▼26.買い物
This is a 本編。
転生傍観者のほうも更新しました。
12月23日、天皇陛下(とても偉い人)の誕生日のため国民の休日であり、僕の誕生日でもある本日、僕は嗣深とともに夜のスーパーで売れ残りのお惣菜を買っていた。
「安いねー。見て見てつぐにゃん、単品160円のと280円のお惣菜が二個セットで120円だって。安いよー」
「うん、じゃあとりあえずポテトサラダとほうれんそうのごま和え買ってこっか」
「はーい。あ、お寿司も安いよ! 見て見て、三千円のお寿司が798円だって!」
「確かに元値から見ると安いけど、僕らが食べるのには充分高いからね、落ち着いて嗣深」
「でもでも、こんなおっきいんだよ! お安いよ! 食べたいよ!」
「うん、食べたいのは凄いよく分かるんだけどね」
「今日はつぐにゃんの誕生日なんだから贅沢しようよ!」
「そして明日は嗣深の誕生日だから贅沢しようって言うんでしょ?」
「もちろん!」
八時現在、夕方あたりは大分混んでいたみたいなのだけれど、流石に閉店一時間前ともなるとお客さんもまばらになっている。そんなスーパーのお惣菜コーナーで騒ぐ子供二人組な僕達を、店員さんが微笑ましいものを見る目で眺めていく。くっ、地味に恥ずかしい。
目をキラキラさせて「お寿司! お寿司食べたい!」と連呼する嗣深に、僕は溜め息を吐いて御所望のお寿司を取ってカートに乗せ、先に進む。
「やっほう! 流石はつぐにゃん、話が分かるね! ご褒美につぐみんと一緒にお布団に入る権利をあげよう!」
「いらないからその権利。まったくもう……恥ずかしいからちょっと静かにしてよ嗣深」
「はーい。おぉ、お肉もお安いよつぐにゃん!」
「あぁもう……」
お店に着いて、丁度タイムサービスで7割引になっていたお刺身の値段を見てからというもの嗣深はずっとこのテンションである。まぁ、気持ちは分からなくもない。確かに安いし。
「つぐにゃん、見て、シャンメリー! シャンメリーあるよ! お祝い事にはコレだよね!」
「落ち着くんだ嗣深。確かにシャンメリーは美味しいけど、値段と量がつりあってないから、それなら普通の炭酸飲料を買おうじゃないか。ほら、コーラの1.5リットルが138円だって。安いよ」
「コーラなんていつでも飲めるじゃない! シャンメリーこの時期しか出てないんだよ!」
「その限定品に弱いあたりは嗣深も女の子だなぁって思うよ、本当」
洋服とかじゃなく、食べ物や飲物なあたりは子供らしいというべきかもしれない。まぁ実際子供だし仕方ないけど。
とはいえ、カートの中には既にお寿司にお惣菜にクリスマス仕様のわたあめに玉子2パックと牛乳が入っているのだけれど、既にこの時点で1500円ちょっとなので、出来れば質より量で物を買って行きたい。なにせ予算は2千円なのだ。ちょっとくらいのオーバーは許容範囲ではあるけれども。だからシャンメリーさんは涙を飲んで諦めようじゃないか。
「お兄ちゃん、シャンメリー飲みたい!」
「仕方ないなぁ。一本だけだよ? わけっこね?」
「ひゃっほー! 流石はマイラブリーお兄ちゃん、話がわっかるー!」
仕方ないよね。一本くらいは。うん。まぁこの時期の限定品だし、うん。誕生日くらいは贅沢しても良いよね? うん。
ま、まぁほら、ケーキはお父さんが買ってきてくれるって言ってたし、このくらいはね? うん。
「つぐにゃん、ツリーコロネ! ツリーコロネ安いよ! 140円のが68円だって! 買おう買おう!」
そう叫んで嗣深が手にもって見せたのは、コロネの中にクリームがたっぷり入って、コロネの外側にチョコがたっぷりコーティングされて何やらコロネの天辺に飾りがしてある美味しそうなコロネである。
