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▼11.帰り道

 学校の生徒の約半数が神生会の会合でいないその日、部活を終えて僕達が帰る頃には外は雪で真っ白になっていた。

 虎次郎くんは家が別方向で、ガイアさんは家が少し距離があるので迎えが来るため校門で別れ、僕は嗣深と二人で帰路に着いていた。

 歩道に積もっている雪は、体感で大体6センチ、いや、7センチくらいだろうか。ここまで降るとは思って居なかったので、長靴ではなくブーツで来たのだけれど、これは失敗だったかもしれない。

 そんなことを思いながらのんびり歩き、何気なく空を見上げる。

 空はすっかり暗くなっているけれど、雪のお陰でどことなく薄明るい。綺麗な光景ではあるけれど、凄い寒いし、足をとられて転んだり、ブーツに水が染み込んだりしないかと考えると面倒なことこの上無い。

「綺麗だねえ……」

 隣を歩く嗣深も空を眺めて、降ってくる雪を眺めてそう呟いた。

 前を向いてないと危ないよ、と僕は車道側に徐々に寄っていく嗣深に苦笑して手を繋ぎ、歩道側に戻してやる。

「あ、うん。ごめんね。でも……凄いねー。雪……」

 そう呟く嗣深の声は、いつもの能天気な声ではなくて、なんだか心から感心というか、感動しているかのような声で、僕は不思議に思う。

「そんなに感心するって、嗣深のいたところって雪は降らなかったの?」

「あ、ううん。一応降ったりはしてたよ。ただ、ここまで一杯、積もるほどではなかったから」

「そっか」

 どこかしんみりとした声と微笑みでこちらに告げる嗣深が、なんだかほんの数十分前まで体育館で部活見学に来て卓球部の備品である、ゴムが全くゴムとしての役割を果たしていないラケットで素振りしていたはずなのに、いつの間にか僕の対戦相手として現れ、「フゥハハハ、つぐにゃんに出来てわたしに出来ない道理は無い筈! いくよ、つぐみんドラーイブ!」とか叫びながら勢い良くサーブを打ったら、隣の台でガイアさんと中々に接戦を繰り広げていた虎次郎くんの頬にパシーン、と良い音をたててぶつけてしまって、「のーう! 虎次郎くん大丈夫ー!?」と叫び、「ぐふっ……ワイはここまでのようやな……せやけど気にする必要はないで……ワイの屍を……超えてくんや……ッ!!」とか言われて「じゃあ遠慮なく!」「あ、じゃあ俺も」とかガイアさんと一緒になってうつぶせになる虎次郎くんを(上履をちゃんと脱いでから)踏ん付けていた娘と同一人物とは思えない。

「……なんか凄い心外なこと思われた気がするよ、つぐにゃん」

「気のせいじゃない?」

「むー……」

 鋭いな。でも別にバカにしたわけではないよ。事実を思っただけで。

 そんな僕の心の声が聴こえたのかのように、少し拗ねた様子を見せていた嗣深は、小さく笑って僕の手をギュっと少し強めに握り返してきた。

「わたしね、雪を見るとなんだか凄い寂しい気持ちになるんだ」

「ふうん」

 嗣深の言葉に僕は相槌を打ち、同じタイミングで立ち止まって二人で空を見上げる。

「それでね、前にいたところでは、ここまで感傷に浸ったりはなかったんだけど……見たこともないはずなのに、なんだかここの雪は、凄い、懐かしいっていうか……わかんないけど、なんだか、凄い胸にギューって来るの」

「そっか。……僕達が小さい頃に見たのかもね」

「ふふ……つぐにゃんとお別れの日が、これくらい雪が降ってる日とかだったのかな」

「どうかな。僕もわからないや」

 嗣深の言葉に、僕は苦笑して返す。

 正直、小学校低学年頃までの僕の記憶は曖昧だ。お父さんに引き取られたのが何時からだったかすら実はよく覚えていない。ただ断片的にだけれど、お父さんとの大事な記憶があるから気にしたことはない。でも、そんな状態だからこそ、少しくらいは記憶に残っていても良さそうな、こんな濃い妹が居たことすらお父さんに言われるまで知らなかったし、覚えていなかったから、やはり少し不便ではあるかもしれない。

「ねえ、つぐにゃん」

「なに? 嗣深」

「つぐにゃんは……いなくならないよね?」

 どこかすがるような声に、僕は少し考えてから、頷いた。

「……多分ね」

「そこは断言してほしいなぁ、もう」

 真剣に答えるべきだったのかもしれないけれど、なんとなく、いつものように返した僕に、嗣深が文句をつけながらも笑う。

 いつもみたいなバカっぽい笑い方じゃなく、くすくすと可愛らしい笑い方で、それにどこか既知感を覚えた僕は、それが何であったかを思い出そうとして目を閉じかけ――閉じる瞬間に、降り積もる雪に溶けるように、一瞬だけスッと目の前を横切った白い姿に目を見開いた。

