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▼16.兄妹愛

 嗣深が来てからというもの、なんか物騒というか、僕に不幸が多発している気がする。

 不審者から逃げ、学校で当直の先生に保護してもらった後、先生が警備会社と多分他の先生に連絡を入れてから僕達をそんなことがあったなら危ないから、と車で家まで送ってくれたので現在は家でお茶を飲んでまったりしているわけだが、嗣深が来ておよそ半月。一度は気絶し、一度は物騒な夢を見て、そして今回の誘拐騒動。ペロッ、これは嗣深が元凶!

 などという謎の責任転嫁をしかけたけれど、気絶したのは嗣深関係無いし、夢に関しては所詮夢である以上嗣深関係無いし、誘拐騒動もむしろ嗣深は被害者なので冗談でも言うのはやめておこう、と共に時代劇を眺め、お茶を飲みつつ羊羹を食べている嗣深を眺めて自己完結した。

 尚、僕達が誘拐されかけたというのを聴いた当直の先生からの連絡により、今日学校に来た生徒の家全員に電話が行ったそうである。誘拐未遂があったので、もしまだ帰っていないのであれば、念のため本人の携帯電話に電話をかけて連絡をとってみてほしい、という感じで。

 なにやら大事になってしまった気がするけれど、事実なのだし別に良いだろう。もしかしたら本当にただの親切心で、たまたま通りがかって乗せようとしてくれただけの善意の人であった可能性を考えたら物凄い不安というか、申し訳なくなるので考えない方向でいこう。

「つぐにゃん。わたし思うの」

「なにを?」

「あのね。副将軍って役職は、存在しないのに、どうして副将軍なんて名乗ってるんだろう御老公。コレって詐称じゃないの? って」

「全国のおじいちゃんおばあちゃん方が落胆するからそこを追求するのはやめてあげて」

 ちなみにあの人の生前の階級は従三位の権中納言である、と前に水戸黄門の話をしていた時に宇迦之さんが教えてくれた。そして虎次郎くんが嗣深と同じような疑問を抱いていた。この二人は思考回路が同じなのではなかろうか。

 尚、黄門様が副将軍ではないと知った時の僕の悲しみと言ったら、サンタさんはいないと言われた小学生の如しであった。

 あんまり詳しくないけど僕は水戸黄門が好きなのである。勧善懲悪ってスッキリして良いよね。

「あとね、つぐにゃん」

「今度は何?」

「今の水戸黄門より、昔の水戸黄門のほうが、雰囲気あったよね。わたしこの再放送のが一番好き」

「それには激しく同意するね」

 最近のは映像が綺麗すぎて、なんかこう雰囲気がね。セットとかも組み立て新品なのが分かる綺麗なのが多くてなんかちょっとこう、うーん、っていう。

「あとね」

「うん」

「平日の昼間から時代劇を眺めて、時代劇に関する話題で盛り上がる中学生って多分わたし達くらいだよね?」

「残念。虎次郎くんも宇迦之さんもガイアさんも時代劇大好きだよ」

 ちなみに全員が水戸黄門をイチオシである。尚、宇迦之さんは過去作から今の作品に至るまで知識が半端無いので恐ろしい。あの人だけ僕達の、アバウトな感覚で言う「あれが良かった」「あそこが良かった」という話から飛び出して、「あの俳優さんは前に○○の作品で出ていたときに比べて演技がどうだった」とか、「あの斬られ役だった悪役の人はあの作品でも出てるんだけど、やられ方が毎度綺麗だよね」とか次元が違う。僕達は「そうだね」と頷く他無い。