「あ、本当だ。それ美味しいんだよね。むむむ……じゃあわたあめは置いてこようか」
「えー、わたあめは別腹だと思う!」
「ダメです。どっちかだけです」
「けちー」
「けちじゃありません。ほら、どっちが良いの?」
「おかーさん、どっちも食べたい!」
「誰がお母さんか!」
嗣深のボケにツッコミを入れたら、レジのお兄さんが微笑ましいものを見る目でこっちを見て笑っていた。ぐぬぬ。恥ずかしい。
とにかく、どっちが良いのか早く選びなさいな、と嗣深にせっついたら、レジのお兄さんが周囲を見渡してからレジから出てきて、何やらポケットから取り出したかと思ったら自分の口に指を当ててウィンクして券のような物を手渡してきた。
「こ、これはっ……!!」
渡された物を見てみたら、商品の二割引券が五枚もあるではないですか。
「キャー、お兄さんイケメン! かっこいー!」
「しー、今、他のお客さんいないから内緒であげるけど、他の人には秘密だよ?」
おお……なんと良い人だ。と思ったけど、券をよくよく見てみたら一度のお買い物で一枚のみと書かれていた。ダメじゃないか。
と思ってレジのお兄さんに言ったら「何回かに分けてお会計すればオッケーなんだよ。結構やってる人もいるしね。あ、でも普段からこれやる人多くなると困るからここだけの秘密ね?」とのこと。なるほど、その手があったか。
しかしなんでまたこんな物をくれた上にそんなこと教えてくれるのだろうか、と思ったら「誕生日おめでとう。お兄さんからのプレゼントだ」と笑って頭を撫でられた。おおう、初対面なのになんて良い人……いや、たまに買い物来た時にこのお兄さん見たことはあったけど。こうして話したことは多分初めてのはずなのに、どうしてまた僕が誕生日だと知っていたのか、と思ったけどよく考えたら嗣深がお店に入ってきてからことあるごとに「つぐにゃんの誕生日なんだから!」と連呼してたしそりゃ分かろうというものか。
「つぐにゃんつぐにゃん。これでツリーコロネ買うお金が浮くね!」
「あー、まぁ、確かにね。うん」
「じゃあ買おう!」
「……むむむ。まぁ、仕方ない」
「良かったね、妹ちゃん」
「うん! ありがとうお兄さん!」
むむむ、これでは僕への誕生日プレゼントというよりは嗣深へのプレゼントではないですかお兄さんや、と思ったけど口には出さず、僕の分もコロネを入れた嗣深に肩を竦めて会計をお願いし、思ったより大分お安く済んだことにホクホクして帰ろうとすると、「ありがとうございました。またのおこしをお待ちしております。またね」と言って手を振っていたお兄さんが「あっ」と声をあげてレジにお金をしまおうとしていた手を止め、問い掛けてくる。
「ごめん、忘れてたけど、君達も神生会の子だよね?」
あ、もしかしてさっきの券って神生会の人限定の券だったのだろうか。
僕と嗣深は顔を見合わせて、少し迷ってから頷き、僕は頭を下げた。
「ごめんなさい。僕達は入会してないんです。えっと……お会計やりなおしたほうがいいですか?」
ううむ。勿体無いけど、嘘吐くのは嫌だし、仕方ないよね。
そう思ったけれど、お兄さんは「あー……そっか。参ったな」と呟いて頭を掻いてから溜め息を吐いて笑った。
「ま、大丈夫大丈夫。ちょっと確認したかっただけだから。ごめんね、変なこと訊いて」
まぁ黙っとけばバレないだろうし、大した額じゃないし最悪自腹で……とかなにやら呟いているお兄さんに若干の罪悪感を覚えつつも、僕と嗣深は二人で頭を下げてスーパーを後にした。
――そう、結局、僕達は神生会には入らなかったのだ。
虎次郎くんが入るなら、と思ったけれど、僕の口から出たのは「僕はやっぱり入らないほうが良いと思うから、ごめん。入会はしない」という言葉だった。正直自分でもなんで入会はしないと明言したのかはわからないのだけれど、多分あれでよかったのだろうと思う。
