▼0.僕達は双子の兄妹とのこと
11月も終わりに差し掛かり、ここ東北は今月の時点で既に雪が何度か降るほどに冷え込んでいる。
そんな中学年になって早くも半年を過ぎ、七ヶ月が経とうというその日、僕は自宅から徒歩五分ほどで着く無人駅のホームに立っていた。
今日は雪こそ降っていないものの、時折吹く風は身を切るかのように冷たく、濡れタオルを振り回せばそのまま凍ってしまうのではないかと思えるほどである。
時折風で飛んでくる落ち葉にはまだ秋の風情を感じることは出来るが、夏場であればまだ明るかった午後五時現在、太陽は空に真っ暗一歩手前の空にほんの少しの青さを残したまま完全に隠れてしまっている。その上、ここから見えるいくつもの山の頭頂部がいくつか白くなっているのを見ると「もう冬なのだな」と実感する。
そんな寒空の下、僕はせわしなくホームを歩き回りながら電車が来るのを待っていた。
駅舎の上部にかかっている大時計を見ると、目的の電車の到達まであと五分程度ではあるものの、その五分が長いのだ、と逸る気持ちを落ち着けるために深呼吸をする。
先ほどから、いや、ここ一週間ほど僕はずっとこんな状態であり、完全に挙動不審な子と化しているけれど、それも仕方の無いことだろう。
今日は僕の妹が、僕の家に家族としてやって来る日なのだ。それも、顔は写真で見せてもらったが一度も話しをした覚えが無いので、ほぼ初対面と言っても過言ではない妹、である。
それだけ聞くと義妹でも出来るのかとでも思われてしまいそうだが、そういう訳ではない。色々と複雑な事情があるのだけれど、僕が実は双子であり、今日来る妹はその僕にとっての片割れである存在なのだ。
ハッキリ言って、かなり緊張している。
何せ家族が増える訳だが、それが自分の実の妹で、しかも自分の双子ときたら、正直どう対応すべきなのかがサッパリ分からない。
お父さん曰く「明るくて元気な子だからすぐに仲良くなれるだろう」とのことだけれど、僕自身はそんなに社交的な子ではないのであまり期待しないでいただきたいと思う次第だ。
普通に年下の妹とかだったら、まだ良い。こっちも年上として、小学校の頃の後輩に接しているように優しく接すれば問題無いだろう。
でも、同じ年齢ともなると難しい。いくら妹とはいえ同じ年齢となると、いきなり馴れ馴れしくするわけにもいくまい。そして、最初に会った時の挨拶は何と言うべきか、これも決まっていない。
無難に「はじめまして」で済ませるのか。しかし記憶には無いとはいえ小さい頃は一緒に過ごしていたのだろうから、「はじめまして」はちょっと冷たいんじゃないだろうか、とも思う。
実に難しい問題だ。
どうしたものか、と今になっても答えの出ないことを諦め悪く考えていると、電車の警笛が聴こえて、僕は頭を振った。
ともかく、もうこうなったら相手の出方を見て、それによってこっちも態度を決めれば良いだろう。そして声をかけられたら、今着ているダッフルコートの両ポケットに突っ込んで僕の手を温めるカイロ代わりとなっている、駅の自販機で買った温かいココアでも挨拶代わりに渡して友好の証としよう。それくらいしか思いつかない。というか、多分今の精神状態の僕から声をかけるとか無理だし考えても仕方ないよね。レッツ行き当たりバッタリ。
そんな情けない決意をした僕の目の前で二両編成の電車が耳障りなブレーキ音を立てて止まり、横開きの乗降用のドアが開く。
そして、僕はその電車に一人だけ乗っていた女の子の姿に気付いて目を向けた。
視線の先には、電車の窓越しに見える、写真で見た女の子の姿。
僕と同様に小学校低学年にしか見えない低身長。目は僕よりも少したれがちで、髪の毛は肩下まで伸び、デフォルメされた猫のマスコットがくっついたヘアピンで前髪を止め、服装は白いダッフルコートにピンクのスカート。そして少し膨らんだボストンバッグを担いで、コンビニの青いビニール袋を持っている。
女の子は僕に気付いていないのか、一両目の車両にいた車掌さんに笑顔で切符を手渡すと、開かれていたドアから別段段差らしい段差があるわけでもないのに、ジャンプしてホームへと飛び降りた。
ニコニコ笑顔というのはこういうのを言うのだろう、と思わせるほどに満面の楽しそうな笑みを浮かべたまま、その女の子は僕に気付かずに近くに見える、何も植えられていない田んぼを凝視していたかと思うと、そっと目を閉じてまるで空気を味わうかのように、静かに深呼吸をした。
僕と同じような顔をしているのに、その姿が妙に神秘的で、まったく気付いてもらえないのなら声をかけるしかないというのに、向こうから声をかけてもらう算段だった上に重ねてそんな雰囲気なものだから、僕は声をあげることも、肩を叩くことも出来ずに、その姿をぼんやりと見惚れてしまった。
「君は乗るのかい?」
すると唐突に声をかけられたので慌てて声のした方に顔を向けると、どうやら車掌さんが僕が電車に乗るのか、ただの迎えで来ているだけなのか判断がつかなくて声をかけてきたらしい。
僕は慌てて首を横に振って「今降りた女の子を迎えに来たんです」と伝えると、車掌さんは了承して乗降用のドアを閉め、数十メートル先の踏み切りが鳴る中、電車を発進させた。
そうして電車が町の方へと向かって走り去っていったというのに、未だ目を閉じたままだった女の子はようやく目を開けたかと思うと、一つ頷いて呟く。
「いやー、ど田舎ってまさにこういうところのことを言うんだろうにゃー」
……神秘的な感じとか、全部台無しだった。
いや、ど田舎だというのは認めるけれど、それにしたって、なんだか凄い残念な気分になってしまったのはきっと皆が理解してもらえると思う。
「それにしても寒いなぁ……うぅ、つぐにゃんが迎えに来ると聞いてたんだけど、どこに――にゃ?」
そもそも「にゃー」ってなんだ、「にゃー」って。
ツッコミを入れたい気分になったが我慢して見ていたら、周囲をきょろきょろと見渡した女の子がようやく僕の存在に気付いたのか何度か視線を合わせたまま瞬きをすると、浮かべたままだった笑みを崩さず、それどころか何割か増したような実に嬉しそうな笑みで目を輝かせながら、担いでいたボストンバッグとビニール袋を地面に置くと、突然僕に向かって突進してきた。
「つぐにゃんただいまー!」
「え、えぇ? お、おかえり?」
勢い良く抱きつかれて、勢いがありすぎて倒れそうになったのをなんとか堪えられたことには安堵したが、いきなりの「ただいま」発言に僕は目を白黒させる羽目になった。
「会いたかったよー!」
「え、えーっと、ぼ、僕もだよ?」
予想外すぎる反応に、一体どう反応したら良いのか途方に暮れそうになりながらも、とりあえず抱きしめ返すくらいの気はまわせたが、今の僕にはそれが限界だった。
いきなり抱きついた上に泣き出したのか、鼻を啜る音と可愛らしく唸る声が胸元で聴こえてくるものだから、僕の対応可能なキャパシティを完全にオーバーしたのである。
「うー、つぐにゃんー」
「あぁもう、よしよし、良い子だから泣くな」
頭を撫でてあげながら、どうすれば良いんだこの状況、と僕は遂に途方に暮れたのであった。
――これは、こうして出会った引っ込み思案で友達の少ない僕と、社交的で明るい妹が織り成す、ちょっとだけ不思議な、あるドタバタ騒ぎの物語である。……多分。