▼9.半数の平和
月曜日、昨日に起きた嗣深とガイアさんによる共同作品、ロシアンルーレットお団子事件やらによるダメージを負いながらも僕は学校へとやってきていた。アレは酷かった。描写すら躊躇われるほどに酷かった。
ジェンガもトランプタワーもウノもスピードも七並べも将棋も五目並べも飽きた二人が台所に行って何か作り始めたと思ったらソレだった。和菓子を教えてもらったのだという笑顔の嗣深と、自信作だと告げるガイアさんの笑顔に騙されて、早速一個食べたあの時、僕は死ぬかと思った。
そう、大量のわさびが入っていたのだ。
一口サイズのお饅頭だったので丸々一個口に入れてしまったのが悲劇の始まりだった。口から急いでお皿の上に吐き出し、自分の頭をベシベシとたたきながら鼻を押さえて悶絶した僕の苦しみが分かろうか。分かってくれる人がいるだろうか。
流石にそこまでキツかったとは思わなかったのか、嗣深とガイアさんが慌ててお茶やら水やらジュースやらを持ってきたけれども、それで許すはずもない。
水をがぶ飲みしてオレンジジュースを一気飲みした後、少し回復してから申し訳なさそうにする嗣深とガイアさんを正座させて拳骨を喰らわせて「食べ物を粗末にするんじゃありません」と叱り、罰として昨夜は嗣深がねだっても無視して一緒に寝てあげなかったら何故か嗣深がショックを受けていたが、気にしてはいけない。
そんな悪夢の休日を終え、学校である。
外は積もるほどではないが今日も雪が降っており、僕はねずみ色のダッフルコートを、嗣深はもこもこのついた真っ白なダッフルコートを着て登校してきた。朝方、嗣深がそのダッフルコートを着て丸まり、「わたあめ!」とかやられた時は不覚にも笑ってしまったがそれはさておき。
「おうヨッシー、つぐみん、おはようさん」
「おはよう、虎次郎くん」
「おはよう虎にゃん! 聴いて聴いて! つぐにゃんったらひどいんだよ!」
「ええいどう考えても昨日のことは嗣深が悪いだろう!」
虎次郎くんが登校してくると、早速とばかりに僕を悪者にしようとする嗣深にツッコミを入れる僕と、「つぐにゃんがね、一緒のお布団で寝てくれなかったの! 反抗期なの! お母さん悲しいの!」とか言い出した嗣深に菩薩のような笑みを浮かべて「それは大変やったなー」とサラっと流す虎次郎くんマジ大人。
彼はボケやツッコミだけでなく、スルーも得意である流石の似非大阪人っぷりなのである。
「で、それはそうと虎にゃん。今日ってなんだかおやすみの人多いけど、集団で風邪でも流行ってるの?」
そして流されると、サッと話を変えるあたり嗣深もスルーされるのに慣れているな。前の学校でも割とよくスルーされてたのだろうか。
しかし、確かに僕も同じ疑問を抱いていた。
教室の中は、30名いるはずのクラスなのに、もうすぐ朝礼の時間になるという今の時間になってもまだ半分程度しか人がいないのだ。
「あー……集会ちゃうかな」
「集会?」
「あー、あそこのね」
なるほど、それでか、と納得する僕に「二人で勝手に納得しないでー! 説明ぷりーず!」と騒ぐ嗣深に説明してあげる。
集会というのは、まぁ宗教的な物だ。一言で言ってしまえば神生会の会合だ。
何時やっているのか、とかはサッパリ分からないけれど、確かに月一くらいで会合していたので、丁度今日がその日だったのだろう。前回は確か、11月半ば頃だったか。
「クラスの半数近くがそこの会員っていうのも凄いね……しかも、そういうのって普通は親とかが行くなら分かるけど、普通は子供が学校サボってまで行くものじゃないよね……」
嗣深が、呆れているのか感心しているのか分からない声音でそんなことを呟くが、僕も概ね同意である。どうしてそんなにあそこに入ろうと思えるのかは全くの謎であるが。
「まぁ、正直ワイも驚いとるわ。しかも今クラスに居るからって、そこの会員やないってわけでもあらへんしな」