「流石はわたしの心友達だね!」

「待て、虎次郎くんは僕の親友だっ」

「ふっ、つぐにゃん……時代はね、あざと可愛いこのつぐみん様のものなのだよ! 虎にゃんだってイチコロだよ! きっとわたしを選んでくれるよ!」

「ふふん、虎次郎くんのお嫁さんにしたいランキング二位が誰だったか、思い出してみるんだね、嗣深」

「くっ、しまった。そこを出されると辛いよ……!! って、つぐにゃん、どうしたの。いきなり何かを悟ったような顔で突っ伏して」

「なんでもないよ……」

 なんか違う。僕、誇るところが何か違うよ。そこ親友の証として誇るところじゃないよ。

 自分に対するツッコミは、心の中に留めた。

 そんな風に無駄に無意味な話をして時間を潰す。我ながら、つい少し前に誘拐されそうになったなどとは思えないほどのんびりした時間の過ごし方である。

 まぁ、あんまりにも突拍子がなさ過ぎて現実感が無いだけかもしれないけれど。

「あ、そうだ」

「ん? どったの、つぐにゃん」

 誘拐未遂で思い出した。

 僕はお茶葉をゴミ袋に捨てて、新しくお茶を淹れ直す嗣深に自分の分も注ぎ足しを頼みつつ言付ける。

「今日の誘拐未遂、お父さんには内緒ね?」

「え? なんで?」

「いや、だってお父さんが心配するじゃない」

 心底不思議そうな顔をする嗣深にそう告げると、「むむむ」と少し悩ましげな声を出しつつ自分のカップと僕のカップに交互にお茶を注ぎ足しつつ嗣深が口を開いた。

「でもでも、言わないと逆に心配するんじゃない?」

「バレなければ大丈夫。お父さん忙しいんだから、変な心配かけさせたくないの」

「うーん……まぁ、それにはわたしも同意する限りだけど……」

 なにやら納得いかない様子の嗣深に首をかしげつつ、嗣深が注ぎ終わったお茶を差し出してきたのでありがたく頂いて羊羹を食べる。うまうま。

「あのねつぐにゃん。つぐにゃんは、お父さんが何か凄い疲れてたとして、こっちに心配させまいとそれを隠して無理してたら、どう思う?」

「泣き落とす」

「手段からなの!? どう思うかじゃないの!?」

 珍しく嗣深がツッコミ役にまわった。何を言ってるんだ。お父さんが無理をしてたら、泣き付いてでも僕は止めるよ。お父さん僕には激甘だから。普段は迷惑かけたくないから大人しくしてるけど、お父さんが無理するなら僕は迷惑だと思われようとも止めて見せるよ。

 と、胸を張って言ったら慈母のような微笑みを向けられた。なんでさ。

「つぐにゃん。あのね? お父さんもね、多分そうだと思うの。黙っていて、もし何かあったり、他の人からそんなことがあったなんて知ったら、凄いショック受けると思うの」

「……むむむ」

 それを言われるとこちらも反論が出来ない。

「だが待って欲しい。お父さんがその事実を知ったら、果たしてどういう行動に出るのか、嗣深は分かっているのかい」

「え? こう、心配して、早めに帰ってきてくれるとか、ご近所の人によろしく頼んでまわるとか、あ、送迎してくれるとか?」

 甘い、わたあめにはちみつかけたくらいに甘いよ、嗣深。

「まず、毎晩一緒に寝てくれると思います」

「なにそれ素敵!」

 そうだね、素敵だね。

「次に、毎日僕達を起こしに来てくれるし、ご飯を三食作ってくれます。学校の日はお弁当ね。掃除や洗濯なんかもやってくれます」

「なんて理想的なお父さん像……!!」

 そうだね。理想的だね。

「そして、嗣深が言った通り、送迎はしてくれるでしょう。雪かきも除雪機使って毎朝バッチリやってくれると思います」

「おぉ……この雪の中、それはとても素敵だねつぐにゃん……!! もう今日みたいな思いはしなくて済むね!」

 そうだね。とても楽になるね。

「そして極めつけは、学校以外ではずっと一緒にいてくれます」

「おぉ……至れり尽くせりだね……!!」

 そうだね。至れり尽くせりだね。

「そして、当然ながらお仕事には行かなくなります」

「え?」

 なにせずっと一緒にいるにはそれしかないし。

「でも、お父さんしか出来ない仕事があるらしいので、僕達がいない時にそれだけはやって書類とかは送ると思います」

「う、うん。それはまぁ、お仕事してる人だもんね。大人だもんね」

 そうだね。大人って大変だね。

「で、家事全部やって、僕達がいる間は面倒見て、仕事先に迷惑かけないよう可能な限り家で出来るお仕事して……どうなると思う?」

「え……えっと、そこはほら、わたしたちがちゃんと家事分担すれば!」

「お父さんの手際が良すぎて、僕達だと邪魔になるだけだと思うね……」

 うちのお父さん、普段は割とズボラだけど、実はかなりハイスペックで家事全般出来るというか、下手したらそこらの専業主婦とかお手伝いさんとかなんて目じゃないレベルで手際が良いので、間違いなく邪魔になる。僕らが1を終える頃にはお父さんが9を終えていて全然負担軽減にならないレベル。