 けれど、目を開いたその時には、既にその姿は視界から消えている。

「今の……ッ!!」

「え? どうかしたの? つぐにゃん」

 嗣深は気付かなかったようだけれど、僕はその人物の姿を探して、キョロキョロとあたりを見渡す。

 銀髪のような白くて長い髪に、紅と白の服。

 昨日、夢で見た人物にそっくりだった。

「嗣深、今の、今の人、どこにいったか分かる!?」

「え、ちょ、ちょっと落ち着いてつぐにゃん。今の人って、誰? 何? どんな人?」

 慌てて問いかける僕に、嗣深が混乱しながらも問い返してくる。先ほど感じた既知感なんて、どこかに吹き飛んでいた。

 それ以上に、あの夢で会った人に会えるかもしれないと思うと、そちらのほうが大事だったのだ。

「あの、銀髪の人! 長い髪の!」

「え、あ、えっと……ちょ、おち、落ち着いてつぐにゃん。痛い、痛いから」

「あ……ご、ごめん」

 思わず嗣深の肩を掴んで揺さぶっていたことに気付いた僕は、嗣深の言葉で慌てて手を離す。

「う、うん。大丈夫だよ。で、えっと……銀髪の人、だよね?」

「うん。ど、どこに行ったか見てた? どこから出てきたかも僕よく見てなかったんだけど」

「えーっと、ごめん。わたし見てなかったよ……」

「そっか……ごめん。変なこと訊いて」

「あ、こ、こっちこそごめんね」

「いや、こっちこそいきなり取り乱して……」

 二人でぺこぺこと頭を下げあい、ようやく頭が冷えた僕は内心で酷い自己嫌悪に陥る。

 あれは夢だったに決まってるのに、夢に出てきた人が一瞬見えたとか、一体何を言ってるんだ、と。そもそもなんで会いたいのか、という理由すら明確ではない。

 会わないといけない、会いたい、と本能的に思った、とでも言おうか。とにかく、会う事が自分の使命のように感じてしまったのだけれども、我ながらなんだその理由は、と笑いたくなる理由だ。

 そもそも、本当にその人物が目の前を横切ったのか?

 よく、誰かがいるような気がすると、何もいないのに、一瞬そこに誰かがいたような気がすることがあったりするけれど、それじゃないのか?

 それに、足元を見てみれば、自分たち以外の足跡で、真新しい物は存在しない。つまり、誰も目の前を通り過ぎたりなんてしなかったという証拠だ。そもそも左手は車道。右手は丁度、川が増水した時だけ水が流れている枯れた川に人が落ちるのを妨げるためのフェンスがあるこんな場所で、どうやって人が瞬きする一瞬の間で消えられるというのか。

 そう考えると、我ながら今の取り乱しようは心底バカらしい限りである。

「つぐにゃん、本当気にしないで。それより、ほら、帰ろう? 風邪ひいちゃうもの」

「ん……そうだね。そうしよっか」

 嗣深に促され、歩くのを再開する。

 確かに、この寒さの中、立ち話なんてしていたら風邪をひいてしまうだろう。それは間違いない。

 こうして、喋っているだけでも顎が冷えて、舌がまわらなくなってきているのが自分で分かるほどなのだから。

「……つぐにゃん。知ってる?」

「ん?」

 そうして歩みを再開して、ほどなく、嗣深がどこか柔らかい笑みを浮かべてこちらに話を振って来た。

「狐ってね、白いんだよ?」

「……いや、黄色でしょ?」

 唐突に変なことを言い出した嗣深に、少しだけ考えてからツッコミを入れる。

 一瞬、マジで? と思ったけれど、このへんだとたまに狐を見ることがあるから断言する。白い狐なんてどんなレアだ、と。白い蛇とかが神様扱いされるくらいだし、白い狐なんかいたらえらい騒ぎだろう。

「ふふふ、本当にそうかなー?」

「いや、僕実物見たことあるし……」

 そして、狐さんは猫のような犬のような不思議な可愛らしさがあって、初めて見た時は心底飼いたいと思ったものである。

「ふふふー」

「変な嗣深……って元から変か」

「なんですとー?」

 どこか、いつもの言葉も優しく言う嗣深に首をかしげながらも、僕達はまたのんびりと歩き続けるのであった。

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