尤も、お陰でというべきか今日の僕の誕生日は、例年ならば虎次郎くんと宇迦之さんはお祝いに家に来てくれていたのに今年は用事があるとかで来てくれなかったので寂しい思いもしているのだけれど、仕方ないだろう。一応、電話でお祝いの言葉はもらったし。
なんとなく、冬休み明けからはボッチ生活が始まりそうな予感がしているのが怖いけれど、だ、大丈夫だろう。多分。虎次郎くんは自分が入会したところに友達が入会しなかったからって態度を変えるような人では無い筈だし。うん。
すっかり暗くなっている夜の町を二人でのんびり歩きながら駅へと向いつつ、回想していた僕はふと誰かに見られているような気がして、周囲を見渡す。
「……気のせいか」
流石に、振り返ったら背後に不気味な笑顔を浮かべるおじさんが! みたいな展開はなかった。良かった。
「何が気のせいなの?」
「んー……いや、なんか誰かに見られてたような気がして」
「オバケさんとか? キャー! ホラーだね!」
「いや、正直オバケさんだったら良いほうだと思う。うん」
変質者とかに比べたら、オバケのほうが断然マシだと思う。まぁこのあたりで変質者が出たなんて話は聴かないから大丈夫だとは思うけど、先日聴いた行方不明事件の件とか、僕らが誘拐されかけた件とかがあるので割と洒落にならない。
それに、今日は電車で町へと買い物に来たので、駅までは人目の無いところを歩くことになるため警戒しておくにこしたことは無いだろう.まぁ、実際にまたあんなことになったら防犯ベルを鳴らして叫んで助けを呼びながら逃げるくらいしか無いのだけれど。
本当は、お父さんにでも今まで分かっていることを全部話して、買い物もお父さんと一緒にして、あまり僕と嗣深だけという無用心な状態を作らないほうが良いのだろうけど、仕事をしているお父さんにそれを求めるのは酷だし、そんなことをお願いしてお父さんに負担をかけたくないので、嗣深とも相談して神生会のことも誘拐されかけたことも未だに黙っている。
正直に言えば、全部話してお父さんにずっと傍にいてもらいたいけれど、そんなことをしてお父さんが危ない目にあったり、また昔のように倒れるようなことがあったら嫌だ。だから、我慢する。
同じような経験があって、特に僕と違ってそのままお母さんを亡くしている嗣深もそのあたりは同じだから、もうその話題にはお互い触れないようにしているけれど、やはり時折こうして考えてしまうのばかりは仕方ない。
嗣深と他愛のない話をしながら歩いていると、駅に着いた。
時刻は20時25分。電車の時間まで5分ほど余裕があるので切符を買って少し待っていようか。
そう思って、電車の時刻が表示されているディスプレイを見たら、僕達の家の方面への電車の時間が表示されていなかった。
「あ、あれ?」
「ん? どったの? つぐにゃん」
「いや……30分に電車があったはずなんだけど……」
家を出る前に終電の時間は確認してきたし、その電車があるからこそ、買い物を安あがりにするべくこんな時間にわざわざ買出しに出てきたのに電車が無いのは困る。
慌てて受付で欠伸をしていた駅員さんに声をかけると、あっさりと「あぁ、今日の終電は一個前の七時のになってるんだよ。あれ、一昨日あたりからそうだし、確かお知らせはまわってたと思うけど……」と言われて唖然とする。
まったく、聴いた覚えがないのですが。
町内放送でも流したはずだよ、と更に言われたけれど、これまた聴いた覚えがない。もしや聞き逃したのだろうか。
バスの時刻も訊いてみたら、電車より更に早い時間に僕達の家の方面へ行くバスは終わっていて、後はタクシーくらいしか無いね、と言われた僕は意気消沈して駅舎内のベンチに座り込む。