顔をこちらに寄せ、ボソボソっと、珍しく周囲に憚るような声で囁く虎次郎くんに、僕は驚いた。今クラスにいる人たちは先月も残っていた人達ばかりだし(先月よりいなくなっている人が増えているが)、てっきりこの人達は会員ではないのかと思っていたのだけれど。
「じゃあ半数以上は確定なの……?」
「せやな。まぁ二人は知っとったほうがええと思うから教えるけど、女子はバレー部は全員アウトや。卓球部も刹那とガイアっちに理紗以外はアウト。文芸はワイもわからへんけど、少なくとも早苗っちは大丈夫そうや。あと、男子やと野球部は慎次郎とユウマン以外はほぼ全員やな。まぁ、野球部は付き合いで顔出してるだけ、ってな奴もおるかもしれんけど……柔道部も半分くらいは、って感じやろか」
「え……バレー部に野球部に柔道部って……今そこにいるよね」
現在教室内にいる約15名(僕達含む)程度のうち、今挙げられた会員であろうという人達だけでも8名ほど今教室内にいて、固まって何か話しているのだが。
ちなみに会員候補から外されたガイアさんは机に突っ伏して寝ていて、早苗さんはどうやらおやすみのようで不在。野球部の慎次郎くんは野球漫画を熟読している。
……しかし虎次郎くんが挙げた人って、嗣深が初日に一緒に騒いでた連中が殆どじゃないか。いつのまにそこまで増えたんだ、あそこの会員。
ところで会員候補から外されたユウマンって誰だ、という疑問が湧いたけれどそこは流しておく。
「せや。まぁ会員やからって必ずしも信者ってわけやないやろうけど……注意しとったほうがええで」
あんま友達のこと悪く言うんは嫌なんやけど、最近はあの連中、ええ噂しか聴かへんから、と僕達に囁く虎次郎くんは、彼にしては珍しく苦虫を噛み潰したような、しかめっ面になっている。
「そんなに何かやらかしちゃってるの? そこ」
「やらかしてるというか……」
「やらかしていないから問題とも言えるんやろな」
嗣深の疑問は尤もであるが、虎次郎くんの言うとおり、表立った問題は、一切起こしていない。それこそ、逆にボランティアとか進んでやってるくらいでむしろ地域貢献はしていると言える。
ただ、なんというか狂的なのだ。会員の人達、というより最早信者と呼べるレベルの人達の、神生会に対する崇拝っぷりが。
家庭がある人ですら収入の3割程度を納めているとかは序の口で、家やらを売り払って、神生会が所有するマンションに移り住んだお年寄りや家族までいるほどで、あの会自体の教えは「他人を敬おう」とか「他人に優しくしよう」とかで自己犠牲の精神を説いた割と良いこと言ってはいるのだけれど、胡散臭いのである。
「胡散臭いってだけで、良い噂しか無いのに悪者扱いもどうかと思うよ……?」
「うーん……まぁそうなんやけど……」
「嗣深、良い噂しかないって、異常なんだよ」
「え?」
心底不思議そうな顔をする嗣深に、僕は会員であると思われるクラスメイト達がこちらに注意を向けていないことを横目に確認してから、説明する。
「あのね、人間は二人いれば争いが起きて三人集まれば二つの派閥ができる、って言うくらいには、意見とか思想って個々人で違うものなんだよ。だから、当然全く同じ物に対して良い印象抱く人もいれば、悪い印象を抱く人もいるわけ」
「うん……そうだね」
「でね、今僕達はこうして、胡散臭いって言ってるでしょ?」
「うん」
「この、胡散臭いって噂自体が、殆ど出回らないって、どういう状況だか分かる?」
「え?」
僕の言葉に、嗣深は一瞬固まってから腕を組んで首を捻り少し考えこんでいたが、すぐに顔をこちらに向けて深刻そうな顔で言った。
「つまり、声高に言ったりしたら村八分な状況?」
「……いや、さすがにそこまでは言わないけど」
「いや、ヨッシー、あながち大げさでも無いで」
流石にそこまで深刻では無い、と嗣深の質問に返した僕だったけれど、虎次郎くんが困ったような顔で言う。