「えー……で、でも流石にそこまで極端には走らないんじゃない? 送迎だけとか、だと思うけど、多分。確かに心配するだろうけど……」

「甘い! 甘いよ 嗣深!! わたあめにはちみつとシュガーシロップをかけたぐらいには甘いよ!」

 僕の勢いに飲まれた嗣深が、「え、えー……」と若干引いてるけれど気にしない。

「あれは僕がこちらに引っ越してくる前のことです」

「う、うん」

 確か、小学校三年だか四年だか、ちょっとそのへんはあやふやだけども、と前置きしてから語る。

「僕がインフルエンザでぶっ倒れた時のことです。お父さんってばそれはそれは献身的な看病をしてくれました」

 予防接種前にかかってしまったものの、幸いお父さんは仕事の関係上早めに予防接種済みだったとかでずっとつきっきりで看病してくれたのだ。

「あ、わたしもそのくらいの時にインフルかかった!」

「へー。そんなとこまで似るものなんだね……って、まぁそれはさておき、問題は、治ってからね」

 ようやく熱も引き、それでも念のためと四日ほど学校を休み、病院でも体力は少し落ちてるけれどもう完治と診断されたにも関わらず、お父さんは仕事に行かず、家事は全部やるわ送迎はするわでさきほど僕が述べた状態になっていたのである。

 まぁ、その頃の僕は一応、今と同様にあまり迷惑かけないように振舞おうとはしていたけれども、それでも大好きな人がずっと一緒にいてくれて、自分のために何かをしてくれていることに色々と嬉しくなって、まぁべったりと甘えてしまっていたのだ。

 その結果、三ヶ月後にお父さんが過労でぶっ倒れて入院したのである。

「えぇ!? なんで!? お仕事は休んでたんでしょ!?」

「ううん。仕事には行かなかったけど、なんか色々まとめる書類があったりとか、電話で応対してたりとか、部下の人から送られてくる報告書? とかを見たりとか、色々してたみたい」

 無理をすれば在宅でも出来る仕事らしく、それで在宅のままやっていたものの、文字通り“無理をすれば”なのでかなりの負担だったようだ。知らなかったのだけれども、酷い時は深夜の4時頃まで仕事をして、6時に起きて僕の朝ごはんとお弁当を作り、僕を学校に送ってから掃除や洗濯をして、ご近所付き合いなどもそれなりにこなし、仕事の電話や書類などの確認をして、タイムセールとかがあれば突撃して戦利品を調達してくる。

 学校が終わる時間には僕を迎えに来て、甘えてくる僕の相手をして、或いはしながら夕飯を作り(僕も手伝ったけれど、せいぜい野菜の皮むきくらいしか当事はできなかった)、僕の宿題を見て、教えるだけじゃなくてちゃんと僕が考えて出来るようにまるで家庭教師みたいなことをして、僕と一緒にお風呂に入って、僕が寝るまで一緒に遊ぶなりして、その後、残っている仕事をこなし、また朝六時に起きる、という生活習慣だったらしい。

「えええ!? そりゃ倒れるよ!? 何やってるのお父さん!?」

「うん。僕もそれ知った時は滅茶苦茶ショックだった」

 よもや、一日の睡眠時間が平均2~4時間、どんなに長くても6時間程度だったとはさすがの僕でも思わなかったものである。

 そうしてお父さんが入院したので、僕の面倒を見るためお父さんの友人だというちょっと厳つい顔でぶっきらぼうながらも気の良い渋めのおじさんが主に僕の面倒を見に来てくれて、あとはご近所のおばさん達が色々世話を焼いてくれたりしたのでどうにかなったけれども、その時は僕の親権に関してちょっとゴタゴタがおきてしまったとも聴く。

