」

「つ、つぐにゃん! 血! 血が出てる! 頭! 後頭部!」

「へ?」

 言われて、手を後頭部に当てると、親指の付け根あたりにぬめった感触を感じて「うえ」と変な声が口から出た。

「ちょ、血って、大丈夫かいな!? なんや、あのバケモン共にやられたんか!?」

 虎次郎くんが慌てて立ち上がり、僕の背後にまわって僕の肩に手を置いてマジマジと血が出ているらしき後頭部を確認し、舌打ちする。

「あん時の場所かいな……」

「あの時って?」

「こっちの話や。気にせんでええ」

 そう言って僕の首筋に手を当てた虎次郎くんが何か呟く。何をしてるのかと思ったけれども、嗣深が見守る中、何も変わらないまま数秒過ぎたところでもう一度舌打ちした虎次郎くんは立ち上がった。

「刹那呼ぶ。ちょい待っとれや、ヨッシー」

 言うや否や、先ほどの宇迦之さん同様にカーテンを開けて大量の血の手形がついた窓を見て「クソが」とこちらに聞こえるか聞こえないかほどの声で小さく呟くと、そこを開けてこちらを振り返る。

「ワイが出たらすぐここ閉めるんやで。大丈夫やと思うけど、一応保険や」

 ほんじゃ行ってくる、と言って窓枠を蹴ると虎次郎くんは外へと飛び出して行った。

 唖然とする僕と嗣深だったけれど、いち早く復帰した嗣深は窓へと走りよって窓を閉め、鍵をかけるとカーテンをしめてすぐに僕の元へと戻ってきて、コートを脱ぐと自分のカーディガン(これも自作で、自信作だと言っていた)まで止める間も無く脱ぎ、それを僕の後頭部に当てて、僕のおでこにも手を当て強すぎない程度に押さえて固定する。恐らくは止血のつもりなのだろう。

 これでは血で汚れてカーディガンが使い物にならなくなってしまう、なんて勿体無いことを。その上、この部屋は暖房こそついているけれど室内温度は未だにコートを着ていて丁度良い程度なのに、上着を脱いでブラウスだけの状態では寒いだろう、と言ったら「そんなこと気にしてる場合じゃないでしょ!?」と怒られた。

「痛くない? 大丈夫? 寒気は? 眩暈とかは無い?」

「い、いや、大丈夫だよ、寒気も眩暈も無いし、血が出てるって言われて始めて気付いたくらいだから、痛みなんて全然無いから」

「本当? 本当に本当?」

「う、うん。そもそも血が出るような怪我をした覚えも無いし……なんで出てるのか本当分からないくらいだから」

 むー、と唸り、座ったままなすがままにされている僕の顔を、立ったままの嗣深が覗きこんでくる。

 疑わしげに、半眼になっている嗣深というのも割と珍しい。ところでどうでも良いけど妹よ、下着とブラウスの間にはちゃんとTシャツなりを着て、ブラウスももう少し厚手の物にしなさい。猫柄のお子様向けな黄色いスポーツブラがうっすらと透けて見えます。こんな薄いもの着てたら本当、風邪引いちゃうから。

 と口に出したらドヤ顔で「つぐにゃんのエッチー。気になる? ねえ気になる?」と言ってからくしゃみをした。バカである。

 とりあえずコートを着ておきなさい、と言うと嗣深は暫く唸ってから、一度僕から手を離していそいそとコートを着だした。よろしい。

 そうしてコートを着たらまたすぐに止血をしようとする嗣深に苦笑して、ふと、今は何時だろうか、と思う僕であった。

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