「去年まで露骨に胡散臭いって喧伝しとった連中、大半が手の平返したように入会して今や完全に敬虔な信者やし、今年の夏に町が連中に無償貸与した土地やら建造物について秋口に抗議のデモしとった連中も全員信者になって、デモ行進しとったあたりの近隣住民に菓子折り持って騒がしくしてごめんなさい、てな具合にお詫び回ったりしとったし。なんかおかしいで、あそこは」
「それには同意ね」
『うにゃっ!?』
ひそひそと会話していた筈の僕達の間に突然入ってきた同意の声に、僕と嗣深は同時に驚きの声をあげた。
慌ててそちらに目をやると、気だるげに欠伸をしながら自分の席に座る津軽さんの姿があった。
「驚かさないでよ津軽さん……」
「あらごめんなさいね。まぁそこの虎は気付いてたみたいだけど」
「そういえば虎にゃんだけ驚いてなかったね」
「あー、まぁアレや。えりなんは会員やないのわかっとったしな」
「だからえりなんって呼ぶなっつってんでしょうが虎……」
面倒くさそうに溜め息を吐く津軽さんであるが、そこまで怒っているわけではないのか、胡乱気な目は向けてくるもののそれ以上何か言うわけでもない。
「まぁええやん、えりなんの何がダメなんや、えりなん。アレか、好感度足らんのがあかんのか。せやったらアレや、肩でもお揉みしまひょか、お嬢はん」
何故か下衆な笑みを浮かべながら手をわきわきさせつつ津軽さんの背後にまわろうとした虎次郎くんを、鬱陶しそうに津軽さんが右手で振り払おうとして、顔を顰めて手を降ろした。
「ん? どないしたんやえりなん。いつもならこう、背後とった時点で裏拳の一つでも放ってくるんに」
「なんでも無いわよ。っていうか裏拳なんてしたことも無いわよ。それと、そろそろ朝礼なんじゃないの? クラス委員の宇迦之さんはどうしたのよ。そろそろ体育館に移動しないとまずいんじゃない?」
「あ、せやった。刹那は今日おやすみや。体調不良やって。多分生理やろ」
虎次郎くんの言葉に一瞬その場の全員の動きが止まり、一番早く復帰した僕が溜め息交じりに呟く。
「虎次郎くんって心底デリカシーないよね」
「無いねー。虎にゃん、そんなんじゃモテないよー?」
「甘いでつぐにゃんにつぐみん。ワイはな、ありのままのワイを愛してくれる人にだけモテればええねん」
「アンタは早く遠藤とでもくっついてなさいよ……」
「貧乳は人に非ずって死んだオヤジが言っとったわ」
「今虎にゃんは全国の貧乳達を敵にまわしたよ! 覚悟しなさい!」
「しかも虎次郎くんのお父さん死んでないよね」
まぁ、虎次郎くんとは仲があまり良くないみたいだけど。虎次郎くんとこのお父さん。
「ワイにとったら死人みたいなもんやからええんや、ヨッシー。そしてつぐみんは美乳になるとワイは見とるから、ワイの発言に問題ないと思うで」
「なら仕方ないね! いやーもう虎にゃんったら人を見る目があるねー!」
「ダメだこのバカ、チョロすぎる」
「っていうか普通にセクハラなことに気付かないのかしらね……」
確かに、中学生だから良いけど、大人になってこんなこと言ってたら下手したらセクハラで訴えられてもおかしくないかもしれない。
いや、中学生でも良くないや、セクハラは。
「おーいお前らー、今日はクラス委員の宇迦之は休みだから、お前等適当に体育館に移動なー」
などとやっていたら、担任の先生が教室に顔を出すなりそんな適当な指示を出してきたので、僕達は雑談を切り上げて体育館へと向うのであった。
※▼2妹、学校初日の嗣深がした自己紹介ですが、嗣深の誕生日を間違えてましたので訂正しました。
嗣深は12月24日、義嗣が23日です。
(深夜に生まれたため、実際には数分の誤差ですが、日付の上では一日ずれこんでいます)
尚、これそのものは伏線とかでもなんでもないので特に気にしなくても大丈夫ではあります。