 それ以来、僕は家事を本格的に覚え始めたし、元々そこまで甘えないように抑えていたのを、インフル後はべったりだったのであまり迷惑をかけないように自制を心がけ、お父さんが入院したことで家計に大打撃であることなどを知った僕はご近所さん達からタイムセールの心得ややる店舗などを教えてもらい、便乗して連れて行ってもらい、戦利品を獲得したり、実に逞しく成長していったのだ。

「つぐにゃんもつぐにゃんで割と逞しかったんだね本当に……」

「そこは我ながら思う」

 ついでに言うと、退院したお父さんが「また甘えてくれて良いんだぞ?」とどこか期待した顔で言うのを「また入院されたら寂しいからやだ!」って言ったら嬉しいやら悲しいやらと言いたげな顔をしたのは余談である。

 まぁ、こうした経緯もあって、こちらに越してきてから早苗さんが片親であることを知り、家事もやっていることを知った時に色々共感してお話して仲良くなれたのは、良かったと言えよう。ちなみにガイアさんは早苗さんの親友ということで気付いたら親交が出来ていた。さほど親しいわけではないけれど。

 あと、宇迦之さんも片親で家事やってることから仲良くなったけど、宇迦之さんはもう次元が違う。あの人うっかりとか残念なところがあるけど、それ以外は完璧超人だからなんか、ちょっと隔絶した物がある。別に含むところがあるわけではないが。

 ちなみに虎次郎くんは引っ越して早々から僕に声をかけてきて、一番最初に出来た友達であり一番大事な最高の友達である。宇迦之さんも元はそのオマケであった。

「でも、わたしのところも似たような感じだったなぁ……」

「そうなの?」




「うん。だってお母さんが死んだの、わたしのせいだしね」




「え……?」

 あまりにもあっさりと、なんでもないことのようにそう言いながらも、声が少し震えていた。

「あはは。やだなぁつぐにゃん。ほら、似たような感じって言ったでしょ? なんていうか、わたしを育てるために無理して、それがたたって、っていうだけだよ。本当、ごめんなさいしたいけど、もう会えないし、気にしてもしょうがないもの」

 ごめん、変なこと言っちゃったね、と笑う嗣深が、明らかに無理をしているのが分かって、けれどもかける言葉が見つからずに、僕は「そっか……」とだけ返し、お茶に口を付ける。

 あぁ、バカすぎるだろう自分。

 お父さんとの過去の話なんてしたら、嗣深だって自分を引き取ってくれたお母さんにあたる人との過去の話を思い出したっておかしくないじゃないか。なんでそんなことにすら気付かなかったんだ。

 さきほどまでの和やかな空気は一転して、なんともいえない、余所余所しい空気が流れる。

 テレビからは、時代劇が終わり、数分ほどのニュースが流れ始めていた。

 どう声をかけるべきか、そもそも声をかけて良いのか、と悩んでいると、僕から見てコタツの正面右手側に座っていた嗣深が、何度かこちらを見た後に、小さく溜め息を吐いて立ち上がる。

 呆れたのだろうか、と少し心配になってそちらに目をやると、何故か僕の隣に座ってコタツに足をいれ、肩をくっつけてきた。

「ごめんね。本当に気にしないで? 今更なことだし、あんまり引き摺るのもお母さん喜ばないだろうし、わたしも気にしてないから」

 そう言う嗣深は、言いながらも少し声は震えている。

「……ごめん」

「謝らなくていいよう」

「うん……」

 そうは言われても、こちらとしてはなんと返したら良いのか分からないのだ。謝る他ない。

「……つぐにゃん」

「なに?」

「こういう時、男の子は黙って女の子を抱きしめるものなのだよ?」

「……はいはい」

 あぁ、まったく。

 空気を読まないしすぐふざけるし、なんともおバカな子だけれども、僕はこの妹が嫌いじゃない。

 ご要望にお応えして嗣深の背中に手をまわして軽くだきしめると、嗣深も同じようにしてこちらに抱きついてきて、寝る時にいつも思うことだけれども、嗣深は体温高いなぁ、なんてどうでも良い事を考えながら、僕達はテレビの音声をBGMに、しばし抱きしめあっていたのである。

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