「だ、大丈夫? つぐにゃん」
「あ、あぁうん……大丈夫」
弱った。タクシーなんて乗るお金は持ってないし、お父さんが帰ってくるのは10時頃になると言っていたから、連絡して乗せてもらうにもあと二十分ほどでやってくる市内方面の終電が行ったらこの有人駅からは出ないといけないので、一時間以上ちらほらと雪が降っているこの寒い中を外で待たないといけない。
それは流石に風邪をひいてしまうし、何より流石に危機感の無い僕でもこの町の現状で、神生会に入ってない子供二人が夜の町に二人でポツンと孤立していたら何が起きてもおかしくないことくらいは理解できる。
大体、毎年僕ってば誕生日の日にはろくな目に会わないんだよな。去年は階段で足を滑らせて痛い目に会ったし、その前は当時やり込んでいたゲームのディスクが入ったケースを思いっきり踏んでしまって起動できなくなったし、なんなんだろう。神様は僕に何か恨みでもあるんですかね。
まったくもう、本当に参ったな……。
「あ、そうだつぐにゃん。カラオケボックス行かない? 確か近くにあるんでしょ?」
「カラオケ? ……あー、あるけど、ここから僕らの足だと徒歩で15分くらいはかかるよ? それに、カラオケボックスは確か6時だか7時以降は未成年だと保護者同伴じゃない限り入店できなかった気がするし……」
嗣深の提案で一応夜の11時までやっているカラオケボックスとファミレスが併設されているお店があるのを思い出したけれど、未成年者だけだと夕方以降の利用は不可能なので時間を潰すのは難しいだろう。
カラオケに一時間入る程度のお金ならあるけれど、ファミレスで何か注文して一時間も時間を潰せるほどのお金は持っていない。よもやドリンクだけ注文して一時間粘るというわけにもいかないだろう。なにせドリンクバーすらない個人経営のファミレスだし。
いや、ドリンクバーといえば確かそのお店からもうちょっと行ったところにもファミレス的な場所が……あれ、あそこの定休日っていつだっけ……あるのは知ってるけど、行った事は無いから分からないや。
「うーん……この寒空の下でじっとしてるのも厳しいもんねえ……ここから追い出される前にどうするか決めておかないとまずいよね」
「そうだね。だから今考えてるんだけど……この時間帯に屋内で、尚且つ時間を潰せるところ……」
嗣深と二人でうんうん唸りながら考えるけれど、中々良い案が出てこない。
「じゃあお店に限らず、このあたりって何があるか挙げていけば、どこかしらあるんじゃない? つぐにゃん」
「あー、そうだね……えーと、まずスーパー、は9時閉店だからダメか。居酒屋は、無理だね。カラオケはさっき言った通りダメ。あとファミレス、電気屋、携帯ショップ、お城の跡地、図書館、警察署、町役場、床屋さん、お弁当屋さん、消防署、団地、レンタルビデオ屋さん、本屋、学校、多目的ホール、お蕎麦屋さん、レストラン、お寺、神社」
「神社!」
「うわ、ビックリした。何?」
片っ端から、このあたりにある主要な建物を挙げていったら、嗣深がいきなり叫んだ。
「だから、神社だよ! 駅の近くにあるのが自分の家の神社だって前にせっちゃんが言ってたよ!」
「あ、あー。そうか。言われて見たら確かに一番安全だね、距離的にも、ここから十分くらいだし、一時間くらいならお邪魔させてもらえる、かな?」
「うんうん! 善は急げだよ! せっちゃんとお父さんにはわたしの携帯で連絡するから、早速向おう?」
「そうだね。よし、じゃあ向おうか」
お騒がせしました、と受付で眠そうにしている駅員に頭を下げてから嗣深と一緒に駅を出て、僕達は宇迦之さんの家である神社へと向かうのであった。




